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熱した油と心の雲2

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 白い頭が足音とともに遠ざかってゆく。
 ルシルの後ろ姿を見送ったあと、俺は視線を横へと流した。
 エイミーより手前。背の高い肩と視線はぶつかって、自然と上向き、

「……ねえ、二人とも」

 細い瞳へと行きついたとき、向こうから会話が切り出された。
 デンテルはこちらを振り向かず、敷地を定める石の塀の向こうを見つめている。
 顔を動かすことなく、彼は継げる。

「あの塀の向こう。何が見えるかな?」

「……そりゃ草原と、向こうに山が連なってるだけだろ?」

 外への恐怖を隠し、俺は平静を装って返答した。
 この国――エルヴンガンド生まれじゃない俺には山の名前なんてわからないけれど、塀の向こうには獣道もなく、完全な緑が広がっているばかりだ。
 乾いた風がそこを駆け抜けて、花の種子や葉を巻き上げて旅をしているのが見えた。
 力強く、自由な風はやがてこちらへと進路を変え、俺たちの頬を撫でつける。

「なぁ。エイミーも変なモンは見えないだろ?」

「う、うん……」

 高い肩を風避けにさせてもらいつつ問いかけると、エイミーは言葉をつかえさせながら同意してくれた。
 彼女もまた、外に対して思うところがあるのだろう。

 デンテルは何を変なことを……とは、もう思わない。
 彼が物の見え方を訊ねるのは、よくあることだから。
 どういう意図で訊ねているのかはわからないけど、その対象は時によってまちまちだった。
 空や地面、窓、果てはこの家そのものを指差すこともあった。
 そんな変わった彼は、俺たちの返答に対して短く相槌を打ち、

「変なことを訊いてごめんよ。何でもないんだ」

 薄い笑いを交えて謝ってきた。
 俺たちが言葉を重ねるよりも先。枯れ葉を噛む靴の音が響いて、彼の踵がかえされる。

「コリー。僕はナイフとか取ってくるから、エイミーをよろしくね」

 それだけを涼やかに言うと、彼もまたこの場をあとにした。
 洗うだけではなく、皮むきもやってしまおうということだろう。合理的なデンテルらしい。
 大きな肩がなくなったことで、俺の視線は向こうの黒眼と結ばれる。

「えっと、その……」

 でも、風に黒髪を遊ばせるエイミーは顔を背けて、何やら気まずそうに口ごもってしまった。
 手のうちに握られているサージュが空回り、そちらへと視線は滑り落ちる。
 緊張……しているのかもしれない。
 畑の案内とか貝合わせでだいぶ打ち解けれたと思ってたけど、俺の気のせいだったのだろうか。

「ほら、俺にも貸せよ」

 煮え切らない想いを抱えながら、俺は彼女の元にあったサージュをひったくった。
 六人家族の一食分なんて、大した量じゃない。
 二人で洗えば すぐに終わるだろう。……あ、そうだ。

「エイミー知ってるか? サージュって、収穫して一日で腐っちまうんだぜ」

 少し得意げに、エイミーが知らないであろう知識を教えてやる。
 このあいだ畑を案内したときには気がつかなかったけど、よくよく考えてみれば“名前だけ教えて終わり”は、ありえなかった。
 サージュとは何か。どんな世話をしているのかを教えるべきだっただろう。
 これは、もしかしたらルシルに小言をいわれるかもしれないな。
 内心で後悔する俺に対し、エイミーは くすくすと笑いながら、

「知ってるよ。さっきルシルに教えてもらったの」

 楽しそうに答えた。
 得意げな調子がツボに入ったのかもしれない。
 笑い続ける彼女は両手で口元を隠そうとして、濡れていることに気づいて引っ込めていた。
 そこにさっきまでの緊張は感じられない。

 エイミーが笑ってくれたことが嬉しくて、俺も釣られて小さく笑う。
 再び結ばれた瞳はいつもどおり。
 どこか不安げに見えたんだけど、気のせいだったみたいだ。



 ◆



「――ああ、ナイフは最後でいいんだ」

 戻ってきたデンテルを交え、俺たちはサージュの皮むきを行っていた。
 既に水洗いは完了。というか案の定すぐに終わってしまったので、残りの時間は雑談をしていたのだけど。

 エイミーの手つきは危なっかしいけど、デンテルが付いていてくれるので安心だ。
 俺はサージュの芽を摘みながら、のんびり二人のやり取りを眺めていた。

「でも、皮むきは包丁を使わないと」

「うーん……それでもいいんだけど、これを使った方が楽なんだ」

 戸惑うエイミーに、デンテルが手渡したのは金属製のスプーン。
 普段使いは木製なので、エイミーが目にするのは初めてかもしれない。

「スプーン?」

 彼女は手渡されたそれを しげしげと見つめていた。
 いくら見つめてもただのスプーンであることを確認したエイミーは、回答を求めて視線をさまよわせる。
 やがてそれがデンテルの瞳を捉えると、彼は糸目をやわらかくたわませながら手を動かす。

「うん。スプーンのふちをサージュにあてて、こう……向こう側へ擦れば――」

 硬いもの同士が擦れる小さな音とともに、サージュの皮は ぽろりとめくれた。
 もちろん全部じゃなくて、触れていた一部のみだけど。

「こんなに簡単に取れるの……?」

 むけた皮を見て感心するエイミーの目は輝いていた。
 畑を案内したときにも感じたけど、彼女は小さいことでも深い関心を寄せてくれる。
 おじいちゃんは“感受性が豊かな子”と言っていたけど、それはとても魅力的なことだと思う。
 小さな子供だったころを忘れない、純粋な子だともいえるだろう。

 スプーンを手にしたエイミーは、次から次へとサージュの皮をむいていく。
 「これなら無駄が出なくていいね!」そう言ってはにかむ彼女の あどけない表情と、所帯じみた発言の噛み合わなさが面白くて。
 俺はこらえたけど、デンテルは思い切り吹きだしていた。

「はは……あ、そうそう。サージュの芽には毒があるから、最後にナイフで取り除くようにしてね」

 目端をぬぐいながら、デンテルが忠告をひとつ。
 今回は俺が既に摘んでおいたけど、今後彼女が一人で調理をするときに知らなかったら大変だ。
 ……こういったことも、本当は俺が話しておくべきだったんだろうなぁ。

 エイミーは“毒”と聞いて驚いた様子で、サージュを取り落しそうになっていた。
 いや、触ったくらいでどうにかなるなら、栽培したりしないから。

 おろおろとするエイミーは可愛らしいけど、このままではかわいそうだ。
 「食べなきゃ害はないよ」と教えてやると、彼女は ほっと胸を撫で下ろしていた。
 その横で、デンテルは皮むきを終えたサージュをカゴに入れてゆく。蔓を編んで作られた小カゴだ。
 話ながらも彼の手は絶え間なく動いていたらしい。
 残ったのはエイミーが握っていた一個っきり。申し訳なさそうにする彼女がそれを入れると、俺たちの役目は終わりとなった。

「遅くてごめんね。えっと、私が持つよ?」

「いいよ。気にしないで」

 デンテルがきっぱり言うから、エイミーは食い下がれなかった。
 けれども、視線は気遣わしげにカゴへと注がれたままだ。どうやら負い目を感じているらしい。
 人に優しくできることは良いことだと思う。だが、あまりに遠慮しすぎるのはどうだろう。
 少なくとも俺は嬉しくない。何も頼ってくれないというのは、必要とされていないみたいで寂しいものだ。

「……なら、二人で持ちゃいいんじゃねーか?」

 だから俺は、おせっかいなことを言った。
 たいして重くもないカゴだ。二人で持ったなら、むしろ運びにくくなるだろう。
 けれども、デンテルもエイミーも嫌な顔はしなかった。
 それどころかうなずきあってカゴを持ち上げ、

「コリーも持ってくれよ。二人じゃ重いんだ」

「その、迷惑じゃなかったらなんだけど……」

 示し合わせたかのように視線をこちらへ。そして、三人で運ぶことを提案してきた。
 デンテルは嘘をつきながらくったくのない笑みを浮かべ、エイミーは照れ笑いを浮かべている。
 三人で寄ってたかって小さなカゴを運んでいる様子を想像して苦笑い。「俺はいいよ」と言ったのだけど、エイミーが目を伏せ、所在なさげにするものだから。

「あぁ、わかったよ。持つ、持つから!」

 俺は後ろ髪をガシガシと掻きあげながら、駆け寄ってカゴを掴んだ。……なんだか、こういう虫みたいだ。
 そんな考えが浮かんで、すぐにかき消える。
 虫なら、姿かたちが違う俺は殺されていただろうから。
 エイミーもデンテルも、そしてここのみんなは“人”だからこそ、俺を受け入れてくれるのだ。
 ――俺を“人”だって、認めてくれるのだ。

 三人でカゴを持ったまま、裏戸をくぐり、廊下を歩いていて気付いたことがある。
 
「コリー、どうしたの?」

 書庫を過ぎたあたりで足を止めた俺に対し、エイミーが顔をのぞきこんで訊ねてきた。
 「なんでもない、小さいことだ」そう言って俺が歩き出すと、二人は首をかしげながらも足を動かす。
 俺が後ろ歩きで引っ張るから、歩くしかなかったのだろう。

 三人で歩いていて気がつかなかったけど、俺は、廊下の中央を歩いていた。
 心的外傷トラウマのひとつ。隅を歩くことしかできなかった街での恐怖を、知らない間に乗り越えていたのだ。
 すべての心の傷が癒えたわけじゃない。まだまだ怖いこと、辛いことはたくさんある。
 それでも今は、真ん中を堂々と歩ける誇らしさを噛みしめて、笑った。



 ◆



「ほっほっほ。みんな、仲良しじゃのう」

 三人でカゴを持ったまま食堂に入場すると、おじいちゃんが笑いながら出迎えてくれた。
 見れば、机にはラピスとルシルが。
 ラピスは手を口にあてて笑みをこぼし、ルシルは変わらぬ無表情でこちらを見つめている。
 でも、変わらない表情の裏でうらやましがっていることが、俺にはわかる。

「ルシルー、いいだろー?」

「――――っ!?」

 デンテルはもう離してしまったため、エイミーと二人で掴んでいたカゴを揺らしてみせる。
 ゴロゴロとなかでサージュが転がり、その音にまぎれてルシルが息を呑む音が聞こえた。
 得意満面。俺は頭の上についた耳を動かし、勝ち誇った表情を見せてやる。

「……エイミー、コリーに変なことされなかった?」

 ルシルは即座に駆け寄ると、カゴとエイミーをひったくって遠ざかった。
 突然に手を引かれたエイミーは、きょとんとした様子で、俺とルシルを交互に見つめている。

 変なこと……その話題はまずい。
 なんとか俺の恥へと話が流れる前に、話題を変えなければ。
 いつも働かない頭を急速回転させていると、パチン、と指が鳴る軽快な音が響いた。
 音の主――ラピスはしなやかな白い指を頭上にかかげ、空色の髪を後ろにやりながら口を開く。

「さ。みんな揃ったことだし、料理をはじめましょう!」

 宣言すると、みんなの視線は彼女に集まった。
 もちろんルシルとエイミーも。期せずして話は途切れてくれたようで、俺は、ほっと息をついた。

「そういえば僕たちは聞いてないんだけど、今日は何を作るの?」

 デンテルの言葉に、俺も聞いてなかったことを思い出す。
 色々な材料が用意されているようだし、鍋か何かだろうか。

「今日は、エイミーの故郷の味を作ります」

「ええっ!?」

 自信満々に宣言するラピスと、今聞いたとばかりに驚くエイミー。
 唐突なラピスの思いつきかと疑ったけど、ルシルによると話は通っているらしい。
 おそらく照れから来る動揺だったのだろう。
 しばらく視線をさまよわせていたエイミーは、やがて小さく喉をならしたあと、

「……えっと、コロッケなら作り方はわかるけど、でも失敗しちゃうかも」

 自身の無さがにじむ、か細い声をしぼりだした。
 ころっけ? コロッケ? ……聞いたことのない名前だ。
 おじいちゃんは聞いたことがあるのか、うんうんと頷いているけれど、他のみんなは一様に首をかしげてる。
 エイミーの様子からするに、あまりコロッケを作った経験がないのだろうか。
 ――なら、元気づけてやらないとな。

「別に失敗したって気にしないって! 俺はみんなで料理できるってだけで嬉しいぜ」

 うつむく彼女に笑いかけて励ます。
 実際、味なんて二の次でいいのだ。
 みんなで食べるごはんは、一人で食べるどんなものよりも美味しいから。

「……コリーもたまにはいいことを言う。一緒にがんばろ?」

「失敗しても次に活かせるわ。まずはやってみましょう」

「僕もたまに焦がすし、ちょっとくらい誰も気にしないよ。エイミーの思うとおりにやってみて」

「最近は作ってもらってばかりで、料理は久しぶりじゃのう。なあに、わしがエイミーよりすごい失敗をしてやるわい!」

 みんなが口々にエイミーを元気づける。
 ああ、なんかこういうのっていいよな。
 俺は小さいころに両親を失ってるから、むかしは“家族”ってよくわからなかった。
 けれど今なら、これが家族だって胸を張って言える。

 みんなの想いは届いたようで、エイミーは「ありがとう」とひとこと。
 それから、俺たちにいくつかの指示を出した。
 彼女の要求した卵は無かったし、コムギコやパンコはそもそも何のことかわからなかったけれど、おじいちゃんが代わりになるものを倉庫から出してきてくれた。

 お肉を細かく切って炒めておく。
 茹でたサージュを潰して、そこに炒めたお肉を混ぜてこねる。
 それをこぶしくらいの大きさにして、パンコ(代用)とコムギコ(代用)をつけて、油で揚げる。

 そんな作業を、俺らは分担して行った。

 で、出来上がったのが……。
 ほぼ素揚げになったマッシュサージュと、パンコとコムギコで出来た茶色の衣。
 なるほど。二つが分離したこの状態がコロッケなのか。

 だいぶ手間がかかるし見てくれは悪いけれど、油で揚がったコムギコの香ばしい匂いが食欲をそそる。
 だけど別々に揚がるのなら、わざわざサージュにつける必要はなかったんじゃないか?
 そんなふうに疑問を持ちつつも、味見をしようと手を伸ばし、

「――だめっ!」

 エイミーに皿ごとひったくられた。
 伸ばした手は、何も掴めずに空を切る。

「だめ、だめ。これは違うの。だめなの……」

 否定の言葉を重ね、エイミーは泣き出してしまう。
 いやいやと首を横に振る動作と、こぼれる涙が教えてくれた。……これは失敗した結果だったんだ。

 嗚咽と、鼻をすする音が食堂に響く。
 きっと彼女は失敗が恥ずかしくて、悲しくて。自分を情けないと感じているのだろう。
 そんなこと気にするヤツなんて、ここにはいないのに。

「エイミー! あれはなんだっ!?」

 窓の外。高い青空を指さして驚いた表情をつくる。
 声はかぎり大きく、目は見開いて。
 なかなか釣られなかったエイミーも、空気を読んだデンテルの「一体何なんだあれは……!」という迫真のセリフによってついに騙された。

 当然そこには何もない。
 エイミーが抱えている皿から、一瞬でも意識を逸らしたかっただけだ。
 さあ、その無防備なコロッケをつまみ食いさせ――

「……うん、おいしい。エイミーが泣く必要なんてない」

 飲み込んで、小さく喉を鳴らしたルシルが優しく諭す。
 気を逸らした隙につまみ食いしようという作戦だったのに、まんまと先を越されてしまったようだ。

「え……?」
 
 突然のことに何が何だかわかっていないのだろう。
 エイミーはこぼれる涙を拾うのも忘れて、お皿を持ったまま呆けていた。
 いまだ雫をこぼし続ける彼女に寄り添って、ルシルはさらに言葉を続ける。

「……これは、いいものだよ」

 ふんす、と鼻を鳴らしてルシルは言いきった。
 その仕草は彼女の自信の表れ。強く、心からそう思っているのだろう。

「どれどれ、わしもひとくち」

「僕も食べたいな」

 ルシルに続いて二人がコロッケの皿に群がる。
 ああ、もう……俺が最初に食べたかったのに!

「俺にも食わせてくれよ!」

 皿に手を伸ばして口に運ぶ。
 エイミーはそれを、もう拒もうとはしなかった。

 たしかに少し油っぽいし、食感も悪い。
 けれど香ばしい匂いは胃を刺激するし、つぶしたサージュと細切れ肉の相性は抜群だ。

「なんだよ、泣くほど酷いのかと思ったら普通においしいじゃん!」

 にっこりと笑って感想をエイミーに伝えてやった。
 お世辞じゃない、正直な想いを。

「でも……でも、こんなのコロッケじゃないの」

「……別に、最初から成功する必要なんてない。そのうち成功作を食べさせてくれればかまわない」

 未だ首を振えい続けるエイミーに、ルシルは優しい言葉を贈った。
 「いつかまた、作ってくれるよね?」そう、最後に付け加えて。

 次の約束。それは彼女なりの手の差し伸べ方なのだろう。
 俺たちは家族なんだから、いくらでも機会はあるんだ。
 俺もいつか、エイミー会心の出来のコロッケを食べてみたい。

「俺もまたエイミーと料理をしたい! そのときまた、コロッケを作ろうぜ」

 率直な想いは心の内で言葉になる。
 それを押しとどめることなく、彼女に伝えてやった。
 そもそも最初に失敗してもいいって言っておいたのに、エイミーは気にしすぎなのだ。
 もっと食べられないような物体を作り上げたのならまだしも、こんなの全然泣くようなことじゃない。

「…………!!」

 嗚咽で声が出せないのだろう。
 けいれんする喉を押さえながら、エイミーは言葉の代わりに激しくうなずいて想いを伝えてくれた。
 顔はまっかっかだし、涙のあとはくっきり。
 そんな彼女を、ルシルは自分の服でぬぐってやっていた。


 ジュー……


 感動ムードのなか、何かを油で揚げる音が食堂中に響く。
 いや、さっきから聞こえてたのかもしれないけれど、今気づいた。

「えっと、ラピスは何やってるの?」

 苦笑いをしながらデンテルが問いかける。
 揚げ物をしてるのは、エイミーが泣きだしたあたりから存在感が薄くなっていたラピスだった。

「うん? ほら」

 そう言いながら彼女が皿に移したそれは、サージュと衣が分離してない“コロッケ”だ。
 カラッと揚がった衣は窓から差し込む光を受けてキラキラと輝いている。

「作り方知ってたのかよ!?」

「いいえ。ただなんとなく油の温度が低かったんじゃないかと思って……少し魔石の出力を調整したのよ」

 そう言って、ラピスは小さく舌を出してほほえんだ。
 そしてエイミーに向き直る。

「別に失敗しても、みんなで考えれば案外なんとかなるものよ? 料理に限らず、何でもそう。
 だから、一人で泣く必要なんてないんだからね」

「……はい。ごめんなさい」
 
「エイミー、そういうときは“ありがとう”って言うのよ」

「ごめんなさい! ……あっ!」


「「「 あははははは! 」」」


 香ばしい匂いと油の熱気が満ちる室内に、大きな笑い声が響く。
 その声はとても楽しげで、俺がかつて最も欲した温かいものだった。


 ここにいるみんなは、これからもずっと家族なんだ。
 たとえ誰かがここを巣立つ日が来たとしても、それは変わらない。

 だからお前が困ってる時は、家族みんなで必ず助けるからな。
 それでまた今日みたいに笑い会おうぜ。

 ……なあ、エイミー。


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