今日の分を、あなたに

星乃和花

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第八話 「外の今日の分」

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彼が袖をつまんだ瞬間、胸の奥が静かに熱くなった。

手をつなぐ、じゃない。
でも、つながってる。

この人の主導って、いつもそうだ。
大げさに奪わない。
でも、確実に“離れない”を作る。

私はそれが嬉しくて、怖い。

嬉しいのは、わかりやすい。
怖いのは――この恋が、ちゃんと“進む”からだ。

彼の歩幅が少しだけ小さくなって、私に合わせる。
声を張らずに、行き先だけ示す。

「混んでないので」

相変わらずの言い訳。
でも今日は、その言い訳の奥に“連れていきたい”が透けて見える。

角を曲がった先に、小さな公園があった。
ベンチと自販機だけの、静かな場所。
街の音が少し遠くなる。

彼はベンチの端を指さした。

「……ここ」

「うん」

座ると、彼は少し離れて座った。
離れているのに、さっきの袖の端の感触が残っている。

私は缶を両手で包んで、息を吐いた。

「ここ、いいね。落ち着く」

彼は頷いた。

「……落ち着く場所を選びました」

言い訳がない。
選びました、って言った。
私のために。今日の分のために。

私は笑って言った。

「ありがとう。迎えられるの、慣れてないって言ったけどさ」

彼が一瞬、こちらを見る。

「……はい」

「慣れなくていいって言われたの、まだ胸に残ってる」

言ってしまった。
重いかな、と一瞬思う。
でも、彼は逃げなかった。

少しだけ息を吐いて、言った。

「……残ってて、いいです」

その言い方が、やけに真面目で。
私は缶を握り直して、素直に言った。

「うん。残す」

沈黙が落ちる。
公園の風が、髪を少し揺らす。
沈黙が怖くないのは、彼の沈黙が拒絶じゃないから。

それでも私は、彼の横顔を盗み見てしまう。
外の光の中だと、彼の表情が少しだけ柔らかい。

「ねえ」

私が呼ぶと、彼は「はい」と返す。
この返事が、最近ちょっと速い。
待たせない返事。

「今日の分、足りた?」

彼の指が、缶の縁をそっとなぞった。

「……足りました」

即答じゃない。
考えて、選んで出した答え。

私は胸があたたかくなって、笑った。

「よかった」

その瞬間、彼が小さく眉を寄せた。

「……でも」

「ん?」

彼は視線を少し落として、言った。

「……足りた、のに。終わるのが、嫌です」

胸が、きゅっと縮む。

終わるのが嫌。
それはもう、効率じゃない。
共同作業でもない。
ただの、欲。

私は息を整えて、ちゃんと受け取る練習をする。

「……終わるの、嫌なんだ」

彼が小さく頷く。

「……はい」

私は少しだけ笑って、逃げ道も置く。

「じゃあ、あと少しだけ、ここにいよう。寒くなる前まで」

彼の肩が、ほんの少しだけ下がった。
安心したみたいに。

「……はい。寒くなる前まで」

同じ言葉を、繰り返す。
彼の確保の仕方だ。
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