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第六話 「増える」
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僕
朝、目が覚めたときから、胸の中が落ち着かなかった。
理由は分かっている。
彼女が来るかどうかが、分からなかったからだ。
昨日、「来てほしい」と言った。
彼女は「行くよ」と言った。
言ったのに、僕は信じきれない。
子どもの頃、約束はよく変わった。
忙しい、と言われる。仕方ない、と言われる。
“いい子”は待つものだと、いつも教えられた。
だから僕は、待つ準備をする。
もし来なかった時に、心が崩れないように。
……でも今日は、崩れそうだった。
だから僕は、カップを二つ用意した。
粉を入れて、湯を注いで、少しだけ置いた。
熱すぎない温度にするために、逆算した。
逆算は得意だ。
点数の世界で生きてきたから。
けれど、今日は点数じゃない。
“来たらすぐ渡したい”という、ただの欲だ。
それが怖くて、僕は扉の横に立っていた。
机に向かうと、待ってるのがバレる気がした。
ノックの音がして、心臓が跳ねた。
彼女が入ってきた瞬間、胸の中の針が、少しだけ溶けた。
――来た。
その事実だけで、僕はもう十分だと思った。
思ったのに、口が勝手に動いた。
「来てくれて、助かります」
助かりますは便利だ。
欲を隠せる。
でも本当は、こう言いたかった。
来てくれて、うれしい。
来てくれて、足りる。
彼女がカップを受け取って、「嬉しい」と言った。
僕の胸が、熱くなった。
嬉しいと言われると、僕は落ち着かない。
返礼の針が動く。
でも今日は、その針を“制度”にしなかった。
僕はただ、頷いた。
「よかった」
それだけでいい。
今日はそれだけでいい。
作業をしながら、彼女が背伸びをした。
届かない、と言った。
僕の体が勝手に動いていた。
箱を取って、渡した。
彼女が「共同作業、助かります」と言った。
その言葉が、僕の中で静かに響いた。
返礼じゃない。
点数じゃない。
対等。
対等は、怖い。
だって、対等なら、僕がいなくてもいいはずだから。
……でも彼女は、ちゃんと僕を見ている。
僕は少しだけ、欲を足してみた。
「今日、どれくらいまで居られますか」
質問の形にした。
欲を“確認”に包んだ。
それでも、昨日の僕よりは前に出ている。
彼女は「区切りがつくまで」と言った。
僕も「同じです」と言った。
同じです、と言った瞬間、胸が少しだけ落ち着いた。
――同じなら、僕が欲しがってもいい。
そう思ってしまった自分が、怖いのに、嬉しい。
作業が進む。
棚が整う。
数字が揃う。
でも、今日いちばん整っていくのは、僕の中の何かだ。
“今日の分”が、昨日より増えている。
増えているのに、怖くない。
怖いはずなのに、逃げたいほどではない。
むしろ――
減るのが怖い。
その怖さを、僕はまだ言えない。
だから、もう一つだけ小さな主導を足した。
「……昼、何か食べますか」
彼女が顔を上げた。
「え、いいの?」
「……効率です」
言い訳を使った。
でも、今日は少しだけ本音も混ざっている。
“食べてほしい”。
彼女は笑って頷いた。
「うん。じゃあ、ちょっと休憩しよ」
休憩。
彼女が“頑張りすぎる”前に止められた。
それが、昨日の僕が欲しかった主導だ。
僕は胸の奥で、小さく思った。
――増えるのは、今日の分だけじゃない。
僕の“言えること”も、少しずつ増えている。
朝、目が覚めたときから、胸の中が落ち着かなかった。
理由は分かっている。
彼女が来るかどうかが、分からなかったからだ。
昨日、「来てほしい」と言った。
彼女は「行くよ」と言った。
言ったのに、僕は信じきれない。
子どもの頃、約束はよく変わった。
忙しい、と言われる。仕方ない、と言われる。
“いい子”は待つものだと、いつも教えられた。
だから僕は、待つ準備をする。
もし来なかった時に、心が崩れないように。
……でも今日は、崩れそうだった。
だから僕は、カップを二つ用意した。
粉を入れて、湯を注いで、少しだけ置いた。
熱すぎない温度にするために、逆算した。
逆算は得意だ。
点数の世界で生きてきたから。
けれど、今日は点数じゃない。
“来たらすぐ渡したい”という、ただの欲だ。
それが怖くて、僕は扉の横に立っていた。
机に向かうと、待ってるのがバレる気がした。
ノックの音がして、心臓が跳ねた。
彼女が入ってきた瞬間、胸の中の針が、少しだけ溶けた。
――来た。
その事実だけで、僕はもう十分だと思った。
思ったのに、口が勝手に動いた。
「来てくれて、助かります」
助かりますは便利だ。
欲を隠せる。
でも本当は、こう言いたかった。
来てくれて、うれしい。
来てくれて、足りる。
彼女がカップを受け取って、「嬉しい」と言った。
僕の胸が、熱くなった。
嬉しいと言われると、僕は落ち着かない。
返礼の針が動く。
でも今日は、その針を“制度”にしなかった。
僕はただ、頷いた。
「よかった」
それだけでいい。
今日はそれだけでいい。
作業をしながら、彼女が背伸びをした。
届かない、と言った。
僕の体が勝手に動いていた。
箱を取って、渡した。
彼女が「共同作業、助かります」と言った。
その言葉が、僕の中で静かに響いた。
返礼じゃない。
点数じゃない。
対等。
対等は、怖い。
だって、対等なら、僕がいなくてもいいはずだから。
……でも彼女は、ちゃんと僕を見ている。
僕は少しだけ、欲を足してみた。
「今日、どれくらいまで居られますか」
質問の形にした。
欲を“確認”に包んだ。
それでも、昨日の僕よりは前に出ている。
彼女は「区切りがつくまで」と言った。
僕も「同じです」と言った。
同じです、と言った瞬間、胸が少しだけ落ち着いた。
――同じなら、僕が欲しがってもいい。
そう思ってしまった自分が、怖いのに、嬉しい。
作業が進む。
棚が整う。
数字が揃う。
でも、今日いちばん整っていくのは、僕の中の何かだ。
“今日の分”が、昨日より増えている。
増えているのに、怖くない。
怖いはずなのに、逃げたいほどではない。
むしろ――
減るのが怖い。
その怖さを、僕はまだ言えない。
だから、もう一つだけ小さな主導を足した。
「……昼、何か食べますか」
彼女が顔を上げた。
「え、いいの?」
「……効率です」
言い訳を使った。
でも、今日は少しだけ本音も混ざっている。
“食べてほしい”。
彼女は笑って頷いた。
「うん。じゃあ、ちょっと休憩しよ」
休憩。
彼女が“頑張りすぎる”前に止められた。
それが、昨日の僕が欲しかった主導だ。
僕は胸の奥で、小さく思った。
――増えるのは、今日の分だけじゃない。
僕の“言えること”も、少しずつ増えている。
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