冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

文字の大きさ
9 / 21

第9話 団長、嫉妬を“規律違反”だと思い込む(相談に来る騎士たちが羨ましくて仕方ない)

午前の訓練が終わった後。
騎士団の空気は――妙に落ち着いていた。

落ち着いている理由は、簡単だ。
昼の「心の保健室(※台所)」が、定着してしまったから。

そして今日も、台所の前には列ができている。

「……今日もか?」

セシルが、やけに真面目な顔のブラムに声をかける。
ブラムは、胸を張る。

「胃のことで」

「胃は昨日治ったと」

「……精神的胃です」

「存在しない」

「します」

「……」

セシルは、虚無の目で頷いた。
胃という言葉は、万能なのだ。

そこへ、低い声が背後から落ちた。

「ブラム」

一瞬で、空気が締まる。

ヴァルドが立っていた。
いつもの無表情。いつもの冷気。
しかし――今日は、少しだけ眉間の角度が鋭い。

「団長」

ブラムが敬礼する。

ヴァルドは短く言った。

「訓練があるだろう」

「はい!」

ブラムは元気よく返事をした。

……返事だけだ。去らない。

セシルは、心の中でゆっくりとため息をついた。

(ブラム。お前は今、命を賭けている)

ヴァルドの視線が、ブラムの頭上を貫く。

「……聞こえなかったのか」

「聞こえました!」

「なら行け」

「はい!」

ブラムは、頷いた。

……去らない。

ヴァルドの眉間が、さらに深くなる。

「……なぜ、動かない」

ブラムは、堂々と言った。

「団長。相談は、士気に関わります」

「訓練も士気に関わる」

「相談の方が、即効性があります」

「勝手に比較するな」

ブラムは真顔で言い切る。

「比較ではありません。実感です」

セシルは、胃を押さえた。

(団長。これが“民意”です)



台所では、フィオナが湯気の立つ鍋の前で、にこにこしていた。

「ブラムさん!いらっしゃいませ!」

「……いらっしゃいませではない」

セシルがぼそっと言う。だが誰も聞いていない。

ブラムは椅子に座るなり、咳払いをして言った。

「相談があります」

フィオナは、ぱっと目を輝かせた。

「はい!どうぞ!」

ブラムは、やけに真剣な顔で言う。

「……団長が怖いです」

セシルは、目を閉じた。

(お前、それ昨日も言った)

フィオナは、うんうんと頷いた。

「団長さん、怖いですよね!」

「そうです」

「でも、優しいですよね!」

「……そうです」

ブラムは、少しだけ口元が緩んだ。
たぶん、ここに来た目的の半分は達成している。

そして、台所の入り口に立つ影が、ぴたりと止まった。

ヴァルドだ。
無表情。
だが、目が――冷えている。

「……何をしている」

ブラムが、完璧な敬礼をする。

「団長!相談です!」

「相談?」

「はい!」

ブラムは、誇らしげに言った。

「俺は、団長が怖いです!」

ヴァルドの目が、すっと細くなる。

「……なら離れろ」

「離れられません!」

「なぜ」

「団長が、必要だからです!」

台所の空気が一瞬止まった。
ブラムの言葉は、危険だった。甘い意味で危険だ。

フィオナが、なぜか感動して両手を握る。

「わぁ……ブラムさん、いい子ですね!」

ヴァルドの眉間が、ぴくりと動いた。

「……いい子?」

フィオナは、にこにこしながら続ける。

「はい!怖いって言えるの、勇気です!それって信頼ですよ!」

ブラムが胸を張る。

「そうです。信頼です」

ヴァルドの眉間が、ぴくり。
もう一回ぴくり。

セシルは、台所の端で小さく呟いた。

「……団長、嫉妬です」

ヴァルドが、即座に言い返す。

「違う。規律だ」

「嫉妬です」

「規律だ」

「嫉妬です」

「……」

セシルは、淡々と追撃する。

「相談を口実に長居されて、フィオナの時間を取られているのが気に入らないのでは」

ヴァルドの声が、低くなる。

「気に入らないのは、訓練時間を削る行為だ」

「団長、今ブラムは訓練後です」

「……次の訓練がある」

「まだ三十分あります」

「……」

ヴァルドの沈黙が、深くなった。

ブラムは、その沈黙を“許可”だと思ったらしい。
椅子に座り直し、さらに真剣な顔で言った。

「団長、俺は――」

「……終わったなら戻れ」

ヴァルドが、短く切った。

ブラムが、きょとんとする。

「まだ相談が」

「相談は短くしろ」

「団長、短くできません」

「できる」

「できません。これは心です」

セシルが、心の中で拍手した。

(ブラム、言うねぇ)

フィオナが、なぜか嬉しそうに頷いた。

「心は大事です!」

ヴァルドの眉間が、さらに深くなる。

「……フィオナ」

「はい!」

「お前は、騎士の相談に乗りすぎだ」

フィオナは、ぱちぱちと瞬きした。

「えっ、でも……みんな、頑張ってるんですよ?」

「頑張っているのは知っている」

「じゃあ、褒めます!」

「……褒めるな」

「褒めます!」

フィオナは元気よく言い切った。

ヴァルドの喉の奥が詰まる。
自分が、何を言いたいのかが、分からなくなる。

――違う。分かっている。
分かっているから、規律で包む。

ヴァルドは、低く言った。

「……お前の時間は、有限だ」

フィオナは目を丸くした。

「えっ、時間って……みんな同じですよ?」

セシルが、口を押さえた。

(その天然、刺さる)

ヴァルドは、言葉を変える。

「……お前は、休憩を取れ」

フィオナが、ぱっと笑う。

「はい!休憩は規則です!」

ヴァルドが即答する。

「命令される筋合いはない」

フィオナはにこにこしたまま、紅茶の葉を取り出した。

「じゃあ、命令じゃなくて――“お願い”です!」

「……」

セシルが小声で呟く。

「(訳:飲んでほしい)」

ヴァルドは聞こえないふりをする。

ブラムが、にやっとした。

「団長、飲みますよね」

「黙れ」

ブラムは黙らない。
黙るが、笑っている。

フィオナは手際よく紅茶を淹れた。
カップを二つ。
――ひとつは団長へ。
ひとつは、自分。

「団長さん、どうぞ」

ヴァルドは、無表情のままカップを見る。
湯気がふわっと上がる。
香りが、落ち着く。

……飲めば、負けだ。
しかし、飲まないと――もっと変になる。

ヴァルドは、カップを取った。

「……」

一口、飲む。

騎士たちが、静かに頷いた。

「団長、飲んだ」

「やっぱり」

「抱きしめ命令と同じくらい確定演出」

「確定演出ではない」

セシルが、淡々とメモを取る。

(団長語:命令される筋合いはない(でも飲む)
 訳:お前が淹れたなら飲む)

フィオナは、団長の顔をじっと見た。

「団長さん、落ち着きました?」

ヴァルドは、短く言った。

「……悪くない」

台所が、危険なほど輝いた。

「出た!!」

「団長の“悪くない”!」

「紅茶も最上級評価!!」

ブラムが、勝ち誇ったように言う。

「団長、嫉妬じゃないですか」

ヴァルドが、冷たく返す。

「規律だ」

セシルが小声で付け足す。

「(訳:羨ましい)」

ヴァルドは、聞こえないふりをした。

しかし。

フィオナが、自分のカップを持って小さく言った。

「団長さんも、相談したいことがあったら、いつでも聞きますよ」

ヴァルドの手が、止まった。

相談。
騎士たちが、ここで軽くなる理由。
その場所に、自分も座りたい――などと、考えるのは規律違反だ。

ヴァルドは、低く言った。

「……必要ない」

フィオナは、ふわっと笑った。

「そっか。でも、覚えておきますね。団長さんが必要になったら、言ってください」

その言葉が、妙に胸に残る。
湯気みたいに、静かに。

ヴァルドは、命令で締めた。

「……ブラム。訓練に戻れ」

ブラムが敬礼する。

「はい!」

そして――去らない。

ヴァルドの眉間が、再び深くなる。

フィオナが、にこにこして言った。

「ブラムさん、いい子ですね!」

ヴァルドは、紅茶を飲み干した。

(……やはり危ないのは、俺だ)

(つづく)
感想 0

あなたにおすすめの小説

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。 【完結済:全9話】

試用期間の終わりに、伯爵様から永久雇用と指輪を渡されました

星乃和花
恋愛
植物が大好きな控えめ庭師見習いのリネットは、伯爵邸での試用期間を終える日、不安な気持ちで呼び出される。 けれど若き伯爵アルヴェインに告げられたのは、まさかの永久雇用。しかも“約束の証”として、美しい指輪まで渡されて――? 「君さえ望むなら、生涯ここにいていい」 控えめな自分が安心できるようにと考えられた、伯爵様の優しさの塊みたいな契約更新。 ……だと、リネットは本気で思っていた。 一方の伯爵様は、至って真面目に求婚のつもり。 求婚が通じたと思っている伯爵様と、 超手厚い福利厚生だと思って感激している庭師見習いの、 甘くて可愛いすれ違いラブコメディ。 (完結済ー全8話)

氷の参謀、うっかり拾った天使に勝てない——おやつと陽だまりで国が回る恋。

星乃和花
恋愛
冷えた石壁に囲まれた王宮作戦室。氷の異名をとる参謀アークトは、戦でも交渉でも“最短”を選び取る男。そんな彼の作戦室に、ある日まぎれ込んだのは、温室の庭師見習いソラナと、蜂蜜の香り。 彼女がもたらすのは「人と場の温度を整える」力。湯気低めの柑橘茶“猫舌温”、蜂蜜塩の小袋、会議前五分の「温度調律」。たったそれだけで、刺々しい議題は丸く、最難関の政敵すら譲歩へ。 参謀は国を守る最短を次々と実現する一方で、恋だけは“最長で温めたい”と密かに葛藤。「難しい顔禁止です」と両手で頬をむにっとされるたび、氷は少しずつ解けていく。 戦いに強い男が、掌の温度には勝てない。年の差。理性×天然のじれ甘宮廷ラブコメ。 【完結済:全11話+@】

隠れた花嫁を迎えに

星乃和花
恋愛
結婚式を控えた同居中の婚約者・リリィには、ひとつだけ困った癖がある。 それは、寝癖が直らないだけで、角砂糖を落としただけで、屋敷のどこかに“こっそり”隠れてしまうこと。 けれど、完璧超人と噂される婚約者・レオンは、彼女が隠れるたび必ず見つけ出し、叱らず、急かさず、甘く寄り添って迎えに来る。 「本当に私でいいのかな」——花嫁になる前夜、ベッドの下で震えるリリィに、レオンが差し出したのは“答え”ではなく、同じ目線と温かな手だった。 ほのぼの王都、屋敷内かくれんぼ溺愛ラブ。 「隠れてもいい。迎えに行くから。」 (完結済:本編8話+後日談1話)

和平交渉のはずが、参謀が勇者にだけ冷静さを失っています(((論理的思考<勇者が可愛い)))

星乃和花
恋愛
異世界より召喚された、ほわほわ最強勇者ミナの魔法は癒しの声(怒りを鎮める)。それは戦争を終わらせるほど強いのに、彼女自身がその優しさによって削がれていく。 また、冷静参謀レオンは緊迫する戦争を終わらせることに注力している最中、最悪な問題(召喚された勇者が可愛い)を抱えることに。 和平交渉、魔法の代償、そして帰還の儀式――戦争が終わっても、参謀の恋だけ終わらない。 しっとり救いを織り込んだやさしい溺愛コメディ。 ⭐︎読みどころ⭐︎ 冷静参謀の揺らぎ(論理的思考<勇者が可愛い) 和平交渉×魔法の代償(優しさで削れる) 溺愛なのにギャグ(逃げて戻って抱きしめる) ⭐︎完結済ー本編8話・後日談8話⭐︎

追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人
恋愛
「君の力だけが、俺を救ってくれる」 派手な光を放つ魔法が使えず、「光らない無能」として国を追放された聖女エリナ。 彼女は辺境の村で廃屋を買い取り、念願だった薬草店をオープンする。 相棒の精霊獣ポポと共にスローライフを始めたある嵐の夜、店の前に倒れていたのは、国の最強騎士団長ゼフィルだった。 「黒竜の呪い」に侵され、あらゆる魔法を受け付けない彼の体。 しかし、エリナの持つ「細胞そのものを活性化させる」地味な治癒力だけが、彼の呪いを解く唯一の鍵で……!? 無能扱いされた聖女と、余命わずかの最強騎士。 二人が辺境で紡ぐ、温かくて幸せな再生と溺愛の物語。

『借景の婚約者 ― 学院長代理の計算違い』

星乃和花
恋愛
学院長が病気療養中で、若き策士紳士セドリックが「学院長代理」に就任。 ある有力貴族が「学院長代理が独身なのは不安材料だ」と寄付を渋り始め、 セドリックは評判回復のために「(仮の)婚約者を立てる」ことを思いつくが―― そこで拾ってしまったのが、家政学科の天然少女リラ。 「……君だ。君に頼みたい」 リラは学園のためになれるならと、喜んで引き受ける。 学園のために寄付金を安定させたい目的だったのに、ふたりの日常に募り始める"恋"はおおきくてーー 少しの緊迫感(6話と8話)も添えた、糖度高めの日常ラブコメです。 【完結済:全9話+@】

『噂が先に婚約しましたが、私はまだ“練習相手”のつもりです(堅実護衛が半歩前から離れません)』

星乃和花
恋愛
舞踏会が苦手な伯爵令嬢ルシアは、社交の“空気圧”に飲まれて流されがち。 ――そして致命的に、エスコートされると弱い。 そんな彼女の“練習相手”に選ばれたのは、寡黙で堅実、おおらかな護衛隊出身の男ロアン。 半歩前を歩き、呼吸の乱れを見抜き、必要なときだけ手を差し出す彼の優しさは、甘い言葉ではなく「確認」と「対策」でできていた。 「怖くない速度にします」 「あなたが望めば、私はいます」 噂が先に婚約しても、社交界が勝手に翻訳しても――守られるのは、ルシアの意思。 なのに最後の一曲で、ルシアは言ってしまう。 「……ロアンさんと踊りたい」 堅実すぎる護衛の甘さに、流され注意。 噂より先に“帰る場所”ができてしまう、異世界ほの甘ラブコメです。 ⭐︎完結済ー全8話+後日談1話⭐︎