まちがい解呪屋と黒曜の宰相

星乃和花

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第八章 黒曜塔にしみるインク

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 変なインクが、街にしみはじめたのは、その週の半ばからだった。

 黒曜の塔のふもと。
 朝靄の残る石畳の路地の壁に、誰かが夜のあいだに書きつけたらしい黒い文字が、じわりと浮かび上がっている。

 ――黒曜の怪物は眠るな。
 ――恐れよ、ひざまずけ、それが安心のしるし。

「……センス最悪ですねえ」

 ポポは、眉をひそめて見上げた。

 文字の周りには、灰色のもやがまとわりついている。
 怒りや不安というより、“安心したいがために他人を縛りつける”種類の粘っこい感情。

(“怖がっていたい”って、自分で自分に言ってるみたい……)

 指先を伸ばすと、インクの線がかすかに震えた。

「誤字は……」

 じっと見つめる。

 “怪物”の一文字だけ、線がゆらぎ、ほんの少しだけ“守り手”と似た形に見えた。

 ポポがその部分にそっと触れようとした瞬間――

「やめておけ」

 背後から低い声が飛んだ。

「下手に触ると、書き手のほうに跳ね返る」

「宰相さま」

 振り返ると、黒曜の外套の裾を風になびかせたオルガが立っていた。
 肩の上では、塔の黒猫が、壁の文字をじっと睨みつけている。

「もう把握してたんですね」

「今朝だけで、城下のあちこちに同じ類の文言が見つかった」

 オルガは、冷静な目で壁を見上げる。

「“黒曜の怪物”という呼び名を、わざわざ引っ張り出してきたあたり、貴族院の誰かか、あるいは旧軍部の連中の差し金だろう」

「“怪物恐怖キャンペーン”……」

「妙な名前をつけるな」

 苛立ちとも疲労ともつかない感情が、彼の声の底に滲んでいた。

 ポポには、オルガの肩口あたりに、うっすらと文字が浮かんで見える。

 ――やはり私は怪物として呼び戻されるのか。
 ――猫と綿あめでは足りないのだと、証明されるのか。

(宰相さまの“どうせ”が、また濃くなってる……)

「これ書いた人、たぶん、“安心したい”んですよ」

 ポポは、壁の文字を指さした。

「“怖がっていれば、間違えずにすむ”って。
 変化の責任を、自分で取りたくない人のインクです」

「……お前にはそう見えるのか」

「はい。
 でも、“怪物になってくれさえすれば安心だ”っていう願いを、そのまま飲む必要はありません」

 ポポは、そっと指先で“怪物”の一文字の端をつまむような仕草をした。

 線が、かすかに揺れる。

 可愛い置換の気配が、指先に集まる。
 けれど、魔法はそこで止まった。

「……やっぱり、ここは私の魔法じゃ変えられません」

「なぜだ」

「書いた人本人が、“怪物”って言葉にしがみついてるから。
 “手放したい”って気持ちが、まだ一滴も混ざってない」

 ポポは、肩をすくめる。

「そのかわり、“怪物の中身は変わってもいい”ってところには、小さく揺れがありますけど」

「“中身が変わる怪物”とは、随分と不安定な存在だな」

「今の宰相さまです」

 即答。

 オルガは、一瞬言葉を失い、それから乾いたため息をついた。

「……まったく、怪物も安くなったものだ」

 * * *

 黒曜の塔に戻ると、すでに何通もの嘆願書が届いていた。

「“街中の壁が不穏な言葉で汚されております”」
「“子どもが怖がって外に出られません”」
「“猫が壁に向かって威嚇します。どうにかしてください”」

 最後の一文には、オルガの眉がほんのわずかに動いた。

「……猫がおかしいという報告が増えている」

「呪いセンサーですねえ」

 ポポは、猫をひょいと抱き上げて、額をこつんと合わせた。

「ね、怖い字は、ちゃんとわかるんだよね」

「にゃー」

 短く鳴いた猫の周りに、黒い文字がひとかけら、ふわりと浮かぶ。

 ――ここ、きらい。
 ――におい、いたい。

 ポポには、その子猫語がはっきり読める。

「宰相さま。
 このインク、放っておくと街全体に“怖がっていたい人たちの安心”が広がっちゃいます」

「“怖がることで安心する”とは、無様な矛盾だ」

「でも、よくあるんですよ。“心配していたほうが落ち着く”っていうの」

 ポポは、くすりと笑った。

「宰相さまも、昔は“怪物でいたほうが安心”って思ってたんですよね?」

「……それとこれとは別だ」

 即座に否定しながらも、指輪の文字がじり、と熱を持つ。

 その熱を、ポポは見逃さなかった。

(“別だ”ってことは、同じ穴のムジナだって知ってるやつだ……)

 ポポは、机の上に広げられた地図を見下ろした。

 城下の地図の、あちこちに赤い印がついている。
 発見された“恐怖インク”の場所だ。

「書いてる人、だいたい塔に向かって円を描くように書いてますね」

「塔を中心に、結界を張るような配置だな」

 オルガの目が、冷静に線を追う。

「黒曜の塔を、“恐怖の記号”の中心として、再び固定しようとしている」

「つまり、“黒曜の怪物”の復活を願う呪文……」

「あるいは、“そうであってくれ”という弱い祈りだ」

 どちらにせよ、そのまま放置して良い類のものではなかった。

 * * *

「宰相さまは、評議の準備ですよね?」

 地図を巻きながら、ポポが尋ねる。

「今度の合同行政会議、“黒曜の怪物が必要かどうか”が議題になるって噂、聞きました」

「噂ではなく、議題案だ」

 オルガは淡々と返した。

「黒曜宰相の権限見直し。
 軍と内政の権限を分けるかどうか。“怪物の座”を三つくらいに割るかどうか、などだ」

「怪物は割らなくていいと思います」

「私もそう思う」

 妙なところで意見が一致した。

「……会議には、王と貴族たちに加え、“恐怖インク”の背後にいる連中も紛れ込んでくるだろう」

 オルガは、椅子の背もたれに身を預けた。

「私は私で、“黒曜宰相を辞める場合”と、“続ける場合”の双方の案を用意しなければならん」

「辞める場合も、考えてるんですね」

「王に考えろと言われた以上な」

 指輪の内側で、古い文字がざわつく。

 ――愛されぬことを選べ。
 ――怪物でなくなったら、そこにいる意味がない。

 ポポには、その文字が、焦りと安堵の両方を纏っているように見えた。

「じゃあ、そのあいだに、私は街のインクを削ってきますね」

「一人で行くつもりか」

「猫も連れていきます。
 “塔の子”たちがいれば、危ないインクには近づきませんから」

 塔の子――
 黒曜の塔に住みついた猫たちは、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

 オルガは少し考え、それから頷く。

「護衛を一人つける」

「大丈夫ですよ、宰相さま。
 私、“どうせ余計まちがえる”呪文、半分くらいは薄まってますから」

「その評価はまだ正式ではない」

「じゃあ、追加で薄めてきます」

 ポポは、ぴょんと軽い足取りで部屋を出ていった。

 その背中を見送りながら、オルガは机の引き出しに手を伸ばす。

 中には、一通の封筒。

 ――“万が一の補足説明”。

 昨夜、ポポに預けようとして、結局渡しそびれたものだ。

(……預けることすら、まだ迷っている)

 封蝋の上に、人差し指を置く。
 開ければ、そこに書いた“もしもの時”の言葉が、自分の目に晒される。

 “いなくなったときに備えた説明”。
 “誰かに引き継ぐための手引き”。

 それらを読むには、まだ早い。

 オルガは、封筒をそっと引き出しの奥に戻した。

(“開ける必要がなくなる未来”を、お前は願うと言ったな)

 ポポの声が、頭の片隅で反響する。

 ――じゃあ、その未来を、“怪物かどうか”だけで決めるのは、やめるべきか。

 黒曜指輪が、じりじりと熱を持ち、それから少しだけ冷めた。

 * * *

 城下の路地は、昼になると人で賑わい、夕方には鍋の匂いと笑い声で満たされる。

 その賑わいの隙間をぬうようにして、ポポは“恐怖インク”を探し歩いた。

「ここにも、“怪物は眠るな”……」

 路地裏の小さな祈りの祠の横。
 古い壁に、同じ文言が書かれている。

 だが、さっきの場所とは少し違って、「怪物」の文字の端が、どこか震えていた。

 ――本当は怖い。
 ――でも、怖がっていないと、不安だ。

 書き手の揺れる声が、インクに染みている。

「こんにちはー」

 ポポは、祠の隣に座っていた老婆に声をかけた。

「ここらへんで、夜中に壁に字を書いてる人、見かけたりしませんでした?」

「やだよぉ、おねえさん、そんな物騒なこと」

 老婆は身をすくめ、それから遠くを指さす。

「でも、最近、あの角のところでね。
 黒い外套着た人が、よく夜中にじっと壁を見てるよ。
 昔の軍の人みたいに、背筋ぴんとして」

 指された先の路地の角にも、黒いインクがじわりと広がっている。

 ――恐怖を忘れるな。
 ――忘れた時、滅びがやってくる。

(……“昔の軍の人”)

 ポポは、心の中でその姿を想像した。

 ――戦場で恐怖に支えられてきた人。
 ――恐怖を手放したら、自分のしたことの重みが、一気に押し寄せてきそうで怖い人。

 そんな人のインクだ。

「ありがとう、おばあさん」

 ポポは、老婆に小さな星形の飴を一つ渡した。

「これ、舐めると、“どうせ怖いままでいなきゃ”って気持ちが、ちょっとだけ甘くなります」

「まあ……宰相さまの甘い政策みたいだねえ」

「たぶん、そうです」

 ふわりと笑ってから、路地の角に向かう。

 インクの匂いが強くなる。

 そこだけ、空気がひんやりしているように感じた。

「――出てきてくれませんか」

 ポポは、壁の前で立ち止まり、そう言った。

「“怖がられていたい人”のインク、けっこう特徴あるんですよ」

 静かな沈黙。
 猫が、ポポの足元でしっぽを膨らませる。

 やがて、路地の影から、一人の男が姿を現した。

 軍服の名残のような黒い外套。
 短く刈り込まれた灰色の髪。
 目つきは鋭いが、その奥に、疲れた色が滲んでいる。

「……まちがい解呪屋か」

 男は、舌打ちをするように言った。

「黒曜宰相の側に、そんなものを置いたと聞いたときは、耳を疑ったが……本当に猫を連れて歩くとはな」

「猫は優秀な呪詛探知機ですから」

 ポポは、ひるまずに答えた。

「あなたが、“黒曜の怪物を呼び戻そう”としてる人ですか?」

「呼び戻す?」

 男は鼻で笑った。

「奴は、まだそこにいる。
 ただ、甘い女にほだされて、猫と綿あめにうつつを抜かしているだけだ」

「ひどい言い方だ……」

「戦を止めたこと自体は認めている」

 男の目が、少しだけ遠くを見る。

「死なずに済んだ部下も多い。
 だが、それだけでは終わらん。“恐怖の均衡”というものがある」

「恐怖の均衡?」

「こちらが恐怖を纏うから、相手も無茶な真似を控える。
 黒曜の塔が怪物の象徴であるからこそ、他国は本気で牙を剥けない」

 男の言葉には、論理だけでなく、実感がこびりついている。

 何度も“恐怖”を盾に戦場を渡ってきた人の声。

「甘さだけで国は守れん。
 恐怖を忘れた民は、真っ先に轢き潰される」

「……だから、壁に“怪物”って書いて回ってるんですね」

 ポポは、インクの文字を見上げた。

「“怖がることで安心するほうが、楽だ”って」

「誤解するな」

 男の目が鋭くなる。

「楽などではない。
 ただ、“恐怖”に身を委ねていれば、少なくとも、“次に何が来るかは読める”」

 ――怖いほうが、まだマシ。
 ――何もかも予測できない“甘さ”よりは。

 その呪文が、男の周囲にうずまいている。

 ポポは、静かに息を吸い込んだ。

「……あなたのインク、ぜんぜん“誤字”じゃないです」

「何?」

「“怖いものを怖いまま見ていたい”って気持ち、ちゃんと筋が通ってます。
 戦場の真ん中にいた人が、“恐怖は必要だ”って言うのは、当たり前だと思います」

 男の表情に、一瞬だけ戸惑いが走る。

 “否定される”覚悟でいたところに、“そうだよね”と受け止められたときの、微妙な揺れ。

「でも」

 ポポは、指先でインクの上を、そっとなぞった。

「ここ。“怪物は眠るな”って書いてますけど」

 “眠るな”の文字だけが、ほかより強くかすれている。

「ここだけ、“本当は休ませてやりたい”ってインクが混ざってます」

「……」

「黒曜宰相さまに、ずっと怪物のままでいろって言ってるようで、
 自分に向けて、“眠るな”って言ってるところ、ありませんか?」

 男の喉が、ごくりと鳴る音がした。

 ポポの目には、彼の肩に刻まれた薄い文字が見えている。

 ――眠ってしまったら、夢で、あの顔たちが出てくる。
 ――自分が命じた命令で消えた顔たちが。
 ――怖くて、眠れない。

「……余計なことを言うな」

 男の声が低く震えた。

「私は、この国のために――」

「この国のために、“怖がり役”を続けてきた人なんだと思います」

 ポポは、真剣な顔で言葉を重ねた。

「宰相さまが、“怪物になる”って誓約を刻んだみたいに。
 あなたも、どこかで、“怖さから目を逸らさない役”を引き受けてきた人」

 男は、壁を見上げる。

 黒いインクが、わずかに滲む。

「……黒曜宰相が猫を抱いている姿を、最初に見たときは、正直、吐き気がした」

 突然の言葉に、ポポは瞬きをした。

「吐き気……」

「恐怖の象徴が、“撫でられる側”になっているのは、耐え難かった」

 男の拳が震える。

「“あいつまで楽になっていいのか”と。
 “自分だけ、眠れないままでいいのか”と」

 ――なるほど。

 ポポは、胸の奥が、少し痛くなるのを感じた。

(“怪物は眠るな”って、本当は“自分だけ眠るな”っていう呪文なんだ……)

 そこまで自分を縛ってしまった人に向かって、「間違ってますよ」と軽々しくは言えない。

 でも――。

「……宰相さま、わかりますよ、その気持ち」

 ポポは、柔らかく笑った。

「だって、宰相さま自身も、似たような呪いを、自分に刻んでましたから」

「……!」

 男の目が、わずかに揺れる。

「“愛されない”っていう自己呪詛です。
 “怪物でいるかぎり、誰かが安心するなら、それでいい”っていう呪い」

「…………」

 沈黙は、否定ではなかった。

 路地を、風が吹き抜ける。
 猫が、ポポの足元にしがみつく。

「だから、こうしましょう」

 ポポは、インクの一文字にそっと触れた。

「“怪物は眠るな”の“な”のところだけ、“まだ”に変えます」

 可愛い置換が、指先から流れ込む。

 ――眠るな。
 その命令形の一文字が、ふわりと光に包まれ、
 ――まだ、眠れない。
 という、少しだけ柔らかい言葉に変わる。

 壁の文字が、僅かに書き換わった。

 ――黒曜の怪物は、まだ眠れない。

「……まったく変わっていないように聞こえるが」

 男は、眉をひそめる。

「命令じゃなくなりました」

 ポポは、指先を払った。

「“眠るな”だと、誰かが誰かに命じてる感じですけど。
 “まだ眠れない”だと、“本当は眠りたいけど、今は怖くて眠れない”って、自分の気持ちを言ってるだけです」

 男の喉が、再び鳴った。

「……そんなもの、誤差だ」

「誤差です。
 でも、その誤差を、“まちがい”って呼ぶ日が、いつか来るかもしれません」

 ポポは、壁から一歩退いた。

「そのとき、また一緒に、インクを削りに来ましょう。
 宰相さまも連れて」

 “自分たちのまちがいは、自分たちで後始末する”――
 黒曜塔・まちがい後始末課の、勝手な方針。

 男は、しばらく何も言わなかった。

 やがて、視線を落とし、小さく笑う。

「……甘い女だと聞いていたが」

「甘い女です」

「甘さの裏で、人の一番深いところをえぐる」

「それは、宰相さまの担当です」

 即座に宰相を巻き込まれ、オルガのくしゃみが遠くの塔でひとつ響いたような気がした。

 男は、深く息を吐いた。

「……黒曜宰相と、お前のやり方が、“本当に国を守れるかどうか”は、正直わからん」

「ですよねえ」

「だが、少なくとも――」

 男は、壁の文字を見つめる。

 “まだ眠れない”になった一行が、どこか自分の胸の内側に移動した気がした。

「“眠れないまま怪物を求める”インクよりは、少しだけ、ましな気がする」

 それは、彼にとって最大限の譲歩だった。

 ポポは、満足そうに頷く。

「でしたら、今夜からは、少しだけ短く眠ってください。
 怖くて眠れない夜も、“まだ”ってつくと、ちょっとだけ続きが怖くなくなりますから」

「……その言い方は卑怯だな」

 男は、ふと笑った。

 その笑いはほんの一瞬だったが、路地のインクの匂いが、少しだけ薄くなった。

 * * *

 夕暮れどき、黒曜の塔に戻ると、空には低い雲が垂れこめていた。

 塔の石壁に、細いひびが一本、走っている。

「……?」

 ポポは、首をかしげた。

 塔にかけられた古い結界が、かすかに軋む音がする。

 猫が、一斉に高い場所へよじ登り始めた。

「宰相さま?」

 駆け上がった廊下の先。
 執務室の扉は固く閉ざされている。

 中からは、ペンの音も、紙の擦れる音も聞こえない。

(……おかしい)

 ポポの目には、塔全体を包むように、薄い黒い文字の網が見えていた。

 ――黒曜の怪物を、ここに縫いつけよ。
 ――いなくなる前に、言葉で鎖をかけよ。

 街にばら撒かれた恐怖インクとは違う、もっと古くて、粘り気のある呪文。

 それはまるで、黒曜の塔そのものを、巨大な“辞表の封筒”にするみたいな仕掛けだった。

「……やな感じ」

 ポポは、小さく呟いた。

 宰相さまの“いなくなってもいいように”呪文に、外側から別の“いなくなってもらっては困る”呪文が、上書きされようとしている。

 どちらも、本当の声ではない。

 その狭間で、本物のオルガの気持ちが、押しつぶされそうになっているのが、文字越しに伝わってきた。

「まちがい後始末課――第一号、大仕事ですね」

 ポポは、ぎゅっと拳を握った。

 封筒は、まだ引き出しの中。
 開かれていない。

 その“開かれていない言葉”を守ることが、今の自分の役目だと、胸のどこかがはっきり告げていた。

 塔の上空に、黒いインクの雨粒が、静かに浮かび始める。
 それは、黒曜宰相オルガを、“怪物として固定したい人たち”と、“いなくなることを前提にした本人の呪文”が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってできた、危うい雲だった。

 ――まちがいだらけの雲。

 その真下で、ポポは、深く息を吸い込んだ。

「宰相さま。
 “開ける必要がなくなる未来”、ちゃんと取りに行きますからね」

 可愛い置換の魔法が、指先にふわりと集まり始める。

 今度は、“猫”や“綿あめ”だけでは足りない。

 “辞表”にも、“怪物”にも、“いなくなってもいい”にも、全部少しずつ余白をあける――
 そんな、新しいまちがい直しの夜が、黒曜の塔に迫りつつあった。
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