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2章
47話 レオン仕返す
しおりを挟むリュクスは執務室で、レオンの補助に没頭していた。
書類は山のように積まれ、処理の速度を上げれば上げるほど、次が現れる。
それでもレオンは軽口を叩き、時折皮肉めいた冗談まで挟みながら、手を止めない。
(……この人、頭いくつあるんだ)
並行して考えていることの量が、明らかに常人のそれではない。
リュクスは内心で舌を巻きつつ、ふとペンを止めた。
「なあ、レオン」
「はいはい。今度は何です?」
「……レオン書記官」
「改まるとろくな質問じゃない気がしますね」
それでも、視線は書類から外れない。
「軍の任務ってさ……何か、分かる?」
一瞬。
レオンの筆が、止まった。
「……軍の?」
きょとんとしたように顔を上げ、数拍置いてから、ああ、と小さく息をつく。
「今日出立した部隊のことですか」
「……うん」
「災害支援ですよ。隣国で土砂災害が起きた。山間部の集落が埋まったらしいので」
淡々とした説明だった。
だが、その言葉の一つ一つが、胸の奥を静かに締めつける。
「規模とかは?」
「まだ正確な数字は上がっていません。生存者の捜索と、街道の復旧が主目的です」
「……危険なのか?」
レオンは一瞬だけ、リュクスを見る。
そして、誤魔化すように肩をすくめた。
「軍の仕事に、危険じゃないものはありませんよ」
それは事実だ。
正論だ。
それでも。
「……そっか」
それ以上、言葉は続かなかった。
ペンを持つ指が、わずかに震えていることに、リュクス自身が気づく。
ルーカスの背中が、脳裏に浮かぶ。
昨日より、少し遠く見えた背中。
――いい子でいろよ。
胸の奥に、苛立ちとも不安ともつかない感情が溜まっていく。
それでも。
リュクスは視線を落とし、再び書類に向き直った。
祈ることはできない。
縋ることも、できない。
ただ――待つしかない。
自分にできる仕事を、完璧にこなしながら。
*
リュクスが書類に視線を落とし、静かに思案へ沈んでいる、その一方で。
(――――え?)
レオンは、内心で固まっていた。
(今……この生意気代表みたいな男が……軍寮の“友達”を……心配……?)
レオンはペンを走らせながら、内心で大混乱に陥っていた。
ちら、と横目で盗み見る。
眉はわずかに寄り、唇はきゅっと結ばれている。
視線は書類に落ちているのに、思考だけが遠く――おそらくは、被災地へと飛んでいるのだろう。
隠しているつもりで、まるで隠せていない。
(……かわい……)
――危ない。
今、確実に変な声が喉元までせり上がった。
(いや、違う。違う違う違う。
これはいけない。
これは完全に“庇護欲刺激案件”……!)
レオンは一度、喉を鳴らし、わざと大きな音を立てて書類を揃えた。
(……少し、突いてみるか)
悪戯心が、ひょいと顔を出す。
「……ちなみに」
何でもない調子を装い、レオンは口を開いた。
「土砂災害って、二次被害が一番厄介なんですよ」
「……二次?」
案の定、即座に反応が返ってくる。
「ええ。崩落、増水、疫病。
救助中に巻き込まれることも、まあ……珍しくはありません」
わざと、淡々と。
わざと、余計な補足を添えて。
「指揮系統が混乱すれば、判断が遅れる。
そうなると――」
そこで、言葉を切った。
リュクスのペンが、ぴたりと止まる。
「……レオン」
「はい?」
「それ以上聞いたら、俺……」
低く、抑えた声。
本気の色が滲んでいた。
レオンは一瞬きょとんとし、次の瞬間――
(っっっっ)
心の中で、盛大に転げ回った。
(な、ななな……泣く?
泣いちゃう流れ!?)
慌てて咳払いし、必死に平静を装う。
咳払いひとつで気を取り直し、レオンは少しだけ声音を和らげた。
「……とはいえ、帝国軍は周辺諸国でも随一ですよ。
経験も統率も申し分ない。現場判断の速さは、特に評価が高い」
「……そう、なんだ」
「ええ。無茶をする者は前線に立てませんし、
生きて戻ることを前提に動ける人間だけが選ばれています」
断言に近い口調だった。
誇張はない。ただ事実を並べただけだ。
「人も装備も、役割も。
“守るために動く軍”としては、今の帝国はかなり成熟していますよ」
そう言ってから、レオンはほんの少しだけ肩をすくめた。
「……ですから。
心配しすぎるほど、脆い組織ではありません」
言葉とは裏腹に、口元はどうしても緩んでしまう。
(あのリュクスが。
あの減らず口の塊が。
人を待って、不安で……今にも泣きそうで)
――可愛いではないか。
レオンは再び書類に視線を戻し、静かに頷いた。
執務室には、紙をめくる音だけが戻る。
ただひとり。
リュクスの胸の内だけが、まだ落ち着かないままだった。
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