冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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第9話 団長、嫉妬を“規律違反”だと思い込む(相談に来る騎士たちが羨ましくて仕方ない)

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午前の訓練が終わった後。
騎士団の空気は――妙に落ち着いていた。

落ち着いている理由は、簡単だ。
昼の「心の保健室(※台所)」が、定着してしまったから。

そして今日も、台所の前には列ができている。

「……今日もか?」

セシルが、やけに真面目な顔のブラムに声をかける。
ブラムは、胸を張る。

「胃のことで」

「胃は昨日治ったと」

「……精神的胃です」

「存在しない」

「します」

「……」

セシルは、虚無の目で頷いた。
胃という言葉は、万能なのだ。

そこへ、低い声が背後から落ちた。

「ブラム」

一瞬で、空気が締まる。

ヴァルドが立っていた。
いつもの無表情。いつもの冷気。
しかし――今日は、少しだけ眉間の角度が鋭い。

「団長」

ブラムが敬礼する。

ヴァルドは短く言った。

「訓練があるだろう」

「はい!」

ブラムは元気よく返事をした。

……返事だけだ。去らない。

セシルは、心の中でゆっくりとため息をついた。

(ブラム。お前は今、命を賭けている)

ヴァルドの視線が、ブラムの頭上を貫く。

「……聞こえなかったのか」

「聞こえました!」

「なら行け」

「はい!」

ブラムは、頷いた。

……去らない。

ヴァルドの眉間が、さらに深くなる。

「……なぜ、動かない」

ブラムは、堂々と言った。

「団長。相談は、士気に関わります」

「訓練も士気に関わる」

「相談の方が、即効性があります」

「勝手に比較するな」

ブラムは真顔で言い切る。

「比較ではありません。実感です」

セシルは、胃を押さえた。

(団長。これが“民意”です)



台所では、フィオナが湯気の立つ鍋の前で、にこにこしていた。

「ブラムさん!いらっしゃいませ!」

「……いらっしゃいませではない」

セシルがぼそっと言う。だが誰も聞いていない。

ブラムは椅子に座るなり、咳払いをして言った。

「相談があります」

フィオナは、ぱっと目を輝かせた。

「はい!どうぞ!」

ブラムは、やけに真剣な顔で言う。

「……団長が怖いです」

セシルは、目を閉じた。

(お前、それ昨日も言った)

フィオナは、うんうんと頷いた。

「団長さん、怖いですよね!」

「そうです」

「でも、優しいですよね!」

「……そうです」

ブラムは、少しだけ口元が緩んだ。
たぶん、ここに来た目的の半分は達成している。

そして、台所の入り口に立つ影が、ぴたりと止まった。

ヴァルドだ。
無表情。
だが、目が――冷えている。

「……何をしている」

ブラムが、完璧な敬礼をする。

「団長!相談です!」

「相談?」

「はい!」

ブラムは、誇らしげに言った。

「俺は、団長が怖いです!」

ヴァルドの目が、すっと細くなる。

「……なら離れろ」

「離れられません!」

「なぜ」

「団長が、必要だからです!」

台所の空気が一瞬止まった。
ブラムの言葉は、危険だった。甘い意味で危険だ。

フィオナが、なぜか感動して両手を握る。

「わぁ……ブラムさん、いい子ですね!」

ヴァルドの眉間が、ぴくりと動いた。

「……いい子?」

フィオナは、にこにこしながら続ける。

「はい!怖いって言えるの、勇気です!それって信頼ですよ!」

ブラムが胸を張る。

「そうです。信頼です」

ヴァルドの眉間が、ぴくり。
もう一回ぴくり。

セシルは、台所の端で小さく呟いた。

「……団長、嫉妬です」

ヴァルドが、即座に言い返す。

「違う。規律だ」

「嫉妬です」

「規律だ」

「嫉妬です」

「……」

セシルは、淡々と追撃する。

「相談を口実に長居されて、フィオナの時間を取られているのが気に入らないのでは」

ヴァルドの声が、低くなる。

「気に入らないのは、訓練時間を削る行為だ」

「団長、今ブラムは訓練後です」

「……次の訓練がある」

「まだ三十分あります」

「……」

ヴァルドの沈黙が、深くなった。

ブラムは、その沈黙を“許可”だと思ったらしい。
椅子に座り直し、さらに真剣な顔で言った。

「団長、俺は――」

「……終わったなら戻れ」

ヴァルドが、短く切った。

ブラムが、きょとんとする。

「まだ相談が」

「相談は短くしろ」

「団長、短くできません」

「できる」

「できません。これは心です」

セシルが、心の中で拍手した。

(ブラム、言うねぇ)

フィオナが、なぜか嬉しそうに頷いた。

「心は大事です!」

ヴァルドの眉間が、さらに深くなる。

「……フィオナ」

「はい!」

「お前は、騎士の相談に乗りすぎだ」

フィオナは、ぱちぱちと瞬きした。

「えっ、でも……みんな、頑張ってるんですよ?」

「頑張っているのは知っている」

「じゃあ、褒めます!」

「……褒めるな」

「褒めます!」

フィオナは元気よく言い切った。

ヴァルドの喉の奥が詰まる。
自分が、何を言いたいのかが、分からなくなる。

――違う。分かっている。
分かっているから、規律で包む。

ヴァルドは、低く言った。

「……お前の時間は、有限だ」

フィオナは目を丸くした。

「えっ、時間って……みんな同じですよ?」

セシルが、口を押さえた。

(その天然、刺さる)

ヴァルドは、言葉を変える。

「……お前は、休憩を取れ」

フィオナが、ぱっと笑う。

「はい!休憩は規則です!」

ヴァルドが即答する。

「命令される筋合いはない」

フィオナはにこにこしたまま、紅茶の葉を取り出した。

「じゃあ、命令じゃなくて――“お願い”です!」

「……」

セシルが小声で呟く。

「(訳:飲んでほしい)」

ヴァルドは聞こえないふりをする。

ブラムが、にやっとした。

「団長、飲みますよね」

「黙れ」

ブラムは黙らない。
黙るが、笑っている。

フィオナは手際よく紅茶を淹れた。
カップを二つ。
――ひとつは団長へ。
ひとつは、自分。

「団長さん、どうぞ」

ヴァルドは、無表情のままカップを見る。
湯気がふわっと上がる。
香りが、落ち着く。

……飲めば、負けだ。
しかし、飲まないと――もっと変になる。

ヴァルドは、カップを取った。

「……」

一口、飲む。

騎士たちが、静かに頷いた。

「団長、飲んだ」

「やっぱり」

「抱きしめ命令と同じくらい確定演出」

「確定演出ではない」

セシルが、淡々とメモを取る。

(団長語:命令される筋合いはない(でも飲む)
 訳:お前が淹れたなら飲む)

フィオナは、団長の顔をじっと見た。

「団長さん、落ち着きました?」

ヴァルドは、短く言った。

「……悪くない」

台所が、危険なほど輝いた。

「出た!!」

「団長の“悪くない”!」

「紅茶も最上級評価!!」

ブラムが、勝ち誇ったように言う。

「団長、嫉妬じゃないですか」

ヴァルドが、冷たく返す。

「規律だ」

セシルが小声で付け足す。

「(訳:羨ましい)」

ヴァルドは、聞こえないふりをした。

しかし。

フィオナが、自分のカップを持って小さく言った。

「団長さんも、相談したいことがあったら、いつでも聞きますよ」

ヴァルドの手が、止まった。

相談。
騎士たちが、ここで軽くなる理由。
その場所に、自分も座りたい――などと、考えるのは規律違反だ。

ヴァルドは、低く言った。

「……必要ない」

フィオナは、ふわっと笑った。

「そっか。でも、覚えておきますね。団長さんが必要になったら、言ってください」

その言葉が、妙に胸に残る。
湯気みたいに、静かに。

ヴァルドは、命令で締めた。

「……ブラム。訓練に戻れ」

ブラムが敬礼する。

「はい!」

そして――去らない。

ヴァルドの眉間が、再び深くなる。

フィオナが、にこにこして言った。

「ブラムさん、いい子ですね!」

ヴァルドは、紅茶を飲み干した。

(……やはり危ないのは、俺だ)

(つづく)
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