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第17話 ラスボス⇒降臨
【2】神の問答
しおりを挟む彼女の言葉へ真っ先に反応したのはアスヴェルではなかった。
「何が勝利条件だ! ふざけるな!!」
激昂したのは魔王テトラだ。
「神になれだと!? そんなこと、不可能だ!」
「あら。でも、竜との戦いだって似たようなものだったでしょう? もう一回アレと同じ奇跡を起こせばいいだけよ。それに――神を打倒するなんて言う夢物語より、遥かに現実的な提案じゃない?」
「ぐっ」
言葉を詰まらせる魔王。痛いところを突かれたのか。それとも、突かれたフリをしているのか。
代わりに、今度はアスヴェルが口を開く。
「“オーバーロード”とは種族名ではなかったのか?」
「ふふ、早速そこに言及するあたり、頭の回転は悪く無いわね。確かに神は人類が定義する種族とは意味合いが異なるわ。敢えていうなら――位階。生命を究極にまで昇華した存在こそが、神なのよ」
「その究極存在とやらへ私になれと? どうやって。毎日祈りを捧げろとでも?」
「そんなのは自分でお考えなさい。それとも勇者アスヴェルは手取り足取り教えてあげなきゃ何もできないダメな子なのかしら?」
「……ふむ」
そう言われてしまうと、これ以上の追及がしにくい。とはいえ――
(――自分から“神になれ”と命令しつつこの返答をする辺り、根本的に私へ情報を与えるつもりはないんだろうな)
胸中でそんな結論に至った。であれば、別の切り口から話を聞き出した方が有効か。
「お前にとって、仲間が増えるのはそれ程価値のあることなのか?」
「ええ、勿論。少なくとも、こんな街の管理より遥かに優先順位の高い案件よ」
「随分と人間の価値を低く見積もっているようだ」
すると“オーバーロード”は実に心外そうな表情を浮かべ、
「まさか。神は人類にだって一定の価値を認めているわ。よくある創作物の神のように“人は無価値だ”なんて言わないわよ。
ふふ、そもそも“無価値”だなんて、とっても頭の悪い結論よね? 観察力の欠乏というか思考の放棄というか。この世界に全く価値のない存在なんて無いのに。そこらの道端に転がっている石にだって、ちゃんと価値はあるんだもの」
「ほう。ちなみに、“そこいらの石ころ”と“人間”、どちらの方が価値は上なんだ?」
「そんな分かり切った質問に答えてあげるのは趣味じゃないわぁ」
言って、女性は口端を吊り上げる。随分とまあ、魅力的な笑みだった。
嘆息一つ、話を続ける。
「“オーバーロード”は滅多に個体数が増えないということか」
「その通りよ。貴方達のように生殖行為で安易に増やすことができないの。だからこそ、貴方の可能性は貴重なのよ。神の話、少しは信じる気になったかしら?」
「それなりに合点はいった」
果たしてどこまで本当のことを言っているのか。あくまで勘に過ぎないが、嘘は言っていないように感じる。つまりそれはアスヴェルが“神”とやらになれば全てが解決するということであるが――
(――雲をつかむような話だ)
魔王との話し合いに続いて自称“神”な宇宙人との対話という、字面だけでも現実味が無いことをやっているというのに、加えて“お前も神になれ”とか言われた日にはどう対処しろというのか。具体性がどこにも見えない。
「ま、いきなり神と同じ位階へ到達しろ、とは言わないわ。
まずは現実に――“3次元世界”へ干渉できるようにおなりなさい。それで第一段階をクリアしたものと認めます」
……こちらの考えを読んだのだろう。女が譲歩(なのか、これは?)を提案してきた。
「認められたらどうなる?」
「景品として東京をあげましょう」
「……あ、そう」
あっさりと宣言されてしまった。まるで東京という街には何の興味も無いかのように。いや、実際その通りなのかもしれない。
「で、“神”への報酬を用意する代わりに、私達のレジスタンス行為を中止せよ、という流れか」
「え? 別にいいんじゃない、やれば」
「何?」
予想に反する答えに、訝しむ。
「できると思うのならやってみなさいってこと。
安心なさいな、例え神に反抗したとしても、貴方が神になった際の報酬を減額するつもりはないから。もっとも、神に挑んだ結果ものの弾みで命を落としてしまうかもしれないけど――そんなの、覚悟の上よね?」
「あー、なるほど」
彼女の思考形態が大よそ理解できた。
この女は本気で、“アスヴェルが神に至る可能性”にだけ関心があるのだ。他は全て些末事。仮にも勇者と魔王を前にして、何の脅威も感じていない。人間達が何をしようと知ったことでは無いのだ。テトラが言った、『オーバーロードが干渉してくることは無い』という見立ては、あながち間違っていなかった。
(逆に、報酬の信憑性も高くなったな――彼女にとって、東京を渡すことなど痛くもかゆくもないのだから)
もっともそれは、“オーバーロード”の要望を満たしさえすれば、という話ではある。魔王の反応から見ても、そう簡単な目標とは言えないのだろう。
(それに――あれ程強く否定するとは。テトラの奴、まだ私に説明していない内容があるな?)
“オーバーロード”がどんな存在なのか把握していなければ、ああはなるまい。魔王もまたアスヴェルに全てを語った訳ではない、ということだ。
(とはいえ提示条件だけ見れば、どちらを信じるかここで判断する必要は無いのだが……)
何せ、魔王の提案も“オーバーロード”の提案も現時点で両立できてしまうのだから。
(ここまで都合良く話が転がるというのは実に気に入らない。手の平の上で踊らされている気分だ。或いは、“政府打倒”へ集中させないことが狙いという可能性も――)
様々な考えは巡るが、結局は“現状で結論は出せない”という結論に至る。
(一先ずここは彼女の話に乗る返答をした方が無難、か)
だが、その前に確認した事項があった。
「一つ、聞かせて欲しい」
「なぁに? 気分が乗ったら答えてあげるわよ」
「あの“ゲーム”だ。参加者をいたずらに殺害するアレを、何故開催しようと思った?」
「何かと思えば、そんなこと? 随分とつまらないこと聞くのね」
ため息を吐かれる。しかし、アスヴェルとしてもここで退くつもりはない。
「私がこの街について見聞きしてきた中で、あの“ゲーム”だけが異質だった。他は合理の塊とも言えるシステムが構築されていたにも関わらず、あそこだけ不合理に塗れている。はっきりいって無駄だらけだ。何故、あんな“程度の低い”代物を実施していたんだ?」
「あれは神《われわれ》の指示ではないわ」
「うん?」
「この街の“政府”が独自に立ち上げた企画よ。だから、そこに合理を求められても?」
「政府が? いったい何の目的であんなものをやったというんだ」
「さぁ? 本人に聞いてみたら?」
「止めることもできただろう」
「人のすることにアレコレ口を出すのは趣味じゃないの。放任主義なのよ、神は。ま、気に入らないのなら止めさせればいいわ。貴方がこの街の新たな管理者になった後で、ね」
“ゲーム”に対しても執着の無さは変わらない。
(全ては政府の責任であり、“オーバーロード”に過失はないと? はてさて、怪しいもんだ)
嘘は言っていないが、全てを語っているようにも見えない――ように感じる。しかしその違和感は、ここで提案を御破算とするに足るものではなく。
「……分かった。当面のところ、お前の提案に乗ってやる。なってやろうじゃないか、“神”とやらに」
「それは良かったわ♪ 新たな同胞が産まれることを祈っています――ただ」
「ただ、なんだ?」
「延々と待ち続けるのも退屈なのよね。一つ、“期限”を設けましょう」
「期限だと?」
「そう。何のデメリットも無いゲームなんて面白くないでしょう?」
言うや否や、女は指をパチンッと鳴らす。次の瞬間――
「――へ?」
きょとんとした――何が起きたか分からないという表情の、亜麻色の髪をした少女が現れた。
「ミナト!?」
思わず叫んだ。少女もこちらの気付いたようで、目を白黒とさせながら走り寄ってくる。
「アスヴェルに親父!? な、なんだよコレ!! 急に景色が変わったんだけど!? ここどこ!? あの女、誰!?」
「湊音! <ログアウト>してたんじゃないのか!?」
そんな魔王の質問に、
「そろそろ飯の時間だから呼びに来たんだよ!」
「ぬ、ぐっ――タイミングが最悪すぎる……!!」
返った来た言葉で、テトラは頭を抱えた。
一方でアスヴェルは目の前の女を睨み、
「オーバーロード! 何をしたっ!?」
「何って、新たなお客を招待したの。ほら、やっぱり勇者はヒロインを助けてこそ、じゃない? それに貴方、この子に大分執着してるようだし、いい起爆剤になると思って♪」
その台詞と共に、オーバーロードはもう一度指を鳴らした。途端、ミナトが悲鳴を上げる。
「な、なんだなんだっ!?」
突如、虚空より“鎖”が出現し、あっという間に少女の身体に巻き付く。
「え、え、え――っ!?」
その鎖はミナトの全身を絡めとった後、彼女の中へと吸い込まれるように消えていった。
「――って、なんとも、ない?」
後に残ったのは、割と平気そうな様子の少女。が、なんともない訳が無い。
「オーバーロード!!」
掴みかかるが、その手は空を切った。瞬きの間に、女は遥か後方へ移動していた。
「やぁね、別に変なことはしてないわ。ただちょっと、<ログアウト>できなくしただけ」
アスヴェルの殺気を事も無げに流し、肩を竦めながら神は答える。
「当面の間、特に何の問題もないわ――でもね、ずっとDivine Cradleに繋いでるのって、余り身体によくないの。ほら、ゲームは1日1時間って言うでしょ? ふふ、<ログイン>している間は栄養補給も排泄もできないものね」
面白そうに嗤う。
「ここの施設はろくに治療設備が整ってないし、もってせいぜい1ヶ月くらいかしら? だから――彼女が衰弱死するまでの期間を、刻限とします」
「戯言を言うな! 彼女は関係ないだろう!!」
「関係大ありよ。大事な女性の命が懸かってた方が、やる気出るってもんでしょう?」
「――――!!」
瞬間、血流が沸騰する。
そうか。こいつはそういう奴か。
「……ああ、そうだな。やる気? 出てきたとも。今にも噴き出そうだ」
自然と笑みが零れた。
「ここでその成果を見せてやる」
とりあえず、こいつは殺そう。
『――経絡を拓く、稲光を纏う、霹が巡る』
「磁式・雷迅」
魔術による身体の極限強化。
音すら置き去りにする速度でオーバーロードへと迫る。
敵が己の間合いに触れた刹那――アスヴェルは一片の躊躇いなく、拳を“神”へと叩き込んだ。
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