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4章
87話 作戦開始
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翌日から、セレスティア軍の介入が正式に始まった。
昨夜、酔っ払いたちが横たわる王宮の一室で、ルーカスとゼフェルは静かに言葉を交わしていた。
作戦の全権はセレスティアに一任されている。
副官であるゼフェルが全体の指揮を執り、ルーカスは自ら遊撃部隊を率いて、戦場を攪乱するという厄介な傭兵隊を探し、向こうが動き次第一網打尽にするという手筈だ。
ゼフェルがまず着手したのは、敵の補給路の遮断だった。
麓から街をつなぐ街道を塞ぐように軍を配置し、立っているだけでほとんど動かない。端から見れば楽な仕事に思えるが、その実、神経を削る精密な包囲網だった。
「……鼠を一匹ずつ、丁寧に潰していきましょうか」
ゼフェルは数名の精鋭を鉱山へ送り込む。いまはソル国の採掘期間だ。
内部にベルカの者がいて良いはずがない。
潜伏していたベルカの民間人・軍人ともに1人づつ徹底的に連れ出していった。
さらに、鉱山の周囲に陣取る「ゴロツキ軍」に対しては、兵糧を断つだけでなく、精神的な責め苦を与えた。
日陰の多いソル国で、農業用に開発された巨大投影機。
その存在を耳にしたゼフェルは、即座に前線へ回させた。
夜になるたび、彼らの野営地を真っ白な光で照らし上げる。
隠れる場所を奪い、昼夜の区別を狂わせる――それはまさに、逃げ場のない晒し上げとなったのだ。
眼鏡の奥で細められた眼光は、毒を含んでいるとは思えないほどに柔和だった。
ゼフェルは、まるで愛し子を見つめるような、深い慈しみの微笑をその唇に湛えている。
じわじわと、しかし確実に理性を削り取っていく自らの策。
その術中に嵌まり、逃げ場を失って無様に足掻く敵の姿が、彼にはたまらなく可愛らしく見える。
掌の上で転がされる、無力な獲物たち。
彼らを絶望へと誘う自らの歪んだ策を、彼は明確に自覚し、そして愉しみとして享受している。
愉悦に濡れたその瞳を間近で見た部下たちは、本能的な拒絶反応とともに、背筋を凍りつかせるような戦慄を覚えずにはいられなかった。
正々堂々とした武を体現するルーカスが「太陽」ならば、ゼフェルは音もなく闇に沈める「月」だ。
二人は何から何まで正反対、だからこそ戦場での相性は抜群だった。
数日後。
不眠と飢えに耐えかねたのか、敵側が動いた。補給を強行しようとする一団が、兵とも呼べないような烏合の衆を引き連れ、怒涛の勢いで押し寄せてきたのだ。
正面から押し寄せる濁流のような敵。セレスティア軍がその対応に当たっている隙だった。
裏手を守っていたソル国の兵たちを、突如として凄まじい衝撃が襲う。
「またこいつらだッ!」
裏手に現れたのは、わずか二十数名の傭兵たち。
装備はみるからに簡素で、小銭で雇われた寄せ集めにしか見えない。
だが、その動きはあまりに異常だった。
彼らはソル国の防御が最も脆い地点を正確に見抜き、電光石火のヒット・アンド・アウェイで戦線をかき回す。
ソルの兵が集まれば、風のように姿を消し、手薄になった別の場所を叩く。
明らかに高度な統率が取れている。
それなのに、纏っているのは農民と見紛うようなボロ。
その鮮やかな撹乱に翻弄され、ソルの守備網は目に見えて疲弊し、薄くなっていく。
「今だ! 流し込め!」
その一瞬の隙を突いて、包囲網によって足止めされていたはずの補給隊が、濁流のように鉱山の麓へと流れ込んでいった。
「おい!! まて!!!」
「……ふむ。本体と指揮系統は別、なのか。まさかあの部隊だけ単独行動なんてことが……?」
混乱する戦場を冷ややかに見下ろしながら、ゼフェルが呟いた。
隣で様子を見ていたルーカスが馬に跨り、「出る」と一言告げる。
ゼフェルがその背中に声を上げる。
「ルカ!あの傭兵団は素人に見えない。注意しろ!」
ゼフェルが放った言葉に、ルーカスは馬を止め、意外そうに眉を上げた。
「お前がそんなことを言うとは。明日は槍が降る」
「冗談じゃない。……お前が死んで、僕が軍事貴族代表の矢面に立つのは真っ平ごめんだからな」
ゼフェルは苛立たしげに眼鏡を押し上げた。
ルーカスという光が消えれば、必然的にこの泥臭い権力闘争の最前線に、影であるゼフェルが引きずり出されることになる。
「……わかった」
ルーカスは短く応じ、剣の柄に手をかけた。
その背中を見送りながら、ゼフェルは独りごちる。
「……ルーカスの率いる遊撃小隊が、二十数名の傭兵風情に後れを取るはずがない」
そこで思考を打ち切る。
自分は全体の指揮に戻るべきだ。
二週間。
あの傭兵団は、どうやらそれくらいは楽しませてくれそうだ。
ゼフェルの口元がわずかに歪む。
補給で盤面は二手巻き戻った。
さて、次に動かす駒は――。
昨夜、酔っ払いたちが横たわる王宮の一室で、ルーカスとゼフェルは静かに言葉を交わしていた。
作戦の全権はセレスティアに一任されている。
副官であるゼフェルが全体の指揮を執り、ルーカスは自ら遊撃部隊を率いて、戦場を攪乱するという厄介な傭兵隊を探し、向こうが動き次第一網打尽にするという手筈だ。
ゼフェルがまず着手したのは、敵の補給路の遮断だった。
麓から街をつなぐ街道を塞ぐように軍を配置し、立っているだけでほとんど動かない。端から見れば楽な仕事に思えるが、その実、神経を削る精密な包囲網だった。
「……鼠を一匹ずつ、丁寧に潰していきましょうか」
ゼフェルは数名の精鋭を鉱山へ送り込む。いまはソル国の採掘期間だ。
内部にベルカの者がいて良いはずがない。
潜伏していたベルカの民間人・軍人ともに1人づつ徹底的に連れ出していった。
さらに、鉱山の周囲に陣取る「ゴロツキ軍」に対しては、兵糧を断つだけでなく、精神的な責め苦を与えた。
日陰の多いソル国で、農業用に開発された巨大投影機。
その存在を耳にしたゼフェルは、即座に前線へ回させた。
夜になるたび、彼らの野営地を真っ白な光で照らし上げる。
隠れる場所を奪い、昼夜の区別を狂わせる――それはまさに、逃げ場のない晒し上げとなったのだ。
眼鏡の奥で細められた眼光は、毒を含んでいるとは思えないほどに柔和だった。
ゼフェルは、まるで愛し子を見つめるような、深い慈しみの微笑をその唇に湛えている。
じわじわと、しかし確実に理性を削り取っていく自らの策。
その術中に嵌まり、逃げ場を失って無様に足掻く敵の姿が、彼にはたまらなく可愛らしく見える。
掌の上で転がされる、無力な獲物たち。
彼らを絶望へと誘う自らの歪んだ策を、彼は明確に自覚し、そして愉しみとして享受している。
愉悦に濡れたその瞳を間近で見た部下たちは、本能的な拒絶反応とともに、背筋を凍りつかせるような戦慄を覚えずにはいられなかった。
正々堂々とした武を体現するルーカスが「太陽」ならば、ゼフェルは音もなく闇に沈める「月」だ。
二人は何から何まで正反対、だからこそ戦場での相性は抜群だった。
数日後。
不眠と飢えに耐えかねたのか、敵側が動いた。補給を強行しようとする一団が、兵とも呼べないような烏合の衆を引き連れ、怒涛の勢いで押し寄せてきたのだ。
正面から押し寄せる濁流のような敵。セレスティア軍がその対応に当たっている隙だった。
裏手を守っていたソル国の兵たちを、突如として凄まじい衝撃が襲う。
「またこいつらだッ!」
裏手に現れたのは、わずか二十数名の傭兵たち。
装備はみるからに簡素で、小銭で雇われた寄せ集めにしか見えない。
だが、その動きはあまりに異常だった。
彼らはソル国の防御が最も脆い地点を正確に見抜き、電光石火のヒット・アンド・アウェイで戦線をかき回す。
ソルの兵が集まれば、風のように姿を消し、手薄になった別の場所を叩く。
明らかに高度な統率が取れている。
それなのに、纏っているのは農民と見紛うようなボロ。
その鮮やかな撹乱に翻弄され、ソルの守備網は目に見えて疲弊し、薄くなっていく。
「今だ! 流し込め!」
その一瞬の隙を突いて、包囲網によって足止めされていたはずの補給隊が、濁流のように鉱山の麓へと流れ込んでいった。
「おい!! まて!!!」
「……ふむ。本体と指揮系統は別、なのか。まさかあの部隊だけ単独行動なんてことが……?」
混乱する戦場を冷ややかに見下ろしながら、ゼフェルが呟いた。
隣で様子を見ていたルーカスが馬に跨り、「出る」と一言告げる。
ゼフェルがその背中に声を上げる。
「ルカ!あの傭兵団は素人に見えない。注意しろ!」
ゼフェルが放った言葉に、ルーカスは馬を止め、意外そうに眉を上げた。
「お前がそんなことを言うとは。明日は槍が降る」
「冗談じゃない。……お前が死んで、僕が軍事貴族代表の矢面に立つのは真っ平ごめんだからな」
ゼフェルは苛立たしげに眼鏡を押し上げた。
ルーカスという光が消えれば、必然的にこの泥臭い権力闘争の最前線に、影であるゼフェルが引きずり出されることになる。
「……わかった」
ルーカスは短く応じ、剣の柄に手をかけた。
その背中を見送りながら、ゼフェルは独りごちる。
「……ルーカスの率いる遊撃小隊が、二十数名の傭兵風情に後れを取るはずがない」
そこで思考を打ち切る。
自分は全体の指揮に戻るべきだ。
二週間。
あの傭兵団は、どうやらそれくらいは楽しませてくれそうだ。
ゼフェルの口元がわずかに歪む。
補給で盤面は二手巻き戻った。
さて、次に動かす駒は――。
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