上 下
12 / 51

雨の日の過ごしかた1

しおりを挟む


 ――湿っぽい土の匂いがした

 次いでサラサラとした、砂時計のような音が耳を揺らす。
 何かな? 目をこすりながら顔をあげると、

「……雨、だ」

 この世界で初めて見る、雨が降っていた。
 煙みたいな細かい雨粒のこれは“霧雨”っていうのかな。

 四角い窓からのぞく世界は、薄いもやに包まれている。
 やわらかく白いからだでりんかくをぼやかせるそれを、外に広がる緑も歓迎しているようだった。

 窓を開けて深呼吸をひとつ。
 濃い土の匂いにむせそうになるけれど、新鮮な空気はあたまのなかを すっきりさせてくれた。
 心地よくなった私は、なんとなく目を閉じてみる。

「…………」

 それから手探りでベッドに戻り ごろんと寝転がった。
 そうしていると、耳に届く音がやけに近くなる。
 下草を滑り落ちる雨垂れや、土に染みこむ水の声まで聞こえてくるようで。
 私はしばらく雨の合唱を楽しんだあと、食堂へと足を運んだ。



 ◆



「うーん……今日は雨かー」

 朝食後のお茶を飲んでいると、コリーが気だるげにつぶやいた言葉が耳を揺らした。

「コリーは雨、嫌いなの?」

 手に持ったお茶をひとくち。
 鼻先をなでるあたたかい湯気を楽しみながら、思い浮かんだ言葉をそのまま口に出してみる。

「嫌いだなぁ。晴れてるほうが気分がいいし」

 つまらなそうに外に目を落とし、次いでコリーは耳をパタパタとはためかせる。
 男の子は そういうものなのかもしれない。

 でも、雨は雨でいいものなのだ。
 折り紙に読書。お絵かきなんかを落ち着いてできるから。
 晴れの日でも同じことはできるけど“風情”ってものがあるのだ。
 ……こんなことを言ったら、年寄りくさいと思われてしまいそうだけど。

「エイミーは雨、好きなの?」

 両手でお茶の入ったカップをもてあそびながら、デンテルが訊いてきた。
 なかなかお茶を口に運ばないのは、もしかしたら猫舌だからなのかもしれない。
 長身で大柄な彼が両手でカップを持って、ふーふーしている姿は、少しおもしろい。

「……うん。雨の音はね、なんだか落ち着くんだ」

 どう答えようか少し迷って私は、私が思う雨の良さを語ることにした。
 どうしてかはわからない。
 だけど、私の好きなものを知ってほしいと思ったのだ。

 耳を澄ませば聞こえてくる小さな音。
 それはどんどん近くにやってきて、心に響く。

 緑が雫をはじく音。
 土に染み入る水の声。
 雨によろこぶ、木々の息遣い。

 聞こえるはずのない小さな歌が聞こえるようで。
 そんな遠い音楽の良さを伝えたかったのだけど、想いが先ばしって上手く伝えられなかった。
 私が、もっと話し上手だったらよかったのに。

「…………」

 それでも、みんなは目をつむって耳を澄ませてくれた。
 私のへたっぴな話を馬鹿にせずに、理解しようとしてくれたことが嬉しくて。
 胸のおくから込みあげてきたあったかいものを感じながら、私も一緒に目をつむった。


「……雨も、わるくない」

 時間を忘れて聞き入っていると、ルシルがぽつりとつぶやいた。
 ほころばない顔の代わりにまばたきを二回。
 彼女なりの意思表示をまじえて。

「ルシルがそんなことを言うなんて、ちょっと意外だね」

 デンテルは糸目をたわませて笑う。
 そして次に彼は、ルシルとコリーを交互に見やった。
 ……なるほど。きっと二人は、雨よりも晴れの方が好きなのだろう。

 ルシルがなにかを言おうと口を開く前に、ラピスのつぶやきが先んじた。

「私も好きよ、雨。……だって、読書がはかどるんですもの。」

 持っていたカップを机の上に置いて、彼女は空色の髪を軽く撫でた。
 結わえる虹色のリボンと相まって、そこに晴れた日の空を視てしまう。

「……俺はやっぱ、晴れてた方がいいけどな」

 ぐでーっと机に伏すコリーに、ルシルが「……これだからお子様は」とあおりだした。
 このままではケンカになってしまうかもしれない。
 耳をピンと立てて、ちょっと顔を赤らめている彼は、きっと怒り出す寸前だ。
 だから私は話題を変えるためにも、浮かんだ疑問を訊ねてみることにした。

「ねえ おじいちゃん。この世界に“紙”ってある?」

「…………」

「おじいちゃん?」

 問いかけるも おじいちゃんは珍しく上の空だった。
 雨の音って心を落ち着けるから眠くなったのかもしれない。
 もう一度呼びかけると、短い白いおひげを触りながら「ふむ」とひとこと。
 そしてお茶をすすってから口を開いた。

「エイミーの世界の“紙”と同じかはわからんが、パピルスや羊皮紙が存在するのう」

「羊皮紙、パピルス……」

 羊皮紙は動物の皮からつくられる紙で、パピルスは植物からつくられる紙。
 どちらも厳密には“紙”ではなく、作成には数日が必要。

 私は前の世界に存在していたものなら、“想いが言葉になる”力で意味がわかるらしい。
 文字も、一部の単語や言い回しを除いて理解できる。
 最近知ったしくみだけど、これはなかなかに便利なものだ。

 ……と、そんなことはどうでもいいか。
 どちらも手間がかかるなら 遊びに使うなんて駄目だろう。
 みんなと折り紙でもしようかと思ったのだけど、ままならないものだ。

 あ、でもあれなら――

「問題です!」

 大きな声で注目を引いてから話に入る。
 幼稚園のとき、先生がよくやっていた手法だ。

「私が書庫から三冊の本を……仮にA・B・Cの本を持ってきたとします」

 唐突な語り出しなのに、みんなは静かに聞いてくれている。
 ここに来た初めての夜を思い出して、なんだか恥ずかしくなってきた。

「一番面白いのはCの本なのに、みんなはAから読み始めようとしました。それは、どうしてでしょう?」

 顔が赤くなってしまうまえに急いで言い切る。
 ここに来た初めての日。
 食堂の入り口でもじもじしていたのは ほんの一週間まえのことなのに、なんだかずいぶんと前のことな気がしてしまう。

 きっとおじいちゃんは答えがわかったのだろう。
 頭を抱えて悩むコリーやルシル、問題文を口ずさみながら考え込むラピスやデンテルと違い、どこか余裕があるふうに見える。
 少しして。ルシルが ぽん! と手を叩いて、

「……エイミーの趣味が悪かったから?」

 私に対する失礼な回答を口にした。
 けど、「正解でしょ?」と言わんばかりに鳴らされた鼻の音に悪意は感じない。
 
「ぶっぷー。違います」

 でも残念。不正解。
 両手を交差させて胸の前に出し、バッテンをつくってみた。
 その動作だけでは伝わらなかっただろうけど、言葉と合わせることで意味は伝わったみたい。
 彼女は小さな呟きを残して、再び頭を抱えだした。

「わかった!」

 絶対わかってない!
 そう確実に思わせるほどに明るい声をあげながら、コリーは席を立った。

「AとBの本に比べてCの本は薄かったんだ。だから本が苦手な俺やルシルもCを取った」

 どうだ、合ってるだろ?
 ピコピコと動く耳で意思を伝えるコリーにもバッテンをプレゼントする。
 でも、これは良い答えだと思う。
 ここにおじいちゃんとかラピスがいなかったら、これが正解でも間違いではないだろうから。

 この遊び……“なぞなぞ”は、正しい答えを考えるだけが楽しいわけじゃない。
 人によって違う考え方、感じ方を聞くことも楽しいのだ。
 それは、回答をする人の想いに触れることができるから。
 触れてきた想いが抜け落ちてしまった私にとって、みんなの答えを聞くことは楽しみでしかたなかった。

 答えてくれた二人の回答を思い返し、楽しんでいたところ。
 私の肩に ちょんちょんと細い指が触れられた。
 
「エイミー。私も……いいかしら?」

 ラピスは遠慮ぎみに訊ねたあと、その指を手元でもぞもぞと動かしていた。
 彼女の両手の指を擦り合わせる仕草は、言い辛い気持ちの表れだ、とルシルから聞いている。

 答えは思いついても いざ回答するとなると恥ずかしくなってしまう……のかもしれない。
 あやふやな記憶の私にも、なんとなく想像ができる。
 よし、それなら――

「失敗しても大丈夫だよ。ラピスの答えを聞かせてほしいな」

 みんなでコロッケを作ったときに贈ってくれた言葉を、私も贈る。
 冷やかすわけじゃなくて、私が言ってもらえて嬉しかったから。
 そんな気持ちは正しく伝わってくれたみたいで、彼女は小さく笑ってから「ありがとう」と言ってくれた。
 そして品の良い咳払いをしてから言葉を紡ぐ。

「Cの本は、エイミー以外が読んだことのある本だった……と思うのだけど、どうかしら?」

 ……なるほど!
 少し頬を赤くしているラピスは 自分の回答を間違いだと思っているのかもしれない。
 けれど、これはとてもいい答えだ。
 考えていた答えとは違うけれど、これが正解でもいいだろう。
 そう思ったところで、

「俺、本なんて読んだことないぞ?」

 コリーが自分を指差しながら否定する。
 それでもラピスの答えには感心しているようで、「俺には思いつかなかった」とほめていた。
 自分と違う考え方を愛でるという、楽しみ方に気づいてくれたのかもない。

 ラピスは小さく肩をすくめていたが、その表情は沈んではいない。
 むしろ やる気が出たようで、頬に手をあてて次なる回答を考え込んでいた。

 私はそんな二人のやり取りをながめながら、一緒に考えられなかったことをちょっとだけ寂しく思った。
 そもそも私が言い出したことだし、出題者側も楽しいんだけどね。

 それから少しして、デンテルが手をあげていることに気がついた。
 長身の彼だから、普通にあげれば間違いなく目に入るのだけど、今回は顔の横に ちょこんと手をあげているだけだった。

「ちょっと自信ないんだけど、つぎ、いいかな?」

 私と視線が絡み合うと、デンテルは困り笑いを浮かべながら訊ねてきた。
 もちろん二つ返事で受け入れた。だめなんて言うはずがない。
 どんな答えを聞けるのか、すっごく楽しみだ。

 ――そんな私の考えは態度にでていたのかもしれない。

 期待されると緊張しちゃうよ
 デンテルの回答は そんな言葉から始まった。

「A・B・Cの本は続刊だった……って しっくりくると思うんだけど、どうかな?」

 照れ混じりの口調とは裏腹に 回答は大正解だった。
 Aが一巻。Bが二巻。Cが三巻。
 だから、Aばかりに人が集中した……というのが、本来の答えだ。

「デンテル」

 笑みを浮かべながら彼の名前を呼ぶ。
 そして両手の親指と中指で輪っかを作って、

「大正解だよ!」

 デンテルの正解を大きな声で祝福した。
 正解してくれたこともそうだけど、私の問題を真剣に解いてくれたことが嬉しくて。
 胸にこみ上げる想いをそのままに、みんなと一緒に彼の正解を喜んだ。



 ◆



「たまにはこんな茶請けもいいじゃろう?」

 ひとつのなぞなぞが終わった私たちに、おじいちゃんが干し菓子を差し入れてくれた。
 頭を使ったあとは甘いものがおいしい。
 彼は、それをわかっているのかもしれない。

 小さな半月型のそれを口に運ぶと、カリッという心地よい音とともに甘みが全身に広がってゆく。
 ……とても、幸せだ。

「しっかし、こうやって問題を解くのも面白いな!」

 にっと歯ぐきを見せてコリーが笑う。
 これで雨の日を好きになってくれたなら、私にとっても嬉しいことだ。
 彼は甘いものは苦手のようで、代わりにお茶のおかわりを飲んでいた。

「……エイミー、次の問題。今度こそ正解する」

「そんなに急かしちゃ、きっとエイミーも話しにくいよ」

 鼻息を荒くして握りこぶしを作るルシル。
 彼女をいさめるデンテルは、困り笑いを浮かべていた。
 デンテルは甘いものも好きなようで、その指先には半月型の干し菓子がはさまれている。

 やがて、私たちを優しく見守っていたおじいちゃんが、パチン! と指を鳴らしてから、

「次は、わしが問題を出してもよいかのう?」

 出題者になりたいと申し出た。
 もちろん大歓迎なのだけど、この短時間で問題を考えたのかな?
 もしそうだとしたら、本当にすごいと思う。
 ……そんな私の尊敬は、顔に書いてあったのかもしれない。

「むかし転移者の知り合いに聞いたことがあってな」

 実は受け売りなんじゃよ。
 そう継げて、おじいちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。

 おじいちゃんは“転移”について詳しいようだし、私のような境遇の人とも交流があったのだろう。
 首を縦に振って納得の意思を伝える。
 すると、彼は小さな子どもに絵本を読み聞かせるように、ゆっくりと語り始めた。

「ここに花束が三束。こっちには四束あったとする」

 私たちが理解しやすいようにと、おじいちゃんは両手を使って説明してくれる。
 左手側が三束。右手側が四束らしい。

「さて、二つを合わせると……何束になる?」

 おじいちゃんは最後にそう問って、干菓子をひとつ口に放った。
 彼の深い海のような瞳に、今は少しだけ わくわくとした感情が宿っているように見える。
 みんなの答えを楽しみにしているのかもしれない。

 これは私も知らない なぞなぞだ。
 問題文も簡潔でわかりやすいけど、きっとこれは――

「……これは七束。さすがにわかる」

 ふんす と自信満々に鼻を鳴らす音が聞こえる。
 ルシルの勝ち誇った仕草を見ていると、これから真実を言い渡されるのが かわいそうになってしまう。
 でも、おじいちゃんは容赦なかった。

「ほっほっほ。不正解じゃ」

 満面の笑みを浮かべ、おじいちゃんは胸元で手を交差させる。
 私がやったバッテンマークだ。
 どうフォローしようかと悩んでいる私に気付かず、ルシルは「残念」と、ひとこと呟いて席につく。
 そして再び考える作業に戻った。

 おじいちゃんは、ルシルが失敗を恥じないことを知っていたのだろう。
 私にはない絆がそこにあるようで、ちょっとだけうらやましく思ってしまった。

 即座に回答を導ける問題は、基本的に“ひっかけ”だ。
 答えが本当に七束だったら、それはただの足し算。なんの面白みもない。
 なら、答えを出す上で重要なのは数ではないのだ。

 自信のある回答は用意できたけど、私はそれを口にしない。
 みんなの答えを聞きたいから。想いを知りたいから。
 そんなことを考えていたら、いつしかゆったりとした気持ちになっていた。
 おじいちゃんもさっき、こんな気持ちだったのかもしれない。

「――ああ!」

 穏やかな空気を裂いたのはコリーの大声。
 今度も彼は自信があるらしく、頬は にっと釣り上がっていた。

「これはな、ひっかけ問題だったんだ!」

 彼が目線を送る先にいるのはルシル。
 何かあるとよく張り合っている二人だから、ちょっとした当てつけなのだろう。
 そんなコリーに、ルシルは身振りで回答の続きを促した。

「答えはゼロ本。これが正解だ!」

 再びピコピコと耳を動かしながらコリーは言い切った。
 私の回答とは、違う答えを。

 私とコリーの考え方は全く違う。
 そしてそれは、とてもすばらしいことだと思うのだ。
 みんなが同じ発想しかなかったら、きっとつまらない。

 自分とは違う考えを聞くということは、その人が感じる“世界”に触れるということ。
 私とは違う、彼の世界。
 どんな考えを踏んで回答にたどりついたのかを聞くことは、そのかけら・・・をのぞくことになる。
 だから私は、とてもわくわくしていた。

「理由を訊いてもよいかな?」

 おじいちゃんはやわらかく訊ねる。
 コリーの世界、その一部を見せてほしいと。

 コリーは注目されるのが嫌いではないのだろう。
 みんなの視線が釘付けになっているのを見て、その耳はピンと伸びていた。
 次いで彼は ふふんと鼻の下をこすってから口を開く。

「簡単なことだったんだ。花束を合わせるのは持ち運ぶため。そして持ち運んだ花束は、誰かに贈るものだ」

 だからゼロ本。人に贈ったから、手元には残らなかったんだ!
 自分の膝を叩きながら、ルシルよろしく鼻を鳴らして付け加えた。
 強い自信に瞳を染める彼は、正答を信じて疑わない。

 それは、とてもコリーらしい考え方だと思う。
 問題の正答ではないだろうけど、彼らしい やさしい答えだ。

「うーん……。でも、この問題だと合わせただけで、贈ってはないんだよね?」

 細い糸目をさらに細くして、デンテルは指摘した。
 あら探しみたいで言い出しにくかったのかもしれない。
 もちろん、誰もそんなふうに受け取ったりしないのだけど。

「そうじゃのう。残念ながら、答えは違う」

 おじいちゃんがバッテンを作って告げると、コリーは納得して席に着いた。
 耳も垂れてないし、落ち込んでいる様子はないけれど、

「コリーの考え、私は好きだよ」

 私は、心に浮かんだ言葉を伝えておいた。
 「コリーらしい やさしい答えだね」
 そう付け加えると、彼は ぷいとそっぽを向いてしまった。
 間違いを指摘されたようで恥ずかしかったのかもしれない。

「合わせる……ああ、そっかそっか」

 ラピスの顔からこぼれた笑みが、机におちる。
 きっと答えを思いついたのだろう。
 すっ と手をあげて、彼女の喉が こくんと鳴った。

「答えは一束。花束を束からはずして、それでひとまとめにして一束にしたのね」

 そして語られたのは、私が考えていたことと同じ答えだった。
 “合わせる”という意味を上手く使った、とてもよくできた問題だと思う。
 今回は彼女も自信があるようで、指先を遊ばせてはいなかった。

「うむ。大正解じゃ」

 正解を告げるのは言葉と、指で作られた輪っかだ。
 私がそうしたように おじいちゃんも小さな丸を作ってほほえんでいた。
 ラピスも、両手をきゅっと結んで肘をたたんで、嬉しそうに笑っている。
 普段の大人っぽい印象で誤解してしまうけど、彼女の年齢は他のみんなと大差ないのだ。
 だから、こうやって はしゃいでいる方が自然なのだろう。

 そんな彼女の正解を、みんなは自分のことのように喜んでいた。
 でも、あんまり口々にほめるものだから、ラピスの頬は赤みを帯びてゆく。
 もちろん私も しっかりとほめておいた。
 顔を赤らめる彼女がかわいかったからとか、もっと照れてるところを見たかったからとか。
 そういった、ちょっといじわるな気持ちがなかったとは言い切れない。
 ……あとで謝っておこう。


 いつしか会話は途切れ、部屋には沈黙が訪れていた。
 けれど息苦しいとか気まずいとか、そういうのじゃないんだ。
 お茶をすする音や、小さく聞こえる息遣いが心地よくて。
 みんなが居てくれることの幸せを感じられた。

 ふと見やった窓の外は、いまだもくもくとした白い体におおわれていた。
 降りつづける細かい雨粒も、わきたつ土のにおいも変わらない。
 
 遠い音楽にもう一度耳をかたむけながら。
 私は干し菓子をひとつ、口に運んだ。


しおりを挟む

処理中です...