ひだまり婚約録 ― 可愛い彼と現実主義令嬢

3

（イリス視点）

スライドの最終確認を終えて、控え室の灯りを少し落とした。
外は雨。窓に額を近づけると、街灯がぼやけて、光が丸くなる。

（わたしは、不確かなものが苦手。
　でも、今日、“言葉をください”と言えた。
　“今日の分”で、十分に温かかった）

日常三式の“声”を、今日は夜型で実施する。
「今日のあなたの良かったところ——傘の内側の距離を、わたしの速度に合わせてくれたところ。
　“証明の代わりに毎日の形”を提案してくれたところ。
　不確かに触れるときの指が、やさしかったところ」

「……っ。イリス、それは寝る前に強い」

「生活に使える睡眠導入です」

彼の笑いが、雨音に混じってほどける。
最後に、Rの操作。
手と手を重ね、十秒。
雨で少し冷えた指先が、すぐに温まる。

「わたしは今日も、あなたの隣を選び直します」

「僕も今日、君の隣を選び直す。——おやすみ三行、あとで送る」

「星でも可」

「でも今夜は、三つ、言える」

胸が甘くなり、うなずく。
灯りを落とす前に、第九版のまとめを小さく記した。

・W（天気）：雨→雨座で減衰
・“言葉をください”：言えた（近似値で受領）
・“毎日の形”：おやすみ三行を導入（最低一つ＋星運用）
・自己申告：雨内側可愛い（言葉つき）／求愛受領（近似値）
・副作用：涙（未発）・睡眠導入（良性）

雨はまだつづく。
けれど、傘の内側の温度は、ひだまりのまま。
“しっとりへの橋”を、静かに渡りはじめた。

（つづく）