帝は傾国の元帥を寵愛する

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2章

41話 蜂蜜

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 ルーカスの寝台の上で、リュクスは菓子の包みを散らかしながら酒を飲んでいた。
 甘い匂いとアルコールが混じり、部屋の空気はゆるく弛んでいる。

 ルーカスはふと思い出したように、机ではなく寝台脇の引き出し――中央のそれを開け、一枚の紙を取り出した。

「それなに?」

「週報」

「しゅうほう?」

「今週あったことを書く。明日までだった」

「めんどくさい?」

「正規文書は苦手」

 リュクスは酒瓶を傾けたまま、目を細める。

「見せて。前の下書きとか残ってない?」

「?」

 ルーカスは少し考え、特に拒む理由もなく、ばさっと紙束を渡した。
 ただの週報に、軍事機密などあるはずもない。

「ルーカスルーカス、今週あったこと、箇条書きで書いて?
 俺がまとめてあげる」

「……」

 酒も少し入っている。
 どうせ遊び半分だろう、という気持ちで、ルーカスは簡単に書きつけた。

 リュクスはそれを受け取ると、近くにあった裏紙を引き寄せ、すらすらと書き始めた。

 ルーカスはそれをじっと眺めるでもなく、しばらくの間、ぼんやりと天井を見ていた。
 まさか、本当に書き上げるとは思っていなかったのだ。

「でーきた!」

 ものの数分。
 差し出された裏紙には、整った筆跡で、驚くほど“それらしい”文章が並んでいた。

今週は全軍において、定例訓練および通常任務が計画通り実施された。
各部隊の人員配置および装備運用に重大な支障は認められず、指揮命令系統は概ね良好に機能している。

部隊長級からの週次報告は所定期限内に提出され、指摘事項については関係部署において是正措置を講じた。
規律違反、重大事故その他特記すべき事案の報告はない。

引き続き、即応態勢の維持および基礎練度の向上を重点項目とし、次週計画を遂行する。

 ルーカスは思わず、目を見開いた。

「お前凄い」

「これでいい?」

「完璧」

 リュクスは「えへへー」と額で笑った。
 その様子に、ルーカスは無意識に手を伸ばし、軽くその頭を撫でる。
 そして机の上の綺麗な小瓶の蓋を開けた。オレンジ色の包みを一つ取り出し、開いて――
 リュクスの口に放り込んだ。

「ごほうび」
「はちみつ飴?」
「……そ」

 リュクスは、コロコロと口の中で飴を舐めながら屈託のない笑顔になる。

「あんがと、ルーカス」
「こちらこそ」

 ルーカスは裏紙を横に置き、正式な用紙を引き寄せた。
 そして、その内容を一字ずつ、丁寧に書き写していった。
 部屋には、紙を擦る音と、甘い飴の香りだけが残っている。
 灯りは低く、机の上のランプだけが柔らかな橙色を落としている。
 酒の瓶は半分ほど空いていた。

 リュクスはいつもの癖で飴を噛む。

「……!」

 小さく息を吸い込み、目を丸くする。

「ルーカス、中に本物のはちみつが入ってる!!!」

 噛み砕いた拍子に、とろりとした甘さが舌に広がったのだ。

「ね、お前も食べたい?」
「ん。俺もそれ好き」

 ルーカスは書面から目を離さず、ペン先を整えたまま答える。
 紙を擦る音が、静かな部屋に規則正しく響いた。

 少しだけ、沈黙が落ちる。

「ルーカス。
 ……ルー兄」

 振り向いた先で、リュクスは頬を赤らめて笑っていた。
 灯りを受けた瞳がやけに近い。

 次の瞬間、顎を取られ、口づけられる。
 舌が触れ、絡み――

 とろり、と蜂蜜が渡った。

「んっ!」

 不意打ちに、ルーカスは思わず椅子ごと一歩下がる。
 甘さと温度が、遅れて追いついた。

「あははははっ」

 リュクスは喉を鳴らして笑う。
 楽しそうに、悪びれもなく。


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