異世界の孤児院より~やがて少女は旅に出る~

山なき鳥

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脅迫

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 白い夢をみた。

 俺たちの家に雪が降っている。
 それは珍しいことじゃない。去年も、一昨年もそうだったから。

 裏口の横手。井戸のふちに腰かけて、俺はそんな光景をながめていた。
 頭のうえについた耳は伏せられ、冷気と、音を遠ざけてくれる。

 立ちのぼる吐息の向こうで、雪は静かに降り続く。
 ぼうぜんとたたずむ俺を置き去りにして、ゆっくり、ゆっくり。
 世界はやわらかく塗りつぶされていった。

 ……やがて。
 ほとんど色を失った空間で、ひとつの色がうごめいた。
 黒い、色だった。

 それは庭の、石の塀だったところの前に倒れている。
 俺はそれが何故だか気になって、駆け寄ろうとするのだけど。

 足が凍り付いて動かなかった。

 黒は泣いていた。
 声なき声で、何かを求めて泣いていた。
 そんな色も。時間をかけて、白く塗りつぶされてゆく。

 俺は悲しくて。
 どうしようもなく悲しくて声をあげたけれど、その声さえも吸い込んで……白は、黒を埋めてしまった。


 ――涙を拭って顔をあげると

 ――そこにはもう、何もなかった



 ◆



 ゆっくりと、世界が色を取り戻してゆく。
 ぼやけた視界に映るのは見慣れた天井。
 俺たちの家の、古いけど温かみのある木目が迎えてくれた。

 冷たい空気を吸い込んで、吐き出して。
 ベッドから這い起きた俺は、窓際へと歩み寄った。

「……暗い、な」

 今にも雪が降りだしそうな重たい雲を背に、コールの木が揺れている。
 右へ、左へと。風はずいぶんと強いらしい。
 頼りない陽光が照らす外が、なんだか酷く冷たく見えて。
 俺はみんなの姿を求め、逃げ出すように部屋を出た。

「――ん?」

 いつもより数段暗い廊下の奥。
 礼拝堂から出てきた白い少女……ルシルと目が合った。
 赤い瞳を隠すように伸ばされた前髪、その白さが哀しい夢を思い起こさせる。
 暗い思考を、首を振って追いやって。
 俺は明るく声をかけた。

「よう、そんなところでどうしたんだ?」

「…………」

 けれども、彼女は何の反応も示さない。
 両手で木彫りの細工を握り締めたまま、視線すらこちらに寄越さないでいた。
 剣と竜の意匠を施した、小さな木片。
 真珠色の魔石をはめこんだそれは、エイミーにプレゼントする予定のペンダントだ。

「手直ししてたのか? もう完成でいいって、デンテルも言ってたけど――」

 デンテル。
 その言葉を聞いた瞬間、小さな肩が跳ねあがった。
 浅い呼吸が、冷たい空気をかき分けて伝えてくる。
 不吉な予感を。

「……コリー、」

 数度の呼吸のあと。ルシルは、消え入るような声で俺の名をつぶやいた。
 視線は変わらず逸らしたまま。
 ……その仕草が、俺の不安を煽り立てる。

 予感は悪寒となって全身を包み込んだ。
 夢のなかのように足は凍り付き、がなりたてる耳鳴りが“聞くな”と、ひた語る。
 聞いてしまえばきっと、それは現実になってしまうから。

 話をうやむやにするための言葉を紡ごうとするも、もつれた思考は働かない。
 結果……決意を固めた彼女が先んじた。

「……ラピスとデンテルがいないの。見て、ない?」


 世界が白く、塗りつぶされる気配がした。



 ◆



 この家は広い。
 礼拝堂に食堂。倉庫。書庫。俺たち個人の部屋があるうえに、空き部屋もいくつかある。
 だが、隠れることができる場所なんて多くはない。

「――デンテルっ! ラピス!!」

 それでも二人を探して駆けまわる。
 一度探した書庫や倉庫。青色で塗られた屋根すらも。
 井戸の中。木の上。枯葉の、だま・・になっているところまで。

 ――認めたくなかった

 そこにはいなかったけれど、きっとどこかにいるはずだ。
 二度探した礼拝堂や自室。おじいちゃんの部屋まで探し回る。
 開く引き出しは全て引きずり出して。隠れる空間のない、椅子の、脚と脚のあいだにも目を這わせて。

 ――認めたくなかった

 運悪く出会うことはできなかったけど、必ずどこかにいるに決まってる。
 三度探した食堂へと駆け、食器棚をひっくり返してかき分けた。
 一部の皿の破片が皮膚を裂き、赤味が飛び散るが、今は気にしている余裕がない。
 探して、探して、探して……二人を見つけることはできなかった。

 ――認めたくなかった

 認めたくなかった。
 二人が去ってしまった事実を。
 家族がバラバラになってしまった現実を。

 いたずらであってほしかった。
 ラピスが困り笑いを浮かべながら現れて。デンテルが俺の背中を、いつものように叩いて笑って。
 昨日、喧嘩した仲直りとしてふざけただけだった……そう言ってほしかった。

「コリー……やめて、やめてよ」 

 濁った血を撒き散らす俺の手は、やわらかな感触に受け止められた。
 その手首に揺らめく赤白のミサンガが、俺のそれと交じり合う。

「何の用だよ……?」

 伸ばされた腕から視線をあげてゆくと、黒い虹彩に射抜かれた。
 同色の髪に結わえられた虹色のリボンが、次いで、存在を主張する。

「……落ち着いて。そこにはきっと、二人はいないよ」

 膝立ちになって俺の手首を掴み、エイミーは頬に涙を伝えながら言った。
 いつも笑みが浮かんでいた顔はくしゃくしゃに歪み、俺の腕を握りしめる手は震えている。
 けれども、彼女はどこか冷静だった。
 皿の残骸に手を突っ込んで喚く馬鹿な俺に、諭すように語りかけるのだ。

「じゃあ、どこを探せばいるって言うんだよ……ッ!!」

 その態度が気に入らなくて。
 優しい声が許せなくて。
 温もりを振り払って、血塗れの腕で胸元を掴みあげた。

「……っ!」

「なあ、教えてくれよ……。
 なんで俺を置いていったんだ? なんで、大切なものは全部無くなっちまうんだよ……!?」

 引き絞られた悲鳴を無視して問い詰める。
 心を満たすのは過去の心的外傷。
 大好きだった父さんと母さんが、帰って来なくなったあの日のこと。
 やっと手に入れた居場所が、村が……壊された日のこと。

 大切なものは、いつも手の平をこぼれてしまう。
 ただ、家族と暮らしていたかっただけなのに。
 同じ部屋でごはんを食べて。布団でまぶたを閉じて。眠れない夜は月を見上げて。
 ……それで、となりには温もりがあって。

 他愛のないことを話し合って。
 不格好なかたちで手を握って。
 優しさに包まれて、満たされて。

「なんでだよ……。なんでなんだよッ!?」

 それは、そんなにいけないことなのか?
 獣人の俺には過ぎた幸福だとでもいうのか?
 奪われて。蔑まれて。なぶられて死ねばよかったのか?

 湧き上がる昏い衝動に身を任せて。
 俺は、何の罪もない少女を責め立てる。

「エイミーはみんなを守るんだろ? 強いんだろ!?」

 胸倉を掴んだだけでは飽き足らず、鎖骨を強く圧迫しながら問う。
 腹の底から漏れるうなり声で。
 剥きだした白い犬歯で。
 憎しみを籠めて、脅しながら。

「ごめんね。……ごめんね」

 エイミーは震える声で謝罪を繰り返すばかり。
 泣き腫らした目縁は赤みを帯び、揺らぐ肩は恐怖をひた語る。
 けれど、決して瞳を逸らそうとはしなかった。

 そんな心の強さすら。
 今の俺には、憎しみの対象にしかならない。

「返せよ……ッ!!」

 行き場のない怒りをぶつける。
 自分の持たざるものを見せびらかす少女へと。
 ただ、強欲な本性のおもむくままに。

「デンテルを、ラピスを、おじいちゃんを!」

 失うことを恐れて、ひたすらに求め続ける卑しい心。
 自分では何も行動しようとしないくせに。
 俺は駄々をこねて、エイミーを傷つける。

「守るお前が、なんでまだここにいるんだよ……?」

 吐き出す息で頬を撫で上げる。
 手の甲が伝える骨の感触。
 それを、奥へ奥へと追いやりながら。 

「早く行けよ」

 外へ。
 そして――

「みんなを……助けてくれよッ!!」



 ◆



 言葉を放った瞬間、時間が止まったような錯覚を覚えた。

 身を焼く焦燥も、昂ぶった感情も今は無い。
 代わりに、心は果てしない欲望に満たされていた。
 還らぬ幸せを求め、乞い願う、欲。
 それは血塗れの手で割れた皿に何かを見出そうとするような、おぞましい無意味なのだろう。

 父さんと母さんが帰ってこなくなった日も同じだった。
 だから。デンテルも、ラピスも、おじいちゃんも。
 きっと……もう帰ってこない。

 なら、俺がするべきことは何だ?
 この家の隅から隅までを探すことか?
 外へ出て、みんなを探し出すことか?

 ――違う

 一番確実なのは、エイミーを頼ることだ。
 魔術を使える彼女に押しつけることなんだ。
 俺が街に入ったら、きっと、殺されてしまうから。

 エイミーは何度も俺をほめてくれたけど、本当は違うんだ。
 奪われ続けた絶望に浸って。
 ただ、還らぬ幸せに手を伸ばし続ける強欲……それが俺なんだ。

 役立たずだと思われたくなくて、認めてほしくて畑仕事を頑張った。
 胸を温かくしてくれる可愛い顔を見たくて、贈りものを提案した。
 自分のなかの欲望にに呑まれて、家族を傷つけた。

 ……ああ。
 こんな性根だから、何もかもを失うんだな。
 歪んだ愛に曇った瞳で、大切なものを見落として。
 自分から幸せを手放してきたのだろう。

 俺は馬鹿だから。
 どうしようもなく馬鹿だから、今さら気付いたよ。


「――ごめんね」

 
 エイミーの瞳から、透明な雫がこぼれ落ちて。
 止まっていた時間は動きだした。

「私が何もできないから、弱いから」

 心臓は鼓動を伝えない。
 震える、けれど力強い少女の声に、耳を満たされていたから。

「コリーに……痛い思いをさせちゃったね」

「あ……あ……」

 涙をこぼしながら。
 エイミーは俺の、血塗れの手を掴んで語る。
 首元に押し付けた手の甲。その、内側を。

 ――瞳が薄い、青を映す

「……もう大丈夫」

 昔、おじいちゃんがかけてくれた《水の加護》。
 空いた手でそれを刻みながら、彼女は不器用にほほえんだ。

「私が、みんなを助けるから」

 泣き腫らした目で。
 優しい声をかけて。
 引きつった笑顔を見せてくれる。

「大丈夫……大丈夫……」

 押さえつけていた手から。
 身体を支えていた足から。
 全身から力が抜け、崩れ落ちた俺を。
 どうしようもなく醜い感情を宿した俺を。

「みんなは、私が守るよ」

 エイミーは、やわらかく包みこんでくれた。


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