帝は傾国の元帥を寵愛する

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2章

番外編・レオン書記官のクリスマスの奇跡 前編

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       🦊🐰👓

私はレオン。
帝国の至高――ユリウス殿下の、執務室付き筆頭書記官である。

帝都は今、聖夜の熱狂に浮き足立っている。
街中が赤と緑に溢れ、まるで帝都そのものが贅沢にラッピングされたかのようだ。

だが、年末進行の渦中にあるこの執務室は、その喧騒から切り離されていた。
窓の外では、ちらちらと雪が舞い始め、石畳を白く染めていく。
気温はぐっと落ち、冬の冷気が容赦なく窓を叩いている。
暖炉に薪をくべても、冷えの浸透の方が早い。

――しかしながら。
やはり、ファーというものは良いものだ。

我が帝国の至高、至高の頭脳、至高の美しさを兼ね備えたユリウス殿下は、肩に短めのうさぎの毛皮を羽織られていた。
見るからに柔らかく、殿下の気品をふんわりと縁取っている。

過剰ではない。
……だが、完璧だ。

私は筆を走らせながら、内心で深い感嘆のため息をついていた。

そこへ、帝国の名誉元帥、ヴァルター閣下が現れる。
この男もまた、いかなる衣装も己の肉体の一部として支配してしまう、帝都随一の体躯と美貌の持ち主である。

彼は部屋の底冷えに気づくと、手にしていたグレーのファーを肩にかけた。
狐の毛皮だ。殿下のものより、やや毛足が長い。

――まずい。
いつもより「盛られた」二人の姿は、観賞用としてはすでに過剰戦力である!!まさに眼福だ!!

私は事務処理の合間、この二人がいかにして「クリスマス」を過ごすのか、静かに観測を開始することにした。

……私にだって、少しぐらい楽しみがあってもいいだろう。

沈黙を破ったのは、殿下だった。

「ヴァルター。今日はクリスマスだぞ。何かするのか? その……カーチャ様の邸宅では」

「いや? するとしても、俺がいたら邪魔だろう」

殿下はわずかに眉を寄せ、思案の表情を浮かべる。

「では――」

言いかけた言葉を、ヴァルター閣下が遮った。

「殿下、何か食べに行かないか?」

「……あ、ああ。私も今、そう思っていた」

――出た。

クリスマス当日に、
「何か食べに行かないか?」
を皇族相手にさらっと投げるこの男。

しかも迷いがない。
断られても、たぶん何とも思わない。

一方で、殿下は違う。
断られる想定のある問いかけなど、最初から口にしない御方だ。
後からどんな理屈を付けようと、自分の意思を通す――それが我らがユリウス殿下である。

殿下はわずかに口角が上がるのを抑えつつ、即座に事務的な口調に戻った。

「コース料理などはどうだ?」

殿下、それは事前予約が必須では?
……つまり「一応、もう押さえている」可能性が高い。

キャンセル料金を払う覚悟込みで。
さすがである。

「そんなに量は食えない。酒の店で、少しずつつまみたい」

殿下は一瞬、瞳を細められた。
……あれは、驚きか?
いや、違う。

普通に考えて、臣下が殿下の提案を拒むなどあり得ない事だ。
ましてや、ヴァルター閣下は自分が誘ったくせに、殿下が明らかに押さえていたであろうコース料理を、さらりと「量は食えない」と断る。

殿下の眉が、ほんのわずかに寄った。
口元は変わらない。声も、すぐにいつもの冷静な調子に戻る。

だが、私は知っている。
あの瞳の奥に、小さな火花が弾けたのを。

殿下は楽しそうだった。
(……この男だけは、私の計算を外す)
そんな言葉が、殿下の頭の中で響いているような気がした。

だからこそ、殿下は侍女を呼び、耳元で新たな指示を囁かれた。

「夜景の見える最上階のスイートを、空けておけ。酒はヴァルターの好みを揃えろ」

……と、私には聞こえてしまった。

殿下は即座に次の手を打つ。
まるで、断られたこと自体が、心地よい刺激だったかのように。
私は書類に目を落としながら、内心でため息をついた。

ヴァルター閣下が殿下の思惑を崩すたび、
殿下はそれを楽しんで、もっと深く閣下を引き込もうとする。

その攻防を、間近で見せつけられるのは、
この筆頭書記官にとって過剰すぎるご褒美だ。

「殿下……コース料理の方が良かったか?」

「何でも構わない。……酒が飲めて、夜景も見えるところにしよう」

「夜景か。それはいいな。
だが――目の前の貴方より美しい光など、あるわけがないだろうがな」

不敵な笑み。
射抜くような視線。

……リップサービス一つでどうにかなると思っている顔だ。

殿下はそんな甘言に騙される器では――

「……ヴァルター。まだ早いぞ」

咎める色と、微かな照れが混じった声。

――効いている。
効いているではないか。

ほどなく馬車が到着し、二人は執務室を後にした。

私は一人、書類の山に取り残される。

この先は、二人のみぞ知る世界。
私はこの事務書類に押し潰され、静かに死ぬのだろう。

……と、その時。

視界が、歪んだ。

疲労か? 過労か?
目をこすっても、書類の文字を突き抜けて、あり得ない光景が脳裏に流れ込んでくる。

――なぜか、今しがた出て行ったはずのお二人の様子が、ありありと見える。

しかも、どういうわけか。
いつもより、甘い。

……これが、聖夜の魔法というやつなのか?



後編へつづく
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