帝は傾国の元帥を寵愛する

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3章

55話 見つめ合う

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その瞬間、ユリウスが現れた。

レオンの胸を占めていた不安は、瞬時に霧散した。
現れたユリウスは、まるで事前にリュクスの礼装を知っていたかのような、完璧な、対となる装いだった。



普段のユリウスは、簡素でクラシカルな装いを好む。だが、今日の彼は違った。

胸元を渡る精緻な鎖、そして背には上質で真っ白なファー。
その装飾過多とも言える華美な姿に、レオンは息を呑む。
しかし、それらすべてが彼の持つ空気と見事に調和していた。

レオンがまだ年端もいかない頃。
礼拝堂で挨拶をする幼きユリウスの姿を見て以来、彼はこの「神々しいまでのオーラ」を纏う主君にすべてを捧げてきた。
貧乏貴族の家系に生まれながら、ただユリウスと同じ空気を吸うためだけに己を律し、血を吐くような努力の末に帝都大学を首席で卒業し、最年少でユリウスの執務室付き筆頭書記官にまで成り上がったのだ。
すべては、この完璧な主君に仕えるために。

目の前の麗しい「推し」の姿に、レオンは動悸すら覚える。
高貴な血筋、至高の頭脳、そして揺るぎない思想。
ユリウスという男は、文字通り完璧だった。

着飾ったリュクスと、この若き皇帝。
二人が並び立てば、誰もがその美しさに跪くことになるだろう。
レオンの胸は、期待と昂揚に高鳴った。

ユリウスはリュクスへ歩み寄ると、無言のまま、その姿を上から下まで冷徹に品定めした。

「ふむ……」
短い吐息と共に、ユリウスが手を伸ばす。リュクスの顎を強引に掬い上げた。
その指先が、首元と襟のわずかな隙間に、微かな赤紫の影を見つけ出す。
そこを、指先で無慈悲になぞった。

「……っ」
不意の接触に、リュクスは反射的に息を詰める。

「私を馬鹿にしているのか? これは……何だ」
ユリウスの低い声が鼓膜を打つ。リュクスが傍らの手鏡で首元を確かめると、そこには角度によって見え隠れするほどの、小さな痕が残っていた。
ルーカスに執拗に吸い上げられた、あの時の熱の残滓だ。
言い訳を口にする隙さえ、ユリウスは与えない。

「化粧で隠せ」
顎を掴んだまま、あらゆる角度からその痕を検分する。
一通り確かめ終えると、ユリウスはふっと指の力を抜いた。その表情には、もはや苛立ちの色すら浮かんでいない。

理由も、経緯も、そして犯人が誰であるかも――彼にとっては些末な事象に過ぎないのだ。
必要なのはただ一つ。「今、この場で、自分の隣を歩かせる『装飾品』として足るかどうか」という一点のみ。

控えていた侍女たちが、ユリウスの無言の合図に即座に反応した。
練り白粉と筆、そして細かな粉が運び込まれる。
二人がかりの鮮やかな手際で、リュクスの首元にある不敬な痕は、丁寧に塗り潰されていった。

「……いいだろう」
完全に指が離れた。それで、この件の審議は終了した。

「及第点だ」
その言葉は、赦しではない。単なる「評価」だ。
リュクスが飾りとして、十分に機能するか否か。
その試験における、合格宣告に過ぎなかった。

「恐悦至極に存じます……」
リュクスは淀みなく応じる。

何が起きたのかを説明しようとする素振りも見せない。説明する価値など、ここには存在しないことを、彼は痛いほど理解していた。

「リュクス。お前と会っていない間、私がお前に関する報告を一切受けていないとでも思っていたのか?」

ユリウスは再び、まじまじとリュクスの顔を見つめる。

「ふむ……その顔、近くでよく見ればあの元帥に似ているわけではないな。
顎のラインと口元に、面影を残している程度か。……幼すぎるな、お前の顔は」

(この美男子を捕まえて、なんて言い草だ……!)

リュクスは内心で毒づき、反抗的にユリウスの顔を見返した。

だが、認めざるを得ない。
確かに、整っている。
自分より少し高い背、周囲を圧する圧倒的な威厳。
そして、その双眸の奥に湛えられた氷のような冷たさ。
リュクスは何も言えず、かと言って目線を逸らすこともしない。
負けたくないからだ。

傍らのレオンの視点から見れば、それは二人の貴公子の「無言の見つめ合い」だった。
あまりに美しく、そしてあまりに恐ろしい沈黙。

レオンは、その場に漂う緊張感に、ただ圧倒されるばかりだった。

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