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第12話 垢BANって……何だ?
【1】
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デートから数日が経ち。アスヴェルは順調に街周辺の探索を続け、それまで通り空振りを繰り返すという日々が続いていた。もっとも、この件についてアスヴェルは『じっくりと取り組む』覚悟を決めていたため、特に焦りは感じてはいない。正直を言えば、こんな生活も悪くないと感じ始めてもいた――ミナトも居るし。
……しかし。そのような“心地良い日常”は儚く消えるが世の常。終わりは突然、あまりにあっさりと訪れる。
その日、酒場“ウェストホーム”は朝から重苦しい雰囲気に包まれていた。
(ど、どうしたんだ……?)
誰も彼もが真剣な、或いは沈痛な面持ちで佇んでいる。ホールに顔を出すなりこの有様だったので、アスヴェルは一瞬気圧されてしまった。
ミナトですら、心ここに非ずといった有様。先程からずっと銃の手入れを繰り返している。その様子は、アスヴェルをして話しかけるのを躊躇ってしまう程だ。
「お、アスヴェルか」
しかしそんな中、自分に話しかける人物が。酒場の店長サイゴウだ。彼は他の面々に比べればいつも通りな様子。これ幸いと、この状況を尋ねてみる。
「いったいどうしたんだ? 皆が皆、ここまで思い詰めているとは」
「……なんつったらいいのかねぇ。この大陸じゃ定期的に行われる、まあ、イベントの一種ってとこだ」
彼は髪の無い頭皮をぽりぽりと掻きながら、そんな答えをくれた。
「イベント……?」
それが余りよろしくないものであることは、想像に難くない。祭りを前にした緊張感などとは、明らかに異なっている。
「悪ぃな、この日になると、皆ナーバスになっちまってよ。今日だけはそっとしておいてくれねぇか」
「それは構わないが――サイゴウ、君は大丈夫なのか?」
「俺は流石にもう、慣れたんでね……」
そういう彼の眼は、随分と悲しみを帯びていた。いったいこれから、どんな“イベント”が始まるというのだろうか。アスヴェルが訝しんでいると、
『これより、今回アカウントを停止するIDを発表します』
どこかからか、声が響く。
「なんだ今の!?」
突然のことに驚くが、そんな彼に周りは無反応だ。いや、自分のことで手一杯といった方が正しいか。誰も彼もが耳を澄まし、その“声”に聞き入っている。
「頼む、頼む、頼む……」
「お願い、やめて、当たらないでっ」
「神様神様神様神様」
切羽詰まったような声がホールのあちこちから聞こえてきた。そんな彼等を尻目に、“声”が語り始める。
『A3135256、A4134654、A6124344……』
番号が告げられる。それが何の意味を持つのか、アスヴェルは知らない。ただ、番号が述べられる度に、周囲の人々が身を震わせているのが気になった。
『B1435433、B2395342、B5908299……』
数字の羅列はさらに続く。不思議なことに、ある程度読み続けられていくと急に肩の力が抜く者が現れた。それまで必死に祈る仕草をしていた人が、一気に脱力して安堵しきった表情を浮かべるのだ。
『E0230491、E3345132、E4243111……』
そろそろ終わりが近いのか、ホールに集まった人々の多くから険しさが消えていた。雑談をする人も出てくる程に。
「もう大丈夫、かな?」
「そうね……今回は、わたし達の中には居ないかも」
「良かった、本当に」
ここまで来ればアスヴェルにも、この“番号”はこの大陸の人々に割り振られたモノなのであろうことは察しがついていた。そして、この“声”に自分の番号を呼ばれると、良からぬことが起きるのであろうことも。
未だ詳細は分からないが、何事も無かったというのであれば一先ず問題無いか――そう考えていた瞬間だった。
『E821373』
カチャンッと音がする。ミナトが銃を落とした音だ。その表情は――
「ミナト!?」
慌てて駆け寄った。少女が、全ての感情を失ったような顔をしたのだ。
周りも騒ぎ出す。
「い、今のって――」
「ミナトちゃんのID――」
「嘘、嘘よ、どうしてあの子が――」
喧噪の中、“声”はなおも続く。
『アカウントの停止は明日の正午、一斉に行われます。それまでに必要な準備を済ませて下さい』
そして一方的に終了を宣告してきた。
これはどういう事態なのか。自分はどう行動したらいいのか。アスヴェルが考えあぐねていると――
「は、ハハ、ハハハ――そっか。今回はオレ、か」
乾いた声で笑いながら、ミナトが立ち上がった。しかしその足は細かく震え、顔は血色悪い。動揺していることが丸わかりだ。
「ま、選ばれちゃったものは仕方ない。うん、仕方ない仕方ない。
……仕方、ないよ。ちょっくらお国のために奉仕してこなくっちゃな!」
そのままふらふらとした足つきで歩き出すも、
「あっ――」
「ミナト!?」
脚がもつれ、倒れそうになる――が、その前にアスヴェルの腕が彼女を支えた。
「どうしたんだ!? あの“声”が原因か!? アレは――何なんだ!!?」
「アスヴェル君」
返事をしたのはミナトでは無く、クランに所属する女性達であった。
「ごめんね、この子、少しわたし達に預からせて」
「いや、それは――」
「事情は後で説明するから。お願い」
「……分かった」
本音を言えば、こんな状態のミナトから一瞬たりとも離れたくなかったのだが――真摯な目で見つめられ、アスヴェルは不承不承ながらも提案を受け入れる。
「さっ、ミナトちゃん、こっちに」
「大丈夫……大丈夫だから」
「私たちがついてるからね」
少女は女性達に連れられ、個室の方へと向かっていった。アスヴェルも同行したかったが、彼女等にやんわり断られてしまう。
所在なさげに立ちすくんでいると、サイゴウが近づいてくる。
「とうとう、この日が来ちまったか……」
だがその言葉は、アスヴェルに向けられたものでは無いようだった。彼もまた呆然とした面持ちで立ち去ったミナトの方を見つめている。
「サイゴウ、説明をお願いできるか?」
「……すまん、アスヴェル。少し時間をくれ。
覚悟、してたつもりだったんが、な。俺も、頭を落ち着けるのに時間がかかりそうだ……」
よく見れば、サイゴウは大分憔悴していた。いや、彼だけでは無い。
「くそっ、なんでなんだよ!」
「あんな若い子が選ばれちゃうとな……」
「……どうして、こんなことに」
ホールに残った誰も彼もが、悲痛な顔をしていた。悲しみ、絶望、怒り――様々な負の感情が入り乱れている。
(これは少し、時間を置いた方がいいか……?)
すぐにでも事情を把握したいものの、冷静に説明をできる者はこの場に居そうになかった。
そして、少しの時が経ち。
「……ん?」
自室に戻ったアスヴェルだが、ドアをノックする音に気付く。
「アスヴェル――オレだ」
「ミナトか!!」
思わぬ来訪者に、急いで扉を開け迎え入れる。少女は多少持ち直したのか、少なくとも顔色はそれなりに回復していた。
「もう、大丈夫なのか?」
「ハハハ、心配かけちゃったみたいでごめん。いやー、ちょっと垢BAN食らっちゃってさー。ちょっと過激な発言し過ぎたかな?」
「“垢BAN”?」
こんな時にも初耳の単語だ――腹立たしい。己の無知さが腹立たしい。何故こんな時に、自分は無能を晒しているのか。
「垢BANってのは、アカウントが停止されちゃうことでさ。オレのデータ、無くなっちゃうんだよ。」
「……な、無くなる?」
その言葉の意味は分からないが――非常に剣呑な響きに感じる。
「平気だって! 別に死ぬ訳じゃないんだから。ただ、まあ、もうDivine Cradleは遊べなくなっちゃうから――」
「ミナト?」
「――だ、ダイジョブなんだ、ホント! あの、今のアカウントは消えるけど、別のアカウント取得すればまたここに来れるから!」
「ミナト」
「でもあくまで裏技というか、また登録したってバレたらもっかい垢BAN食らうかもしれないから……もしオレに会ってもバレるような真似すんなよ?」
「ミナトっ!」
堪らず、アスヴェルは少女を抱きしめた。いつもであれば抵抗されそうなものだが――今日の彼女は、それを受け入れる。
至近距離からミナトの顔を見つめ、
「――そんな顔、しないでくれ」
「……あれ?」
彼女は、泣いていた。自分でも気付かずに。大丈夫だ平気だと口にしておきながら。ずっと涙を流していたのだ。
「オレ、は――」
「安心しろ」
ぎゅっとミナトを抱きしめ、強く宣告する。
「君がどこに居ても、君に何があっても、必ず私が駆けつける。必ず君を救う。
私は――勇者だからな」
「――アスヴェル」
少女もまた、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
「だから、そんな顔をしないでくれ。君は、笑っていた方が素敵だ」
「あっ――」
距離が近くなる。唇と唇が接近する。互いに目を閉じ、顔と顔が重なって――
「いやそれはダメだろ」
「えー!?」
直前で、ミナト本人に阻止されてしまった。
「オマエ、何ドサクサに紛れてキスしようとしてんだよ」
「いやドサクサではなく、今のは紛れも無くそういう空気だっただろう!?」
「人が弱ってる隙につけ込むとか、サイテーだな!」
「つ、つけ込んでたかなぁ?」
理不尽なことを言われている気がする――が、代わりに少女にはいつもの勝気な笑顔が戻っていた。勿体ないが、今日はこれで良しとする。
「あー、なんか元気出た。オマエも役に立つこととかあるんだなー」
「凄い言われようだ!?」
「なんだよ、感謝してやってんだぞ?」
「もう少し分かりやすいご褒美が欲しかったなぁ」
「ハハハ、まあ、またデートする時には少しサービスしてやるよ」
「おっと、そいつは夢のある話だ」
シャキン、と持ち直す。俄然やる気が沸き起こってきた。
一方でミナトはくるりとその場で反転し、軽やかな足取りで部屋の出口へ歩いて行く。
「アスヴェル!」
「うん?」
扉から出る直前。少女は一瞬立ち止まると、
「――またな!」
後ろを向いたまま、そんな再会の約束を口にした。
――しかしその言葉と裏腹に、彼女は次の日から姿を消すこととなる。
……しかし。そのような“心地良い日常”は儚く消えるが世の常。終わりは突然、あまりにあっさりと訪れる。
その日、酒場“ウェストホーム”は朝から重苦しい雰囲気に包まれていた。
(ど、どうしたんだ……?)
誰も彼もが真剣な、或いは沈痛な面持ちで佇んでいる。ホールに顔を出すなりこの有様だったので、アスヴェルは一瞬気圧されてしまった。
ミナトですら、心ここに非ずといった有様。先程からずっと銃の手入れを繰り返している。その様子は、アスヴェルをして話しかけるのを躊躇ってしまう程だ。
「お、アスヴェルか」
しかしそんな中、自分に話しかける人物が。酒場の店長サイゴウだ。彼は他の面々に比べればいつも通りな様子。これ幸いと、この状況を尋ねてみる。
「いったいどうしたんだ? 皆が皆、ここまで思い詰めているとは」
「……なんつったらいいのかねぇ。この大陸じゃ定期的に行われる、まあ、イベントの一種ってとこだ」
彼は髪の無い頭皮をぽりぽりと掻きながら、そんな答えをくれた。
「イベント……?」
それが余りよろしくないものであることは、想像に難くない。祭りを前にした緊張感などとは、明らかに異なっている。
「悪ぃな、この日になると、皆ナーバスになっちまってよ。今日だけはそっとしておいてくれねぇか」
「それは構わないが――サイゴウ、君は大丈夫なのか?」
「俺は流石にもう、慣れたんでね……」
そういう彼の眼は、随分と悲しみを帯びていた。いったいこれから、どんな“イベント”が始まるというのだろうか。アスヴェルが訝しんでいると、
『これより、今回アカウントを停止するIDを発表します』
どこかからか、声が響く。
「なんだ今の!?」
突然のことに驚くが、そんな彼に周りは無反応だ。いや、自分のことで手一杯といった方が正しいか。誰も彼もが耳を澄まし、その“声”に聞き入っている。
「頼む、頼む、頼む……」
「お願い、やめて、当たらないでっ」
「神様神様神様神様」
切羽詰まったような声がホールのあちこちから聞こえてきた。そんな彼等を尻目に、“声”が語り始める。
『A3135256、A4134654、A6124344……』
番号が告げられる。それが何の意味を持つのか、アスヴェルは知らない。ただ、番号が述べられる度に、周囲の人々が身を震わせているのが気になった。
『B1435433、B2395342、B5908299……』
数字の羅列はさらに続く。不思議なことに、ある程度読み続けられていくと急に肩の力が抜く者が現れた。それまで必死に祈る仕草をしていた人が、一気に脱力して安堵しきった表情を浮かべるのだ。
『E0230491、E3345132、E4243111……』
そろそろ終わりが近いのか、ホールに集まった人々の多くから険しさが消えていた。雑談をする人も出てくる程に。
「もう大丈夫、かな?」
「そうね……今回は、わたし達の中には居ないかも」
「良かった、本当に」
ここまで来ればアスヴェルにも、この“番号”はこの大陸の人々に割り振られたモノなのであろうことは察しがついていた。そして、この“声”に自分の番号を呼ばれると、良からぬことが起きるのであろうことも。
未だ詳細は分からないが、何事も無かったというのであれば一先ず問題無いか――そう考えていた瞬間だった。
『E821373』
カチャンッと音がする。ミナトが銃を落とした音だ。その表情は――
「ミナト!?」
慌てて駆け寄った。少女が、全ての感情を失ったような顔をしたのだ。
周りも騒ぎ出す。
「い、今のって――」
「ミナトちゃんのID――」
「嘘、嘘よ、どうしてあの子が――」
喧噪の中、“声”はなおも続く。
『アカウントの停止は明日の正午、一斉に行われます。それまでに必要な準備を済ませて下さい』
そして一方的に終了を宣告してきた。
これはどういう事態なのか。自分はどう行動したらいいのか。アスヴェルが考えあぐねていると――
「は、ハハ、ハハハ――そっか。今回はオレ、か」
乾いた声で笑いながら、ミナトが立ち上がった。しかしその足は細かく震え、顔は血色悪い。動揺していることが丸わかりだ。
「ま、選ばれちゃったものは仕方ない。うん、仕方ない仕方ない。
……仕方、ないよ。ちょっくらお国のために奉仕してこなくっちゃな!」
そのままふらふらとした足つきで歩き出すも、
「あっ――」
「ミナト!?」
脚がもつれ、倒れそうになる――が、その前にアスヴェルの腕が彼女を支えた。
「どうしたんだ!? あの“声”が原因か!? アレは――何なんだ!!?」
「アスヴェル君」
返事をしたのはミナトでは無く、クランに所属する女性達であった。
「ごめんね、この子、少しわたし達に預からせて」
「いや、それは――」
「事情は後で説明するから。お願い」
「……分かった」
本音を言えば、こんな状態のミナトから一瞬たりとも離れたくなかったのだが――真摯な目で見つめられ、アスヴェルは不承不承ながらも提案を受け入れる。
「さっ、ミナトちゃん、こっちに」
「大丈夫……大丈夫だから」
「私たちがついてるからね」
少女は女性達に連れられ、個室の方へと向かっていった。アスヴェルも同行したかったが、彼女等にやんわり断られてしまう。
所在なさげに立ちすくんでいると、サイゴウが近づいてくる。
「とうとう、この日が来ちまったか……」
だがその言葉は、アスヴェルに向けられたものでは無いようだった。彼もまた呆然とした面持ちで立ち去ったミナトの方を見つめている。
「サイゴウ、説明をお願いできるか?」
「……すまん、アスヴェル。少し時間をくれ。
覚悟、してたつもりだったんが、な。俺も、頭を落ち着けるのに時間がかかりそうだ……」
よく見れば、サイゴウは大分憔悴していた。いや、彼だけでは無い。
「くそっ、なんでなんだよ!」
「あんな若い子が選ばれちゃうとな……」
「……どうして、こんなことに」
ホールに残った誰も彼もが、悲痛な顔をしていた。悲しみ、絶望、怒り――様々な負の感情が入り乱れている。
(これは少し、時間を置いた方がいいか……?)
すぐにでも事情を把握したいものの、冷静に説明をできる者はこの場に居そうになかった。
そして、少しの時が経ち。
「……ん?」
自室に戻ったアスヴェルだが、ドアをノックする音に気付く。
「アスヴェル――オレだ」
「ミナトか!!」
思わぬ来訪者に、急いで扉を開け迎え入れる。少女は多少持ち直したのか、少なくとも顔色はそれなりに回復していた。
「もう、大丈夫なのか?」
「ハハハ、心配かけちゃったみたいでごめん。いやー、ちょっと垢BAN食らっちゃってさー。ちょっと過激な発言し過ぎたかな?」
「“垢BAN”?」
こんな時にも初耳の単語だ――腹立たしい。己の無知さが腹立たしい。何故こんな時に、自分は無能を晒しているのか。
「垢BANってのは、アカウントが停止されちゃうことでさ。オレのデータ、無くなっちゃうんだよ。」
「……な、無くなる?」
その言葉の意味は分からないが――非常に剣呑な響きに感じる。
「平気だって! 別に死ぬ訳じゃないんだから。ただ、まあ、もうDivine Cradleは遊べなくなっちゃうから――」
「ミナト?」
「――だ、ダイジョブなんだ、ホント! あの、今のアカウントは消えるけど、別のアカウント取得すればまたここに来れるから!」
「ミナト」
「でもあくまで裏技というか、また登録したってバレたらもっかい垢BAN食らうかもしれないから……もしオレに会ってもバレるような真似すんなよ?」
「ミナトっ!」
堪らず、アスヴェルは少女を抱きしめた。いつもであれば抵抗されそうなものだが――今日の彼女は、それを受け入れる。
至近距離からミナトの顔を見つめ、
「――そんな顔、しないでくれ」
「……あれ?」
彼女は、泣いていた。自分でも気付かずに。大丈夫だ平気だと口にしておきながら。ずっと涙を流していたのだ。
「オレ、は――」
「安心しろ」
ぎゅっとミナトを抱きしめ、強く宣告する。
「君がどこに居ても、君に何があっても、必ず私が駆けつける。必ず君を救う。
私は――勇者だからな」
「――アスヴェル」
少女もまた、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
「だから、そんな顔をしないでくれ。君は、笑っていた方が素敵だ」
「あっ――」
距離が近くなる。唇と唇が接近する。互いに目を閉じ、顔と顔が重なって――
「いやそれはダメだろ」
「えー!?」
直前で、ミナト本人に阻止されてしまった。
「オマエ、何ドサクサに紛れてキスしようとしてんだよ」
「いやドサクサではなく、今のは紛れも無くそういう空気だっただろう!?」
「人が弱ってる隙につけ込むとか、サイテーだな!」
「つ、つけ込んでたかなぁ?」
理不尽なことを言われている気がする――が、代わりに少女にはいつもの勝気な笑顔が戻っていた。勿体ないが、今日はこれで良しとする。
「あー、なんか元気出た。オマエも役に立つこととかあるんだなー」
「凄い言われようだ!?」
「なんだよ、感謝してやってんだぞ?」
「もう少し分かりやすいご褒美が欲しかったなぁ」
「ハハハ、まあ、またデートする時には少しサービスしてやるよ」
「おっと、そいつは夢のある話だ」
シャキン、と持ち直す。俄然やる気が沸き起こってきた。
一方でミナトはくるりとその場で反転し、軽やかな足取りで部屋の出口へ歩いて行く。
「アスヴェル!」
「うん?」
扉から出る直前。少女は一瞬立ち止まると、
「――またな!」
後ろを向いたまま、そんな再会の約束を口にした。
――しかしその言葉と裏腹に、彼女は次の日から姿を消すこととなる。
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