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Gifted Beginning

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時は、測定開始時まで遡る。

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すごい。すごすぎる。
それが、僕が皆の測定の様子を見た時の素直な感想だった。魔法の知識に関しては自信がある方だったが、皆僕の知らない魔法形態を持っている。しかも、それら全てがあらゆる意味でハイレベルであり、僕の中の常識を覆すには十分すぎるほどだった。

(文月さんの風の元素エレメントはもしかしたら変容の性質を持っているのか…?だとしたら、ただ単純に放出するだけじゃなく、エネルギーをもっと収束させて物質として顕現させることもできるかも…。無詠唱魔法ができるんなら、具現化系統の魔法からヒントを得ればかなり魔法の幅が広がるんじゃないか…?)

(進藤くんは光と大地の元素エレメントなのか?いや…あの召喚獣は多分彼の呪詛に刻まれた言霊のエネルギーと共鳴している。言霊と何らかのイメージの融合の産物があの獣なのだとしたら、この場に留めておくには風の元素のような爆発的なエネルギーがないと無理だ…とすると…もしかして三重属性!?そうだったらすごすぎるよ…進藤くん…!)

(五十寅さんは炎か…。すごい…元素が身体から溢れ出てる…!しかも溢れ出た元素の一つ一つから鮮烈な闘気のようなものを感じる…。でも、あんな量の魔力を生み出せるなら、ただ放出するだけじゃなくて、体に纏って鎧のようにしてみたり、武器なんかに纏わせて使っても強そうだ…あんなに洗練された元素なら、それくらい出来てもおかしくない…)

(藍桐さんはどういう魔法だ…?飛行に瞬間移動、あとは…装置に向かってなにかしている…?いずれにしても、空の元素に基づくものなのは間違いなさそうだけど…あれは魔法を行使しているというよりかは、元素の性質そのものが飛行や瞬間移動に最適化されている…?もしかして文月さんと同じ変容の性質を含んだ空の元素…?でもあれはもう元素そのものが入れ替わってるとしか…うーん…まさか大地の元素で空の元素に暗示をかけてるのか?そうすれば理論上は性質変化のようなものを再現することはできるけど…いやいや。さすがにそれは常識外れすぎかなぁ…)


(沼神さんか…ん?消えた?確かに、入学式の後とかもいきなり消えてたりしたけど…瞬間移動じゃなさそうだし…ん?神山先生がなんかいって…?装置の中に入った!?なんじゃそりゃ!?大地の元素に基づく電子攻撃ハッキングか?いや、そんなレベルじゃないなあれは…あと考えられるのは水の元素に基づく変容で自分を電子生命体にかえるとか?そんな魔法が存在するんだとしたら、プライバシーという単語はいずれ死語になるな…まさかなぁ…)

…と、終始興奮しっぱなしであった僕は、迫り来る自分の番のことはいざ知らず、客席で5人の魔法の分析し、ひたすら考察をpcに入力していた。

「次!白導 調!お前の番だ!降りてこい!」

ついに、処刑の時間になったようだ。

「白導くん!がんばー!」

「期待していますわ!」

「ま、気楽にやりましょ気楽に」

「が、がんばってね!」

この期待の眼差しも、数分後には蔑みの視線に変わると思うと、気が重くてしょうがなかった。どうせいくらやっても同じなのだ。僕に魔法は使えない。せいぜい、皆の魔法を分析して手助けをするのが関の山だろう。神山さんは入学前にああ言ってくれたけど、やっぱり信じられない。

処刑台に向かう死刑囚のように、僕は演習場の真ん中に向かっていった。目の前に聳え立つ巨大な測定装置は、僕にとっての断頭台である。さしずめ、この断頭台を制御する神山さんは執行人と言ったところだろうか。

「では、これより測定を開始する。まずは、元素から生み出した魔力をそのまま、パッチを通して放つイメージをしてみろ。」

僕に気を使ってか、具体的な指示をくれた。でも、出来ないものはしょうがないのに…。
とはいっても何もやらないのは癪なので、言われた通りにそのイメージを描き、出もしない魔力をだそうと無駄な努力をしようとした時、事件は起こった。

突然、視界が赤に染った。同時に、耳を劈つんざく警報の音。何が起こっているのか分からないでいると、

『危険。危険。異常魔力を感知。使用者に身の危険が及ぶ恐れがあるので、一時測定を中断します。安全のため、皆さんここから退去してください。繰り返します…』

装置が告げた。異常魔力!?侵入者か?いや、ここの警備システムは国内でもトップレベルの堅固さを誇ると言っていた。じゃあ何処から…?いや!そんなことよりも!

「大変!神山先生を救出しないと!」

「で、でも退去しなさいって、装置が言ってくださってますわよ…?」

「先生が無事じゃなかったらどーもこーもないでしょー!?ボクは助けるよ!」

そうだ。神山先生は大丈夫だろうか?流石に何らかの対策はしてあるんだろうけど…そう思ったのも束の間、装置から1人の人間が出てきた。神山先生だ。良かった。無事だった…

安堵したその時、先生は倒れた。意識がない。

「た、大変だ!先生の意識が!」

「とりあえず医務室に行こう!よーし!ボクに任せて!飛ばすよ!」

いつの間に降りてきたのか、五十寅さんが目にも止まらぬ速さで先生を抱えて医務室へ向かっていった。

「先生、大丈夫かな…」

「ほんと、心配ですわ…」

「は、はわわ、私、なんかしちゃいました…?」

大丈夫。多分沼神さんのせいではない。
皆も降りてきたようだ。

「んーでも、異常魔力って、一体何だったんスかね?」

誰も、答えられなかった。
こんなことは初めてだ。もしかして、僕のパッチの付け方が間違っていたのだろうか?どうして僕の測定時に?

「とりあえず。教室にもどりましょう。皆さん」

「そうっすね。あれじゃあ当分目を覚まさないでしょうし…」

「とりあえず、戻ったほうがいいかも…ほら、白導くんも行くよ!」

ぽかんと装置を見上げていた僕は踵を返し、みなの方へ歩みを進めた。その時。


視界が、傾いた。



地震?いや、地震なら、もっと大きい音がなるはずだ。体の自由が効かない。あれ。なんで地面がこんな近くにあるんだ?みんな、どうしたの…こっ…ちに……なに……か……


文月さんが慌てた様子で駆け寄ってくる映像を最後に、僕の意識はとだえ、深い闇へと沈んでいった。


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(…らべ。調。)

…声が聞こえる。文月さんだろうか。でも、文月さんにしては声が高い。なんというか、幼い子どもの声に似ている。

(もー。やっと会えたのに、寝ちゃうなんてひどい!)

誰かが大声でそういったのをきっかけに、僕の意識は覚醒した。だが、覚醒した僕の視界が捉えたものは医務室の天井でも、演習場の高い天井でもなかった。


目の前にあったのは、幼い女の子の顔だった。覗き込むようにしてこちらを見ている。年齢は10歳前後と言ったところか。取り立てて特徴のない、白のワンピースをきた少女であったが、髪の色も白なのが唯一特徴的だ。

(はじめまして…でいいのかな?調。私は、はじめましてじゃないけど…)

少しむくれた様子である。今までに会ったことがあっただろうか。いや、まずそれ以前に言うべきことがあった。

「あの…ここ、どこですか?」

(ここ?ここは調の中よ。)

サラッととんでもないことを言う。体の中?どういうことだ?夢を見ているんじゃないのか?

(あー!今これが現実じゃないって思ったでしょー!これは正真正銘、現実よ!げ、ん、じ、つ!おわかり!?)

あんまり疑うと少女が泣き出してしまいそうなので、僕はこの状況を受け入れることにした。あり得るとしたら、ここが存在そのものが疑問視されている結界術、人が己の中に持つ心象結界の中であるということ位でしか説明がつかない。それに、そこには例外なく結界の所有者以外の外部干渉は不可能であるはずなのだ。所有者と言い張る魔法使い達がこぞってそう断言したそうなので、間違いないはずだ。

でも、僕の目の前には女の子がいる。これもまた疑いようのない事実だ。さてこの状況をどう説明したらいいものか。

(その顔はこの状況を飲み込めていないみたいだね。まぁ、そりゃあそうだよねぇ。自分がもう1人いるなんてしったら、誰だって目を疑うわ。)

「自分がもう1人?それはどういう…?」


(あら、言った通りよ。


私はあなたよ。調。あなたのもう1つの人格、いえ、魂と言った方が適切かしらね。もう1人の白導 調。)

もう1人の白導 調だって?何を言っているんだ?この子は?

(だーかーらー!あなたは私、私はあなた!私もシラべよ!シラベ!ま、生まれてこの方ずーっと私に構ってくれなかったから、私のことなんか欠片も覚えてないでしょーけど!!)

ぷいとそっぽを向いてしまった。
先程の魔力基礎能力測定が凄すぎて感覚が麻痺していたが、そのうえでなお驚いている。ここが心象結界の中なのはどうやら間違いないようだし、確かに本人が二人いるのならばこの結界に存在できてることも説明がつく。

「い、いやあ、だって…今まで、なんも言ってくれなかったから…」

「何度も言ったわよ!それなのに調ときたら、口を開けばやれ色が変わったことがないだの魔法実技が0点だっただのネガティブなことばっか!そんなんだから魔法も使えないし、女の子の友達の1人もできないのよ!」

「お、女の子は関係ないだろう!」

なんだか段々馬鹿らしくなってきた。性別が違うとはいえ、目の前にいるのは僕なのだ。多分。

「測定機が異常魔力って言っていたのは、もしかして…」

(そ。やっと調が魔法を使おうとしてくれたのに誰かさんが2人の時間を台無しにしようとするから、ちょっと魔力の流れを弄ったのよ。大丈夫。大したことはしてないから、じき目を覚ますわよ。)

なんでもないかのようにそう言ったが、実際そうだとしたら一大事だ。あんな高性能な測定機をちょっと弄った程度で機能停止できるなど、冗談もいい所だ。だが、彼女がそういう以上、受け入れるしかないんだろう。




ところで…この違和感はなんだろう。僕は、今初めてあったのに、彼女に聞かなきゃいけないことがあった気がする。




ああ、そうだ。




僕はもう1人の僕に、気になっていたことを聞いた。



「ところで、なんで、今になって出てきてくれたの?」



(それは…)

少女は表情を曇らせた。そして、後ろを向いて呟くように答えた。



(あなたが、魔法を使いたいと、強く願ったからよ。)



「それだったら、今までにだって何回も思ったさ!でも…できなかったんだよ…」



何かよく分からないものが、身体から込み上げてくるのを感じた。この感情はなんだ。仮にも会って数分の少女に、どうしてこんな感情が湧いてくるのだ。



突然、今までの記憶がフラッシュバックとして蘇ってきた。いじめられ続けた日々。友達にも見放され、先生にも見放された。なんど自殺しようと思ったか、わからない。首についた縄のあとや、腕に無数に刻まれた自傷の後、そして何度押し付けられたか分からないタバコや魔法による暴力でボロボロになった背中。それらを隠そうと、僕がいくらお金を使ったか。机の中にはこっそり買った睡眠薬が、今も瓶ごと眠っている。


「今まで、僕がどんな目にあってきたか、知ってるんだろう…?僕なんだろ?君は?だったら…



もっと早く出てきてくれよ!そうすれば…




いじめられなくて、すんだかもしれないのに!!!」


(甘ったれないで!)

パチン、と、渇いた音が2人だけの空間に響いた。そして焼ける様な痛み。少女に、ビンタされたのだと理解するまでに数秒かかった。

少女は、泣いていた。そして、僕を強く抱きしめて言った。

(ごめんね、調…私もね、何回も助けようとしたんだよ?でも…出てこれなかった。君が、魔法が使えないって思い込んで、魔力の流れがとまっちゃったから、私にも助けられる力がなくて…君が魔法を使えることを信じないと、出てこれなかったのよ…。君自身がそう願わないと、私は外に出られないの。だから、君に頑張ってもらうしかなかったんだよ…本当に、ごめんね。君を、助けられなくて。

 でも、もうちょっとだけ、待っててね。もう少し。もう少しだから。その時になったら、私は君に力を貸すわ。だから、信じて?白導 調は魔法が使えるって。それも、取っておきの異端者(イレギュラー)として、ね?)

聞き覚えのある語感を残し、僕の視界が白く染まった。

最後に、僕を自称する少女が、涙を拭いて精一杯笑ってみせてくれた。そして、僕の意識は再び闇へと沈み…

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目が覚めると、医務室のベットで横たわっていた。
今度こそ現実に戻ったようだ。
視界が白いのは相変わらずだが、ベットの足やカーテンの留め具の無機質さが、ここが現実であることを強調していた。

それにしてもさっきのは何だったのだろう。
あまりにも現実離れしすぎた出来事が続いて、まだ頭がふわふわしている。
やはり夢だったのかな…。

何気なく周囲を見渡すと、時計が目に入った。午後の講義開始まで、あと十分もない。
急いで、ベットから降りようとすると、視界が歪んだ。立ち眩みだろうか。そう思って頭をさすろうとした僕の腕に水滴が零れ落ちた。直後、得体のしれない感情が僕を支配し、それが涙であることを理解すると同時に溜まっていたものが噴き出した。先ほどまでの出来事を、思い出しながら。

「こっちこそ、ごめんよ…。君は何も悪くない。僕が、僕が自分を否定したから…。君はずっと、僕の中で外にも出られず、声もかけられずにいたんだな…。」

僕は泣いていた。とめどなく溢れるそれを拭いながら、先ほどまでの出来事が現実であったことを再確認した。もう一人の自分。そして、最後の言葉。信じてと、彼女はいった。

「信じるよ。これからは、自分を疑わない。白導 調は魔法が使える。それも、とびっきりの異端者(イレギュラー)として。絶対に、君と一緒に、成し遂げてみせるよ。」

立ち上がり、鏡で涙を拭き切ったことを確認していると、医務室のドアが開き、文月さんが入ってきた。

「白導くん、そろそろ講義が…あ、起きてたの…ってええ!どうしたのその頬の痣!?誰かにビンタでもされた?」

鏡をみると、確かに赤く腫れていた。まるで、平手打ちされたかのように。
一瞬、鏡の中で少女が映り、こっちを見たかと思うと、思いっきり舌を出してきた…ように見えたが、気のせいだろう。

「ううん。大丈夫だよ!それより、講義遅れちゃうから、早く行こ!」

そう答えた僕の顔は多分、今までの人生の中で一番いい笑顔だったに違いない。

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(やっと。会えたね。

さて、私も頑張らないと。)


少女は虚空に手をかざし、別の空間への入口を作った。そして、


(私も、早く君の魔法形態を解析しなきゃっと…)


少女が入ったのは、広大な図書館だった。
だが、そこには天井や地上という概念はなく、全ての本が浮いている。


(ここにある、調の記憶を辿れば…)



きみと、一緒に戦えるよ。まっててね。







彼女の名前は白導 調。もう1人の僕の助けとなるべく、少女は今日も本を読む。

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