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3話:抽選会が当たりすぎてパニック
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その日の王都は、朝から妙に“ざわざわ”していた。
屋台の呼び声が大きいとか、太鼓の練習が早いとか、そういういつもの祭り騒ぎではない。もっとこう――
「当たった!」
「私も当たった!」
「えっ、僕も!? えっ、全員!?」
喜びの声が、喜びのまま、だんだん恐怖に変わっていくようなざわめき。
監査課の窓際で、レオンは嫌な予感を手帳の角に挟んだまま、外を見下ろした。
広場に人だかり。真ん中に設置された、派手で可愛い抽選ブース。看板には丸文字でこう書かれている。
《にこにこ抽選会 はずれなし! 絶対当たる!》
……絶対、って書いてある。
その単語は、監査官の胃に直接くる。
「監査官、行きます?」
同僚が半笑いで言った。
「行かないという選択肢があるように見えるか?」
「ないですね」
「ない」
レオンはコートを掴み、階段を下りた。現場へ。いつものとおり。ほんとにいつものになってきているのが、悔しい。
広場に近づくほど、歓声が密度を増す。
「特賞!!」
「一等!!」
「二等!!」
「三等!!」
「参加賞も豪華!!」
――参加賞が豪華なのは別にいい。だが、特賞が出すぎている気がする。
人の列は蛇のようにうねっている。しかも、列が進まないのに解散もしない。みんな「次は何が当たるんだろう」と目を輝かせ、空気が熱を帯びている。
そして、抽選ブースの裏側。
そこには、予想どおりの光景があった。
看板娘ミアが、抽選箱の前でにこにこしている。目がきらきら。頬に今日も粉。何の粉なのかはもう聞かないことにした。
その横で、オーナーが腕を組み、勝ち誇った顔で頷いている。
そして――スタッフらしき人が、箱を抱えて青ざめていた。
「景品が……景品が足りません!!」
レオンは群衆の波を切り、ブースの前まで歩いた。誰も止めない。なぜなら監査官だからだ。王都は自由だが、監査官だけは別枠である。謎の社会契約。
ミアがレオンを見つけた瞬間、ぱあっと笑った。
「監査官さん! 今日は抽選会です!」
「見れば分かる」
「絶対当たるんです!」
「それが問題なんだよ!」
レオンのツッコミが、久々にきれいに刺さった。ミアは「え?」と首を傾げた。
「でも、“はずれなし”って、みんな幸せですよ?」
「幸せが物資を超えると混乱になる」
「物資?」
「景品だ!」
レオンがブースの裏を指差す。青ざめたスタッフが、箱を抱えたまま魂を抜いている。
「特賞の“ふわふわ王冠ぬいぐるみ”が……あと三つ……」
「さっきまで二十あったのに……」
「全員、特賞引いてます……」
ミアが、目を丸くした。
「えっ……そんなに当たる?」
オーナーが胸を張る。
「当たるとも! “絶対当たる”からな!」
「威張るな!」
レオンは手帳を開き、淡々と言った。
「抽選は確率に基づくべきだ。全員が当たるなら、抽選じゃない。配布だ」
「でもでも、外れると悲しいじゃないですか」
ミアが口を尖らせる。
その瞬間、列の先頭から悲鳴に近い声が上がった。
「特賞が……ない……?」
「えっ、嘘! 絶対当たるって……!」
「じゃあ私の当たりは……当たりじゃないの……?」
喜びが一斉に不安に変わる。列の空気がぴりっと尖る。尖った空気は、人を動かす。
――まずい。
レオンは即座に判断し、声を張った。
「列を止めろ! 今すぐ!」
ミアがびくっとして、すぐに頷く。
「は、はい! えっと、止めるってどうやって――」
「オーナー! お前、拡声貝を持ってるな!」
「あるとも! 祭りは大きいほど――」
「早く使え!」
オーナーが渋々、拡声貝を口に当てた。
「えー、皆さーん! 抽選会はただいま、景品の整理のため――」
「整理じゃない、緊急停止だ!」
「――緊急停止でーす!」
広場がどよめく。
ここで“詫びの一手”が必要だ。王都の人々は基本的に優しいが、期待が膨らみすぎると、優しさは不安に変わる。
レオンはミアを見た。ミアも、レオンを見返した。目がきらきらしていない。珍しく、焦っている。
「ミア。お前が作った“絶対当たる仕組み”を解除できるか」
「えっと……できます。できますけど……」
「けど?」
「解除すると、外れが出ます」
「それが普通だ」
「でも……」
ミアの声が小さくなる。「でも、悲しいの、いやだな」と言いかけて飲み込んだ顔。
その表情に、レオンは一拍だけ言葉を選んだ。
「悲しいのをゼロにするのは無理だ」
「……」
「だから、“悲しい”を小さくする。やり方はある」
ミアが、はっと息を吸った。
「……参加賞、増やす?」
「そうだ。あと、当たりの定義を変える」
レオンはブースの裏に目をやる。倉庫搬入の札。企画屋が使っている備品倉庫が、広場の裏手にある。そこに何かあるはずだ。あの店はいつだって、物が多すぎる。
レオンは短く言った。
「倉庫へ行く。景品を“増やす”」
「でも、増やすって魔法じゃ――」
「お前は企画屋だろ。増やすのは得意だ」
ミアの瞳が、また少し光った。だけど今度の光は、いつもの無邪気じゃない。必死の光だ。
「はい!」
レオンは人波の向こうへ視線を飛ばし、衛兵に指示を出した。
「列の外側に誘導線を作れ。通路を確保。あと、抽選ブース周辺は一時閉鎖」
「了解!」
監査官の声が通る。やりたくてやってるわけじゃない。だが、通る。
ミアとレオンは、ブースの裏から抜け出し、倉庫へ走った。
広場の喧騒が遠ざかり、石造りの倉庫の扉が目の前に現れる。扉には、あの店らしい丸文字で書かれていた。
《大事なもの(たぶん)》
たぶん、って何だ。
レオンが扉を押し開けると、ひんやりした空気が流れ出た。紙と木と布と、少しだけ甘い匂い。祭りの道具が山のように積まれている。
そして、静かだ。
広場が嘘みたいに。
二人の息だけが、倉庫の中に響いた。
「……静かだな」
レオンがぽつりと言うと、ミアが小さく笑った。
「監査官さん、静かなの、好きですか?」
「嫌いじゃない」
そう答えた自分に、レオンは少し驚いた。いつもなら「仕事中だ」と言う。だが、今は仕事中でも、静けさが必要だった。
ミアは棚を開け、箱を引っ張り出す。
「えっと、これ、余りのリボン! これ、紙吹雪! これ、ミニ風船!」
「紙吹雪は景品にするな」
「じゃあ、ミニ風船は?」
「危険度が低いなら、許容範囲だ」
レオンは倉庫の奥へ進み、別の棚を開けた。中には、小さな木箱がずらり。
箱のラベルは――丁寧すぎる字で、こう書かれていた。
《“ほめ言葉”札》
《“今日のいいこと”札》
《“おまじない”札》
レオンは眉をひそめた。
「……何だ、これ」
ミアが覗き込み、少し照れたように笑う。
「外れの人が、落ち込まないようにって。前に作ったやつです。引いたら、ちょっと元気になる言葉が書いてあるんです」
「……抽選の景品が“言葉”?」
「だめですか?」
「だめとは言ってない」
むしろ、これなら物資は尽きない。言葉は刷れる。いや、刷るための紙は必要だが、ぬいぐるみよりは現実的だ。
レオンは、箱を持ち上げた。
「これを“参加賞”にする。あと、ミニ風船。リボン。小さい焼き菓子券……あるか?」
「あります! あります!」
ミアは勢いよく別の棚を開け、束になった券を掲げた。
《香彩堂 ちいさな一口券》
……香りの焼き菓子屋台、やっぱりやってたのか。
レオンはため息をつきつつ、でもその券を受け取った。
「よし。これで“当たりの形”を増やせる」
ミアは、まだ少し不安そうだった。
「でも……特賞がもらえない人、怒りませんか」
「怒る人もいる」
「……」
「だから、言う。ちゃんと。説明する。期待を勝手に膨らませたのはこっちだ」
レオンがそう言うと、ミアは唇を噛んだ。悔しそうに。自分のせいだと思っている顔。
倉庫の静けさが、少しだけ重たくなる。
レオンは箱を抱えたまま、ミアを見た。
「……お前さ」
「はい」
「“みんなが幸せ”にしたいんだろ」
ミアは、驚いたように瞬きをした。静かな倉庫の中だと、その瞬きすら大きく見える。
「……はい。だって、祭りって、楽しいのがいいじゃないですか」
「楽しいのはいい」
レオンは言葉を区切り、少しだけ柔らかく続けた。
「でも、楽しいは、ちゃんと守らないと壊れる」
ミアの目が、きらきらに戻りそうになって――ぎりぎりで踏みとどまったような光になる。
「監査官さん、いつも怒ってるのに……」
「怒ってない」
「怒ってます」
「……怒ってるのは、壊れるのが嫌だからだ」
言ってしまった。
レオンは自分の口を疑った。こんなことを、誰かに言った記憶がない。報告書に書けないやつだ。
ミアは、少し黙ってから、ふっと息を吐いた。
「……わたし、今日、怖かった」
「……」
「“絶対当たる”って書いたの、わたしです。楽しいと思った。でも、景品が足りないって言われたとき……みんなの顔が、変わっていくのが……」
ミアは小さく首をすくめた。弱音の形。初めて見た気がした。
レオンは、箱を抱え直して言った。
「次からは、“絶対”って書くな」
「はい……」
「代わりに、“できるだけ”って書け」
「……できるだけ」
「お前なら、それでも十分人を幸せにできる」
ミアが、ぱち、と瞬きをした。
そして今度こそ、きらきらが溢れた。静かな倉庫の中で、星が灯るみたいに。
「……監査官さん、ずるい」
「何がだ」
「そういうこと言うと、わたし、また頑張っちゃう」
レオンは視線を逸らした。頬が少し熱い。香りのせいじゃない。たぶん。
「頑張るのはいい。だが、危険な方向に頑張るな」
「はい!」
返事が、いつもより少しだけ、頼もしかった。
二人は箱を抱え、倉庫を出た。広場の喧騒が一気に戻る。
レオンは衛兵に合図し、オーナーに拡声貝を渡した。
「説明しろ。今度は“詩的に盛る”な。事実だけ言え」
「むぅ……祭りの主としての腕が……」
「腕はしまえ」
オーナーが拡声貝で叫ぶ。
「皆さーん! 抽選会は“景品を追加”して再開しまーす! 特賞は数に限りがありますが、参加賞が増えました! “ほめ言葉札”と“おまじない札”と――」
人々がざわつく。だが、さっきの不安とは違う。興味のざわつきだ。
ミアが前に出て、深呼吸してから言った。
「ごめんなさい。わたし、“絶対当たる”って書きました。でも、今日の当たりは、ぬいぐるみだけじゃないです。――ここに来てくれたことも当たり。並んでくれたことも当たり。だから、当たりの形、増やしました!」
その言葉が、王都の空気にすとんと落ちた。
誰かが笑って、誰かが拍手して、列の緊張がふっとほどける。
「ほめ言葉札ほしい!」
「おまじない札、何が出るんだろ」
「焼き菓子券当たったら最高!」
列が“流れ”始めた。
レオンは少し息を吐き、手帳に書いた。
『是正:抽選→多層景品方式に変更。列流動化。通行確保。』
そして、書きかけて止まる。
『倉庫にて、静かな会話——』
ここから先は、公文書に載せられない。
レオンはペンを置き、横にいるミアを見た。ミアは広場の人々を見て、ほっとした顔をしていた。
それが、なんだか――
祭りのど真ん中より、ずっと眩しかった。
屋台の呼び声が大きいとか、太鼓の練習が早いとか、そういういつもの祭り騒ぎではない。もっとこう――
「当たった!」
「私も当たった!」
「えっ、僕も!? えっ、全員!?」
喜びの声が、喜びのまま、だんだん恐怖に変わっていくようなざわめき。
監査課の窓際で、レオンは嫌な予感を手帳の角に挟んだまま、外を見下ろした。
広場に人だかり。真ん中に設置された、派手で可愛い抽選ブース。看板には丸文字でこう書かれている。
《にこにこ抽選会 はずれなし! 絶対当たる!》
……絶対、って書いてある。
その単語は、監査官の胃に直接くる。
「監査官、行きます?」
同僚が半笑いで言った。
「行かないという選択肢があるように見えるか?」
「ないですね」
「ない」
レオンはコートを掴み、階段を下りた。現場へ。いつものとおり。ほんとにいつものになってきているのが、悔しい。
広場に近づくほど、歓声が密度を増す。
「特賞!!」
「一等!!」
「二等!!」
「三等!!」
「参加賞も豪華!!」
――参加賞が豪華なのは別にいい。だが、特賞が出すぎている気がする。
人の列は蛇のようにうねっている。しかも、列が進まないのに解散もしない。みんな「次は何が当たるんだろう」と目を輝かせ、空気が熱を帯びている。
そして、抽選ブースの裏側。
そこには、予想どおりの光景があった。
看板娘ミアが、抽選箱の前でにこにこしている。目がきらきら。頬に今日も粉。何の粉なのかはもう聞かないことにした。
その横で、オーナーが腕を組み、勝ち誇った顔で頷いている。
そして――スタッフらしき人が、箱を抱えて青ざめていた。
「景品が……景品が足りません!!」
レオンは群衆の波を切り、ブースの前まで歩いた。誰も止めない。なぜなら監査官だからだ。王都は自由だが、監査官だけは別枠である。謎の社会契約。
ミアがレオンを見つけた瞬間、ぱあっと笑った。
「監査官さん! 今日は抽選会です!」
「見れば分かる」
「絶対当たるんです!」
「それが問題なんだよ!」
レオンのツッコミが、久々にきれいに刺さった。ミアは「え?」と首を傾げた。
「でも、“はずれなし”って、みんな幸せですよ?」
「幸せが物資を超えると混乱になる」
「物資?」
「景品だ!」
レオンがブースの裏を指差す。青ざめたスタッフが、箱を抱えたまま魂を抜いている。
「特賞の“ふわふわ王冠ぬいぐるみ”が……あと三つ……」
「さっきまで二十あったのに……」
「全員、特賞引いてます……」
ミアが、目を丸くした。
「えっ……そんなに当たる?」
オーナーが胸を張る。
「当たるとも! “絶対当たる”からな!」
「威張るな!」
レオンは手帳を開き、淡々と言った。
「抽選は確率に基づくべきだ。全員が当たるなら、抽選じゃない。配布だ」
「でもでも、外れると悲しいじゃないですか」
ミアが口を尖らせる。
その瞬間、列の先頭から悲鳴に近い声が上がった。
「特賞が……ない……?」
「えっ、嘘! 絶対当たるって……!」
「じゃあ私の当たりは……当たりじゃないの……?」
喜びが一斉に不安に変わる。列の空気がぴりっと尖る。尖った空気は、人を動かす。
――まずい。
レオンは即座に判断し、声を張った。
「列を止めろ! 今すぐ!」
ミアがびくっとして、すぐに頷く。
「は、はい! えっと、止めるってどうやって――」
「オーナー! お前、拡声貝を持ってるな!」
「あるとも! 祭りは大きいほど――」
「早く使え!」
オーナーが渋々、拡声貝を口に当てた。
「えー、皆さーん! 抽選会はただいま、景品の整理のため――」
「整理じゃない、緊急停止だ!」
「――緊急停止でーす!」
広場がどよめく。
ここで“詫びの一手”が必要だ。王都の人々は基本的に優しいが、期待が膨らみすぎると、優しさは不安に変わる。
レオンはミアを見た。ミアも、レオンを見返した。目がきらきらしていない。珍しく、焦っている。
「ミア。お前が作った“絶対当たる仕組み”を解除できるか」
「えっと……できます。できますけど……」
「けど?」
「解除すると、外れが出ます」
「それが普通だ」
「でも……」
ミアの声が小さくなる。「でも、悲しいの、いやだな」と言いかけて飲み込んだ顔。
その表情に、レオンは一拍だけ言葉を選んだ。
「悲しいのをゼロにするのは無理だ」
「……」
「だから、“悲しい”を小さくする。やり方はある」
ミアが、はっと息を吸った。
「……参加賞、増やす?」
「そうだ。あと、当たりの定義を変える」
レオンはブースの裏に目をやる。倉庫搬入の札。企画屋が使っている備品倉庫が、広場の裏手にある。そこに何かあるはずだ。あの店はいつだって、物が多すぎる。
レオンは短く言った。
「倉庫へ行く。景品を“増やす”」
「でも、増やすって魔法じゃ――」
「お前は企画屋だろ。増やすのは得意だ」
ミアの瞳が、また少し光った。だけど今度の光は、いつもの無邪気じゃない。必死の光だ。
「はい!」
レオンは人波の向こうへ視線を飛ばし、衛兵に指示を出した。
「列の外側に誘導線を作れ。通路を確保。あと、抽選ブース周辺は一時閉鎖」
「了解!」
監査官の声が通る。やりたくてやってるわけじゃない。だが、通る。
ミアとレオンは、ブースの裏から抜け出し、倉庫へ走った。
広場の喧騒が遠ざかり、石造りの倉庫の扉が目の前に現れる。扉には、あの店らしい丸文字で書かれていた。
《大事なもの(たぶん)》
たぶん、って何だ。
レオンが扉を押し開けると、ひんやりした空気が流れ出た。紙と木と布と、少しだけ甘い匂い。祭りの道具が山のように積まれている。
そして、静かだ。
広場が嘘みたいに。
二人の息だけが、倉庫の中に響いた。
「……静かだな」
レオンがぽつりと言うと、ミアが小さく笑った。
「監査官さん、静かなの、好きですか?」
「嫌いじゃない」
そう答えた自分に、レオンは少し驚いた。いつもなら「仕事中だ」と言う。だが、今は仕事中でも、静けさが必要だった。
ミアは棚を開け、箱を引っ張り出す。
「えっと、これ、余りのリボン! これ、紙吹雪! これ、ミニ風船!」
「紙吹雪は景品にするな」
「じゃあ、ミニ風船は?」
「危険度が低いなら、許容範囲だ」
レオンは倉庫の奥へ進み、別の棚を開けた。中には、小さな木箱がずらり。
箱のラベルは――丁寧すぎる字で、こう書かれていた。
《“ほめ言葉”札》
《“今日のいいこと”札》
《“おまじない”札》
レオンは眉をひそめた。
「……何だ、これ」
ミアが覗き込み、少し照れたように笑う。
「外れの人が、落ち込まないようにって。前に作ったやつです。引いたら、ちょっと元気になる言葉が書いてあるんです」
「……抽選の景品が“言葉”?」
「だめですか?」
「だめとは言ってない」
むしろ、これなら物資は尽きない。言葉は刷れる。いや、刷るための紙は必要だが、ぬいぐるみよりは現実的だ。
レオンは、箱を持ち上げた。
「これを“参加賞”にする。あと、ミニ風船。リボン。小さい焼き菓子券……あるか?」
「あります! あります!」
ミアは勢いよく別の棚を開け、束になった券を掲げた。
《香彩堂 ちいさな一口券》
……香りの焼き菓子屋台、やっぱりやってたのか。
レオンはため息をつきつつ、でもその券を受け取った。
「よし。これで“当たりの形”を増やせる」
ミアは、まだ少し不安そうだった。
「でも……特賞がもらえない人、怒りませんか」
「怒る人もいる」
「……」
「だから、言う。ちゃんと。説明する。期待を勝手に膨らませたのはこっちだ」
レオンがそう言うと、ミアは唇を噛んだ。悔しそうに。自分のせいだと思っている顔。
倉庫の静けさが、少しだけ重たくなる。
レオンは箱を抱えたまま、ミアを見た。
「……お前さ」
「はい」
「“みんなが幸せ”にしたいんだろ」
ミアは、驚いたように瞬きをした。静かな倉庫の中だと、その瞬きすら大きく見える。
「……はい。だって、祭りって、楽しいのがいいじゃないですか」
「楽しいのはいい」
レオンは言葉を区切り、少しだけ柔らかく続けた。
「でも、楽しいは、ちゃんと守らないと壊れる」
ミアの目が、きらきらに戻りそうになって――ぎりぎりで踏みとどまったような光になる。
「監査官さん、いつも怒ってるのに……」
「怒ってない」
「怒ってます」
「……怒ってるのは、壊れるのが嫌だからだ」
言ってしまった。
レオンは自分の口を疑った。こんなことを、誰かに言った記憶がない。報告書に書けないやつだ。
ミアは、少し黙ってから、ふっと息を吐いた。
「……わたし、今日、怖かった」
「……」
「“絶対当たる”って書いたの、わたしです。楽しいと思った。でも、景品が足りないって言われたとき……みんなの顔が、変わっていくのが……」
ミアは小さく首をすくめた。弱音の形。初めて見た気がした。
レオンは、箱を抱え直して言った。
「次からは、“絶対”って書くな」
「はい……」
「代わりに、“できるだけ”って書け」
「……できるだけ」
「お前なら、それでも十分人を幸せにできる」
ミアが、ぱち、と瞬きをした。
そして今度こそ、きらきらが溢れた。静かな倉庫の中で、星が灯るみたいに。
「……監査官さん、ずるい」
「何がだ」
「そういうこと言うと、わたし、また頑張っちゃう」
レオンは視線を逸らした。頬が少し熱い。香りのせいじゃない。たぶん。
「頑張るのはいい。だが、危険な方向に頑張るな」
「はい!」
返事が、いつもより少しだけ、頼もしかった。
二人は箱を抱え、倉庫を出た。広場の喧騒が一気に戻る。
レオンは衛兵に合図し、オーナーに拡声貝を渡した。
「説明しろ。今度は“詩的に盛る”な。事実だけ言え」
「むぅ……祭りの主としての腕が……」
「腕はしまえ」
オーナーが拡声貝で叫ぶ。
「皆さーん! 抽選会は“景品を追加”して再開しまーす! 特賞は数に限りがありますが、参加賞が増えました! “ほめ言葉札”と“おまじない札”と――」
人々がざわつく。だが、さっきの不安とは違う。興味のざわつきだ。
ミアが前に出て、深呼吸してから言った。
「ごめんなさい。わたし、“絶対当たる”って書きました。でも、今日の当たりは、ぬいぐるみだけじゃないです。――ここに来てくれたことも当たり。並んでくれたことも当たり。だから、当たりの形、増やしました!」
その言葉が、王都の空気にすとんと落ちた。
誰かが笑って、誰かが拍手して、列の緊張がふっとほどける。
「ほめ言葉札ほしい!」
「おまじない札、何が出るんだろ」
「焼き菓子券当たったら最高!」
列が“流れ”始めた。
レオンは少し息を吐き、手帳に書いた。
『是正:抽選→多層景品方式に変更。列流動化。通行確保。』
そして、書きかけて止まる。
『倉庫にて、静かな会話——』
ここから先は、公文書に載せられない。
レオンはペンを置き、横にいるミアを見た。ミアは広場の人々を見て、ほっとした顔をしていた。
それが、なんだか――
祭りのど真ん中より、ずっと眩しかった。
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