王都祭の企画屋さん、事故るたびに恋が進む!?

星乃和花

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5話:監査官、企画屋に“常駐“を命じられる

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翌朝、役所監査課の空気は――重かった。

いつもは紙の匂いとインクの匂いと、「また祭りか」という諦めの匂いが混ざっているのに、今日はそこへ一滴、確かな苛立ちが落ちている。

原因はもちろん昨夜の“文字花火”だ。

レオンの机の上には、書類が三種類積まれていた。
1. 市民からの投書(ほぼ恋バナ)
2. 安全管理報告(真面目)
3. 広報課からの苦情(かなり真面目)

そして一番上に載っているのが、監査課長の“にこにこしていない”顔だった。

「レオン」
「はい」

課長は、机を指でとん、と叩いた。

「君の名前が昨夜、空に出たそうだね」
「……はい」
「しかも“すき”と」
「……風向き不適合による表示逸脱です」
「逸脱が恋文になるな」

課長はため息をつき、額を押さえた。胃が痛い人の動きだ。監査課長もまた、王都という職場で鍛えられている。

「で、だ。結論から言う」
「はい」

課長は、書類を一枚、すっと差し出した。

そこには、朱印つきでこう書かれている。

《監査課臨時命令:企画屋「にこにこ企画堂」への監査官常駐を命ずる》

レオンは、紙を見たまま、静かに息を吐いた。

「……常駐」
「そう。常駐」

課長は淡々と言った。淡々と言うあたり、もう笑う余裕がない。

「この店、放置すると王都が終わる」
「……大げさでは」
「大げさじゃない。君も分かっているはずだよ」

風船。香り。抽選。花火。

直近で、王都の空と鼻と心と空気が危なかった。

レオンは“反論のための論理”を探そうとしたが、探すほど、自分の中で証拠が積み上がるだけだった。

「……承知しました」

そう言うしかない自分が悔しい。

だが、監査官は仕事を拒否しない。拒否できない。王都だから。

「よろしい」
課長は少しだけ目を細めた。
「あと、君が常駐することで、店側も“監査と仲良し”を演出するだろう。そこは絶対に流されないように」
「……心得ています」

流されない。

香りで幸せになってしまった監査官が何を言う。

レオンは心の中で自分にツッコミを入れながら、紙を受け取って立ち上がった。

 *ーーー*

にこにこ企画堂の前は、今日も明るかった。

朝の光。看板。店先に積まれた道具。紙吹雪筒。風船の袋。香りの瓶(見える位置には置くな)。そして、当たりすぎ抽選会で使った「ほめ言葉札」の箱。

――片付けてない。

レオンが扉を開ける前に、店の中から声が飛んできた。

「監査官さーーん!!」

ミアだった。

扉が開いた瞬間、彼女が飛び出してきて、両手を大きく振る。今日の頬の粉は少なめ。少し学んだらしい。

「おはようございます! 昨日の花火の件、改めてごめんなさい! あと、今日の企画は“地上”です! 空は使いません!」
「まずはそこからだな」

レオンが言うと、ミアは胸を張った。

「はい! わたし、成長してます!」
「成長の方向が不安だ」

店の奥から、のそのそとオーナーが現れた。相変わらずいい顔をしている。いい顔が腹立たしい。

「おお! 来たか、監査官! 今日も祭りを――」
「大きくするな」
「――大きくしない!」

オーナーは言い直しながら、なぜかニヤニヤした。

「いやあ、ちょうどよかった。実はな、うちに“監査官席”を用意したのだ」
「……何を用意した?」
「監査官席!」

二回聞いても嫌な予感しかしない。

レオンが店内へ入ると、すぐに“それ”が見えた。

店の真ん中。ちょうど、作業台と客用カウンターの間。

そこに――

一脚の椅子が置かれていた。

ただの椅子ではない。

背もたれに、金の縁取り。座面は謎にふかふか。肘掛けつき。しかも、椅子の後ろに小さな旗が立っている。

旗には、丸文字でこう書かれていた。

《監査官さま専用席 逃げ場なし》

……逃げ場なし?

レオンは、ゆっくり旗を見て、ゆっくりミアを見て、ゆっくりオーナーを見た。

「……誰が書いた」
ミアが、すっと目を逸らした。
「……えへへ」
「お前か」
「オーナーさんが“面白いから”って!」
「面白くない」

オーナーが誇らしげに頷いた。

「監査官が常にここにいれば、我々は最強だ! 祭りが合法になる!」
「合法にする努力をそっちがしろ」

レオンは椅子の前へ歩き、椅子の周りをぐるりと見た。

机がある。書類用の板。インク壺。ペン。なぜか、ちいさな鈴(監査官が鳴らすと誰かが寄ってくる仕組みらしい)。そして――

小さな札。

《本日の監査官ご機嫌:良/普/悪》

「……これも誰が」
ミアがさらに目を逸らす。
「……かわいくしたくて」
「監査官をかわいくするな」

レオンが言うと、ミアはあからさまに嬉しそうに笑った。

「監査官さん、“かわいくするな”って言う時、ちょっとかわいいです」
「言うな」

オーナーが拍手した。

「よし! では本日より、監査官は当店の守護――」
「守護じゃない。監督だ」
「監督! 監督! いい響きだ!」

話が通じない。

レオンは、手帳を出し、淡々と宣言した。

「今日から俺はここに常駐する。理由は単純だ。この店の企画が王都の交通・安全・行政信頼に与える影響が大きすぎる」
ミアが目を輝かせる。
「影響力あるってことですね!」
「褒めてない」

オーナーが背中を叩く。

「そうだ! 褒め言葉は札にして配ればいい!」
「配るな」

レオンは深呼吸をして、命令書を机に置いた。

「俺はこの席で、企画の申請内容を事前確認する。勝手に実施したら即停止。違反したら営業停止も視野に入れる」
「営業停止!?」

ミアが青くなる。

――効く。営業停止は効く。

レオンは冷静に頷いた。

「だから、やる前に言え。全部」
「はい……」
「あと、“空”と“香り”と“絶対”は禁止に近い」
「絶対禁止?」
「その言い方もやめろ」

ミアはしゅんとしながらも、すぐにノートを開いてメモを取り始めた。真面目にやればできるタイプなのがまた困る。危険な方向に天才なのだ。

レオンが席に座ろうとすると、ミアがすっと椅子の後ろに回った。

「座る時、椅子引きます!」
「いらない」
「常駐ですから! 常駐の初日ですから!」
「……常駐ってそういう意味じゃない」

ミアはにこにこしながら、椅子を少しだけ引いた。

レオンは、仕方なく座った。

ふかふかだった。

腹が立つほどふかふかだった。

座った瞬間、店内がぱあっと拍手する雰囲気になった。誰も拍手してないのに、空気が拍手している。王都の空気はときどき勝手に盛り上がる。

オーナーが満足そうに言う。

「よし! これで逃げ場なしだな!」
「旗にするな」

ミアが、レオンの机の端に小さな皿を置いた。

皿の上には、焼き菓子が一つ。香りは控えめ。控えめなのに、ちゃんとおいしそう。

「えっと……業務、頑張ってください。これ、合法のやつです」
「合法のやつ、って言い方が怖い」
「ちゃんと申請します!」

レオンは焼き菓子を見て、ミアを見る。

「……俺を甘やかして、監査を緩めようとしてないか」
ミアが目を丸くした。
「えっ、そんな策士じゃないです! ただ……監査官さん、ここにいると疲れるかなって」
「疲れる」
「ですよね!」

ミアが即答したのが、なぜか少し可笑しかった。

レオンは小さく咳払いをして、ペンを取った。

「では最初の案件。今日の企画は何だ」
ミアがぱっと姿勢を正す。

「はい! 今日の企画は――“ゆるかわ迷子札・改”です! 大人も迷子になるやつ!」
「……大人を迷子にするな」
「違います! “迷子にならない”やつです! たぶん!」

たぶん、が出た瞬間、レオンの眉間が寄った。

オーナーが横から口を挟む。

「ついでに全域イベントに――」
「するな」
「――しない!」

ミアが両手で企画書を差し出してくる。紙は丁寧。字がきれい。タイトルの横には、小さく星のマーク。なぜ星のマーク。可愛いからだろう。可愛いのが腹立つ。

レオンは企画書を受け取り、視線を落とした。

そして気づく。

ミアの指先が、ほんの少しだけ、レオンの手に触れていた。

触れたまま、彼女は気づいてない顔をしている。無自覚だ。危険だ。

レオンは、企画書だけをすっと引いて距離を取った。

仕事。これは仕事。

だが、耳の奥が少し熱い。

昨夜の“すき”が、まだ空に残っている気がして悔しい。

「……よし。審査する」
「はい!」

ミアはきらきらしている。

レオンはその光を、監査官として“危険な輝度”と判定し、手帳に小さく書いた。

『常駐初日。逃げ場なし。』

そして、その下に、書きかけてやめる。

『——でも、悪くない』

書けない。

報告書には、絶対に書けない。

レオンはペンを置き、仕事の声で言った。

「まず結論。お前たちは、勝手に始めるな」
「はい!」
「勝手に盛るな」
「はい!」
「勝手に空を使うな」
「はい!」

ミアが元気よく返事をするたび、店の中が少しだけ明るくなる。

監査官は、逃げ場がない。

でも――

この店が“終わる”のを、少しだけ惜しいと思ってしまう自分がいる。

それが一番、厄介だった。
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