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第16話 魔王⇒再会
【4】旧友談話
しおりを挟む「ふぅ……」
一面更地となった元市街地にて、アスヴェルは一つ息をついた。
彼の他にはすぐそこで伸びている魔王テスラ以外、周囲に誰も居ない。皆、アスヴェルの暴走に恐れをなして――もとい、自分達の仕事をするため<ログアウト>していったのだ。重要施設を占拠してからまだ一日、やることは多いのだろう、きっと。
そんな思索をしながら、アスヴェルはズタボロに倒れた魔王に目をやると、
「で、どうするんだ?」
「……ど、どうする、とは?」
息も絶え絶えな様子で返事が来る。魔王はとりあえずまだ生きていた。いや、“この世界”で死んでも本当に死んだことにはならないのだから、当然だが。
「とぼけるな。これから私がどう動くのか、という話だ。まさか何のプランも無い訳じゃないだろうな?」
「あー、うん、そう、そうね……」
頭を振りながら、震える脚でどうにかテスラは立ち上がった。
「勿論プランはあるとも。君にはまた今回と同じことをして欲しいんだ」
「今回と同じ? またゲームシステムへ干渉しろと言うのか」
「そう。但し、目標の規模は大違いだ。この街の中心にそびえ立つ“マザーツリー”をクラッキングして欲しい。確か君も一度見たことがあるんだろう?」
「あの巨大な塔か。政府の役人達が居住する施設だと聞いていたが」
「そういう側面もあるというだけで、本来の役割は違う。あれ自体が、“オーバーロード”によって創り上げられた巨大な演算装置なんだ。この街のシステムを全て一括で管理している超大型コンピューターさ」
「それを奪い取れば、実質的にこちらの勝利になる訳か」
そういうことであるなら、今のアスヴェルでも役には立てそうだ。しかし――
「――そんなことをせずとも、この街の司政官を洗脳してこちらの傀儡にした方が早くないか?」
「アスヴェルくん!!」
途端、魔王が教師のような顔で叱責してきた。
「行き過ぎている! 君の行動は勇者として行き過ぎているぞ!?」
「そうかなー?」
「それにほら、現司政官は稲垣悠嬢のお父上だから!」
「だからこそ暗殺ではなく洗脳な訳だが――しかし、相手の事情も知らずに行動を起こすのは流石に時期尚早か」
「時期尚早とかではなくて根本的にそんなことしないで貰いたいわけなんだけれども、思い留まってくれて何よりだよ」
ほうっと息を吐くテトラである。
「まあ真面目な話、仮に司政官を味方につけたところで“オーバーロード”がそのままでは意味が無いのだろうな」
「そこまで理解しているならあんな話題振らないでほしいものだね」
「場を和ませるためのジョークだよ。相変わらず冗談の分からない奴だ」
「本当か!? 本当に冗談だったのか!?」
「当タリ前ジャナイカー」
「この上なく嘘臭いよ!?」
無論嘘ではない。互いの性格を分かっているからこそできる、小粋なトークというヤツだ。異論は認めない。
閑話休題。アスヴェルは話を本筋に戻す。
「それで、マザーツリー奪取計画は後何分で決行する予定なんだ」
「いきなり分単位で聞いてくるなよ。ガチ過ぎて怖いよ」
「いやこれはジョークの類じゃないぞ。私達は仮にも敵の重要拠点を占拠したんだ。となればここからの行動は1分1秒を争う。対応が遅れれば遅れる程、“敵”は準備を整え我々は不利になる。“敵”がお前でも手出しできない程に強力だというなら、なおさらだ」
「君の焦りは理解できるが――」
軽く目を伏せ、テトラは続ける。
「――決行は1ヶ月後としたい」
「1ヶ月!? いくら何でも悠長過ぎるだろう!?」
「こちらの支度を完了させるのに、最低でもそれ位の期間は必要なんだ」
「おいテトラ、これからお飯事でも始めるつもりか? 私達がやるのは戦争なんだぞ。ミナトのこともあって前倒しがあったことは想像に難くないが、一度始めた以上もう走り切るしかない。多少の不足は覚悟の上だろう」
「……アスヴェル、今この街にどれ程の人間が居るか知っているか?」
魔王はわざとらしく問答を避けた。突っぱねることも出来たが、アスヴェルは敢えて話題転換に乗ることにした。テトラはこのような場面で意味のないことをする男ではない。
「さて。相当の規模の街だからな。50万、いや、100万人近い人々が住んでいてもおかしくは――」
「500万人だ」
「ごっ――!?」
想像のはるか上を行く数値に、言葉が詰まる。ラグセレス大陸ではありえない数値だ。大陸の総人口より多いのだから。
「分かるかアスヴェル。ことこの件に関し、僕らは限りなく完璧を目指さなければならない。0.1%のミスであっても、犠牲者は数千人規模で発生するのだから」
「む、むぅ」
「加えて今回の場合、戦後も十分に見据えて準備する必要がある。何せ、“オーバーロード”の技術は人々の生活に深く根差しているのでね。ヤツを打倒した後、速やかに管理を引き継がなければ最悪、社会が崩壊してしまう」
「それは――まあ、そうか」
そう言われてしまうと、こちらも二の句を継げない。長くこの世界に暮らす彼が断言することを、新参者であるアスヴェルは否定できるわけが無い。
「だからこその1ヶ月なんだ。この期間で、レジスタンスメンバーにシステム管理スキルを習得させる。この施設にはマザーツリーから独立したサーバーが存在するからね、練習するにはちょうどいい。ある程度のノウハウを把握している施設職員も生け捕りにできたことだし」
それも見越して、ここの襲撃計画を練っていたようだ。
だが――
「時間が必要なのはよく分かった。しかしな、私がそれを納得したからと言って、“敵”はそうもいかないだろう。1ヶ月もの間、攻撃を防ぎきれるのか?」
「そこは確かに懸念点だが――おそらく、“オーバーロード”は動かない」
「……随分と自信をもって言い切るな。根拠は何だ?」
「“オーバーロード”が強大だからだよ」
事も無げに告げた。
「既に“オーバーロード”による人類支配は完遂されている。今更どう動こうと、牙城は崩されることは不可能だ――と、奴は考えることだろう。正直なところ僕もそう思う。仮に現行の人類が総出でかかっても、何の痛痒も与えられない可能性が非常に高い」
「そこまでなのか」
「残念ながらね。今回の僕達の襲撃にしたって、人が反抗したケースの参考データ取得に利用しよう、程度にしか捉えられていないかもしれない」
「随分と下に見られたものだ」
人類そのものを脅威とみなしていないが故に見逃されると、魔王はそう言っているのである。
(言論規制がほとんどされていないのもそれが理由、か?)
ミナトの普段の言動を思い返してみた。それは逆説的にテトラの仮説へ真実味を付与している。
(とはいえ言い分が正しいとするならば、私達にとっても好都合だ)
過小評価して油断してくれる分には何の不都合も発生しない。是非積極的に過小評価して貰いたい位だ。
「所詮は僕の憶測でしかない。だが十分に勝算のある憶測だと思っている。今は僕に懸けてくれないか」
「……分かった。お前を信じよう」
もっとも、アスヴェルが現実へ干渉できない以上、魔王の策に乗る以外に手が無い訳でもあるのだが。流石にそれを口にするのは無粋に過ぎる。
それに、長年の戦友である魔王テトラを信頼していることもまた嘘偽り無いのだ。
「しかし1ヶ月……随分と長く気の休まらない時間を過ごすことになるか」
「戦いの場は僕やレジスタンスのメンバーが整える。君はそれまでの間、気楽にしてくれていてもいいんだが――」
「――そうだな。ミナトと楽しく過ごせると思えば、それはそれでありかもしれない」
新婚生活の準備期間と考えれば、1ヶ月も早々に過ぎ去ることだろう。
「……湊音が僕の娘だって分かってもそこはぶれないんだね?」
「ブレる訳が無いだろう。既に子供の名前も幾つか考えてある」
「うん、変わらない君でほっとした。本当に君は女性のことになると見境が無いというかブレーキを踏まないと言うか。あれだけ色々あったのに女性不信にならないその情熱は凄まじいと思う」
「ほっとけ」
失礼極まりないことを口にした後、魔王はどうしたことか顔を綻ばせ、
「仕方ない、僕も覚悟を決めよう――これからは、僕のことを“お義父さん”と呼んでくれても構わないよ?」
「あ? 調子に乗ってるとぶっ殺すぞ?」
「未来の義父に向かって何て口を!?」
それはそれ、これはこれ。ミナトの父である以前に、こいつは魔王である。
「……そう言えばお前。ミナトの親代わりってことはあの子と2人きりで生活してきたってことだよな?」
「ちょっ!? 待っ!? な、なんでそこで急に殺気を漲らせるの!? なにも無い!! 僕とあの子の間にやましい関係なんて何もないよ!? ていうか、そんな邪推するのって逆にあの子に失礼じゃない!?」
「なら、彼女の何歳まで一緒に風呂入っていたのか答えて貰おう」
「無いよ!! そんな経験ないよ!! そういう繊細なところはレジスタンスの女性メンバーにお願いしていたからね!!」
必死の弁明。苦しいところはあるが、まあ、納得できないでもない。こいつに子育ての経験なぞ無いだろうし。
「では一緒の布団で寝たことは!?」
「そ、それは――あるけど、まだまだ凄くちっちゃい頃だよ!? 親子だったらそれくらい当然でしょ!?」
「……尻尾を出したか」
魔力を集中する。術式を展開する。周囲にバチバチと雷が走った。
「お、おかしい! おかしいよね!? こんなことで怒られる道理ってある!? こんな暴虐が許されたら、世のお父さん方は皆娘の恋人にボコボコにされちゃうよ!?」
「やかましい!!」
「ひっ!?」
「可能性を生み出した時点でアウトなんだよ!!」
「無茶苦茶だぁ!?」
……………。
義父と息子(予定)の過激なスキンシップ終了後。
「冷静になって考えればそれほど怒るようなことでも無かったな」
「も、もう少しだけ早くその事実に気付いて欲しかったねぇ……」
再びズタボロになった魔王がヨロヨロと立ち上がってきた。
まあ、アスヴェルとて元より本気だったわけではない。その証拠に魔王は未だ五体満足だ。
「ああ、そうだ。もののついでに聞いておきたいことがある」
「う、うん? 今度はナンデショウカ?」
怯えながら、それでも魔王は律儀に返事をしてきた。まあ、どれだけ酷い目に遭おうと“この世界”で彼が死ぬことは無いのだけれども。
それはそれとして、アスヴェルは極めて真面目な表情を作り、テトラへと問いかけた。
「ミナトのこと――あれは、贖罪のつもりか」
「――――」
唐突にテトラが固まる。とはいえ、それで追求を諦めてやるつもりはない。魔王が答えを紡ぐまで、アスヴェルはじっとその瞳を凝視する。
たっぷり10秒以上経ってから、観念したように彼は口を開いた。
「――否定はしない。あの子に“彼女”の面影を見てしまったのは事実だ」
「まさかとは思うが、彼女を弄っていないだろうな」
「誓ってそれは無い! 湊音がああなったのは自然の成り行きで――こう言っては陳腐だが、これは“運命”なんじゃないかと思う」
「運命、ね。余り好きな単語では無いが――あ?」
その瞬間。
有り得ないモノを見て、思考が止まった。
「どうした、アスヴェル? とても面白い顔になっているぞ」
魔王は気付ていない。気の抜けた顔をこちらに向けている。
「あのさ、テトラ」
「うん?」
「お前、“オーバーロード”は私達を歯牙にもかけないって言ったよな」
「うん、言ったよ」
「だから、当面の間は干渉されることは無いだろう、とも」
「うん、そうだね」
「だったら――今、お前の後ろに居る女は私の幻覚か何かか」
「はっ!?」
慌てて、魔王が振り返り――自分の後ろに立つ“女”の存在に、目を見開いた。
「はぁい♪ こんにちは」
極々自然体で“彼女”はこちらへ話しかける。余りに自然体過ぎて、逆に不自然な位だ。
「初めましてな訳だけど――自己紹介、必要かしら?」
女は笑顔を浮かべている。
ウェーブのかかった長く細やかな金髪、透き通るような碧眼、白磁のような肌――有体に言って、絶世の美女と呼ぶべき容姿。しかしその圧倒的とも言える“存在感”から、その女性が只人でないことは歴然としている。
その在り様は、さながら神を彷彿とさせた。
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