冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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第7話 拾われ娘の料理が騎士団の胃袋と心を掌握し、団長だけ無表情なのに完食速度が最速でバレる

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市場騒動の翌日。
騎士団の朝は、いつもより静かだった。

静か――というより、張り詰めている。
全員が、なぜか屋敷の方角を気にしている。

「……なぁ」

ブラムが、小声で隣の騎士に囁いた。

「今日、出るよな」

「出る。絶対出る」

「昨日の差し入れ、あれ……」

「団長が持って帰った包み」

「……あの包みの中の匂い、強かった」

「胃が覚えてる」

彼らの胃袋は、規律より先に記憶する。

そこへ、セシルが通りかかった。
書類を抱えている。顔色が悪い。

ブラムが敬礼しつつ聞いた。

「副官。今日は……」

セシルは、虚無の目で頷いた。

「……出ます」

「やっぱり!」

騎士たちがざわつく。

「何が出る」

低い声が背後から落ちた。

全員が一斉に凍る。
ヴァルドだ。
いつもの無表情。いつもの圧。

ブラムが反射で敬礼する。

「団長!何も出ません!」

ヴァルドの目が細くなる。

「嘘をつくな」

「……」

ブラムは、嘘が下手だった。

ヴァルドは短く言った。

「訓練に集中しろ」

騎士たちが一斉に返事をする。

「はい!!」

声が大きい。集中できてない。



屋敷の台所は、湯気で満ちていた。
鍋が三つ。パンが焼ける匂い。ハーブの香り。
そして――フィオナがいた。満面の笑み。

「今日は、騎士団の皆さん用に“体力回復シチュー”です!」

「……また名付けた」

台所の端で、セシルがぼそっと呟く。
しかし、鍋から立つ匂いに負けて、声が弱い。

オルガ婆やが、嬉しそうに皿を並べる。

「まあまあ。屋敷が、こんなに台所らしくなるなんて」

フィオナが胸を張る。

「保護施設は、温かいごはんが命です!」

「屋敷だ」

「屋敷型保護施設!」

セシルは、もう突っ込まない。
突っ込む元気がない。胃が期待で騒いでいる。

そのとき、台所の扉が開いた。

ヴァルドが入ってくる。
いつもの無表情。いつもの歩幅。
だが、台所の匂いを吸い込んだ瞬間――目がほんの少しだけ揺れた。

(……匂いに負けてる)

セシルは、心の中で指摘した。

ヴァルドは淡々と言う。

「……騎士団が騒いでいる」

フィオナがキラキラした目で言う。

「わぁ!元気ですね!」

「元気すぎる。集中が乱れる」

「じゃあ!ごはんで落ち着かせます!」

「……それで落ち着くのか」

「落ち着きます!人はお腹が満たされると、優しくなります!」

セシルが小さく頷いた。
真理だ。温かい液体は気持ちに効く。温かいごはんは規律にも効く。

ヴァルドが、短く言った。

「……許可する。ただし、短時間で済ませろ」

フィオナが敬礼みたいに手を上げる。

「はい!保護施設の食堂、開店です!」



騎士たちは、台所の前に列を作った。
列を作る騎士団――それはもう、別の組織だ。

ブラムが、真顔で言う。

「団長。列の間隔は規律的に適切です」

「……お前は何を言っている」

「食堂にも規律が必要です」

「食堂ではない」

「保護施設の食堂です!」

フィオナが元気よく言った。

騎士たちは、皿を受け取りながら、まるで儀式のように静かに座る。
スープの湯気に、顔がほころぶ。

一口。
二口。

そして、最初の

「……うまい」

誰かが、震える声で言った。
次の瞬間、連鎖が起きる。

「うまい……!」

「胃が……生き返る……!」

「俺、昨日からずっとこれを待ってた……!」

フィオナが、嬉しそうに鍋を抱える。

「おかわりありますよ!」

その言葉で、騎士たちの目が輝いた。
“おかわり”という概念が、騎士団の士気を直撃する。

ヴァルドは、台所の端の席に座らされていた。
誰が座らせた。オルガ婆やだ。強制だった。

フィオナが、団長の前にも皿を置く。

「団長さんの分です!」

「……俺は」

「団長さんも、食べないと守れません!」

「……」

正論が、殴ってくる。

ヴァルドは無言でスプーンを取った。
一口。

熱い。
優しい。
塩気は控えめで、香りが深い。
胃に落ちる瞬間、体の奥がほどける。

……まずい。
“まずい”という意味ではない。
心が緩むのがまずい。

ヴァルドは無表情のまま、二口目、三口目。
手が止まらない。

騎士たちは、団長の顔を盗み見る。
団長の評価は、空気より重い。

ヴァルドは、何も言わない。
言わないが――食べる速度が、異常だった。

ブラムが、そっと隣の騎士に囁く。

「団長、もう半分だ」

「俺、まだ一口目だぞ」

「団長のスプーン、剣より速い」

「溺愛は胃から来るのか」

「違う。団長は胃袋から落ちるタイプだ」

セシルが、静かにメモを取る。

(団長:無表情だが完食速度最速
 訳:最高に気に入っている)

そのメモが、なぜか背後の掲示板に貼られる未来が見える。
セシルは胃が痛い。



フィオナが、団長の皿をちらっと見て、驚いた。

「……団長さん、もう食べ終わりそう!」

ヴァルドの動きが、一瞬止まった。

騎士たちが、一斉に息を飲む。

フィオナは、純粋に嬉しそうに言う。

「お口に合いました?」

ヴァルドは、言葉を探した。
“うまい”と言うのは簡単だ。だが、騎士団が爆発する。
“悪くない”と言えば、それはそれで爆発する。

セシルが、遠くから目で訴える。

(団長、ここはもう、潔く“うまい”と言ってください)

ヴァルドは、無表情のまま、低く言った。

「……悪くない」

台所が、爆発した。

「出た!!」

「団長の“悪くない”!!」

「最上級評価!!」

「団長、完食速度まで最上級!!」

フィオナがぱっと笑う。

「やったぁ!」

その笑顔を見た瞬間、ヴァルドの胸が、妙に温かくなる。
……それが危険だと、本能が告げる。

ヴァルドは、咄嗟に“命令”で抑えた。

「……騒ぐな」

騎士たちが、ぴたりと静かになる。
それでも、目は笑っている。腹も満たされている。心も緩んでいる。

フィオナが、ふと団長のカップを指差した。

「団長さん、紅茶もどうぞ!」

「……当番か」

「はい!」

騎士たちが、わざとらしく敬礼する。

「団長、当番です!」

「当番は規律です!」

「団長、規律を守ってください!」

ヴァルドは、眉間を寄せたまま紅茶を受け取った。
一口飲む。

……温かい。
胃が、さらに落ち着く。

フィオナが、そっと言った。

「団長さん、休憩してる顔、好きです」

ヴァルドの手が、止まった。

台所の空気が、一瞬凍る。
騎士たちが、全員、聞こえないふりをする。
セシルは、天井を見上げた。

フィオナは、照れもなく笑う。

「団長さん、ずっと頑張ってるから。こういう顔、もっとしてほしいです」

ヴァルドは、喉の奥が詰まった。
“ありがとう”が出てこない。
代わりに、命令が出る。

「……無理をするな」

フィオナがぱちぱちと瞬きする。

「えっ、私ですか?」

「……そうだ」

「わぁ」

フィオナは嬉しそうに笑った。

「団長さん、優しいですね!」

「優しくない」

「優しいです!」

「……」

騎士たちが、口元を押さえて震えている。
笑うな、泣くな、尊い、という混ざった感情が見える。

ブラムが小声で言った。

「団長、フィオナさんのことを心配してる」

別の騎士が頷く。

「団長の心配は溺愛だ」

セシルが低く呟く。

「声に出すな」



食堂――もとい、台所の戦は終わった。
騎士たちは、満たされた顔で訓練場へ戻っていく。歩幅が軽い。背筋が伸びている。

セシルが報告書をまとめながら、ヴァルドに言う。

「団長。士気が、危険なほど上がっています」

「危険とは何だ」

「幸福に慣れて、元に戻れなくなります」

ヴァルドは、短く言った。

「……戻らなくていい」

セシルの手が止まった。

「え」

ヴァルドは、台所の方を見る。
フィオナが鍋を片づけている。鼻歌が聞こえる。湯気が揺れる。

「……今の方が、訓練が回る」

セシルは、真顔で頷いた。

「(訳:ここが心地いい)」

ヴァルドは聞こえないふりをした。
その代わり、いつもの命令で締める。

「……フィオナ」

「はい!」

「危ないから、ここにいろ」

フィオナは、笑う。

「はい!ここにいます!」

その返事が、なぜか胸の奥に落ち着いた。
落ち着きすぎて――怖い。

ヴァルドは、紅茶のカップを持ったまま、ほんの少しだけ目を閉じた。

(つづく)
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