帝は傾国の元帥を寵愛する

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2章

39話 圧倒的に大きい

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夕飯の前に、リュクスは個別浴場の入り口にある利用表を確認した。
 そこには律儀な字で「Lucas」と書かれている。

(20時……覚えとこ)

 夕食を終えたリュクスは、時間どおり風呂に入り、服を脱いで先に身を清めようとしていた。

 そのとき、ちょうど奥からルーカスが湯から上がってきたところだった。
 入れ違いだ。

 濡れた髪、湯気、落ちた水滴──
 そして視線が、どうしても“そこ”へ吸い寄せられる。

(……うーん)

 頭を石鹸で泡立てながら、考え込む。
 “そこ”は、ルーカスの真面目な性格に対して、あまりにも無遠慮で、無秩序で、壊滅的に――赤黒く、“圧倒的に大きすぎる”気がして。

 もし「このモノは誰のものか!」というクイズがあったとしても、
 百人いれば百人、誰一人として正解できないだろう。
 それほどまでに、見た目を裏切っている。
 ルーカスは肌が白く、切れ長の目は涼やかで、鼻筋は高く、黒髪の前髪は斜めに綺麗に切り揃えられていて艶があり、どこか簡単には触れられないような清楚な雰囲気を持っている。
 まるで世事など何も知らないかのような、顔をしているのに。

 ――なのに。
 “それ”だけを見れば、
 この世の情事の酸いも甘いもすべてを知っているかのようなのだ。

「また見てるの……」

 今日のルーカスは、少し呆れを含んだ声だった。

「見てない」

 目はそらしながらも、声だけは強気。
 だが、湯へ向かおうとした瞬間、胸にぽつりと寂しさが落ちた。

「もう少し入れば?」
「暑いし」
「そか……」
「ここで待ってる」

 驚いて理由を聞く前に、リュクスは口をつぐんだ。
 ルーカスがそう言うなら、そうなのだろう。



 ルーカスはすぐには着替えず、脱衣所の椅子に腰を下ろし、
 扇風機の前をひとりじめして涼んでいる。
 個別湯を使える者だけの、ささやかな特権だった。

 ふと、ルーカスは足元に小さな紙が落ちていることに気づき、拾った。

 ──pm22:00 酒場リュミエール。

 小さな紙切れには、そう記されていた。
 胸の奥に、かすかな嫌な予感が走る。
 リュクスは、おそらく軍寮での外出の仕方すら知らない。
 そんな時間に待ち合わせをすれば、消灯に間に合わないのは明らかだった。
 門が閉まれば、朝まで外で過ごすしかなくなる。着替えながら思考を巡らせていると、

「ルーカスー……ルー兄ー……」

 湯船の方から、甘えたような声が響く。
 考えるより先に、ルーカスはその紙を自分の服のポケットへ、そっとしまった。

「何?」
「タオル忘れた♡」
「……」

 ルーカスは自分の使ったタオルを、ため息とともにばさっと取り、湯船の近くの手すりに置いた。

「これしかない」
「ありがとう!」

 リュクスはその濡れたタオルを取り上げると、全身を軽く拭き、
 ばさばさと自分の髪を拭きながら脱衣所に来た。

「なー、今日も行っていい?」
「駄目」
「なんで!」
「勝手に寝るし」
「寝ない! いや、ごめん、昨日はほんとごめんね? 寝るつもりじゃなかったし。
 今日、もし俺がベッドで寝てたら、蹴飛ばして部屋から出していいから!」

 言い終えたリュクスを見下ろし、ルーカスはほんのわずか逡巡し、
「……うん」
 とだけ返した。

 二人はそのまま、滞りなくルーカスの部屋へ向かった。

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