帝は傾国の元帥を寵愛する

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2章

番外編・レオン書記官のクリスマスの奇跡 後編

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<<聖夜の魔法:ロイヤルスイートの光景>>

ホテル最上階。
扉が閉まると同時に、銀のワゴンが静かに引かれ、卓には小さな宇宙が展開された。

白磁に収められたアミューズは、宝石のように端正だ。
帆立のミキュイに柑橘の泡、キャビアを一粒。
香草を忍ばせた温かなコンソメは、指先に触れる湯気さえ上品で――。

私はレオン。
何かの間違いで透明人間のようになって、その場に「立って」いる。
……そのクリスマスのご馳走を前に、指を咥えて。

「……随分と、用意周到だ。殿下。この部屋を取るのは大変だったのでは?」

ヴァルター閣下は、銀のフォークで宝石のようなアミューズをもてあそびながら、楽しげに笑った。
……せめて一口でいいから食べてみたい。
そう思わせるほどに、それは小さく、完璧だった。

「酒を飲める場所に行こうと言い出したのは、お前だろう。まさか私に、民草に紛れて杯を傾けろと?」

殿下はあくまで平静を装い、丸く大きく削られた氷を揺らす。
琥珀色のブランデーが、静かに唇へ運ばれた。

時の流れに逆らうことなく、二人の距離は、わずかずつ、しかし確実に縮まっていく。

「殿下は、お好きなものを召し上がればいい。
俺は……貴方が食べている、その姿を見るのが好きだ」

伸びた長い指が、殿下の柔らかな髪に触れる。
拒絶はなかった。むしろ誘うように、殿下は目を細める。

「殿下の髪は、本当に美しい。
俺の髪は、金なのか白銀なのか……判別がつかないだろう?」

「お前にはその――神話の中で語られるような、プラチナブロンドがよく似合う」

スイートルームの照明は、容赦なく二人を最良の姿で切り取っていた。
ヴァルター閣下の傾国の美貌は、この瞬間、殿下ただ一人のもの。
そして、この国の叡智たる高貴な存在は――
閣下が手を伸ばせば、容易く触れてしまえる距離にあった。

「……殿下は肌も綺麗だ。
綺麗すぎて、ときどき生きている人間なのか分からなくなる」

殿下はしばらく黙って、ヴァルター閣下を見つめる。

……ここで否定しない。
照れない。
謙遜しない。

「それで?」

短い。
だが、残酷なほど効果的。

続きが欲しくて、相手は言葉を探し始める。

「……触れてみると、
ちゃんと温かいのが分かるだろうか」

殿下は静かに手を差し出した。

「では、確かめてみるか」

――完全勝利。

二人の手のひらが重なる。

「その瞳も、今夜は一段と潤んでいる。酒のせいか?」

「……お前が、聞き飽きるほどキザな台詞を吐くからだ」

その実、殿下は巧みに酒を勧め、ヴァルターから甘い言葉を引き出している。

――殿下は分かっているのだ。
酒を飲めば、この男が甘くなることを。

「……貴方になら、いくらでも伝えたくなるんだ」

冷え込む夜明け。
語り明かした二人は、睡魔に抗えず、ソファで絡み合うように眠りに落ちた。

ヴァルターは、殿下の体温を逃がさぬよう大きな腕で包み込み、
殿下もまた、無防備な寝顔で閣下の胸に顔を埋めていた。



<<観測再開:現実の翌朝>>

夜が明け、「幻覚」は消え去った。

私は昨夜、書類の山に埋もれて夢を見たのだろう、と首を傾げる。

――だが。

数時間後、登庁したお二人を見て、私は二度見した。

ユリウス殿下の襟元には、本来ヴァルター閣下の私物であるはずの、深い灰色の狐のファー。
そしてヴァルター閣下の肩には、昨夜殿下が纏っていた、白いウサギのファー。

「……取り違えたが、この柔らかさは悪くない」

閣下が不敵に笑い、殿下のファーを愛おしげに撫でる。

「……お前が気に入ったなら交換しても良い」

殿下は顔を背けたが、耳朶は林檎のように赤い。

「殿下は私のものを気に入ったのか?」
「……ああ」

――私は、何も聞かなかったことにした。

性急に肌を重ねるより、
もっと深く、魂の深淵で繋がった証。

ええ。
今年のクリスマス明けも、帝都は極めて平和です。

主君たちの首元が、互いの体温と香りを交換した状態で執務に励んでいる点を除けば。

そしてまさか、聖夜の魔法とやらのせいで、この筆頭書記官が、
主君たちの健全かつ過剰に甘いいちゃつきを、全編フルカラーで観測させられる羽目になるとは……。

神よ。
これ以上、私をおかしくなさらぬよう。

――だが、もし来年もこの魔法が訪れるなら、せめて過労死だけは避けさせてください。
観測を完遂するためにもね。


クリスマス番外編 完 🎄🤶
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