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幕間C(猫視点)『人間が一番わかってない(でも餌はうまい)――“隣の椅子”の重要度が上がったので猫がわざと膝を奪ってみた』
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ぼくは猫だ。
この屋敷の猫。
名前? 人間は「ルゥ」と呼ぶ。たぶん。呼ぶ日もある。
呼ばれない日もある。猫とはそういうものだ。
この屋敷には、毎日15:00になると起きる、不思議な儀式がある。
昔は、わりと平和だった。
お嬢様(ふわふわの匂い)と、執事(硬い匂い)が、向かい合って座って、紅茶を飲むだけ。
ぼくは、その時に執事の膝に乗る。
執事は、最初は硬い顔をしていたが、数秒で諦める。
「仕方ありません」という顔になる。
そしてぼくは、勝つ。
――ところが最近、状況が変わった。
向かい席が、消えた。
代わりに、隣の椅子が生まれた。
ぼくは猫だから、重要な変化にはすぐ気づく。
人間が気づくより先に気づく。
なぜなら、椅子の匂いが変わるからだ。
隣の椅子は、前よりよく磨かれている。
しかも、空気が甘い。
甘いのは紅茶の匂いじゃない。
人間の“気配”が甘い。
(……なんだこれ)
ぼくは観測した。
最近、膝より椅子が重要らしい。
執事の膝に乗っても、以前ほど許されない。
前は「仕方ありません」で済んでいたのに、最近は「違います」みたいな顔をする。
猫の権利が侵害されている。
重大な問題だ。
だから、ぼくは試すことにした。
・♢ー♢ー♢・
15:00。
お嬢様がティールームに入ってくる。
いつもの優雅な匂い。
いつもの歩き方。
でも、足音が少しだけ軽い。
あれは、うれしい時の足音だ。
執事が椅子を引く。
――隣の椅子。
お嬢様が座る。
執事も座る。
(やっぱりだ。隣が主役だ)
ぼくは床をすべるように歩き、狙いを定めた。
執事の膝。
ここはぼくの場所だ。
奪われてはならない。
ぼくは勢いよく飛び乗った。
ふわっ。
執事の膝は、いつも通り硬い。
安心する硬さ。
勝ちの硬さ。
お嬢様が、カップを持つ手を一瞬止めた。
止めた、というより――止まった。
ぼくは心の中でにやりとする。
(反応したな)
お嬢様の目が、執事の膝へ。
ぼくへ。
そして、執事へ。
お嬢様の頬が、ほんの少し赤い。
あれは怒りじゃない。
猫は知っている。
あれは、“よくわからない気持ち”の色だ。
執事は、いつもなら無言でぼくを受け入れる。
それが、最近は違う。
執事の空気が変わった。
真顔が、さらに真顔になった。
真顔の密度が増した。
「……降りてください」
ぼくは耳をぴくりと動かした。
(いつもは言わないのに)
執事は、ぼくの脇に手を入れる。
抱える。
……下ろす。
床に置かれた。
ぼくは、じっと執事を見上げた。
(いつもは許すのに?)
ぼくは言葉を持たない。
でも、目で言える。猫だから。
執事は目を逸らさない。
猫と目を合わせるのは、たいへんなことだ。
だって猫はいつも正しい顔をしているから。
執事は真顔で言った。
「本日は、膝ではありません」
(膝ではない……?)
ぼくは尻尾を揺らした。
質問の尻尾だ。
執事は続ける。
「お嬢様の隣席が優先です」
(……なんだそれ)
ぼくは猫なので、嫉妬はしない。
しない、はずだ。
でも今、胸の奥に“ふん”という小さなものが生まれた。
お嬢様は、紅茶の湯気に顔を隠している。
隠しているけれど、目だけは執事を見ている。
ふたりの間に、ぼくの入り込めない空気がある。
(なるほど。これが新しい儀式か)
ぼくは理解した。
膝はもう主役ではない。
隣の椅子が、主役だ。
ならば、戦い方を変えるべきだ。
・♢ー♢ー♢・
ぼくは床を歩き、隣の椅子を見上げた。
そこは磨かれすぎていて、居心地が悪そうだ。
猫はつるつるが苦手だ。
爪が立たない。
では、どこが一番いい席か。
答えは簡単だ。
ぼくはお嬢様の足元へ行き、スカートの裾に頭をこすりつけた。
ふわふわの匂い。
お嬢様の温度。
そして――ふたりの空気が落ちる場所。
ここだ。
ぼくは丸くなった。
尻尾を体に巻き付ける。
目を細める。
(ここがいちばん平和)
お嬢様の指先が、そっとぼくの頭を撫でた。
ふわふわの撫で方。
心地いい。
執事が、それを見て少しだけ息を吐いた。
今日の儀式は、平和に終わりそうだ。
ぼくは、満足して目を閉じた。
そして――最後に重要なことを思い出す。
(餌)
ぼくは顔を上げ、執事を見た。
まっすぐ、真剣に。
執事は真顔で頷いた。
「承知しました」
なにを承知したのかは、わからない。
でもたぶん、餌だ。
人間は一番わかってない。
でも餌はうまい。
だから、まあ、許す。
(つづく……かもしれない)
この屋敷の猫。
名前? 人間は「ルゥ」と呼ぶ。たぶん。呼ぶ日もある。
呼ばれない日もある。猫とはそういうものだ。
この屋敷には、毎日15:00になると起きる、不思議な儀式がある。
昔は、わりと平和だった。
お嬢様(ふわふわの匂い)と、執事(硬い匂い)が、向かい合って座って、紅茶を飲むだけ。
ぼくは、その時に執事の膝に乗る。
執事は、最初は硬い顔をしていたが、数秒で諦める。
「仕方ありません」という顔になる。
そしてぼくは、勝つ。
――ところが最近、状況が変わった。
向かい席が、消えた。
代わりに、隣の椅子が生まれた。
ぼくは猫だから、重要な変化にはすぐ気づく。
人間が気づくより先に気づく。
なぜなら、椅子の匂いが変わるからだ。
隣の椅子は、前よりよく磨かれている。
しかも、空気が甘い。
甘いのは紅茶の匂いじゃない。
人間の“気配”が甘い。
(……なんだこれ)
ぼくは観測した。
最近、膝より椅子が重要らしい。
執事の膝に乗っても、以前ほど許されない。
前は「仕方ありません」で済んでいたのに、最近は「違います」みたいな顔をする。
猫の権利が侵害されている。
重大な問題だ。
だから、ぼくは試すことにした。
・♢ー♢ー♢・
15:00。
お嬢様がティールームに入ってくる。
いつもの優雅な匂い。
いつもの歩き方。
でも、足音が少しだけ軽い。
あれは、うれしい時の足音だ。
執事が椅子を引く。
――隣の椅子。
お嬢様が座る。
執事も座る。
(やっぱりだ。隣が主役だ)
ぼくは床をすべるように歩き、狙いを定めた。
執事の膝。
ここはぼくの場所だ。
奪われてはならない。
ぼくは勢いよく飛び乗った。
ふわっ。
執事の膝は、いつも通り硬い。
安心する硬さ。
勝ちの硬さ。
お嬢様が、カップを持つ手を一瞬止めた。
止めた、というより――止まった。
ぼくは心の中でにやりとする。
(反応したな)
お嬢様の目が、執事の膝へ。
ぼくへ。
そして、執事へ。
お嬢様の頬が、ほんの少し赤い。
あれは怒りじゃない。
猫は知っている。
あれは、“よくわからない気持ち”の色だ。
執事は、いつもなら無言でぼくを受け入れる。
それが、最近は違う。
執事の空気が変わった。
真顔が、さらに真顔になった。
真顔の密度が増した。
「……降りてください」
ぼくは耳をぴくりと動かした。
(いつもは言わないのに)
執事は、ぼくの脇に手を入れる。
抱える。
……下ろす。
床に置かれた。
ぼくは、じっと執事を見上げた。
(いつもは許すのに?)
ぼくは言葉を持たない。
でも、目で言える。猫だから。
執事は目を逸らさない。
猫と目を合わせるのは、たいへんなことだ。
だって猫はいつも正しい顔をしているから。
執事は真顔で言った。
「本日は、膝ではありません」
(膝ではない……?)
ぼくは尻尾を揺らした。
質問の尻尾だ。
執事は続ける。
「お嬢様の隣席が優先です」
(……なんだそれ)
ぼくは猫なので、嫉妬はしない。
しない、はずだ。
でも今、胸の奥に“ふん”という小さなものが生まれた。
お嬢様は、紅茶の湯気に顔を隠している。
隠しているけれど、目だけは執事を見ている。
ふたりの間に、ぼくの入り込めない空気がある。
(なるほど。これが新しい儀式か)
ぼくは理解した。
膝はもう主役ではない。
隣の椅子が、主役だ。
ならば、戦い方を変えるべきだ。
・♢ー♢ー♢・
ぼくは床を歩き、隣の椅子を見上げた。
そこは磨かれすぎていて、居心地が悪そうだ。
猫はつるつるが苦手だ。
爪が立たない。
では、どこが一番いい席か。
答えは簡単だ。
ぼくはお嬢様の足元へ行き、スカートの裾に頭をこすりつけた。
ふわふわの匂い。
お嬢様の温度。
そして――ふたりの空気が落ちる場所。
ここだ。
ぼくは丸くなった。
尻尾を体に巻き付ける。
目を細める。
(ここがいちばん平和)
お嬢様の指先が、そっとぼくの頭を撫でた。
ふわふわの撫で方。
心地いい。
執事が、それを見て少しだけ息を吐いた。
今日の儀式は、平和に終わりそうだ。
ぼくは、満足して目を閉じた。
そして――最後に重要なことを思い出す。
(餌)
ぼくは顔を上げ、執事を見た。
まっすぐ、真剣に。
執事は真顔で頷いた。
「承知しました」
なにを承知したのかは、わからない。
でもたぶん、餌だ。
人間は一番わかってない。
でも餌はうまい。
だから、まあ、許す。
(つづく……かもしれない)
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