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4章
91話 ゼフェルの出世にかかわる死闘
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包囲陣を覆う空気は、勝利の予感に緩んでいた。
ゼフェルが指揮する包囲網は着実に効果をなしている。
寄せ集めの敵の兵もどきは、一人、また一人と白旗を掲げて麓へと降りていく。
一度包囲を抜ければ再突入は許さない。
この「出口だけを開けた封鎖」により、ソル国の鉱山の労働者たちはようやく、背後を気にせずツルハシを振るえる平穏を取り戻しつつあった。
だが、この制圧劇の本質は治安維持ではない。
セレスティア軍が金で請け負ったのは武力による解決である。
徹底的に叩き潰し、二度と牙を剥く者が現れぬよう、恐怖を刻み込むこと。
それが完遂されない限り、セレスティアの勝利とは呼べなかった。
そんな静かな制圧を嘲笑うかのように、例の傭兵隊はしぶとく食らいついていた。
「10時方向!」
「後ろだ、6時! 石灰を被せるぞ!」
視界を真っ白に染め上げる石灰の粉塵。
ゼフェルは苛立ちを隠そうともせず、浮き出たこめかみの血管を脈打たせていた。
敵は無理なことを承知で、巧妙にヒットアンドアウェイを繰り返している。
「…何だ? あの動きは」
何度目かの小競り合いが始まり、ゼフェルの目が戦線の歪みを捉えた。
傭兵隊が繰り出したのは、前代未聞の奇策だった。
彼らはあろうことか、あえて石灰に馬で乗り上げ視界を奪った上で、
セレスティア側が張っていた包囲用の網を釣具で強引に「釣り上げ」たのだ。
さらに、慌てて網を定位置に戻そうと身を乗り出した兵士を、今度は自分たちが奪った網で絡め取り、自陣側へと引きずり込んでいく。
ドミノ倒しのように、完璧だったはずの包囲網に「穴」が穿たれた。
この一連の動きは、かつての攻城戦における定石を逆手に取ったものだった。
本来、城門や狭路を突破する際、前列の兵が倒れれば後方の兵が即座にその「穴」を埋める。
これは兵法における基礎中の基礎だが、城攻めなどが行われなくなって久しく個人の技量や乱戦が主となった今の戦場において、現場の末端兵はこの即座に肉の盾となって穴を埋めるという概念が希薄になっていた。
ゼフェルら指揮官に知識はあっても、現場の兵士にその練度はない。
「穴が開いた」瞬間、隣の兵士を助けようとするか、あるいは奪われた網に気を取られ、足並みがバラバラに崩れる。
網に巻かれた同僚の叫び声が、さらに混乱を加速させた。
そのパニックの渦中、開いた穴へと「それ」が滑り込んできた。
「…重装歩兵だと?」
ゼフェルが絶句する。
そこにいたのは、現代の機動性を重視した軽装な装備とは真逆の存在。
全身を厚い鉄板で覆い、まるで歩く鉄塊と化した古代の重装歩兵を彷彿とさせる一団だった。
関節部すらも強固に守られ、全方位からの攻撃を跳ね返すその姿は、ただの鉄を背負って歩いているような異様な威圧感を放っていた。
彼らは、混乱で開いた穴に突入した。
一度その重厚な盾と鎧が固定されれば、並大抵の打撃ではびくともしない。
「時代遅れな…この乱戦で、あえて『動かない壁』をぶつけてくるとは!」
勝利目前だったはずの包囲網が、たった数人の「鉄の塊」によって内側から食い破られようとしていた。
さらにゼフェルの視界の中で、信じられない光景が展開されていた。
穴を穿った数人の重装歩兵は、そこで止まらなかった。
背後から次々と、同じく鉄塊を纏った兵が滑り込み、計12名が二列に分かれて向かい合う。
彼らは巨大な盾を噛み合わせ、肩を寄せ合い、即席の通路(テストゥド)を作り上げたのだ。
ガチリ、と装甲が噛み合う金属音が、包囲網の崩壊を告げる弔鐘のように響く。
「…通路だと? 陣地の中に、あいつら専用の道を作ったというのか!」
ゼフェルの怒声も虚しく、混乱の中でその「鉄のトンネル」を、驚くべき速度で影が通り抜けていく。
それは武装した兵士ではない。
背中に山のような食料や資材を背負った補給兵、そして疲弊したごろつき兵たちと入れ替わるための、新鮮な交代要員たちだった。
「叩き出せ!」
現場の指揮官が叫ぶが、兵士たちは迷いに震えていた。
鉄の回廊を通り抜けていく者たちは、一様に武器を手にしていない。ボロ布を纏い、ただひたすらに荷物を運ぶその姿は、どこからどう見ても非戦闘員のそれだった。
セレスティアが「正義」や「秩序」を掲げて介入している以上、そしてこの制圧劇が「依頼」という契約に基づいている以上、非武装の市民を虐殺することは最大の禁忌である。
もしここで引き金を引けば、セレスティアの名声は地に堕ち、国際的な非難を浴びるだけでなく、今後の依頼料にも影響が出る。
「…本当に…、汚い真似を!」
ゼフェルは歯噛みした。
敵は、セレスティア軍という組織を熟知している……。
ゼフェルが指揮する包囲網は着実に効果をなしている。
寄せ集めの敵の兵もどきは、一人、また一人と白旗を掲げて麓へと降りていく。
一度包囲を抜ければ再突入は許さない。
この「出口だけを開けた封鎖」により、ソル国の鉱山の労働者たちはようやく、背後を気にせずツルハシを振るえる平穏を取り戻しつつあった。
だが、この制圧劇の本質は治安維持ではない。
セレスティア軍が金で請け負ったのは武力による解決である。
徹底的に叩き潰し、二度と牙を剥く者が現れぬよう、恐怖を刻み込むこと。
それが完遂されない限り、セレスティアの勝利とは呼べなかった。
そんな静かな制圧を嘲笑うかのように、例の傭兵隊はしぶとく食らいついていた。
「10時方向!」
「後ろだ、6時! 石灰を被せるぞ!」
視界を真っ白に染め上げる石灰の粉塵。
ゼフェルは苛立ちを隠そうともせず、浮き出たこめかみの血管を脈打たせていた。
敵は無理なことを承知で、巧妙にヒットアンドアウェイを繰り返している。
「…何だ? あの動きは」
何度目かの小競り合いが始まり、ゼフェルの目が戦線の歪みを捉えた。
傭兵隊が繰り出したのは、前代未聞の奇策だった。
彼らはあろうことか、あえて石灰に馬で乗り上げ視界を奪った上で、
セレスティア側が張っていた包囲用の網を釣具で強引に「釣り上げ」たのだ。
さらに、慌てて網を定位置に戻そうと身を乗り出した兵士を、今度は自分たちが奪った網で絡め取り、自陣側へと引きずり込んでいく。
ドミノ倒しのように、完璧だったはずの包囲網に「穴」が穿たれた。
この一連の動きは、かつての攻城戦における定石を逆手に取ったものだった。
本来、城門や狭路を突破する際、前列の兵が倒れれば後方の兵が即座にその「穴」を埋める。
これは兵法における基礎中の基礎だが、城攻めなどが行われなくなって久しく個人の技量や乱戦が主となった今の戦場において、現場の末端兵はこの即座に肉の盾となって穴を埋めるという概念が希薄になっていた。
ゼフェルら指揮官に知識はあっても、現場の兵士にその練度はない。
「穴が開いた」瞬間、隣の兵士を助けようとするか、あるいは奪われた網に気を取られ、足並みがバラバラに崩れる。
網に巻かれた同僚の叫び声が、さらに混乱を加速させた。
そのパニックの渦中、開いた穴へと「それ」が滑り込んできた。
「…重装歩兵だと?」
ゼフェルが絶句する。
そこにいたのは、現代の機動性を重視した軽装な装備とは真逆の存在。
全身を厚い鉄板で覆い、まるで歩く鉄塊と化した古代の重装歩兵を彷彿とさせる一団だった。
関節部すらも強固に守られ、全方位からの攻撃を跳ね返すその姿は、ただの鉄を背負って歩いているような異様な威圧感を放っていた。
彼らは、混乱で開いた穴に突入した。
一度その重厚な盾と鎧が固定されれば、並大抵の打撃ではびくともしない。
「時代遅れな…この乱戦で、あえて『動かない壁』をぶつけてくるとは!」
勝利目前だったはずの包囲網が、たった数人の「鉄の塊」によって内側から食い破られようとしていた。
さらにゼフェルの視界の中で、信じられない光景が展開されていた。
穴を穿った数人の重装歩兵は、そこで止まらなかった。
背後から次々と、同じく鉄塊を纏った兵が滑り込み、計12名が二列に分かれて向かい合う。
彼らは巨大な盾を噛み合わせ、肩を寄せ合い、即席の通路(テストゥド)を作り上げたのだ。
ガチリ、と装甲が噛み合う金属音が、包囲網の崩壊を告げる弔鐘のように響く。
「…通路だと? 陣地の中に、あいつら専用の道を作ったというのか!」
ゼフェルの怒声も虚しく、混乱の中でその「鉄のトンネル」を、驚くべき速度で影が通り抜けていく。
それは武装した兵士ではない。
背中に山のような食料や資材を背負った補給兵、そして疲弊したごろつき兵たちと入れ替わるための、新鮮な交代要員たちだった。
「叩き出せ!」
現場の指揮官が叫ぶが、兵士たちは迷いに震えていた。
鉄の回廊を通り抜けていく者たちは、一様に武器を手にしていない。ボロ布を纏い、ただひたすらに荷物を運ぶその姿は、どこからどう見ても非戦闘員のそれだった。
セレスティアが「正義」や「秩序」を掲げて介入している以上、そしてこの制圧劇が「依頼」という契約に基づいている以上、非武装の市民を虐殺することは最大の禁忌である。
もしここで引き金を引けば、セレスティアの名声は地に堕ち、国際的な非難を浴びるだけでなく、今後の依頼料にも影響が出る。
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敵は、セレスティア軍という組織を熟知している……。
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