47 / 104
2章
番外編・レオン書記官のクリスマスの奇跡 前編
しおりを挟む🦊🐰👓
私はレオン。
帝国の至高――ユリウス殿下の、執務室付き筆頭書記官である。
帝都は今、聖夜の熱狂に浮き足立っている。
街中が赤と緑に溢れ、まるで帝都そのものが贅沢にラッピングされたかのようだ。
だが、年末進行の渦中にあるこの執務室は、その喧騒から切り離されていた。
窓の外では、ちらちらと雪が舞い始め、石畳を白く染めていく。
気温はぐっと落ち、冬の冷気が容赦なく窓を叩いている。
暖炉に薪をくべても、冷えの浸透の方が早い。
――しかしながら。
やはり、ファーというものは良いものだ。
我が帝国の至高、至高の頭脳、至高の美しさを兼ね備えたユリウス殿下は、肩に短めのうさぎの毛皮を羽織られていた。
見るからに柔らかく、殿下の気品をふんわりと縁取っている。
過剰ではない。
……だが、完璧だ。
私は筆を走らせながら、内心で深い感嘆のため息をついていた。
そこへ、帝国の名誉元帥、ヴァルター閣下が現れる。
この男もまた、いかなる衣装も己の肉体の一部として支配してしまう、帝都随一の体躯と美貌の持ち主である。
彼は部屋の底冷えに気づくと、手にしていたグレーのファーを肩にかけた。
狐の毛皮だ。殿下のものより、やや毛足が長い。
――まずい。
いつもより「盛られた」二人の姿は、観賞用としてはすでに過剰戦力である!!まさに眼福だ!!
私は事務処理の合間、この二人がいかにして「クリスマス」を過ごすのか、静かに観測を開始することにした。
……私にだって、少しぐらい楽しみがあってもいいだろう。
沈黙を破ったのは、殿下だった。
「ヴァルター。今日はクリスマスだぞ。何かするのか? その……カーチャ様の邸宅では」
「いや? するとしても、俺がいたら邪魔だろう」
殿下はわずかに眉を寄せ、思案の表情を浮かべる。
「では――」
言いかけた言葉を、ヴァルター閣下が遮った。
「殿下、何か食べに行かないか?」
「……あ、ああ。私も今、そう思っていた」
――出た。
クリスマス当日に、
「何か食べに行かないか?」
を皇族相手にさらっと投げるこの男。
しかも迷いがない。
断られても、たぶん何とも思わない。
一方で、殿下は違う。
断られる想定のある問いかけなど、最初から口にしない御方だ。
後からどんな理屈を付けようと、自分の意思を通す――それが我らがユリウス殿下である。
殿下はわずかに口角が上がるのを抑えつつ、即座に事務的な口調に戻った。
「コース料理などはどうだ?」
殿下、それは事前予約が必須では?
……つまり「一応、もう押さえている」可能性が高い。
キャンセル料金を払う覚悟込みで。
さすがである。
「そんなに量は食えない。酒の店で、少しずつつまみたい」
殿下は一瞬、瞳を細められた。
……あれは、驚きか?
いや、違う。
普通に考えて、臣下が殿下の提案を拒むなどあり得ない事だ。
ましてや、ヴァルター閣下は自分が誘ったくせに、殿下が明らかに押さえていたであろうコース料理を、さらりと「量は食えない」と断る。
殿下の眉が、ほんのわずかに寄った。
口元は変わらない。声も、すぐにいつもの冷静な調子に戻る。
だが、私は知っている。
あの瞳の奥に、小さな火花が弾けたのを。
殿下は楽しそうだった。
(……この男だけは、私の計算を外す)
そんな言葉が、殿下の頭の中で響いているような気がした。
だからこそ、殿下は侍女を呼び、耳元で新たな指示を囁かれた。
「夜景の見える最上階のスイートを、空けておけ。酒はヴァルターの好みを揃えろ」
……と、私には聞こえてしまった。
殿下は即座に次の手を打つ。
まるで、断られたこと自体が、心地よい刺激だったかのように。
私は書類に目を落としながら、内心でため息をついた。
ヴァルター閣下が殿下の思惑を崩すたび、
殿下はそれを楽しんで、もっと深く閣下を引き込もうとする。
その攻防を、間近で見せつけられるのは、
この筆頭書記官にとって過剰すぎるご褒美だ。
「殿下……コース料理の方が良かったか?」
「何でも構わない。……酒が飲めて、夜景も見えるところにしよう」
「夜景か。それはいいな。
だが――目の前の貴方より美しい光など、あるわけがないだろうがな」
不敵な笑み。
射抜くような視線。
……リップサービス一つでどうにかなると思っている顔だ。
殿下はそんな甘言に騙される器では――
「……ヴァルター。まだ早いぞ」
咎める色と、微かな照れが混じった声。
――効いている。
効いているではないか。
ほどなく馬車が到着し、二人は執務室を後にした。
私は一人、書類の山に取り残される。
この先は、二人のみぞ知る世界。
私はこの事務書類に押し潰され、静かに死ぬのだろう。
……と、その時。
視界が、歪んだ。
疲労か? 過労か?
目をこすっても、書類の文字を突き抜けて、あり得ない光景が脳裏に流れ込んでくる。
――なぜか、今しがた出て行ったはずのお二人の様子が、ありありと見える。
しかも、どういうわけか。
いつもより、甘い。
……これが、聖夜の魔法というやつなのか?
⸻
後編へつづく
21
あなたにおすすめの小説
氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~
春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』
アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。
唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。
美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。
だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。
母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。
そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。
——カイエンが下す「最後の選択」とは。
ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。
まおうさまは勇者が怖くて仕方がない
黒弧 追兎
BL
百年前に現れた魔王によって侵攻が行われたアルキドセ王国。
国土の半分を魔物の支配下とされてしまったアルキドセ王国の国王はやむなく、国土を分断した。
-------------
百年後、魔王の座は孫へと譲られていた。
「あー、だる……座り心地悪すぎだろ、」
しかし、譲られた孫であるセーレに魔王の素質はなく、百年間城にも攻めに来ない勇者に驕りきっていた。
-------------
その日、魔王城に戦慄が走った。
勇者が魔王城まで攻め入ったのだ。
「ひ、ひっ……!、よ、よくきたなぁ、っゆうしゃ!」
血の滴る剣を持ち、近づく勇者に恐怖で震えるセーレに与えられたのは痛みではなく、獣の皮の温かな感触だった。
「っかわいい……俺のものにする、っ」
「ぁ、ぇひ!やだやだやだっ、ひ、ぃい……」
理解できない勇者の言葉は死に怯えるセーレを混乱させ、失神させた。
___________________
魔王に一目惚れで掻っ攫う溺愛勇者
×
言動が理解できない勇者が怖い卑屈な名ばかり魔王
愛をまっすぐ伝える勇者に怯える魔王のすれ違い、らぶらぶストーリー。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
のろまの矜持 恋人に蔑ろにされすぎて逃げた男の子のお話
月夜の晩に
BL
イケメンエリートの恋人からは、雑な扱いばかり。良い加減嫌気がさして逃げた受けくん。ようやくやばいと青ざめた攻めくん。間に立ち塞がる恋のライバルたち。そんな男の子たちの嫉妬にまみれた4角関係物語です。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
うちの魔王様が過保護すぎる
秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。
「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、
「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。
困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて――
「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」
異世界転生魔王様×異世界転生主人公
幼馴染年下攻めだけど年上攻めです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる