『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花

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エピローグ『会議は週二回、恋は毎日(※副団長の胃は回復傾向)』

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 季節が一つ、ゆっくり進んだ。

 騎士団本部の朝は相変わらず忙しい。
 書類は増え、訓練は厳しく、廊下は人の波で満ちる。

 ――ただし、変わったことが一つある。

 「クラリス」

 低い声で呼ばれれば、もう逃げない。
 心臓は相変わらず跳ねるけれど、それを「異常」と呼ばないだけで、世界は少し優しくなる。

 「おはようございます、団長」

 クラリスが言うと、グラントはいつもの無表情で頷く。
 そして、運用は今日も始まる。

 「体調は」

 「大丈夫です」

 「根拠」

 「……睡眠七時間、朝食は卵とスープ。あと」

 クラリスは、首元のストールを指先でつまんだ。

 「ストール、忘れてません」

 グラントが頷く。

 「よし」

 それだけの会話なのに、胸がほんのり温かい。
 彼の「よし」は、相変わらず検収の響きで――そのくせ、世界で一番安心できる許可証になってしまった。

 廊下の向こうで、咳払いが一つ。

 「……団長。朝から何を」

 副団長ローレンが来た。今日は胃薬の瓶を持っていない。
 それだけで、騎士団の士気が上がる。

 「健康管理だ」

 「健康管理に“恋”が混ざっていないか、今だけ確認させてください」

 ローレンの声は、もはや祈りだ。

 グラントはほんの少しだけ考える顔をして、淡々と言った。

 「混ざっている」

 ローレンは天井を見上げた。

 「……知ってた」

 クラリスは笑ってしまう。
 その笑いを聞いた瞬間、グラントがクラリスを見る。

 「……今の顔は、良い」

 ローレンが反射で指を立てた。

 「団長!!回数!!」

 グラントは真顔で頷き、ポケットから小さな紙片を出した。
 そこにはきっちり書いてある。

 ――【本日の褒め言葉:残り二回】

 ローレンがその場で膝から崩れそうになった。

 「……まだやってるのか……」

 クラリスは肩をすくめる。

 「団長、真面目なので」

 グラントは真面目に言った。

 「約束は守る」

 それは、クラリスがいちばん好きになってしまったところだ。
 怖いときに、逃げ道を残す。
 急がない。勝手に決めない。
 そして、必要なときだけ、必ず手を伸ばす。

 ◻︎ ◻︎ ◻︎

 会議は週二回になった。

 その名目は今も「定例確認」だ。
 グラントの手帳にもそう書かれている。

 ただし、騎士団内での通称は別になった。

 ――「団長の夜更かし」
 ――「副団長の胃が休む日」
 ――「クラリスの頬が赤い日」

 最後の通称を聞いたローレンが全員を叱ったが、止まらなかった。
 それくらい、騎士団の空気は柔らかくなっていた。

 そして今日も、団長室。

 机の上には紙が一枚。

 ――【議題:次の市場任務】
 ――【目的:備品補充/疲労回復(糖分)】

 クラリスが目を細める。

 「……団長。市場任務、備品のためですよね?」

 グラントは淡々と言う。

 「そうだ」

 「焼き菓子も備品ですか?」

 「疲労回復に必要だ」

 「私の?」

 「私の」

 クラリスは息を止めた。

 「……団長。そういう言い方、強いって言いましたよね」

 グラントが一拍置いて、紙片を見た。

 ――【褒め言葉:残り二回】

 「……褒め言葉ではない」

 「でも強いです」

 「……強さを調整する」

 調整、という単語が相変わらず不器用で、でも優しい。

 クラリスが笑うと、グラントは少しだけ目を細めた。

 「……笑うのは、良い」

 ローレンが扉の外から叫んだ。

 「団長!!今ので一回消費!!」

 グラントが淡々と返す。

 「記録する」

 「記録しなくていい!!」

 クラリスはもう堪えきれなくて、声を出して笑った。

 笑いながら思う。
 この人が恋を理解する日は、たぶん遅い。
 でも理解しないままでも、ちゃんと大事にしてくれるなら、十分だ。

 ◻︎ ◻︎ ◻︎

 市場の帰り道。
 人通りの少ない通りで、クラリスは立ち止まった。

 以前はここで、噂が怖くて、距離が怖くて、心が忙しすぎて。
 何かを言うたびに、隠蔽が剥がれていく感覚が怖かった。

 でも今は、怖さの隣に、少しだけ落ち着きがある。

 グラントが足を止める。

 「どうした」

 クラリスはストールの端を握りしめた。

 「……団長。私、まだ頬が赤くなります」

 グラントは即答する。

 「知っている」

 「まだ、心拍も上がります」

 「把握している」

 「……それでも、逃げません」

 グラントが一拍置いた。
 そして、以前と同じ言葉を、今度は少し違う響きで言う。

 「……逃げなくていい」

 クラリスは目を瞬いて、息を吐いた。

 「……はい」

 グラントは、迷いなく手を差し出した。
 混雑はない。転倒の危険もない。寒さもそこまでではない。

 それでも、差し出された手は“必要時”ではない。

 クラリスは、その意味を理解してしまった。

 「……団長。これは、対策ではないですね」

 グラントが、珍しく少しだけ困った顔になる。

 「……そうだ」

 「じゃあ……」

 クラリスの喉が熱くなる。
 言っていいのか分からない。
 でも、逃げないと決めたから。

 「これは、何ですか」

 グラントは、ほんの少しだけ視線を落としてから、クラリスを見た。

 そして、ものすごく不器用に言う。

 「……会議ではない」

 クラリスは笑ってしまう。

 「はい」

 「……健康管理でもない」

 「はい」

 「……ただ、手をつなぎたい」

 その言葉が、クラリスの胸の奥の“怖い”を、ゆっくりほどいていく。

 クラリスは手袋越しに、その手を取った。

 「……はい」

 グラントが小さく頷いた。

 「よし」

 クラリスは、頬が赤くなるのを止めなかった。

 止めなくていいと、思えたから。

 ◻︎ ◻︎ ◻︎

 騎士団本部へ戻る角を曲がると、遠くからローレンの声がした。

 「団長!!市場の報告書を!!」
 「今は手が塞がっている」
 「塞ぐな!!」

 クラリスは笑いながら、グラントの手を握り直した。

 会議は週二回。
 恋はたぶん、毎日。

 そして副団長の胃は――少しずつ回復傾向。

 ……たぶん。

(おしまい)
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