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闇に咲く花
しおりを挟む闇が満ちた空間で、それでも際立つ黒だった。
「――お久しぶりですわぁ。“十指”の大魔術師……アルダメルダ・ファーファレウスさま」
暗黒より濃い、黒の毛皮を羽織る少女は優雅に傅いてみせる。
同色のドレスを摘まむ手もまた黒。
塗り潰されたオペラグローブとドレス地の合間からのぞく素肌は、病的なほどに白かった。
「……はて。お前さんとは、初対面だと思うがの」
平静を取り繕って答える。
震えかけた口唇は白ひげで隠し、顎を引いて視線は前へ。
自然、本を握る手に力が籠った。
少女が眼前に姿を見せたのは、あまりに唐突なことだった。
ラピスたちを置き去りにし、魔本に導かれる旅の途中。
闇に、黒が浮かんだのだ。
黒は一瞬の間を食んで形を成した。
闇のリボンで結わえる髪も、やはり黒。
片側だけを纏めるそこから視線を滑らせると、整った鼻筋が目に留まる。
だが、特筆すべきは瞳の異様さだろう。
片側は煌びやかな黄金を湛え、もう一方は反転した白黒の虹彩が嵌め込まれている。
それはまるで魔獣。世界の条理を塗り変えるのような不自然さが、そこにあった。
「どちらさんかな?」
吸い込まれそうな瞳に魅入られる寸前、意識をズラして言葉を継げた。
心当たりがないわけではないが、この外見と顔を合わせた記憶はない。
否定を望んで送り出した言葉は――
「ふふ、釣れないお方。本当はもうお解かりなのでしょぉ?」
喜色の笑みに腐らされた。
少女は嗤う。
無垢なる仮面を貼りつけて。
雄の本能を煽りたてる、艶めいた声で嗤い続ける。
やがて彼女は空を薙いだ。
黒に染まる指先に現れたのは、闇を溶かして煮詰めた傘。
見えない。あるいは存在しない柄を手に、あどけない笑みをひとつ。
そして紫苑色が引かれた唇が、水音とともに開かれる。
「私様を殺しても、無駄なコト――」
「なるほど……な」
数多ある言葉のなかで、これほど確信的なものも無いだろう。
心当たりは的中していた。最悪なことに。
「そうですか、そうですか。思い出して下さいましたかぁ……」
何気ない呟きが、彼女はいたくお気に召したらしい。
言葉を、味わってから飲み込んで。
もう一度口に戻して、噛み砕いて……飲み込んだ。
喉が鳴る空耳が響いたあと。
少女の頬は、恍惚に歪んでいた。
「随分と可愛らしくなったものだな」
皮肉を籠めて言ってやる。
侮蔑と嫌悪も、彩りとして付け加えて。
だが彼女が憤ることはなく、むしろ、笑みを一層深くし、
「私様たちに肉体なんて、あってないようなものですわぁ。ヒトが持つ愛に曇った瞳では、真実なんて見えないのですから」
「……そうだったな」
「ふふっ、お分かりになって?」
囀って、華麗に舞った。
軽やかに回儀い――手にした傘の切っ先で喉元を穿つ。
「あらぁ? どうして避けてしまうのですか?」
逸らしていた意識が功を奏した。
揺らめいた傘。その先端が向けられた瞬間に、脳が警鐘を鳴らしたのだ。
研ぎ澄まされた切っ先は、短い毛先を噛んで空を裂く。
「君のように次があるとは限らないのでな」
一瞬の余裕もない回避だったが、虚勢を張って言葉を紡ぐ。
怯える心を奮い立たせ、震える弱きを食い殺す。
「ふふふ」
少女はそんな姿勢を嘲った。
ゆるんだ頬からは、狂った性根が垣間見える。
自分の娘に対し残虐の限りを尽くした魔女……その本性が。
「奇異な話ですわね。あなたにとって、その生は一度目ではないはずですのに」
「御託はいい。何の用だ?」
少女の声は心を蝕む。
食い殺したはず恐怖が喉元にせり上がり、歯を震わせようとする。
それを強引に振り払って、飲み込んで。
威圧に呑まれる前に、問いを投げつけた。
だが、対する少女は気に留めたふうもなく、
「ねぇ、転生者さん」
そう言って、真白き指に舌をからめた。
白に交わるは赤。背徳的に蠢く舌先に、心臓までもが訴える。“危険だ”“立ち去れ”、と。
しかしながら、逃がしてくれるような相手でもあるまい。
深いため息をひとつ。
逸らしていた意識を手繰り寄せ、白い指先を注視した。
「今日はねぇ、招待状を贈りに来たのですよ」
ぬらりと、闇のなかで輝く糸を垂らしながら。
指先から離れた唇は、悪戯に歪み、惨劇の言葉を紡ぎ出す。
「とても、とても素敵な、収穫祭の招待状ですわぁ。
摘み取るのは子どもの命。場所は……あなたの、思い出の場所で」
湿り気を帯びた声は、まるで愛を囁くように告げられた。
エイミー、デンテル、コリー、ルシル……そしてラピスの顔が脳裏をよぎる。
耳鳴りを押し退けて、歯の軋みが声をあげる。
膨れ上がった憎悪を押し留め。
わしは、しわがれた指先を動かした。
「――死ね」
手早く刻んだ《しるし》は《風》《集中》《切断》。
右腕に不可視の刃を纏い、首許へと斬り上げるも――
「《朽ち果てろ》《巨木の夢》」
対された上位魔術に腐らされる。
元素の結合は剥がされ、微風が前髪を揺らすだけ。枯れ枝のような腕が、ただ虚しく空を切る。
一瞬遅れて濃密な死の臭いが撒き散らされた。
「老いた……老いたわねぇ。大魔術師さまぁ」
少女の顔から笑みが消え、侮蔑の相へと移り変わる。
手にしていた傘を放り、代わって取り出されたのは金の煙管。
唇を薄く舐めてから吸い込んで。煙を吹かしながら、
「私様を、あなたのモノにして下さるのなら。……その呪いも解いてあげますわよ?」
「お断りじゃ」
「そ、残念ね」
素気無く断ると、少女も無感動に言葉を吐いた。
それは煙に乗って宙を漂い、闇のなかに溶けてゆく。
……やがて、無為な響きが死んだころ。
魔術と魔術、魔法と魔法はぶつかり合った。
「決して、殺さないように愛でてあげる――哀れな人形」
「二度と黄泉還らないように殺し尽くす――腐毒の分神」
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