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     第七章

悲しみの先に

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 集中治療室で手術を受けていた僕は、奇跡的に助かった。だけど、目を覚ましたのはその三日後の夜に起きた。次の日の昼時、看護師さんが来て先生を呼びに言った。
「どこか、痛い場所とかありますか?」
「ありません」
「吐き気や頭痛などは?」
「ないですね」
先生は、このまま安静にしていれば五日後には退院できるでしょうと言って部屋を後にした。だけど看護師さんは残って質問された。
「高野さんはどうしてこんな事したんですか?」
まぁ、楓達にも聞かれるだろうと思っていたからすぐに答えることができた。
「簡単ですよ。もし楓が死ぬ事になる位なら、僕が身代わりになった方がいいと考えたからです」
「だけど、別に刺さったナイフを抜いて投げなくても良かったのでは?」
「怖い思いをさせた人ですから許せなかったからです」
本来ならこんな事しないと言われた。それはそうだ、刺さるだけでも痛いのにわざわざ抜いて投げ返したのだから。看護師さんが出て行くと、コンコンっとノックされた。
「どうぞ」
僕が起きて初めにお見舞いに来てくれたのは、楓だった。深刻そうな顔をしながら部屋に入って椅子に座った。
「どうしたの?暗い顔して」
なんで僕は察しなかったんだろう。
暗い顔にもなるはずだ。自分のせいで死にかけた人のお見舞いに来ているのだから。
「涼平君?あの時はありがとう。それと…」
「おっと、それから先は言わなくていいよ。僕が勝手にやった事だから」
「じゃあ、どうしてナイフを投げ返しすような事をしたの?死ぬかもしれなかったんだよ?」
楓は涙目になりながら質問した。
「楓に怖い思いさせた人を見逃して自分の命を取るくらいなら、ナイフを投げ返して捕まえた方がいいと判断したからね」
ばか。
「何か言った?」
「言ったわよ!ばか!どうして?死ぬかもしれなかったんだよ?確かにあの時は私が死んだら涼平君悲しむと思ったよ」
「でも、ああするしか無かったから」
「それでも、私は悲しかった。涼平君が死んだらどうしようって。このまま目を覚まさなかったらどうしようって私のあの時の気持ち分かる?」
確かに、僕のあの時の行動は間違っていたかもしれない。だけど、君が傷ついてほしくなかったから。
「あの時の僕の行動は間違っていたかもしれない。でも、今の状況が逆だったら分かるよ」
もう二度と、あんな思いしたくはないんだ。たとえ僕が死ぬことになったもしても、もう誰も傷ついてほしくない。そんな思いで一杯だった。
「分かった。もう二度と、こんな事はしない。無茶はしない。約束する。だからそんな顔しないでよ」
本当にこれでいいのか?もしも、同じような事が起こったらどうしたらいい?美優や舞にも同じ事があったら、僕はみすみす犯人を逃がすのか?
そんな事あってはならない。ダメなんだ。
そうだ。なら、防弾チョッキみたいなのを身に付けておけばいいんだ!
「絶対に、無茶しない?本当だね?」
「約束する」
死なない程度でやるしかない。
だったら人を守れるように力をつけないと、そういえば昔、僕の部屋の押入れに『拳法の極意』とかいう本があったな。
もし、そこに人を守れるような拳法があるなら、特訓して使えるようにならないと。もう二度とあんな事を繰り返しちゃいけないんだ。
絶対に。
たとえ僕が怖がられるような事になっても。
「それじゃあ、私もう行くね?お大事に」
「来てくれてありがとう」
どうしたんだろう?何かよそよそしかった様なそんな気がしたんだけど、気のせいかな?
五日か、少しでも人を守れるような力が今の僕に必要だからちょっと調べてみようかな。怪我人でもできるトレーニング方法を。 続く…
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