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終章 星見の広場で交わす、図々しい未来予想図
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表彰額が届いたのは、
少し風の冷たい、晴れた朝だった。
「店長、きました。“割れ物注意”と“星のマーク”です」
バックヤードまで運ばれてきた大きな木箱を見て、
カイが目を輝かせる。
「星のマークつきということは……」
「本部からの、正式なやつですね」
ミラも、ごくりと喉を鳴らした。
星見賞の証書は仮の紙で受け取っていたけれど、
「額に入った本物」が届くのは、今日が初めてだ。
「よし、開けるぞ」
リオンが工具を手に、手際よく木箱を解体していく。
釘が抜かれるたび、
胸のどきどきも少しずつ強くなっていくようだった。
やがて、白い緩衝材の向こうから、
深い紺色の額縁が姿を現す。
その中心には、
星灯バザール本部の紋章と――
『星見賞
王都支店 星見の広場 ― 顔の見える灯りをともした功績を讃えて ―』
金の文字が静かに輝いていた。
「……きれい」
ミラは、思わず息を呑む。
魔灯の光を受けて、
額の表面に細かな星の粒のような煌めきが浮かび上がる。
「これが、星見の広場の“顔”になるわけですね」
カイがしみじみ眺める。
「どこに掛けます?」
「決まっている」
リオンは、迷いなく答えた。
「星見の広場だ。
“おつかれさま棚”の、真正面の柱」
◇
開店前の星見の広場。
まだ客のいない静かな空間に、
いつもの星空だけが優しく瞬いていた。
ベンチの向かいにある太い柱は、
これまで特に飾りのない、素っ気ない木目のままだった。
「ここに――」
リオンが、額を持って立つ。
「ここに、掛けたい」
ミラは、少し離れた場所からその光景を見ていた。
(星見の広場の真ん中に、“星見賞”)
不思議な重なり方が、胸の奥をくすぐる。
「ミラ」
「は、はい」
「少し抑えていてくれ」
言われるままに、ミラは額の下端に手を添える。
柱越しに、リオンの指先と熱が伝わってくる。
釘を打ち込み、吊り金具を固定する音が、
星見の広場に小さく響いた。
最後の釘が打ち終わり、
手を離す。
星見賞の額が、
ぴたりと柱の真ん中に収まった。
「……似合ってます」
ミラは、思わず笑みをこぼした。
星空と、POPの文字と、星型のお菓子と。
その真ん中に、
新しい“星”がひとつ増えたように見える。
「よし」
リオンは、星見の広場を見渡し、
小さく頷いた。
「では、ささやかながら――」
彼は、くるりと振り返る。
「表彰式をする」
「えっ」
気づけば、周りには
青果、惣菜、日用品の担当たちが集まっていた。
「え、え、聞いてません……!」
「今決めた」
リオンは、さらりと言ってしまう。
「王都支店・星見の広場、“棚精”ミラ」
呼ばれて、
ミラはおそるおそる一歩前に出た。
「星市、およびその後の日々において、
“顔の見える灯り”を作った功績を称え――」
「店長、なんかそれっぽいですね」
誰かが小声でつぶやき、笑いが起きる。
リオンは咳払いひとつでそれを収めると、
額の下に手を添えた。
「……簡単に言う」
すこしだけ、言葉を変える。
「お疲れさま。
よく、ここまで座って、見て、考えてくれた」
ミラの喉の奥が、じんと熱くなる。
「星見賞の額は、
星見の広場と“棚精”への贈り物だ」
「わたしにも、ですか?」
「もちろんだ」
リオンは、ごく自然に言う。
「君がここで灯した“おつかれさま”に、
本部が“見えている”と返してきた証だ」
「必要だ」と言われた日のことが思い出されて、
胸がきゅうっと縮む。
同時に、
あの事務室で渡された紙とはまったく違う意味の「紙」が、
今ここにあるのだと、改めて実感した。
「じゃあ皆さん、拍手を」
カイの合図で、
星見の広場に大きな拍手が広がる。
ミラは、どうしていいかわからずに
ぺこぺこと頭を下げた。
「ありがとうございます。
あの、その……」
言おうとして、
いつもの癖で口が滑りかける。
「もっと頑張――」
「それは禁止だ」
リオンが、いつもの調子でぴしゃりと遮る。
「今日のところは“よく頑張りました”までだ。
あと一歩は、明日の棚に取っておけ」
笑いが起こる。
ミラは、頬の熱を隠すように、
「はい」とだけ答えた。
◇
その日の閉店後。
レジの灯りが落とされ、
各部門が静かになっていく中で。
星見の広場だけは、
特別に星空を少しだけ明るくしていた。
額縁の金色が、
魔灯の光を受けてやわらかく光る。
「……すごいですね」
ミラは、ベンチに腰掛けながら見上げた。
「本当に、ここに掛かってる」
「実感が湧くのは、いつも少し遅れてくるものだ」
隣に立つリオンが、
ベンチの背に片腕をかけた。
「ミラ」
「はい」
「もう一つ、渡すものがある」
そう言って、懐から一通の封筒を取り出す。
星灯バザール本部の印章と、
王都支店の刻印が並んで押されている。
封を切ると、中から厚手の紙が現れた。
『雇用契約更新のお知らせ
職務:星見の広場および関連売場の専任担当』
ミラの名前が、しっかりと印字されている。
「専任……」
「つまり、“棚精”が正式な役職になった」
リオンは、少しだけ得意げに言った。
「本部にだいぶ粘ったからな。
“売場づくり専門職”として予算枠を確保した」
「そんな、わたしのために――」
「違う」
リオンは、すぐに首を振る。
「星見の広場のためだ。
それから、これから作るかもしれない他の“顔の見える棚”のため」
一拍置いてから、続ける。
「その最初の担当者に、
君の名前が載っているだけだ」
ミラは、紙を両手で包むように持った。
前の店で受け取った解雇通知も、
紙一枚だった。
でも、
ここに書かれた内容は、
あの日の紙とはまるで正反対だ。
(“もう来なくていい”じゃなくて――)
『ここにいてほしい』
そう書いてあるように見えた。
「……ありがとうございます」
胸の奥から、静かに言葉がこぼれる。
「図々しく、“ここにいたい”って言い続けて、
よかったです」
「ああ」
リオンは、星空を見上げたまま答えた。
「図々しいくらいが、ちょうどいい」
◇
しばらく、ふたりで星空と額を眺めていた。
やがて、
リオンがふいに口を開く。
「ミラ」
「はい?」
「俺は――」
星空の光が、
彼の横顔に淡い影を作る。
「この先、
父上の言う“頭首レース”から降りるつもりはない」
ミラは、目を瞬いた。
(やっぱり、諦めてないんだ)
家族会議でのやりとりを思い出す。
売上一位のノエル、
指標一位のリオン。
そして、
「単年だけでは決めない」と言ったオルフェ。
「……怖くないんですか」
気づけば、問いが口から出ていた。
「もし、勝てなかったらとか。
周りをがっかりさせてしまうかもしれないとか」
「怖くないと言えば嘘になる」
リオンは、素直に言った。
「だが、“怖いからやらない”ではなく、“怖いままやる”ほうを選ぶ」
星見の広場の棚を、
ぐるりと見渡す。
「その代わり、
前よりずっと、想像できるようになった」
「想像?」
「もし俺が、星灯の頭首になれたとしたら」
一瞬だけ、視線がミラに触れる。
「どれだけ数字を伸ばしても、
どれだけ店舗を増やしても」
静かな声だった。
「どこかに一つは、
こういう“図々しい棚”を残せる頭首でいたい」
“ここに来ていい”と、
先に言ってしまえる店。
“生き延びた”ことを祝う棚。
“今日頑張れなかった人”を追い詰めない売場。
「そのためには、
こういう店が実際に回っている、という証拠が要る」
リオンは、額縁を顎で示す。
「王都支店が、その証拠だ」
ミラの胸の奥で、
なにかがしんと鳴った。
野心のために利用されるのではなく、
誰かの「こういう未来になってほしい」という願いの中に
自分の仕事が組み込まれている感覚。
「……それ、聞けてよかったです」
ミラは、ぽつりと呟いた。
「店長が、“どこを見てるか”知りたかったから」
「今は、ここだ」
リオンは、正面からミラを見る。
「星見の広場と、ここに来る人たちと。
ここで棚を作っている君」
視線が、ほんの少しだけ揺れる。
「それから――
この先の“図々しい未来予想図”だ」
「図々しい未来予想図……?」
「そうだ」
リオンは、照れ隠しのように咳払いした。
「いつか本当に、星灯全体を動かす立場になれたとして」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そのときも、
どこかに必ず、“生き延びたあなたへ”の棚を作りたい」
ミラの喉が、きゅっとなる。
「港町でも、山の支店でも、田舎の小さな店でも。
“来てもいい”と先に言える場所を増やしたい」
それは、
彼にとっての「野心」の姿なのだろう。
高く積み重ねた数字ではなく、
静かに灯る棚の一つひとつでできた未来。
「だから――」
リオンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「図々しいついでに、頼みがある」
「た、頼み?」
「その未来予想図の中に、
君がいる前提で考えてもいいか」
胸の鼓動が、
星の瞬きに追いつかないくらい早くなる。
「“頭首になったら、そのときも一緒に棚を作ってくれ”と、
今のうちから図々しく約束してもらえないか」
それが、
リオンなりの言葉選びなのだと気づくまで、
一瞬時間がかかった。
(それって、ほとんど――)
告白に似ているような。
でも、仕事の話にも聞こえるような。
だけどきっと、
どちらか一方ではないのだろう。
リオンという人にとっての「一緒にいる」は、
「一緒に灯りをともすこと」と
ほとんど同義なのだ。
「……図々しいですね」
ミラは、
少しだけ笑いながら言った。
「とても、図々しいです」
「やはりそうか」
「でも」
胸の前で、契約更新書類をぎゅっと握る。
「わたしも図々しく、“ここにいたい”って言い続けてきたので」
少しだけ顎を上げる。
「その未来予想図、
わたしの名前も勝手に書き込んでおきますね」
リオンの目が、驚いたように見開かれ、
すぐに細くなる。
「……勝手にとは」
「“棚精 ミラ、ここにいます”って」
額縁の下あたりを指差す。
「店長がどこに行っても、
どこで灯りを分けることになっても」
一呼吸置いて、続けた。
「わたし、図々しく隣の棚を空けておくので」
星見の広場に、
静かな笑い声が落ちる。
「了解した」
リオンは、真面目な顔で頷いた。
「その図々しさ、
正式に受け取っておく」
◇
少しの沈黙のあと。
「……ミラ」
「はい?」
「さっき、言いかけていたことがあるだろう」
「え?」
「表彰のとき、“ありがとうございます、もっと……”の続きだ」
ミラは、頬が熱くなるのを感じた。
「あれは、
“もっと頑張ります”じゃなくてよかった」
リオンは、ゆっくりと言った。
「例えば、“もっと笑ってもらえたら嬉しいから”とか」
ミラは、目を瞬いた。
(……覚えてる)
昔、自分がよく口にしていた言葉。
『笑ってくれたら、嬉しいから』
前の店では、ときどき馬鹿にされてしまったその一言を、
リオンは、ちゃんと覚えてくれていた。
「君が、“笑ってもらえたら嬉しいから”と思って作る棚なら、
俺は喜んで数字の責任を取る」
さらりと言われて、
涙腺が危うくなる。
「ずるいです」
「何がだ」
「そうやって、
図々しく“いていい”って言わせてくるところが、です」
ミラは、袖で目元をそっと押さえた。
「……でも、嬉しいです」
「なら、よし」
リオンは、星見の広場の星空を見上げる。
「そろそろ、店を閉めよう」
入口の魔灯を一つずつ落とし、
星見の広場だけが、
最後まで淡く光り続ける。
額縁の文字。
棚のPOP。
ベンチ。
そして、入口の看板。
扉のガラス越しに、
夜の風がさらりと流れ込む。
『今日がどんな日でも、あなたはここに来ていい。』
看板の一行が、
星灯の夜の中で揺れた。
「店長」
扉に鍵をかける前に、
ミラは、ふと振り向いた。
「何だ」
「これからも図々しく、
“おはようございます”って言いに来てもいいですか?」
リオンは、一瞬だけ黙ってミラを見つめ――
ごく短く、しかしはっきりと答えた。
「未来永劫、許可する」
星灯バザール王都支店は、
今日も一日、灯りを閉じる。
けれど、
明日もまた、扉は開く。
誰かの「生き延びた一日」のために。
誰かの「頑張れなかった日」のために。
そして、図々しいくらいの「ここにいたい」のために。
星見の広場の星空は、
そのすべてに、
静かに、優しく瞬き続けていた。
少し風の冷たい、晴れた朝だった。
「店長、きました。“割れ物注意”と“星のマーク”です」
バックヤードまで運ばれてきた大きな木箱を見て、
カイが目を輝かせる。
「星のマークつきということは……」
「本部からの、正式なやつですね」
ミラも、ごくりと喉を鳴らした。
星見賞の証書は仮の紙で受け取っていたけれど、
「額に入った本物」が届くのは、今日が初めてだ。
「よし、開けるぞ」
リオンが工具を手に、手際よく木箱を解体していく。
釘が抜かれるたび、
胸のどきどきも少しずつ強くなっていくようだった。
やがて、白い緩衝材の向こうから、
深い紺色の額縁が姿を現す。
その中心には、
星灯バザール本部の紋章と――
『星見賞
王都支店 星見の広場 ― 顔の見える灯りをともした功績を讃えて ―』
金の文字が静かに輝いていた。
「……きれい」
ミラは、思わず息を呑む。
魔灯の光を受けて、
額の表面に細かな星の粒のような煌めきが浮かび上がる。
「これが、星見の広場の“顔”になるわけですね」
カイがしみじみ眺める。
「どこに掛けます?」
「決まっている」
リオンは、迷いなく答えた。
「星見の広場だ。
“おつかれさま棚”の、真正面の柱」
◇
開店前の星見の広場。
まだ客のいない静かな空間に、
いつもの星空だけが優しく瞬いていた。
ベンチの向かいにある太い柱は、
これまで特に飾りのない、素っ気ない木目のままだった。
「ここに――」
リオンが、額を持って立つ。
「ここに、掛けたい」
ミラは、少し離れた場所からその光景を見ていた。
(星見の広場の真ん中に、“星見賞”)
不思議な重なり方が、胸の奥をくすぐる。
「ミラ」
「は、はい」
「少し抑えていてくれ」
言われるままに、ミラは額の下端に手を添える。
柱越しに、リオンの指先と熱が伝わってくる。
釘を打ち込み、吊り金具を固定する音が、
星見の広場に小さく響いた。
最後の釘が打ち終わり、
手を離す。
星見賞の額が、
ぴたりと柱の真ん中に収まった。
「……似合ってます」
ミラは、思わず笑みをこぼした。
星空と、POPの文字と、星型のお菓子と。
その真ん中に、
新しい“星”がひとつ増えたように見える。
「よし」
リオンは、星見の広場を見渡し、
小さく頷いた。
「では、ささやかながら――」
彼は、くるりと振り返る。
「表彰式をする」
「えっ」
気づけば、周りには
青果、惣菜、日用品の担当たちが集まっていた。
「え、え、聞いてません……!」
「今決めた」
リオンは、さらりと言ってしまう。
「王都支店・星見の広場、“棚精”ミラ」
呼ばれて、
ミラはおそるおそる一歩前に出た。
「星市、およびその後の日々において、
“顔の見える灯り”を作った功績を称え――」
「店長、なんかそれっぽいですね」
誰かが小声でつぶやき、笑いが起きる。
リオンは咳払いひとつでそれを収めると、
額の下に手を添えた。
「……簡単に言う」
すこしだけ、言葉を変える。
「お疲れさま。
よく、ここまで座って、見て、考えてくれた」
ミラの喉の奥が、じんと熱くなる。
「星見賞の額は、
星見の広場と“棚精”への贈り物だ」
「わたしにも、ですか?」
「もちろんだ」
リオンは、ごく自然に言う。
「君がここで灯した“おつかれさま”に、
本部が“見えている”と返してきた証だ」
「必要だ」と言われた日のことが思い出されて、
胸がきゅうっと縮む。
同時に、
あの事務室で渡された紙とはまったく違う意味の「紙」が、
今ここにあるのだと、改めて実感した。
「じゃあ皆さん、拍手を」
カイの合図で、
星見の広場に大きな拍手が広がる。
ミラは、どうしていいかわからずに
ぺこぺこと頭を下げた。
「ありがとうございます。
あの、その……」
言おうとして、
いつもの癖で口が滑りかける。
「もっと頑張――」
「それは禁止だ」
リオンが、いつもの調子でぴしゃりと遮る。
「今日のところは“よく頑張りました”までだ。
あと一歩は、明日の棚に取っておけ」
笑いが起こる。
ミラは、頬の熱を隠すように、
「はい」とだけ答えた。
◇
その日の閉店後。
レジの灯りが落とされ、
各部門が静かになっていく中で。
星見の広場だけは、
特別に星空を少しだけ明るくしていた。
額縁の金色が、
魔灯の光を受けてやわらかく光る。
「……すごいですね」
ミラは、ベンチに腰掛けながら見上げた。
「本当に、ここに掛かってる」
「実感が湧くのは、いつも少し遅れてくるものだ」
隣に立つリオンが、
ベンチの背に片腕をかけた。
「ミラ」
「はい」
「もう一つ、渡すものがある」
そう言って、懐から一通の封筒を取り出す。
星灯バザール本部の印章と、
王都支店の刻印が並んで押されている。
封を切ると、中から厚手の紙が現れた。
『雇用契約更新のお知らせ
職務:星見の広場および関連売場の専任担当』
ミラの名前が、しっかりと印字されている。
「専任……」
「つまり、“棚精”が正式な役職になった」
リオンは、少しだけ得意げに言った。
「本部にだいぶ粘ったからな。
“売場づくり専門職”として予算枠を確保した」
「そんな、わたしのために――」
「違う」
リオンは、すぐに首を振る。
「星見の広場のためだ。
それから、これから作るかもしれない他の“顔の見える棚”のため」
一拍置いてから、続ける。
「その最初の担当者に、
君の名前が載っているだけだ」
ミラは、紙を両手で包むように持った。
前の店で受け取った解雇通知も、
紙一枚だった。
でも、
ここに書かれた内容は、
あの日の紙とはまるで正反対だ。
(“もう来なくていい”じゃなくて――)
『ここにいてほしい』
そう書いてあるように見えた。
「……ありがとうございます」
胸の奥から、静かに言葉がこぼれる。
「図々しく、“ここにいたい”って言い続けて、
よかったです」
「ああ」
リオンは、星空を見上げたまま答えた。
「図々しいくらいが、ちょうどいい」
◇
しばらく、ふたりで星空と額を眺めていた。
やがて、
リオンがふいに口を開く。
「ミラ」
「はい?」
「俺は――」
星空の光が、
彼の横顔に淡い影を作る。
「この先、
父上の言う“頭首レース”から降りるつもりはない」
ミラは、目を瞬いた。
(やっぱり、諦めてないんだ)
家族会議でのやりとりを思い出す。
売上一位のノエル、
指標一位のリオン。
そして、
「単年だけでは決めない」と言ったオルフェ。
「……怖くないんですか」
気づけば、問いが口から出ていた。
「もし、勝てなかったらとか。
周りをがっかりさせてしまうかもしれないとか」
「怖くないと言えば嘘になる」
リオンは、素直に言った。
「だが、“怖いからやらない”ではなく、“怖いままやる”ほうを選ぶ」
星見の広場の棚を、
ぐるりと見渡す。
「その代わり、
前よりずっと、想像できるようになった」
「想像?」
「もし俺が、星灯の頭首になれたとしたら」
一瞬だけ、視線がミラに触れる。
「どれだけ数字を伸ばしても、
どれだけ店舗を増やしても」
静かな声だった。
「どこかに一つは、
こういう“図々しい棚”を残せる頭首でいたい」
“ここに来ていい”と、
先に言ってしまえる店。
“生き延びた”ことを祝う棚。
“今日頑張れなかった人”を追い詰めない売場。
「そのためには、
こういう店が実際に回っている、という証拠が要る」
リオンは、額縁を顎で示す。
「王都支店が、その証拠だ」
ミラの胸の奥で、
なにかがしんと鳴った。
野心のために利用されるのではなく、
誰かの「こういう未来になってほしい」という願いの中に
自分の仕事が組み込まれている感覚。
「……それ、聞けてよかったです」
ミラは、ぽつりと呟いた。
「店長が、“どこを見てるか”知りたかったから」
「今は、ここだ」
リオンは、正面からミラを見る。
「星見の広場と、ここに来る人たちと。
ここで棚を作っている君」
視線が、ほんの少しだけ揺れる。
「それから――
この先の“図々しい未来予想図”だ」
「図々しい未来予想図……?」
「そうだ」
リオンは、照れ隠しのように咳払いした。
「いつか本当に、星灯全体を動かす立場になれたとして」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そのときも、
どこかに必ず、“生き延びたあなたへ”の棚を作りたい」
ミラの喉が、きゅっとなる。
「港町でも、山の支店でも、田舎の小さな店でも。
“来てもいい”と先に言える場所を増やしたい」
それは、
彼にとっての「野心」の姿なのだろう。
高く積み重ねた数字ではなく、
静かに灯る棚の一つひとつでできた未来。
「だから――」
リオンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「図々しいついでに、頼みがある」
「た、頼み?」
「その未来予想図の中に、
君がいる前提で考えてもいいか」
胸の鼓動が、
星の瞬きに追いつかないくらい早くなる。
「“頭首になったら、そのときも一緒に棚を作ってくれ”と、
今のうちから図々しく約束してもらえないか」
それが、
リオンなりの言葉選びなのだと気づくまで、
一瞬時間がかかった。
(それって、ほとんど――)
告白に似ているような。
でも、仕事の話にも聞こえるような。
だけどきっと、
どちらか一方ではないのだろう。
リオンという人にとっての「一緒にいる」は、
「一緒に灯りをともすこと」と
ほとんど同義なのだ。
「……図々しいですね」
ミラは、
少しだけ笑いながら言った。
「とても、図々しいです」
「やはりそうか」
「でも」
胸の前で、契約更新書類をぎゅっと握る。
「わたしも図々しく、“ここにいたい”って言い続けてきたので」
少しだけ顎を上げる。
「その未来予想図、
わたしの名前も勝手に書き込んでおきますね」
リオンの目が、驚いたように見開かれ、
すぐに細くなる。
「……勝手にとは」
「“棚精 ミラ、ここにいます”って」
額縁の下あたりを指差す。
「店長がどこに行っても、
どこで灯りを分けることになっても」
一呼吸置いて、続けた。
「わたし、図々しく隣の棚を空けておくので」
星見の広場に、
静かな笑い声が落ちる。
「了解した」
リオンは、真面目な顔で頷いた。
「その図々しさ、
正式に受け取っておく」
◇
少しの沈黙のあと。
「……ミラ」
「はい?」
「さっき、言いかけていたことがあるだろう」
「え?」
「表彰のとき、“ありがとうございます、もっと……”の続きだ」
ミラは、頬が熱くなるのを感じた。
「あれは、
“もっと頑張ります”じゃなくてよかった」
リオンは、ゆっくりと言った。
「例えば、“もっと笑ってもらえたら嬉しいから”とか」
ミラは、目を瞬いた。
(……覚えてる)
昔、自分がよく口にしていた言葉。
『笑ってくれたら、嬉しいから』
前の店では、ときどき馬鹿にされてしまったその一言を、
リオンは、ちゃんと覚えてくれていた。
「君が、“笑ってもらえたら嬉しいから”と思って作る棚なら、
俺は喜んで数字の責任を取る」
さらりと言われて、
涙腺が危うくなる。
「ずるいです」
「何がだ」
「そうやって、
図々しく“いていい”って言わせてくるところが、です」
ミラは、袖で目元をそっと押さえた。
「……でも、嬉しいです」
「なら、よし」
リオンは、星見の広場の星空を見上げる。
「そろそろ、店を閉めよう」
入口の魔灯を一つずつ落とし、
星見の広場だけが、
最後まで淡く光り続ける。
額縁の文字。
棚のPOP。
ベンチ。
そして、入口の看板。
扉のガラス越しに、
夜の風がさらりと流れ込む。
『今日がどんな日でも、あなたはここに来ていい。』
看板の一行が、
星灯の夜の中で揺れた。
「店長」
扉に鍵をかける前に、
ミラは、ふと振り向いた。
「何だ」
「これからも図々しく、
“おはようございます”って言いに来てもいいですか?」
リオンは、一瞬だけ黙ってミラを見つめ――
ごく短く、しかしはっきりと答えた。
「未来永劫、許可する」
星灯バザール王都支店は、
今日も一日、灯りを閉じる。
けれど、
明日もまた、扉は開く。
誰かの「生き延びた一日」のために。
誰かの「頑張れなかった日」のために。
そして、図々しいくらいの「ここにいたい」のために。
星見の広場の星空は、
そのすべてに、
静かに、優しく瞬き続けていた。
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※全11話 2万字程度の話です。
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