異世界の孤児院より~やがて少女は旅に出る~

山なき鳥

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腐した花の甘苦き3

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 私は今日も殺す。
 愛してくれなかったお母さまを。
 愛してくれなかったお父さまを。
 愛情を独占していたお兄さまを。

 ――殺す 

 白亜の城の大広間。
 絢爛な内装と調度品に囲まれるそこで、私は幸せに満たされていた。
 咆哮を上げながら、お兄さまだったモノを蹴りつけて炉へ放る。
 内容物を引きずり出した肉体はスカスカで。少女くらいの重量しかないそれは、大した抵抗もなく転げて燃えた。

 肉を裂かれ、血液をぶちまけながら這いずる男がひとり。
 私と違う眼を、髪色をした、あごひげの濃いお父さま。
 千々に乱れた臓物の絨毯を踏みしめながら、私は近寄って、顔面を殴りつけた。
 かたい感触とともに白い欠片が飛び散って。腹部から、たくさんの赤がそれを追いかける。
 脳が震えて動けないのだろう。
 仰向けに引き倒して、私は腹の裂け目に手を差しこんだ。

 奥へ。
 奥へ。
 奥へ奥へ奥へ奥へ。

 やがて、指先が外へと貫通したころ。
 お父さまだったそれを、同じように炉へくべた。
 軽い。
 鉄錆と、肉が焦げる香ばしい匂いが肺を満たす。

 あぁ……これが夢だなんて信じられない。
 殴りつけた手の感触。
 肉を抉る快感と恍惚。
 何より心が満たされていくこの感覚は、まるで現実のようだった。

 ――さぁ、最後はお母さま

 血色に染まった喉は、元の白さを忘れてしまったみたい。
 だから、私が思い出させてあげないと。
 いやいやと、幼い仕草で逃げようとするそれの血管に爪を沈める。
 皮膚のカーテンを突き破って、肉の海をかきわけて。
 私は今日も、こいつを殺す。

 お母さまは何故か笑っていた。
 私と同じ髪を揺らして、私と同じ瞳をみせて。
 けれども、私と違って頬は吊り上がり、未だ愉悦に満ちていた。
 喉は完全に塞がれているというのに。
 苦悶にうめいていれば可愛いものを、この女はどこまでも私を嘲笑う。

 指に力を、咆哮に怒りを。
 骨の軋みが耳を埋める。
 血混じりの泡が口元を伝って指を濡らして、喉の赤が白に移り変わる。

 芯が絞め潰されたお母さまの体は、もう自重を支えることすらできなくなっていた。
 口の端から汚い汁をこぼして、ただただ痙攣を繰り返すだけ。
 脱力した体重の全てが私に伸しかかる。
 死……その言葉が脳髄を痺れさせる。

 私の心がもっとも満たされる瞬間。
 私が心から笑うことができる瞬間。

 ――なのに、どうして?


 読んでいた本を突然閉じられるように。
 世界が、急速に塗り替えられた。

 血と肉が焦げる臭いは失せ、代わりに香るのはれ甘い芳香。
 白髪が黒く染められて、その頬からは愉悦が消え失せる。
 笑みのあとには、苦しみと哀しみだけが満ちていた。

「…………」

 乾いて裂けた唇から、泡のようにこぼれた言葉。
 ごめんね……少女の声が心に溶ける。

「――え?」

 跳ね上がった喉に、沈んでいた爪が押し戻される。
 わからない。
 わからない。
 わからない。

 光を失った虚ろな瞳はある一点を呆然と見つめ、
 口端からは泡とも唾液ともつかない汁をこぼし、
 暗い色の血が顔でよどんで肌の色を汚く変えて、
 傷んだ髪を結わえる虹のリボンだけが鮮やかで、



 ――私は、どうしてエイミーの首を絞めていたの?



 茫然とする私の前で、支えを失った彼女の体が倒れ伏す。
 ベッドを転げ、床へと頭蓋を打ち付けて鈍い音を響かせた。
 それでも何の反応も示さない。
 散らばる黒髪の絨毯のうえ、濁った虹彩が宙を映すだけ。

「……エイ、ミー?」

 冷え切った闇に声が溶ける。
 弱まっていく首飾りの光が、彼女の終わりを示しているようで。
 私は、滑ってくる白い前髪を引きちぎって、

「あ、あああ、ああああああああああああ!!!!」

 鬱血した顔面、皮が裂けて肉が剥きだしになった喉。
 歪み、安らぎからは程遠い表情を目にして、心と体が悲鳴をあげる。
 這い寄り、抱き寄せた体は驚くほどに冷たくて、軽くて。
 否応なしに突きつける。

 ――死を

「嫌だ、いやだ、いやぁ……!!」

 赤白が映える手首をとるも、そこに血潮は無くて。
 裂けた唇に肌を近づけるも、そこに呼気は無くて。
 血塗れの腕で心臓を打つも、爪のあいだに挟まったナニカが水音を上げるだけだった。

「起きて……ねぇ、起きてよぉ!!!」

 震える肩に力を籠めて、心臓を力任せに殴りつける。
 折れた肋骨の感触が全身を駆け巡るだけ。鼓動が返されることはなかった。

「やめてよ、いじわるしないでよ!!」

 粘液に塗れた鼻を塞ぎ、汚れた息を送り込んだ。
 だが、強張こわばった唇はそれを漏らすのみ。内へと取り込まれることはない。

「生きて……生きて生きて生きて」

 髪を振り乱して必死に、懸命に命を手繰り寄せようとして。
 それでも、大切なものは手のひらをこぼれてゆく。

「ごめんなさい……ごめ……なさい……」

 消えてゆく微かな温もりに怯えた口は、無意識に言葉を吐き漏らした。
 謝罪の言葉は何のため?
 自らの手で殺めた少女と同じ言葉を繰り返して。
 嫌いにならないで、置いてかないでとでも言いたいの?

 意味のない自問自答を繰り返すも、嘆きに満ちる心は答えを紡がない。
 否、紡いだ答えを受け入れない。
 どちらが真実だったとしても、おぞましい欲望には変わりないのだから。

「エイミー……やだ……やだよぉ……」

 ごめんね……短い言葉が教えてくれた。
 エイミーの怯えは自分のせいだったんだ。
 心を追い詰めたのも、体を傷つけたのも、味覚を奪ったのも足を奪ったのも私なのに。
 彼女は、それを隠して寄り添ってくれていた。
 殺人者の横で、不器用な笑顔をみせてくれていた。

 ――それを踏みにじって、私は何を言った?

 偉そうな口を利いて、少女の体を蹴り飛ばして。
 劣情に身を焦がして、少女の体を殴打して。
 夢の中で満たされて、少女の心を絞め殺した。

「助けて……助けてぇッ!!!」

 神さま、光の神プルメリアさま。
 許されない罪を犯した私はどうなっても構いません。
 あの心的外傷の家に戻るのも、鉄檻の部屋に戻るのもいといません。
 だから、どうか……どうか私の家族を、エイミーを助けて下さい。
 殺すなら私を、どうか私を殺してください。


 ――後悔と絶望の沼に浸ったまま

 ――私は死に満ちた世界で、生を願った




















「…………ゴポッ」




















       ――血泡を合図に、少女は旅立った



 ◆



 光を失った世界で。
 白髪の少女は遺体に寄り添って、れた夢に身を埋めていた。

「……エイミーは怖がりさんだね」

「――――」

 遺体の頸部から血をすくい取って、それを自身の口へとはこぶ。
 嬌声。
 死んでいた顔は表情を取り戻し、恍惚に歪んでいた。

「……もう、赤ちゃんみたい」

「――――」

 涸れていた涙が湧き出して、朱と混じり、顎部がくぶを伝って地へ落ちる。
 狂笑。
 現実から目を背ける瞳と、もう何も映さない瞳は結ばれない。

「……もっと頼って」

「――――」

 自身のミサンガを引き千切り、祈りを捧げる。
 絶叫。
 願いは厚い闇に呑まれて、空気さえも伝わない。

「……大丈夫。私が、エイミーを守るよ」

「――――」

 固くなってしまった白いゆびに、自身のそれを絡めつける。
 残響。
 そこにあるのは魂の失せた肉のかたまり。温もりを求めるも仇綯あだなわず。

「……愛してるよ、エイミー」

「――――」

 告げられなかった想いを、吐息にのせて送り出す。
 瞑目。
 想いは届かず。ただれ、朽ちるだけ。

「……愛してるって、いって?」

「――――」

 叶わぬ想いを、したたる雫に籠めて問いかける。
 沈黙。
 そこにもう、愛した少女はいなかった。

 ……ただ、熱を失った骸が横たわるだけ。
 肩上に切り揃えた黒髪は光沢を失い。
 同色の虹彩は、絶望に染め上げられ。
 唇が音を生み出すことは二度と無い。

 お揃いのミサンガも。
 魔石のペンダントも。
 髪を結わえる虹色のリボンも置き去りにして。
 残されたのは、冷えた肉。

 少女は戻れぬ過去に寄り添い。目を、閉じた。


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