帝は傾国の元帥を寵愛する

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4章

88話 強襲

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高台から戦況を俯瞰していたゼフェルの耳に、風に乗って「異質な音」が届いた。
怒号、そして金属が激しくぶつかり合う、本幕の方角から響く不穏な喧騒。

「……何事だ」
嫌な予感に突き動かされ、ゼフェルは傍らの愛馬に飛び乗った。
手綱を捌き、斜面を駆け下りる。
本幕の入り口に辿り着くやいなや、彼は馬から飛び降りるような勢いで幕を跳ね上げた。

視界に飛び込んできたのは、凄惨ながらも奇妙な光景だった。
ソル国の副将が、血まみれになりながら地に伏している。
一見すれば絶命しているようにも見えたが、その喉元には傭兵の剣先が寸止めで突きつけられていた。
殺すことが目的ではない。これは、明白な挑発と撹乱だ。
それを囲むように、顔まで隠した三人の傭兵が立っていた。
騒ぎを聞きつけた兵たちが彼らを包囲しているが、場を支配しているのは明らかに傭兵たちの放つ、射抜くような殺気だ。

ゼフェルの判断は電光石火だった。
「下がっていろ!」
叫ぶのと同時に、無造作に背を向けていた傭兵の一人に鋭い蹴りを見舞う。
肉を打つ重い衝撃。
怯んだ敵を周囲の兵に任せ、間髪入れずに二人目の喉元を鋭い刺突で牽制し、副将から引き離した。

だが、三人目――一際長身の男が、ゼフェルの前に立ち塞がった。

「……っ!」
正面から剣を振るう。
しかし、その手応えは驚くほど硬く、重い。
男は流麗な身のこなしでゼフェルの剣をいなし、幕の外へと逃れた。

追うゼフェル。男は顔を完全に隠しており、視界は制限されているはずだ。
だというのに、その間合いの取り方は完璧だった。

じりじりと、男は後退していく。ゼフェルは攻め立てながらも、違和感を覚えた。

(……誘っているのか?)

まるで、自分を本幕から遠ざけようとしているような、計算された退却。

ある程度の距離が空いた瞬間、男の動きが変わった。
逃げるのをやめ、腰を落とし、本気の一撃を繰り出してきたのだ。

空気が震えるほどの圧。
力、技、そして有無を言わせぬ絶対的な強者の矜持。
一対一であれば最強と謳われるゼフェル。決闘用競技剣フルーレの経験に裏打ちされた、誰よりも鋭く精密なはずの彼の身のこなしをもってしても、男の猛攻を捌くのがやっとだった。

「貴様、何者だ……!」

問うた言葉に、返答はない。ただ鋼のぶつかり合う火花だけが、男の冷徹な意志を物語っていた。

(……まともに受けては、捩じ伏せられる。こいつの狙いは俺を仕留めることではなく、この場を支配することか!)

プライドを捨て、ゼフェルは喉を震わせた。
「伏兵がいるぞ!」
ゼフェルが増援を呼ぶと同時に、男の圧が一段と増す。

鋭い打突が、再び剣へ叩き込まれた。
今度は受けきれない。
剣ごと押し切られ、体勢を崩し地に転がる。
喉元に、刃が

――来ない?

男は一瞬だけ見下ろし、背を向けた。

「っ……!」

地面を転がったゼフェルの視界に、ようやく駆け寄るセレスティア軍の増援が映った。
それを見た覆面の剣士は、深追いはせず瞬時に背を向けて本幕へと引き返した。

「退け! 離脱だ!」
その男の響くような怒号。
取り残されていた二人の傭兵を回収するように剣を振るい、セレスティアの兵たちをなぎ払う。
その様は、まさに戦場を蹂躙する嵐だった。

十分な恐怖を植え付けた彼らは、 救出と殿(しんがり)を同時にこなしながら、あっという間に消えていった。

残されたのは、怪我を負いながらも一命を取り留めた副将の喘ぎ声と、指揮系統を崩された場の混乱。

ゼフェルは痺れる腕を押さえながら男が去った方向を睨みつける事しかできなかった。


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