帝は傾国の元帥を寵愛する

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3章

76話 熱量

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レオンが容赦なく、冷徹なトーンで追及する。

「時系列で、事実にのみ基づいて話してください」

沈黙ののち、ルーカスは絞り出すように答えた。

「……舞踏会の翌日、私が彼を問い詰め……関係を持ったあとからです」

室内の温度が、一段、下がった。

「寮では常に傍にいて、生活の世話をしています。食事も睡眠も、最低限のラインは維持させているつもりです」

「お前に、何か意志のある言葉を言いはするのか?」

ユリウスの問いに、ルーカスは首を振った。

「いいえ。ですが、夜だけは」
「夜?」
「眠る時には、必ず私のところへ来ます。言葉はありませんが、腕の中に入ってくる――。その意思表示ははっきりしています」

重い沈黙が、三人の間に落ちた。
ユリウスは顎に手を当てたまま、観察するようにルーカスを凝視している。

「……それで? お前はどうするつもりだ」

「私に責任があります。彼が良くなるまで、毎日私が面倒をみます」

レオンが、手元の書類から顔を上げた。
その眼鏡の奥の瞳は、同情ではなく、ある種の「異常性」を指摘する鋭さを含んでいた。

「なぜそこまで? 友人としての範疇をとうに超えています。それに、関係……とは……」

一拍。
ルーカスは、質問したレオンではなくユリウスの目を見て言った。

「――彼とは結婚の約束をしています」

その瞬間。

「「は……?」」

ユリウスとレオンの声が、完璧に重なった。
百戦錬磨の二人が、同時に絶句し、目を丸くする。そんな光景は、後にも先にもこれきりだろう。

「待て。お前たちが仲睦まじいという報告は受けていた」

ユリウスが、こめかみを押さえながら言葉を絞り出す。

「だが、それは……あくまで友愛の延長だろうと……」

「いや、まさか、そこまで踏み込んだ関係だとは想定外ですよ……」

レオンもまた、珍しく動揺を隠せない。

そんな二人を前に、ルーカスは背筋を伸ばし、迷いなく告げた。

「リュクスが私と共にいるという意志だけは失っていない以上、私は彼の面倒を見る責任があるはずです」

「……お前は、たかだか数ヶ月一緒にいただけだ。恋愛というものは人を瞬間的に狂わせる。今、一時的に燃え上がっているだけだろう」

ユリウスの声は、低く、重い。
一国の主としての威厳に満ちたその声は、甘えや言い訳を一切許さない鋭さを持っていた。

「……ぁ………てます…」

蚊の鳴くような、消え入りそうな声。
あまりの音量の小ささに、ユリウスはわずかに眉を寄せ、聞き返す。

「……ルーカス。今、なんと言った?」

その問いは、ルーカスの退路を断つ最後の一押しとなった。

彼は一度、深く息を吸い込む。
そして、意を決したように顔を上げると、先ほどまでの騎士らしい冷静さはどこへやら、魂の叫びをぶちまけた。

「愛してます」

「…………」

執務室の時が、止まった。
ユリウスの威厳あふれる表情が、そのままの形で凍りつく。

「……愛してるんだ!彼を、心から」

しかし、ルーカスの暴走は止まらない。
一度堰を切った想いは、もはや誰にも止められない濁流となって二人を飲み込んでいく。

「他の何よりも、リュクスが好きです。あいつだけは、 ずっと、ずっと大事にする。
リュクスがどんな状態になろうと、一生守り抜きます。私のすべてを懸けて、リュクスを――」

「わ、わかった。……相分かった。もういい」
ユリウスが、たじろいだように手をかざしてルーカスを制した。

常に戦況を冷静に支配する王が、あからさまに気圧されている。
その指先がわずかに震えているのは、怒りではなく、あまりの熱量をまともに食らったことによる困惑だった。

「ルーカス、落ち着け。お前の……凄まじい熱意は理解した」

「……ええ。十分すぎるほどに」
レオンもまた、持っていたペンをピタリと止めたまま、どこか遠い目をして眉間の皺を伸ばす。

書類を整理する音だけが、不自然に大きく響く。

ユリウスはゆっくりと目を閉じ、静かに命じた。

「……寮での同居、当面は許可する」
そして、鋭い眼光を再びルーカスへ向けた。

「だが覚えておけ、ルーカス。これは単なる恋愛沙汰では済まない」
「承知しています」

ルーカスが退室したあと、執務室には再び重苦しい静寂が戻った。

「……なるほど。状況は想像以上に深刻ですね。論理が通じない」 
「……ああ。まさか、あの冷静なルーカスがこれほどまでに凋落するとはな。あれはもはや、愛というより、リュクスという呪いまじないにかかったようだ」

ユリウスは背もたれに深く身を預け、天井を仰いだ。 
主君としての威厳を辛うじて取り戻そうとしているが、その瞳には「若さゆえの、あまりに暴力的な熱にあてられてしまった」という動揺が、澱のように沈んでいる。

「規則の厳しい寮に入れれば、音を上げるか本性を出すかと思ったが……生活を存分に楽しみ、あんな堅物のルーカスの心を完膚なきまでに溶かすとはな」 

レオンは眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに視線を落とした。

(――リュクス。あの、儚げな美貌と、愛嬌で……鉄の規律を擬人化したようなルーカスをあそこまでの『忠犬』へと作り替えたのか)

それは、いかなる軍事力や権謀術数よりも恐ろしい変質だった。

(並み居る令嬢たちの誘惑にも、地位や名誉という餌にも、微塵も揺らがなかった男の首に、いとも容易く『愛』という名の鎖を繋いでみせた。
……見た目こそ守られるべき弱者だが、その実、帝都最強の男を意のままに従わせている。
――こうなってしまえば、帝国はルーカス少将を人質にとられたようなものだ。リュクス……本当に、あなたはどこまで……)

レオンは心の中で、その異常性を確信し、背筋に走る冷や汗を拭うことも忘れて立ち尽くしていた。

窓から差し込む夕刻の陽光が、執務机を赤く染める。

リュクスが選びとっていた唯一の現実。 
それは、一国の主すらも閉口させるほどの、あまりに純粋で、あまりに重い、狂気を含んだ純愛だった。

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