星灯バザールの約束(次期頭首を目指す彼と健気な店員)

星乃和花

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第14話 閉店後の星空と、ふたりだけのおつかれさま

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 星市から、数日が過ぎた。

 王都支店の日々は、
 少しだけ忙しさの形を変えながら、いつものリズムを取り戻しつつあった。

 入口の看板には、もう「星市開催!」の文字はない。
 けれど、下段に追加された一行だけは、そのまま残されている。

『――今日がどんな日でも、あなたはここに来ていい。』

(星市だけじゃなくて、いつもの日にも)

 ミラは、出勤のたびにその言葉を見上げてから、
 店内に足を踏み入れるようになっていた。



 その日も、星見の広場は、
 いつも通りの優しい明るさに包まれていた。

「“星市の棚、まだ置いてないんですか?”って、今日も聞かれましたよ」

 惣菜担当が、星型コロッケのトレイを並べながら笑う。

 星市限定だったはずの「星型コロッケ」は、
 あまりの人気に、王都支店だけ“週末限定”で継続することになった。

「“おつかれさま棚ありますか?”って聞く人もいました」

 青果担当が、星型果実をかごに盛りながら言う。

「“あそこ見ると、ああ今日も生き延びたって思えて”って」

「……そうなんですね」

 ミラは、胸の奥がじんとするのを感じた。

(“星市のおまけ”じゃなくて、
 ちゃんと“ここにある棚”として見てもらえてる)

 星見賞の表彰状は、まだバックヤードの棚の上に置かれたままだ。
 本部から正式に額が届いたら、星見の広場のどこかに飾ることになっている。

「ミラさん」

 カイが、メモを片手に近づいてきた。

「ちょっといいですか。“顔のメモ”、その後どうなりました?」

「あ、これです」

 ミラはエプロンのポケットから、小さな手帳を取り出す。

 星市の日にベンチで書き留めた「顔のメモ」は、
 その後も少しずつ増え続けていた。

『“今日はなんでもない日”と言いながら、
 “わたしへ”の棚の前で立ち止まる人は、だいたい帰りにパンも買う。』

『誰かのぶんを2つ持つ人は、
 “いっしょに食べる時間”を作る余裕がある顔をしている。』

『POPを読むときに眉間にしわが寄る人は、
 次に来たときに少しだけ柔らかくなっていることが多い。』

 そんな断片が、ページいっぱいに並んでいる。

「いいですね、“顔の統計”」

 カイは楽しそうにページをめくる。

「これ、そのうち“棚の配置の根拠メモ”にもなりますよ。
 報告書にまとめるの、手伝います」

「ほ、報告書ですか?」

「もちろん。
 星見賞をもらった売場が、“何を見ていたか”って、本部も知りたいはずですから」

 ミラは、手帳をぎゅっと握りしめた。

(数字以外のものも、“見ていた”って言っていいんだ)

 星市の日、ベンチで座りきった時間は、
 ちゃんと形になっていく。

「……じゃあ、今日の分も書き足しておきます」

 ミラは、星見の広場に戻りながら、
 さっき通り過ぎた親子連れのことを思い出していた。

(“星が見えるところに行きたい”って言ってた子と、
 “ここで、ちょっとだけ星見ようか”って言ってたお父さん)

 星空のある売場は、
 たぶん、そういう「ちょっとだけ」を受け止める場所なのだろう。



 その日の閉店時間。

 店内の灯りが少しずつ落ちていき、
 客の姿がほとんどなくなったころ。

「ミラ」

 星見の広場で棚の埃を払っていたミラは、
 自分を呼ぶ声に振り向いた。

 リオンが、帳簿と紙束を小脇に抱えて立っている。

「今日は、もう一仕事付き合ってくれるか」

「も、もう一仕事……?」

 ミラは、慌てて時計を見る。

 閉店作業は、大体済んでいる。
 普段なら、このあとは各自解散の時間だ。

「“顔の見える灯り”の報告書を作る。
 父上と、本部用にな」

「それって……」

「俺ひとりだと、“数字の話”ばかりになる」

 リオンは、あっさりと言った。

「昨日までで、星市とその後三日分の数字はまとめた。
 だが、“顔のほう”は、俺より君が見ていた」

 ミラは、胸の奥がじんわり熱くなる。

(……ちゃんと、“見ていた”って認めてもらえてる)

「星見の広場で、書こう」

 リオンは、星見の広場のほうへ顎をしゃくった。

「せっかくだから、星空付きでな」



 閉店後の星見の広場は、
 久しぶりに見る“星市前夜”のときの静けさを取り戻していた。

 天井の魔法の星空だけが、
 ゆっくりと瞬きながら、ふたりを照らしている。

 ベンチには、帳簿とメモ用紙。
 ミラの手帳も、広げられていた。

「じゃあ、“顔のメモ”からいきましょうか」

 カイは遠慮してくれたのか、この場にはいない。
 今日の“報告書づくり”は、リオンとミラのふたりだけだ。

「例えば――」

 ミラは、手帳の一ページを指差した。

「“似合わない”って言っていた方が、
 “図々しいわね”って言いながら買ってくれた件」

「うむ」

「数字で見たら、
 “チョコが一個売れた”だけかもしれませんけど」

「“棘を一本抜いた”案件だな」

 リオンは、さらりと言った。

「本部向け報告書にそう書くわけにはいかんが」

「……“棘一本分の売上”って、
 新しい指標みたいですね」

 ミラは、思わず吹き出す。

「では、もう一項目。
 “来てもいい”の看板から入ってきた人たちの話」

「星市から三日間で、
 “入口の言葉を見て来ました”と言った客は、八組あった」

 リオンは、手元のメモを確認しながら言った。

「そのうち四組は、“今日は何も買う気なかったけど”と言いながら、
 結局何か一つは買っていった」

「残りの四組は?」

「何も買わずに帰った」

 リオンは、そこだけ、むしろ嬉しそうに口元を緩める。

「だが、“来ること自体が目的だった”と言っていた」

 ミラは、胸があたたかくなる。

(“ここに来てもいい”って言葉が、
 誰かの足を動かしてる)

「報告書には、こう書こう」

 リオンは、ペンを走らせながら言った。

『入口の一行によって、“買う/買わない”の前に
 “来る/来ない”の敷居が少し下がったと推測される。』

「……“推測される”って、便利ですね」

「数字になりきらないものは、全部“推測”にしておけば話が通る」

 ミラは、くすくすと笑った。

「じゃあ、このメモも“推測”で書いていいですか?」

 そう言って、別のページを開く。

『“今日はなんでもない日”と言う人ほど、
 POPを黙って読む時間が長い。』

「うむ」

『“誰かといっしょ”用のお菓子を選ぶ人は、
 帰り際の足取りが少し軽くなる。』

「良い観察だ」

『“わたしへ”の棚から買う人は、
 会計のときに目を合わせてくれることが多い。』

「それは――」

 リオンは、すこし考えてから言った。

「君が、“ありがとう”を言い慣れてきた証拠かもしれん」

「え……」

「星市の前の君は、
 “すみません”のほうが先に出ていた」

 言われてみれば、そうかもしれない。

(前の店では、“すみません”って言う癖しかなかった)

 今は――
 「来てくれてありがとうございます」と、
 自然に言えるようになりつつある。

「店の空気は、棚の言葉と、
 そこで飛び交う言葉で決まる」

 リオンは、ベンチにもたれて星空を見上げた。

「星見の広場の“顔の見える灯り”は、
 棚と君で半分ずつ作っている」

 ミラは、胸がきゅっとする。

(“半分”って言ってもらえた)

 “ただ居させてもらってるだけ”じゃなくて。
 “ここにいる前提で動く”誰かとして。



 報告書の文章が、
 ある程度まとまったところで。

「……休憩だ」

 リオンがペンを置いた。

「甘いものでも食べるか」

「えっ」

「星市の残り物だがな」

 立ち上がると、
 バックヤードから小さな箱を持って戻ってくる。

 中には、星型のクッキーと、
 「流れ星マドレーヌ」がいくつか。

「余り分の処理は、店長の特権だ」

 そう言って、ベンチの間に箱を置く。

「……いいのかなあ」

 ミラは、おそるおそる星型クッキーを手に取った。

「お客様用だったのに」

「今日のお客様は、
 この棚を作ったやつらだ。
 ちゃんとカイの取り分は渡してある」

 リオンは、同じように一つクッキーをつまむ。
 すると一枚の紙が。
 カイの文字だ。

『おつかれさま。
 棚精と、バカ真面目な店長』

「ふっ」

 ミラは、思わず吹き出した。

「誰がバカ真面目だ」

「じゅうぶん自覚があるでしょう」

「あるが、他人に言われると腹が立つ」

「図々しいくらいが、ちょうどいいんじゃなかったでしたっけ」

 軽口を交わしながら、
 ふたりでクッキーをかじる。

 星空の下で食べる星型のお菓子は、
 なぜかいつもよりも甘く感じられた。

「……ミラ」

 ふと、リオンが真面目な声を出した。

「はい?」

「“忘れられない棘”のほうは、
 少しは薄くなったか」

 ミラは、一瞬だけ言葉を失う。

 星市の夜、
 「こびりついた言葉の棘がある」と言った自分に、
リオンは「その棘ごとここで生き延びろ」と言ってくれた。

「……完全には、たぶん消えません」

 ミラは、自分の胸に手を置いた。

「でも、“必要ない”って言葉より、
 “必要だ”って言葉を思い出す回数のほうが、
 少しずつ増えてきてます」

 星見賞のこと。
 “ここで灯りを作ってほしい”と言われたこと。
 そして――

「“未来永劫、働いてもらう予定だ”って言葉も、
 けっこうこびりついてます」

 そう言うと、
 リオンの横顔が少しだけ固まった。

「それは……」

「ふふ。責任取ってくださいね」

 ミラは、冗談めかして笑う。

「そんなこと言われたら、
 図々しく、“ここにいたい”って思っちゃいますから」

 沈黙が落ちる。

 冗談と本音の境目が、
 不思議と曖昧になる静けさだった。

「――責任、か」

 リオンは、低く呟いた。

「俺は、“店の灯り”には責任を持つつもりだ」

 星空を見上げる瞳が、
 ゆっくりとミラのほうに向き直る。

「君が、“ここにいたい”と思うなら」

 ひと呼吸、置いてから続けた。

「その“いたい場所”を、
 ちゃんと守りたいと思う」

 胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。

(“守りたい”って)

 仕事の話なのか。
 居場所の話なのか。
 それとも――それ以外の何かなのか。

 全部を一度に聞き取るのは、
 今のミラには、少しだけ難しかった。

 けれど。

「……ここ、好きです」

 こみ上げてきた言葉は、
 驚くほどまっすぐだった。

「星見の広場も、“来てもいい”の看板も。
 “おつかれさま棚”も。
 この店の人たちも」

 そして――

「リオン店長も」

 最後の一言は、
 自分でも驚くくらい小さな声になった。

 それでも、
 星空の下では、はっきり響いた気がする。

 リオンは、しばらく何も言わなかった。

 静かな時間が、ゆっくりと流れる。

 やがて、
 彼は小さく息を吐いた。

「……図々しいな」

 いつもの言葉。

 けれど、その響きには、
 あきれた色よりも、どこか安堵に近いものが混じっていた。

「だが、悪くない」

 リオンは、ベンチの背にもたれ、
 同じように星空を見上げる。

「俺も、この店も、
 君に“好きだ”と言われて、悪い気はしない」

 ミラの頬が熱くなる。

「数字で表せるものじゃないが――」

 リオンは、ぽつりと続けた。

「君が、“ここが好きだ”と言える限り。
 ここは、“生き延びる価値のある場所”だ」

 星見の広場の魔灯が、
 静かに瞬く。

 ふたりの間に落ちた沈黙は、
 気まずさではなく、
 ゆるやかに満ちていくものだった。



 報告書づくりを終えたころには、
 店内の灯りはほとんど落ちていた。

「そろそろ帰るか」

 リオンが立ち上がる。

「送っていくか?」

「いえ、大丈夫です。宿舎、近いので」

「“図々しく”頼んでもいいところだぞ」

 さらりと言われて、
 ミラは一瞬返事に詰まる。

(そういうふうに言われると……)

 頼りたくなる。
 寄りかかりたくなる。

 でも今日は、
 自分の足で歩いてみたい気持ちもあった。

「じゃあ――今日は、“図々しく”遠慮しておきます」

 少し考えてから、そう答える。

「また、どうしても頼りたくなったときに、
 ちゃんとお願いできるように」

 リオンは、驚いたように目を瞬いたあと、
 小さく笑った。

「それもまた、図々しいな」

「図々しいくらいが、ちょうどいいんですよね?」

「……ああ」

 星灯の夜風が、
 そっとふたりの間を抜けていく。

 入口の看板には、
 相変わらず一行だけが揺れていた。

『今日がどんな日でも、あなたはここに来ていい。』

 その言葉はきっと、
 これからも何度も、
 誰かの足をここへ連れてくるのだろう。

 その“誰か”の中には、
 ――きっと、自分たち自身も含まれている。

(明日も、あさっても。
 ここに来ていいって、
 この看板が言ってくれるから)

 ミラは、最後にもう一度星見の広場を振り返った。

 図々しいくらいの「ここにいたい」を胸に抱えながら、
 彼女は星灯バザールをあとにした。

 その背中を、
 店内の魔法の星空と、
 ベンチの上に置かれた一冊の手帳が、
 静かに見送っていた。
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