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第四話 「撤収後」
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私
朗読会の当日、店はいつもより少しだけ“息をしている”みたいだった。
本の匂いに、人の声が混ざって、カップの音が小さく鳴る。
私は受付で笑って、案内して、笑って、案内して――
その合間に、奥の扉のほうを何度も見てしまう。
彼は、そこにいた。
黒っぽい服。袖をまくって、淡々と道具を運ぶ。
人と目を合わせないのに、人の動きだけは全部見ている。
会場の椅子の間隔。マイクの位置。
資料の順番。付箋の色。
すべてが、彼の静けさの中に収まっている。
「すごいね……」
思わず漏らすと、横にいた常連さんが言った。
「裏の彼、ほんと有能よね。冷たそうに見えるけど、気が利くのよ」
私は笑って頷いた。
冷たいんじゃない。怖がりなだけ。
そして、優しさを“気が利く”に偽装するのが上手い。
朗読会は、想像以上にうまくいった。
読み手の声が落ち着いていて、客席も静かで、みんな、ちゃんと物語の中に入っていた。
最後に拍手が起きたとき、私は少しだけ息を吐いた。
あぁ、終わった。
終わった……けど。
撤収がある。
私は気合いを入れ直して、奥へ向かった。
扉を開けると、彼はもう“撤収の手順”に入っていた。
椅子を重ねる順番まで決まってる。怖いくらいに決まってる。
「おつかれさま」
声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見た。
「……おつかれさまです」
言い方が、いつもより少しだけ柔らかい。
「今日は、本当に助かった。配置も資料も……全部」
私がそう言うと、彼はすぐ、いつもの防衛に移行しようとした。
「共同作業、なので」
「うん。共同作業」
私はその言葉を返して、わざと軽く笑った。
「……それでも言うよ。ありがとう」
ありがとう、は点数じゃない。
貸し借りでもない。
ただ、言いたいから言う。
彼は少し黙ってから、小さく頷いた。
「……どういたしまして」
その返事の仕方が、ちょっとだけ“慣れてきた”感じで、胸がきゅっとなる。
撤収は、思ったより体力を使った。
終わった安心感のあとに、腕と肩の重さがずしんとくる。
私は段ボールを持ち上げた瞬間、思わず顔をしかめた。
「……重っ」
その瞬間、彼の手が伸びてきて、私の段ボールをすっと受け取った。
「それ、僕が」
「え、でも――」
「効率です」
出た。効率。
しかも、言い切り。
私は笑いそうになって、口元を押さえた。
「じゃあ、効率のために、私も軽いの持つ」
「……お願いします」
彼は段ボールを運びながら、ちらっと私の手元を見た。
私が無理していないか、確認するように。
撤収がひと段落した頃、時計はもう夜に近づいていた。
私はファイルを抱えたまま、ふと彼を見る。
彼は疲れた顔をしていない。疲れているのに、表に出していない。
この人は、たぶん“疲れた”を口にすることも、点数に換算してしまう。
「……ね」
私は声を落として、軽く聞く。
「撤収後、飲み物、行く?」
彼の動きが、一瞬だけ止まった。
それから彼は、机の端に挟んでいたメモを指で押さえた。
「……予定通りです」
予定通り。
え、待って。
それ、私よりちゃんと覚えてるやつだ。
私は笑ってしまった。
「うん。予定通り。効率、ね」
彼はほんの少しだけ目を伏せて、頷いた。
「……効率です」
でもその声が、今日いちばん優しかった。
朗読会の当日、店はいつもより少しだけ“息をしている”みたいだった。
本の匂いに、人の声が混ざって、カップの音が小さく鳴る。
私は受付で笑って、案内して、笑って、案内して――
その合間に、奥の扉のほうを何度も見てしまう。
彼は、そこにいた。
黒っぽい服。袖をまくって、淡々と道具を運ぶ。
人と目を合わせないのに、人の動きだけは全部見ている。
会場の椅子の間隔。マイクの位置。
資料の順番。付箋の色。
すべてが、彼の静けさの中に収まっている。
「すごいね……」
思わず漏らすと、横にいた常連さんが言った。
「裏の彼、ほんと有能よね。冷たそうに見えるけど、気が利くのよ」
私は笑って頷いた。
冷たいんじゃない。怖がりなだけ。
そして、優しさを“気が利く”に偽装するのが上手い。
朗読会は、想像以上にうまくいった。
読み手の声が落ち着いていて、客席も静かで、みんな、ちゃんと物語の中に入っていた。
最後に拍手が起きたとき、私は少しだけ息を吐いた。
あぁ、終わった。
終わった……けど。
撤収がある。
私は気合いを入れ直して、奥へ向かった。
扉を開けると、彼はもう“撤収の手順”に入っていた。
椅子を重ねる順番まで決まってる。怖いくらいに決まってる。
「おつかれさま」
声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見た。
「……おつかれさまです」
言い方が、いつもより少しだけ柔らかい。
「今日は、本当に助かった。配置も資料も……全部」
私がそう言うと、彼はすぐ、いつもの防衛に移行しようとした。
「共同作業、なので」
「うん。共同作業」
私はその言葉を返して、わざと軽く笑った。
「……それでも言うよ。ありがとう」
ありがとう、は点数じゃない。
貸し借りでもない。
ただ、言いたいから言う。
彼は少し黙ってから、小さく頷いた。
「……どういたしまして」
その返事の仕方が、ちょっとだけ“慣れてきた”感じで、胸がきゅっとなる。
撤収は、思ったより体力を使った。
終わった安心感のあとに、腕と肩の重さがずしんとくる。
私は段ボールを持ち上げた瞬間、思わず顔をしかめた。
「……重っ」
その瞬間、彼の手が伸びてきて、私の段ボールをすっと受け取った。
「それ、僕が」
「え、でも――」
「効率です」
出た。効率。
しかも、言い切り。
私は笑いそうになって、口元を押さえた。
「じゃあ、効率のために、私も軽いの持つ」
「……お願いします」
彼は段ボールを運びながら、ちらっと私の手元を見た。
私が無理していないか、確認するように。
撤収がひと段落した頃、時計はもう夜に近づいていた。
私はファイルを抱えたまま、ふと彼を見る。
彼は疲れた顔をしていない。疲れているのに、表に出していない。
この人は、たぶん“疲れた”を口にすることも、点数に換算してしまう。
「……ね」
私は声を落として、軽く聞く。
「撤収後、飲み物、行く?」
彼の動きが、一瞬だけ止まった。
それから彼は、机の端に挟んでいたメモを指で押さえた。
「……予定通りです」
予定通り。
え、待って。
それ、私よりちゃんと覚えてるやつだ。
私は笑ってしまった。
「うん。予定通り。効率、ね」
彼はほんの少しだけ目を伏せて、頷いた。
「……効率です」
でもその声が、今日いちばん優しかった。
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