星灯バザールの約束(次期頭首を目指す彼と健気な店員)

星乃和花

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序章 数字は足りているのに

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 星灯(ほしび)一族の本家は、王都の少し高い丘の上に建っている。
 夜になれば屋根に埋め込まれた魔灯が星座のように浮かび上がり、「星灯バザール」の名を国中に知らしめる象徴だ。

 けれど、今リオンが見ているのは、そのきらびやかな外観ではない。
 長卓いっぱいに広げられた、冷たい数字の羅列だった。

「――以上が、今月の各店舗の成績です」

 執事役の文官が、魔写板に映した表を指し示す。
 浮かび上がった光の板には、売上高、利益率、在庫回転、客数、あらゆる指標がびっしりと並んでいた。

「相変わらずだな、ノエル」

 卓の一番上座で、現頭首である父が低く笑う。
 陽気な長兄ノエルの名の横には、揺るがない「一位」の印が灯っている。

「光栄です、父上」

 ノエルは微かに頭を下げるだけで、ほとんど表情を動かさない。
 数字は語る。余計な言葉はいらない、とでも言いたげだった。

 その右隣。
 「三位」の欄に、三男リオンの店の名が光っている。

(……悪くは、ない)

 星灯グループの中で三位。
 普通の商人であれば、胸を張っていい数字だろう。売上も利益も、前期から順調に伸びている。

 だが、この家で「三位」は、褒め言葉にはならない。

「リオン」

 父の視線がこちらを射抜く。
 名を呼ばれた瞬間、背筋に小さな緊張が走った。

「はい」

「売上、利益ともに悪くない。だが――」

 父は指先で魔写板の一部分を拡大する。
 光の数字が一列、強調されて浮かび上がった。

「滞在時間と、再訪率。ここが弱いな」

 客一人あたりの平均滞在時間。
 来店から何日以内に、再び訪れているかを示す数字。

 そこだけが、他店舗より少し低かった。

「お前の店は“買い物には便利”だ。だが、“長居したくなる店”には、まだなっていないらしい」

 淡々とした父の声が、じわりと胸に染みる。

「……改善します」

 そう答えるしかない。
 リオンは無意識に拳を握り締めた。

 長卓の反対側から、陽気な笑い声が飛んでくる。

「まあまあ」

 肩をすくめたのは、さっきまで厳かにしていた長男ノエルだ。
 明るい金髪を雑に結い、派手な刺繍入りの上着をひらひらさせている。

「今に追い抜くよ、な? だってリオン、真面目ちゃんだから」

 茶化すような一言に、リオンの眉がぴくりと動く。

「真面目にやるのは、商人として当然だ」

「そうそう、その“当然”を崩したくなるんだよなあ、俺は。祭りでも、店でもさ」

 ノエルは朗らかに笑い、魔写板の別の欄を指さす。

「でさ、父上。今、隣町の市場が“おもしろい”って噂なんだ。数字はまだだけど、やたらと『楽しい』『また行きたい』って声が多いらしい」

「ほう?」

 父の視線が、今度はノエルに移る。

「楽しい、か」

「ええ。うちの客が何人か、わざわざ言うんですよ。“星灯バザールさんの店は便利だけど、隣町のあそこはなんだか楽しくて”って」

 ノエルは、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「ねえリオン。三位の優等生さんは、こういう噂、気にならない?」

「……仕入れ先か、値引き幅の違いだろう」

 リオンは短く答える。

「一度様子を見に行きたいとは思っている」

「ほら、やっぱり真面目。すぐ“様子見”だ」

 くつくつと笑うノエル。
 隣では、過保護な長女マリアンヌが小さくため息をついている。

「ノエル、からかうのはやめなさい。……でも、リオン。従業員の負担はきちんと見てあげている?」

「もちろんだ」

「あなた、数字が伸びると無意識に仕事を詰め込むから。現場が疲れきってしまっては意味がないのよ」

 マリアンヌの言葉に、リオンは一瞬言葉を詰まらせる。

 その様子を、冷静な次男ユリウスが横目で見ていた。
 のんびりした四男フェリオですら、いつものように天然発言を繰り出さなかった。

「いずれにせよ」

 父の、一段低い声が会議室に落ちる。

「次期頭首は、数字で決める。これは変わらん」

 静まり返る空気。

「売上と利益はもちろん、今後は『店ごとの強み』も指標に加えるつもりだ。星市――次の満天祭で、その片鱗を見せてもらう」

 星市。
 満天の星がよく見える季節に一度だけ開かれる、大規模な夜の市。
 各店舗が企画を出し、集客と工夫を競う、一族にとって最重要イベントだ。

「星市の結果は、次期頭首の選抜に大きく影響する。……覚悟しておけ」

 そう言って、父は会議を締めくくった。

 解散の声がかかり、椅子が引かれる音が連なって響く。
 ざわめきの中で、リオンは魔写板の数字から、しばらく目を離せなかった。

(売上も、利益も、足りている。だが――)

 滞在時間の欄だけ、ぽっかりと穴のように見える。

(何かが足りない)

 ――完璧なはずなのに。

 喉の奥に、言葉にならない違和感がひっかかっていた。

 会議室を出るとき、ノエルが肩を叩いてくる。

「そういえばさ、さっき言ってた隣町の市場。今度、視察がてら覗いてみたら?」

「視察の予定は前から立てている」

「へえ、さすが。じゃあ、ひとつだけ教えとく」

 ノエルはひそひそ声で耳打ちした。

「どうやらね、“売場にいると、なんだか元気になる”らしいよ。別に派手な魔法が飛び交ってるわけでもないのにさ。――そういうの、好きだろ?」

 リオンは、少しだけ目を細める。

「結果として、数字が伸びるならな」

「真面目~」

 軽口を背に受けながら、リオンは本家を後にした。

 丘の上の廊下から見える夜空には、星がいくつも瞬いている。
 その光を見上げながら、彼は心の中でひとつ決めた。

(明日、隣町へ行こう)

 数字に現れない「何か」を、確かめに。

 完璧なはずの店からこぼれ落ちている、足りないひと欠片を探すために。

 胸の奥で、競争心と、うっすらとした期待が、小さく混じり合っていた。
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