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終章 星飴シャワーの夜、「ただいま」と「おかえり」の下で
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星飴シャワー当日の朝。
星飴測候庁の掲示板には、
大きく、一枚の予報紙が貼り出されていた。
『本日二十一時頃より、王都上空に星飴シャワー。
家族空・友情空・ひとりごほうび空・ときめき空、
それぞれの空模様にご注意ください。
――星飴測候庁』
その端に、小さな付け足しがある。
『※ときめき空プランご利用の方は、
できれば「ありがとう」「ただいま」「おかえり」のどれかを、
声に出してみてくださいね。』
「……最後の一行、やっぱり目立ちますね」
掲示板の前で立ち止まりながら、
ミレイユが頬を赤くする。
「さりげなくしたつもりだったのですが」
隣でユリウスが、飾り眼鏡の位置を直した。
「“さりげない”の基準、広報官さんと庶民では違うと思います」
「それは今後の広報方針の参考にしておきます」
そんなやりとりをしていると、
庁長が軽やかに近づいてきた。
「おはよう、ふたりとも。
星飴シャワー日和ね!」
「おはようございます」
「庁長、掲示板の“追伸部分”についてですが――」
「いいじゃないの、ロマンがあって」
庁長は、さらりと言って笑う。
「さて、今日は忙しくなるわ。
その前に、忘れないうちにこれ、ね」
手渡されたのは、薄いファイルだった。
表紙には、こう書かれている。
『星飴シャワー記念セット 職員枠予約書』
その職員欄の一つには、
既に整った字で記入がある。
『申込者:星飴調整課 ミレイユ・シュガール
ご一緒の方:広報官 ユリウス・アストレイ
希望プラン:D ときめき空プラン(ペア)』
右上には、“仮予約”の文字に、
赤で斜線が引かれ、“本予約”の備考印が押されている。
「広報課より正式に回ってきたわよ。
ふたりで確認して、署名しておいてね」
「……」
「……」
ミレイユとユリウスは、ほんのり気まずい沈黙ののち、
同時に小さく息を吸った。
「では」
ユリウスがペンを取り出し、
“広報官確認”欄に署名をする。
「星飴測候庁ならびに広報課として、
本予約の効力を認めます」
「か、かたいです、言い方が」
「職務ですので」
ミレイユも、その下にペンを走らせた。
「星飴調整課として、この空を自分で選びました。
……的な意味を込めて、署名します」
“サイン”というより、
どこか“宣言”に近い筆圧になった気がする。
「はい、よく書けました」
庁長は、ふたりの署名を満足そうに見て、
ぱたりとファイルを閉じる。
「じゃ、仕事に戻ってらっしゃい。
星飴シャワーの前に、山ほど準備があるからね」
ぱん、と手を打つと、
庁内の空気が一気に“戦闘モード”に切り替わった。
星飴おしゃべり席、夜間仕様の設営。
記念セットの最終確認。
街角の簡易相談スペースのチェック。
そして、各プランごとの星飴の仕上げ。
――星飴シャワーの日は、
ロマンチックである前に、とても忙しい日なのだ。
*
「家族空プラン、王都外への配送分、これで最後っと」
工房では、
箱詰め作業が最終段階に入っていた。
「“郊外第七街区・シュガール菓子工房”宛て、完了。
間に合ってよかったね」
ポルカ課長が送り状を確認して、
にやりと笑う。
「ありがと、課長。
……なんだか不思議です。
工房の空と、王都の空が、
星飴の箱でつながってるみたいで」
「実際つながってるんじゃない?
あっちの空にも、“家族空プラン”が降るわけだし」
箱の中には、
“離れていても同じ空を見ているよ飴”を中心とした
家族向けの星飴たちが静かに光っている。
その一粒一粒に、
ミレイユはそっと指先で“いってらっしゃい”と触れた。
(お父さん、お母さん。
今夜は、同じ星飴シャワーの下で、
同じ味の星飴を舐めてるんだなぁ)
そう思うと、
胸の中の「未定マーク」が、
少しだけ丸に近づいた気がした。
*
昼から夕方にかけて、
街はしだいに “星飴シャワーの準備モード”になっていった。
空にはまだ普通の雲しかないのに、
どこか甘い匂いが混ざっている。
店先には、「星飴シャワー前夜祭セール」の文字。
家々の窓辺には、星型のランタン。
庁舎のロビーには、
“星飴おしゃべり席・特別夜間営業”の札が掲げられた。
「本日の受付は、二十時まで。
その後は“星飴を見上げながらのおしゃべりモード”に移行します」
庁長の説明に、職員たちが頷く。
「星飴シャワーの間も、
誰かが“本音の雨でびしょ濡れ”になってたら、
さっとタオルと飴を差し出してあげるのよ。いいわね?」
「はい!」
ミレイユも、胸の前でぎゅっと拳を握った。
自分自身も、今夜は本音の雨に
少しだけ濡れる予定であることを思い出し、
頬が熱くなるのは、ひとまず隠しておく。
*
そして、夜。
時計の針が、二十一時を少し回った頃。
王都の空に、
最初の一粒の星飴が落ちてきた。
「……始まりましたね」
庁舎のバルコニーから、
ユリウスが空を見上げて、静かに呟く。
そのすぐ隣に立つミレイユも、
同じ方向に顔を向けた。
暗くなりきる直前の群青のキャンバスに、
細い光の線がすっと走る。
ひとつ、またひとつ。
やがて、それは細い雨から、
しとしと降るシャワーへと変わっていった。
「あ……」
石畳に落ちた星飴は、
小さな星型のキャンディになってぱちりと弾け、
包み紙がふわりと舞い上がる。
それは、
ちいさな本音の紙吹雪だった。
『今日くらい、がんばったって言っていい?』
『本当は、君が無事ならそれだけでいい』
『“ただいま”って、ちゃんと言いたい』
誰かの一行が、
誰かの足元近くで、そっと開いては閉じていく。
読まれる一行もあれば、
あえて読まれないまま、そっと胸にしまわれる一行もある。
「……きれい」
ミレイユは、思わず手すりを握る。
「星飴シャワーって、
甘い匂いと一緒に、
“言えなかった言葉”も降ってくるんですね」
「だからこそ、“おしゃべり席”の仕事も増えます」
ユリウスは、
地上のロビーをちらりと見下ろした。
星飴おしゃべり席には、もう何人かの市民が座っている。
笑ったり、泣いたり、黙ったりしながら。
「……そろそろ持ち場に戻りましょうか」
「はい」
ふたりは再び、中へ駆け戻った。
*
星飴シャワーの最中、
星飴測候庁は、まるで小さな避難所のようだった。
「本音が全部出ちゃった気がして、怖くなっちゃって……」
「逆に全然出てこなくて、それはそれで不安で……」
いろんな“本日の一番の望み”が、
星飴と一緒に押し寄せてくる。
ミレイユは、おしゃべり席で、
ひとりひとりと向き合った。
うんうん、と聞くだけのときもあれば、
飴をひとつだけ手渡して、
「おいしいですよ」と笑うときもある。
今夜は――
どんなときも、最後に必ず、
「星飴シャワーを一緒に見上げてみませんか」と提案した。
「ここから見える空、けっこういい眺めなんです」
不安そうにしていた人が、
一緒に空を見上げたあとには、
少しだけ表情が和らぐ。
それを横目に、
ユリウスは全体の様子を見回しながら、
必要なところに声をかけ、
星飴の配分を調整していた。
暴風の日とは違う。
“星飴にすべてを託さない”と決めた
彼なりの慎重さと、今の勇気が、
庁内の空気を支えている。
*
やがて、星飴シャワーのピークが過ぎ、
空の光の密度が少しずつ薄くなってきた頃。
庁内の人の波も、
ゆるやかになりはじめた。
「……このあとは、
夜勤チームに任せましょう」
庁長の声に、
ユリウスが「了解です」と答える。
「シュガールさん」
「はいっ」
「約束の時間です」
ミレイユの胸が、
きゅっと高鳴る。
「では、星飴おしゃべり席は、
一旦閉じさせていただきます」
最後の相談者を見送り、
札を「本日終了」にひっくり返した。
そんなミレイユに、
庁長がウインクを送る。
「行ってらっしゃい。
ときめき空プラン、観測してきなさいね」
「……はい!」
*
ふたりが向かったのは、
庁舎の屋上だった。
星飴シャワーの日だけ、
職員用に開放される特別な観測スポット。
屋上には、
小さなテーブルと椅子が二脚。
その上には、
“星飴シャワー記念セット(職員用)”のバスケットが置かれていた。
「家族空飴と、友情空飴と、ひとりごほうび飴……
それから、“恋加速飴”も入ってますね」
「全部入りですから」
ユリウスが、
バスケットの中身を軽く確認する。
「ですが」
彼は、ピンク色の小瓶をそっと持ち上げて言った。
「今夜、シュガールさんと過ごす時間に、
“これ”は必要でしょうか」
“恋が加速する飴”。
暴風の日に暴走してしまったその飴は、
今は、“自分の心音を聞きやすくする”方向に
調整し直されたものだ。
だが――。
「……いらない、気がします」
ミレイユは、正直に答えた。
「今日だけは、星飴じゃなくて、
自分の胸のどきどきだけで、
ここにいたいです」
「同感です」
ユリウスは、
ピンクの瓶をそっとバスケットの端に寄せた。
「では、これは“必要な誰か”が使えるように、
庁長室に返しておきましょう」
「庁長、喜びそうですね……」
「おそらく、“研究資料”として有効活用されるでしょう」
ふたりで小さく笑い合う。
代わりに、
ユリウスは、淡いオレンジ色の瓶を取り出した。
「こちらは、“家族空飴”ですね」
「工房向けプランの試作と同じ配合です。
……少しだけ、わたしの好みも混ざってますけど」
「では、まずはこれを一粒ずつ」
テーブルに腰を下ろし、
ふたりはオレンジ色の星飴を一粒ずつ手に取った。
「家族の空と、自分の空の両方を、
ちゃんと好きでいられますように」
ミレイユが、
小さく願いを込めて舌に乗せる。
優しい柑橘とミルクの味が広がり、
胸の奥にあたたかいものが灯るようだった。
包み紙には、それぞれ一行ずつ現れる。
ミレイユの紙には、
『離れていても、“おいしいね”って同じふうに笑っていたい』
ユリウスの紙には、
『守りたい空の数だけ、自分の帰り先を増やしてもいい』
ふたりは、
自分の紙をそっと胸にしまった。
「……ねぇ、ユリウスさん」
「はい」
「わたし、工房の空も、王都の空も、
両方ちゃんと好きでいたいです。
でも、今、“ただいま”って言いたいのは――
やっぱり、ここです」
屋上から見下ろす、
星飴測候庁の建物と、
その向こうに広がる王都の街。
星飴シャワーはまだ続いていて、
きらきらと甘い雨が降り注いでいる。
「この庁舎に、
星飴おしゃべり席に、
黄昏交差点に。
そして――」
ミレイユは、少しだけ照れながら、
彼の横顔を見た。
「ユリウスさんの隣に、“ただいま”って言いたいです」
心臓が、
星飴の瓶をひっくり返したみたいに騒ぐ。
でも、もう逃げないと決めた。
星飴に一度相談して、
自分で選んだ空なのだから。
ユリウスは、
その言葉を静かに受け止めてから、
ゆっくりと頷いた。
「……おかえりなさい、シュガールさん」
その声は、
星飴シャワーの音に負けないくらい、
胸の奥に響いた。
「ようこそ、星飴測候庁へ。
そして――私の、帰りたい空のひとつへ」
「……っ」
目の奥が、じんわり熱くなる。
「それ、ずるいです」
「広報官ですので」
「もう、そればっかり……」
笑いながら、涙がにじむ。
でも、それはとても、心地よい涙だった。
*
「……あの」
少し落ち着いてから、
ミレイユは、ふと思いついたように言った。
「さっき、おしゃべり席の前に貼った注意書き、
覚えてますか?」
「“ありがとう”“ただいま”“おかえり”の件ですね」
「はい。
ときめき空プラン利用者は、
どれかひとつは言うことって」
「ええ。
すでに、ふたつは達成していますね」
「え?」
「“ただいま”と“おかえり”。
残るは、“ありがとう”です」
ユリウスは、
さりげなく、しかしまっすぐに彼女を見る。
「ですから、これは私から」
そこで彼は、
ほんの一瞬だけ言葉を探し――
静かに続けた。
「星飴測候庁に来てくれて、ありがとう」
胸が、またきゅっとなる。
「暴風の日、
“恋が加速する飴”を誤配布したとき――
私は、星飴そのものへの信頼も、
自分の広報としての判断も、
実は、こわくなっていました。
でも、あの日から今日まで、
シュガールさんは、飴を作る手を止めなかった。
おしゃべり席で、
誰かの“本音一行”と向き合ってくれた。
その姿に、何度も救われました」
「……ユリウスさん」
「だから、
星飴シャワーの夜に“おかえり”を言える誰かが、
今ここにいることを、
私は、星飴と、
ミレイユ・シュガールという飴職人の手に、
心から感謝しています」
それは、
過剰でも、過小でもない言葉だった。
ちょうどいい甘さの、
星飴みたいな告白。
(ああ――)
胸のどこかで、
何かがそっと腑に落ちる。
“好き”という単語にしてしまうには、
まだ照れくさくて。
でも、“感謝”と“帰りたい”という気持ちを重ねたら、
きっとそれは、恋と呼んでいいのだと思う。
「……こちらこそ、ありがとう、ユリウスさん」
ミレイユは、
涙を拭って笑った。
「暴風の日に、
星飴がこわくなりそうだったわたしに、
“星飴に頼りすぎない方法”を、
いっしょに考えてくれて。
黄昏交差点からの空を、
見せてくれて。
“自分で選んだ空を好きでいていい”って、
思わせてくれて。
……全部、ありがとうございます」
言いながら、
自分で驚くくらい、どんどん言葉が出てくる。
星飴シャワーの夜は、
どうやら“伝えたいこと”も降りやすくなるらしい。
ユリウスは、
そのひとつひとつを受け止めるように、
丁寧に頷いた。
「こちらこそ、何度言っても足りないくらい――ありがとう、です」
*
しばらく、
ふたりは言葉を交わさずに、空を見上げていた。
星飴シャワーは、
相変わらず静かに降り続けている。
空から落ちる光の雨は、
もうさっきまでより少しだけ、
柔らかい色になっている気がした。
「……そういえば」
ミレイユが、思い出したように呟く。
「星飴シャワーの夜の予報、
庁の公式文に“ときどき曇り、ときどき星飴”って書いてありましたよね」
「ええ。
本音が全部きらきらしている夜ではありませんから」
「わたしたちのこれからの空も、
きっとそんな感じなんだろうなぁって思いました」
ときどき不安で曇るし、
ときどき仕事でバタバタして嵐になるかもしれない。
でも、その合間に、
ふっと星飴のような瞬間が降ってくる。
「そのときは、
黄昏交差点で“顔色天気図”を読みましょう」
ユリウスが言う。
「自分たちの顔色も、です」
「……はい。
そのときは、また一緒に観測してください」
「もちろんです。
“黄昏観測チーム”は、
簡単には解散しませんから」
その言葉に、
胸の中の星飴が、またひとつ弾ける。
*
星飴シャワーが終わりかけた頃。
王都じゅうのあちこちで、
「ただいま」と「おかえり」が、
少し照れくさそうに、でも確かに交わされていた。
家族空プランを選んだ家では、
久しぶりに揃った食卓で。
友情空プランの仲間たちは、
笑いながら「また明日もよろしく」と手を振り合う。
ひとりごほうび空プランを選んだ人は、
窓辺で静かに「おつかれさま」と自分に言って、
星飴の最後の欠片を舐める。
そして――ときめき空プランのいくつかの場所では、
それぞれのかたちの“ありがとう”“ただいま”“おかえり”が
少しずつ未来を照らしていた。
星飴測候庁の屋上もまた、
そのひとつだった。
*
翌朝。
星飴シャワーの痕跡は、
街のあちこちに残っていた。
雨上がりのような甘い匂い。
道端にひっそり貼りついた、
読まれないままの“本音一行”の紙。
それを掃き集めながら、
清掃係の人たちは言う。
「今年の星飴シャワー、けっこう穏やかだったねぇ」
「去年より、泣きながら駆け込んでくる人、少なかった気がするよ」
その噂話は、
午前中のうちに、
星飴測候庁のロビーにも届いた。
「ふふ。広報官さんの慎重さと、
飴職人さんたちの配合の勝利ね」
庁長が、
新聞をめくりながら呟く。
「いえ、星飴おしゃべり席に座ってくれた皆さんの功績です」
ユリウスは、いつものように冷静に答える。
「……それから、
“星飴に全部任せないで選んでくれた人たち”の功績も」
その横で、
ミレイユは今日も工房のエプロンを直しながら、
星飴の瓶を磨いていた。
胸の中では、
あの夜交わした「ただいま」と「おかえり」が、
まだ優しく反響している。
(この空を、自分で選んでよかった)
そう思える朝が、
これから少しずつ増えていけばいい。
工房の空も、王都の空も。
星飴シャワーの日も、普通の曇りの日も。
どんな空模様の日にも、
誰かの「今日いちばんの望み」を、
少しだけ甘く後押しできるように――。
星飴測候庁の毎日は、
今日もまた、静かに、でも確かに、始まっていく。
広報官と飴職人と、
星飴と本音一行の予報を抱えながら。
それぞれの空に揺れる、
“ただいま”と“おかえり”の言葉を、
これからもそっと見守っていくのだった。
星飴測候庁の掲示板には、
大きく、一枚の予報紙が貼り出されていた。
『本日二十一時頃より、王都上空に星飴シャワー。
家族空・友情空・ひとりごほうび空・ときめき空、
それぞれの空模様にご注意ください。
――星飴測候庁』
その端に、小さな付け足しがある。
『※ときめき空プランご利用の方は、
できれば「ありがとう」「ただいま」「おかえり」のどれかを、
声に出してみてくださいね。』
「……最後の一行、やっぱり目立ちますね」
掲示板の前で立ち止まりながら、
ミレイユが頬を赤くする。
「さりげなくしたつもりだったのですが」
隣でユリウスが、飾り眼鏡の位置を直した。
「“さりげない”の基準、広報官さんと庶民では違うと思います」
「それは今後の広報方針の参考にしておきます」
そんなやりとりをしていると、
庁長が軽やかに近づいてきた。
「おはよう、ふたりとも。
星飴シャワー日和ね!」
「おはようございます」
「庁長、掲示板の“追伸部分”についてですが――」
「いいじゃないの、ロマンがあって」
庁長は、さらりと言って笑う。
「さて、今日は忙しくなるわ。
その前に、忘れないうちにこれ、ね」
手渡されたのは、薄いファイルだった。
表紙には、こう書かれている。
『星飴シャワー記念セット 職員枠予約書』
その職員欄の一つには、
既に整った字で記入がある。
『申込者:星飴調整課 ミレイユ・シュガール
ご一緒の方:広報官 ユリウス・アストレイ
希望プラン:D ときめき空プラン(ペア)』
右上には、“仮予約”の文字に、
赤で斜線が引かれ、“本予約”の備考印が押されている。
「広報課より正式に回ってきたわよ。
ふたりで確認して、署名しておいてね」
「……」
「……」
ミレイユとユリウスは、ほんのり気まずい沈黙ののち、
同時に小さく息を吸った。
「では」
ユリウスがペンを取り出し、
“広報官確認”欄に署名をする。
「星飴測候庁ならびに広報課として、
本予約の効力を認めます」
「か、かたいです、言い方が」
「職務ですので」
ミレイユも、その下にペンを走らせた。
「星飴調整課として、この空を自分で選びました。
……的な意味を込めて、署名します」
“サイン”というより、
どこか“宣言”に近い筆圧になった気がする。
「はい、よく書けました」
庁長は、ふたりの署名を満足そうに見て、
ぱたりとファイルを閉じる。
「じゃ、仕事に戻ってらっしゃい。
星飴シャワーの前に、山ほど準備があるからね」
ぱん、と手を打つと、
庁内の空気が一気に“戦闘モード”に切り替わった。
星飴おしゃべり席、夜間仕様の設営。
記念セットの最終確認。
街角の簡易相談スペースのチェック。
そして、各プランごとの星飴の仕上げ。
――星飴シャワーの日は、
ロマンチックである前に、とても忙しい日なのだ。
*
「家族空プラン、王都外への配送分、これで最後っと」
工房では、
箱詰め作業が最終段階に入っていた。
「“郊外第七街区・シュガール菓子工房”宛て、完了。
間に合ってよかったね」
ポルカ課長が送り状を確認して、
にやりと笑う。
「ありがと、課長。
……なんだか不思議です。
工房の空と、王都の空が、
星飴の箱でつながってるみたいで」
「実際つながってるんじゃない?
あっちの空にも、“家族空プラン”が降るわけだし」
箱の中には、
“離れていても同じ空を見ているよ飴”を中心とした
家族向けの星飴たちが静かに光っている。
その一粒一粒に、
ミレイユはそっと指先で“いってらっしゃい”と触れた。
(お父さん、お母さん。
今夜は、同じ星飴シャワーの下で、
同じ味の星飴を舐めてるんだなぁ)
そう思うと、
胸の中の「未定マーク」が、
少しだけ丸に近づいた気がした。
*
昼から夕方にかけて、
街はしだいに “星飴シャワーの準備モード”になっていった。
空にはまだ普通の雲しかないのに、
どこか甘い匂いが混ざっている。
店先には、「星飴シャワー前夜祭セール」の文字。
家々の窓辺には、星型のランタン。
庁舎のロビーには、
“星飴おしゃべり席・特別夜間営業”の札が掲げられた。
「本日の受付は、二十時まで。
その後は“星飴を見上げながらのおしゃべりモード”に移行します」
庁長の説明に、職員たちが頷く。
「星飴シャワーの間も、
誰かが“本音の雨でびしょ濡れ”になってたら、
さっとタオルと飴を差し出してあげるのよ。いいわね?」
「はい!」
ミレイユも、胸の前でぎゅっと拳を握った。
自分自身も、今夜は本音の雨に
少しだけ濡れる予定であることを思い出し、
頬が熱くなるのは、ひとまず隠しておく。
*
そして、夜。
時計の針が、二十一時を少し回った頃。
王都の空に、
最初の一粒の星飴が落ちてきた。
「……始まりましたね」
庁舎のバルコニーから、
ユリウスが空を見上げて、静かに呟く。
そのすぐ隣に立つミレイユも、
同じ方向に顔を向けた。
暗くなりきる直前の群青のキャンバスに、
細い光の線がすっと走る。
ひとつ、またひとつ。
やがて、それは細い雨から、
しとしと降るシャワーへと変わっていった。
「あ……」
石畳に落ちた星飴は、
小さな星型のキャンディになってぱちりと弾け、
包み紙がふわりと舞い上がる。
それは、
ちいさな本音の紙吹雪だった。
『今日くらい、がんばったって言っていい?』
『本当は、君が無事ならそれだけでいい』
『“ただいま”って、ちゃんと言いたい』
誰かの一行が、
誰かの足元近くで、そっと開いては閉じていく。
読まれる一行もあれば、
あえて読まれないまま、そっと胸にしまわれる一行もある。
「……きれい」
ミレイユは、思わず手すりを握る。
「星飴シャワーって、
甘い匂いと一緒に、
“言えなかった言葉”も降ってくるんですね」
「だからこそ、“おしゃべり席”の仕事も増えます」
ユリウスは、
地上のロビーをちらりと見下ろした。
星飴おしゃべり席には、もう何人かの市民が座っている。
笑ったり、泣いたり、黙ったりしながら。
「……そろそろ持ち場に戻りましょうか」
「はい」
ふたりは再び、中へ駆け戻った。
*
星飴シャワーの最中、
星飴測候庁は、まるで小さな避難所のようだった。
「本音が全部出ちゃった気がして、怖くなっちゃって……」
「逆に全然出てこなくて、それはそれで不安で……」
いろんな“本日の一番の望み”が、
星飴と一緒に押し寄せてくる。
ミレイユは、おしゃべり席で、
ひとりひとりと向き合った。
うんうん、と聞くだけのときもあれば、
飴をひとつだけ手渡して、
「おいしいですよ」と笑うときもある。
今夜は――
どんなときも、最後に必ず、
「星飴シャワーを一緒に見上げてみませんか」と提案した。
「ここから見える空、けっこういい眺めなんです」
不安そうにしていた人が、
一緒に空を見上げたあとには、
少しだけ表情が和らぐ。
それを横目に、
ユリウスは全体の様子を見回しながら、
必要なところに声をかけ、
星飴の配分を調整していた。
暴風の日とは違う。
“星飴にすべてを託さない”と決めた
彼なりの慎重さと、今の勇気が、
庁内の空気を支えている。
*
やがて、星飴シャワーのピークが過ぎ、
空の光の密度が少しずつ薄くなってきた頃。
庁内の人の波も、
ゆるやかになりはじめた。
「……このあとは、
夜勤チームに任せましょう」
庁長の声に、
ユリウスが「了解です」と答える。
「シュガールさん」
「はいっ」
「約束の時間です」
ミレイユの胸が、
きゅっと高鳴る。
「では、星飴おしゃべり席は、
一旦閉じさせていただきます」
最後の相談者を見送り、
札を「本日終了」にひっくり返した。
そんなミレイユに、
庁長がウインクを送る。
「行ってらっしゃい。
ときめき空プラン、観測してきなさいね」
「……はい!」
*
ふたりが向かったのは、
庁舎の屋上だった。
星飴シャワーの日だけ、
職員用に開放される特別な観測スポット。
屋上には、
小さなテーブルと椅子が二脚。
その上には、
“星飴シャワー記念セット(職員用)”のバスケットが置かれていた。
「家族空飴と、友情空飴と、ひとりごほうび飴……
それから、“恋加速飴”も入ってますね」
「全部入りですから」
ユリウスが、
バスケットの中身を軽く確認する。
「ですが」
彼は、ピンク色の小瓶をそっと持ち上げて言った。
「今夜、シュガールさんと過ごす時間に、
“これ”は必要でしょうか」
“恋が加速する飴”。
暴風の日に暴走してしまったその飴は、
今は、“自分の心音を聞きやすくする”方向に
調整し直されたものだ。
だが――。
「……いらない、気がします」
ミレイユは、正直に答えた。
「今日だけは、星飴じゃなくて、
自分の胸のどきどきだけで、
ここにいたいです」
「同感です」
ユリウスは、
ピンクの瓶をそっとバスケットの端に寄せた。
「では、これは“必要な誰か”が使えるように、
庁長室に返しておきましょう」
「庁長、喜びそうですね……」
「おそらく、“研究資料”として有効活用されるでしょう」
ふたりで小さく笑い合う。
代わりに、
ユリウスは、淡いオレンジ色の瓶を取り出した。
「こちらは、“家族空飴”ですね」
「工房向けプランの試作と同じ配合です。
……少しだけ、わたしの好みも混ざってますけど」
「では、まずはこれを一粒ずつ」
テーブルに腰を下ろし、
ふたりはオレンジ色の星飴を一粒ずつ手に取った。
「家族の空と、自分の空の両方を、
ちゃんと好きでいられますように」
ミレイユが、
小さく願いを込めて舌に乗せる。
優しい柑橘とミルクの味が広がり、
胸の奥にあたたかいものが灯るようだった。
包み紙には、それぞれ一行ずつ現れる。
ミレイユの紙には、
『離れていても、“おいしいね”って同じふうに笑っていたい』
ユリウスの紙には、
『守りたい空の数だけ、自分の帰り先を増やしてもいい』
ふたりは、
自分の紙をそっと胸にしまった。
「……ねぇ、ユリウスさん」
「はい」
「わたし、工房の空も、王都の空も、
両方ちゃんと好きでいたいです。
でも、今、“ただいま”って言いたいのは――
やっぱり、ここです」
屋上から見下ろす、
星飴測候庁の建物と、
その向こうに広がる王都の街。
星飴シャワーはまだ続いていて、
きらきらと甘い雨が降り注いでいる。
「この庁舎に、
星飴おしゃべり席に、
黄昏交差点に。
そして――」
ミレイユは、少しだけ照れながら、
彼の横顔を見た。
「ユリウスさんの隣に、“ただいま”って言いたいです」
心臓が、
星飴の瓶をひっくり返したみたいに騒ぐ。
でも、もう逃げないと決めた。
星飴に一度相談して、
自分で選んだ空なのだから。
ユリウスは、
その言葉を静かに受け止めてから、
ゆっくりと頷いた。
「……おかえりなさい、シュガールさん」
その声は、
星飴シャワーの音に負けないくらい、
胸の奥に響いた。
「ようこそ、星飴測候庁へ。
そして――私の、帰りたい空のひとつへ」
「……っ」
目の奥が、じんわり熱くなる。
「それ、ずるいです」
「広報官ですので」
「もう、そればっかり……」
笑いながら、涙がにじむ。
でも、それはとても、心地よい涙だった。
*
「……あの」
少し落ち着いてから、
ミレイユは、ふと思いついたように言った。
「さっき、おしゃべり席の前に貼った注意書き、
覚えてますか?」
「“ありがとう”“ただいま”“おかえり”の件ですね」
「はい。
ときめき空プラン利用者は、
どれかひとつは言うことって」
「ええ。
すでに、ふたつは達成していますね」
「え?」
「“ただいま”と“おかえり”。
残るは、“ありがとう”です」
ユリウスは、
さりげなく、しかしまっすぐに彼女を見る。
「ですから、これは私から」
そこで彼は、
ほんの一瞬だけ言葉を探し――
静かに続けた。
「星飴測候庁に来てくれて、ありがとう」
胸が、またきゅっとなる。
「暴風の日、
“恋が加速する飴”を誤配布したとき――
私は、星飴そのものへの信頼も、
自分の広報としての判断も、
実は、こわくなっていました。
でも、あの日から今日まで、
シュガールさんは、飴を作る手を止めなかった。
おしゃべり席で、
誰かの“本音一行”と向き合ってくれた。
その姿に、何度も救われました」
「……ユリウスさん」
「だから、
星飴シャワーの夜に“おかえり”を言える誰かが、
今ここにいることを、
私は、星飴と、
ミレイユ・シュガールという飴職人の手に、
心から感謝しています」
それは、
過剰でも、過小でもない言葉だった。
ちょうどいい甘さの、
星飴みたいな告白。
(ああ――)
胸のどこかで、
何かがそっと腑に落ちる。
“好き”という単語にしてしまうには、
まだ照れくさくて。
でも、“感謝”と“帰りたい”という気持ちを重ねたら、
きっとそれは、恋と呼んでいいのだと思う。
「……こちらこそ、ありがとう、ユリウスさん」
ミレイユは、
涙を拭って笑った。
「暴風の日に、
星飴がこわくなりそうだったわたしに、
“星飴に頼りすぎない方法”を、
いっしょに考えてくれて。
黄昏交差点からの空を、
見せてくれて。
“自分で選んだ空を好きでいていい”って、
思わせてくれて。
……全部、ありがとうございます」
言いながら、
自分で驚くくらい、どんどん言葉が出てくる。
星飴シャワーの夜は、
どうやら“伝えたいこと”も降りやすくなるらしい。
ユリウスは、
そのひとつひとつを受け止めるように、
丁寧に頷いた。
「こちらこそ、何度言っても足りないくらい――ありがとう、です」
*
しばらく、
ふたりは言葉を交わさずに、空を見上げていた。
星飴シャワーは、
相変わらず静かに降り続けている。
空から落ちる光の雨は、
もうさっきまでより少しだけ、
柔らかい色になっている気がした。
「……そういえば」
ミレイユが、思い出したように呟く。
「星飴シャワーの夜の予報、
庁の公式文に“ときどき曇り、ときどき星飴”って書いてありましたよね」
「ええ。
本音が全部きらきらしている夜ではありませんから」
「わたしたちのこれからの空も、
きっとそんな感じなんだろうなぁって思いました」
ときどき不安で曇るし、
ときどき仕事でバタバタして嵐になるかもしれない。
でも、その合間に、
ふっと星飴のような瞬間が降ってくる。
「そのときは、
黄昏交差点で“顔色天気図”を読みましょう」
ユリウスが言う。
「自分たちの顔色も、です」
「……はい。
そのときは、また一緒に観測してください」
「もちろんです。
“黄昏観測チーム”は、
簡単には解散しませんから」
その言葉に、
胸の中の星飴が、またひとつ弾ける。
*
星飴シャワーが終わりかけた頃。
王都じゅうのあちこちで、
「ただいま」と「おかえり」が、
少し照れくさそうに、でも確かに交わされていた。
家族空プランを選んだ家では、
久しぶりに揃った食卓で。
友情空プランの仲間たちは、
笑いながら「また明日もよろしく」と手を振り合う。
ひとりごほうび空プランを選んだ人は、
窓辺で静かに「おつかれさま」と自分に言って、
星飴の最後の欠片を舐める。
そして――ときめき空プランのいくつかの場所では、
それぞれのかたちの“ありがとう”“ただいま”“おかえり”が
少しずつ未来を照らしていた。
星飴測候庁の屋上もまた、
そのひとつだった。
*
翌朝。
星飴シャワーの痕跡は、
街のあちこちに残っていた。
雨上がりのような甘い匂い。
道端にひっそり貼りついた、
読まれないままの“本音一行”の紙。
それを掃き集めながら、
清掃係の人たちは言う。
「今年の星飴シャワー、けっこう穏やかだったねぇ」
「去年より、泣きながら駆け込んでくる人、少なかった気がするよ」
その噂話は、
午前中のうちに、
星飴測候庁のロビーにも届いた。
「ふふ。広報官さんの慎重さと、
飴職人さんたちの配合の勝利ね」
庁長が、
新聞をめくりながら呟く。
「いえ、星飴おしゃべり席に座ってくれた皆さんの功績です」
ユリウスは、いつものように冷静に答える。
「……それから、
“星飴に全部任せないで選んでくれた人たち”の功績も」
その横で、
ミレイユは今日も工房のエプロンを直しながら、
星飴の瓶を磨いていた。
胸の中では、
あの夜交わした「ただいま」と「おかえり」が、
まだ優しく反響している。
(この空を、自分で選んでよかった)
そう思える朝が、
これから少しずつ増えていけばいい。
工房の空も、王都の空も。
星飴シャワーの日も、普通の曇りの日も。
どんな空模様の日にも、
誰かの「今日いちばんの望み」を、
少しだけ甘く後押しできるように――。
星飴測候庁の毎日は、
今日もまた、静かに、でも確かに、始まっていく。
広報官と飴職人と、
星飴と本音一行の予報を抱えながら。
それぞれの空に揺れる、
“ただいま”と“おかえり”の言葉を、
これからもそっと見守っていくのだった。
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