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2章
40話 餌付け
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リュクスは部屋に入るなり、寝台へ一直線に飛び込み、ごろごろと体を転がした。
ルーカスはそれを一瞥しただけで、特に咎めることもなく、
机の上や床に落ちたものを手早く整えた。
「ゴミ、捨ててくる」
そう言って袋を手に取り、部屋を出ていく。
軍寮では、各部屋のゴミは二日に一度、一階の回収所へ持っていけばよかった。
扉が閉まる音を背に、リュクスは寝台に仰向けになったまま、今日一日のことを思い返していた。
執務室では採寸をし、衣装を七組も仕立ててもらった。
まず三組は、趣向を凝らした華美な礼服の上下。
舞踏会や公式の場を想定した、見るからに格の違う仕立てのもの。
次に二組は、執務室で着る公務用の服。
レオンが身につけているような、一般的な文官風の装いだ。
クラバットに、短めのジレ。
もう一着は、丈の長いジレ。軽めの外套も。
襟元はリュクスの好みに合わせて、柔らかな印象を残しつつ、
一見シンプルでありながら、ボタン一つにまで神経が行き届いている。
動きやすさを損なわず、それでいて自然に視線を引き、
何より――リュクスの美しさを、過不足なく引き出す仕立てだった。
もっとも、仕立ての質についてはリュクスが欲を出した結果ではない。
そもそもユリウス陛下の依頼が、「華美であること」「似合うこと」「質が良いこと」、そのすべてを厳密に指定したものだったのだ。
リュクス自身は、本来気持ちよく着られさえすれば何でもいい性分だ。
だが世の中は、いつもリュクスにそれを許してはくれなかった。
しかし残りの三組にいたっては、
「私服として好きに作ればいい」と言われたのだ。
リュクスはもともと持ち物は少ない。
衣類の多くも、ここへ来る前に処分してきた。
手元に残っているのは、それなりの質の外着と、内着一式、洗い替えが少々。
それに加えて、ヴァルター閣下の装いを模した、高価な礼服が二着だけ。
選んだのは、寮の中や、ちょっとした買い出しに出るときに気軽に羽織れるような服だった。
――もっとも。
実のところ、リュクスは服のセンスがいい。
自分に何が似合うかを、誰よりも正確に知っている。
市井の流行にも敏感で、
新しいものへの興味が尽きることもない。
だからなんでもいいといっても、本来の意味のなんでもいい、とは違う。
軍の者たちが彼に惹かれるのは当然だった。
垢抜けている。
土埃に塗れた兵の中で、どうしても浮いてしまう存在。
アイドルのように扱われる理由も、本人だけが知らない。
(楽しみ。早く出来あがらないかな)
(だけど……)
寝台に横たわったまま、手を掲げる。
その指には、今は何もない。
執務室の隣室では、高価な指輪が次々嵌められて輝いていた。
──分不相応だな。
こんな手に。
こんな自分に。
ヴァルター閣下の噂が、脳裏をよぎる。
軍の誰もが敬い、あのユリウス陛下が寵愛したと言われている男。
(どんな人なんだろう?)
扉が開く音。
ルーカスが戻ってきた。手には瓶が二つ。
「酒もらってきた」
「えっ、なんで?」
「お前、酒は飲まないの」
「飲む、飲むよ。好き!」
「……ん」
ルーカスは酒を一本手渡すと、机の前に腰を下ろし、2番目の引き出しを開けてみせた。
その中には、紙でできた大小の化粧箱がいくつか並んでいて、その隙間には、大切そうに個包装された小さな包みがある。
どう見ても高級な菓子たちが、所狭しと詰め込まれている。
「どうぞ」
「いいの!?」
リュクスは、これでもかと目を輝かせて何があるのか身を乗り出している。
ルーカスは、リュクスの喜ぶ様を見て片方の口角を少しだけ上げた。
そのときルーカスが抱いた複雑な感情を、リュクスは知らない。
──特別な餌を与えられるのは自分だけだという、静かな独占の満足。
そして、もしあのメモがリュクスのものなら。
今夜、二十二時には外に出さないように――
そう思ったことも。
時計の針は、二十一時を指している。
ルーカスはそれを一瞥しただけで、特に咎めることもなく、
机の上や床に落ちたものを手早く整えた。
「ゴミ、捨ててくる」
そう言って袋を手に取り、部屋を出ていく。
軍寮では、各部屋のゴミは二日に一度、一階の回収所へ持っていけばよかった。
扉が閉まる音を背に、リュクスは寝台に仰向けになったまま、今日一日のことを思い返していた。
執務室では採寸をし、衣装を七組も仕立ててもらった。
まず三組は、趣向を凝らした華美な礼服の上下。
舞踏会や公式の場を想定した、見るからに格の違う仕立てのもの。
次に二組は、執務室で着る公務用の服。
レオンが身につけているような、一般的な文官風の装いだ。
クラバットに、短めのジレ。
もう一着は、丈の長いジレ。軽めの外套も。
襟元はリュクスの好みに合わせて、柔らかな印象を残しつつ、
一見シンプルでありながら、ボタン一つにまで神経が行き届いている。
動きやすさを損なわず、それでいて自然に視線を引き、
何より――リュクスの美しさを、過不足なく引き出す仕立てだった。
もっとも、仕立ての質についてはリュクスが欲を出した結果ではない。
そもそもユリウス陛下の依頼が、「華美であること」「似合うこと」「質が良いこと」、そのすべてを厳密に指定したものだったのだ。
リュクス自身は、本来気持ちよく着られさえすれば何でもいい性分だ。
だが世の中は、いつもリュクスにそれを許してはくれなかった。
しかし残りの三組にいたっては、
「私服として好きに作ればいい」と言われたのだ。
リュクスはもともと持ち物は少ない。
衣類の多くも、ここへ来る前に処分してきた。
手元に残っているのは、それなりの質の外着と、内着一式、洗い替えが少々。
それに加えて、ヴァルター閣下の装いを模した、高価な礼服が二着だけ。
選んだのは、寮の中や、ちょっとした買い出しに出るときに気軽に羽織れるような服だった。
――もっとも。
実のところ、リュクスは服のセンスがいい。
自分に何が似合うかを、誰よりも正確に知っている。
市井の流行にも敏感で、
新しいものへの興味が尽きることもない。
だからなんでもいいといっても、本来の意味のなんでもいい、とは違う。
軍の者たちが彼に惹かれるのは当然だった。
垢抜けている。
土埃に塗れた兵の中で、どうしても浮いてしまう存在。
アイドルのように扱われる理由も、本人だけが知らない。
(楽しみ。早く出来あがらないかな)
(だけど……)
寝台に横たわったまま、手を掲げる。
その指には、今は何もない。
執務室の隣室では、高価な指輪が次々嵌められて輝いていた。
──分不相応だな。
こんな手に。
こんな自分に。
ヴァルター閣下の噂が、脳裏をよぎる。
軍の誰もが敬い、あのユリウス陛下が寵愛したと言われている男。
(どんな人なんだろう?)
扉が開く音。
ルーカスが戻ってきた。手には瓶が二つ。
「酒もらってきた」
「えっ、なんで?」
「お前、酒は飲まないの」
「飲む、飲むよ。好き!」
「……ん」
ルーカスは酒を一本手渡すと、机の前に腰を下ろし、2番目の引き出しを開けてみせた。
その中には、紙でできた大小の化粧箱がいくつか並んでいて、その隙間には、大切そうに個包装された小さな包みがある。
どう見ても高級な菓子たちが、所狭しと詰め込まれている。
「どうぞ」
「いいの!?」
リュクスは、これでもかと目を輝かせて何があるのか身を乗り出している。
ルーカスは、リュクスの喜ぶ様を見て片方の口角を少しだけ上げた。
そのときルーカスが抱いた複雑な感情を、リュクスは知らない。
──特別な餌を与えられるのは自分だけだという、静かな独占の満足。
そして、もしあのメモがリュクスのものなら。
今夜、二十二時には外に出さないように――
そう思ったことも。
時計の針は、二十一時を指している。
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