和平交渉のはずが、参謀が勇者にだけ冷静さを失っています(((論理的思考<勇者が可愛い)))

星乃和花

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後日談②「隣室になって初めての夜(参謀が見回りに来すぎる)」

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 勇者ミナの部屋が、参謀レオンの部屋の隣になった。

 その事実は、王城の廊下の温度を一度下げたあと、
 すぐに噂で二度あたためた。

「隣室だってよ」
「参謀の理性が完全に終わる」
「いや、理性はもう戦争と一緒に終結した」

 そんな会話を背に、ミナは新しい部屋の前に立っていた。

 扉の前には小さな荷物が二つ。
 運ぶほどのものはない。ミナの世界はいつも軽い。

「ここ……隣なんだぁ」

 ミナがそっと壁に手を当てる。

 その向こうに、レオンがいる。
 あの冷たい手袋の音も、書類を捲る静かな癖も、
 きっとすぐそば。

 ミナはふわっと笑った。

「安心だねぇ」

 その瞬間。

 ――ばっ。

 隣の扉が開いた。

 ミナがぱちぱちする。

「……入室確認」

 レオンが立っていた。
 軍服ではなく、室内用の黒いシャツ姿。
 なのに表情は相変わらず、戦場の参謀だった。

「えっ、早い」

「早くない。通常だ」

「通常なんだぁ」

 ミナは荷物を見下ろす。

「まだ入ってないよぉ」

「入る前の確認だ」

 レオンは真顔で言った。

「鍵は?」

「え?」

「鍵だ」

 ミナは両手を広げる。
 荷物しかない。

「鍵……持ってないかも」

 レオンの目が一ミリ細くなる。

「……今すぐ渡す」

 レオンは腰のポーチから鍵束を取り出し、
 そこから一本を外してミナの手に乗せた。

 ひんやりした金属。

「これが君の鍵だ。なくすな」

「うん」

「絶対に、なくすな」

「うん」

 ミナが素直に頷くと、
 レオンは少しだけ安心した顔をした。

 そして、そのままミナの部屋の扉を開けた。

「……入室確認」

「入室確認、好きだねぇ」

「好きではない。必要だ」

 レオンは部屋に入り、窓、机、ベッド、クローゼット、
 そして床――隅の隅まで視線でなぞる。

 ……見回りが完璧すぎる。

 ミナはぽわっと笑いながら荷物を置いた。

「安全?」

「安全だ」

「よかったぁ」

 ミナがほっとすると、
 レオンはミナの顔を見て、少し眉を寄せた。

「……疲れていないか」

「疲れてないよぉ」

「目が少し重い」

「重い?」

 ミナが瞬きすると、レオンが小さく頷いた。

「重い」

 ミナはへにゃっと笑った。

「ふふ、バレたぁ」

 レオンは短く言った。

「今日は早く寝ろ」

「うん」

 ミナは素直に頷く。

 レオンは一拍置いて、少しだけ目を逸らした。

「……必要なら、呼べ」

「呼ぶ?」

「……異常があれば」

「異常って、なぁに?」

 ミナが首を傾げる。

 レオンは言葉に詰まりかけ、結局こう言った。

「……怖くなったら」

 ミナの胸が、ふわっと温かくなる。

「怖くなったら、呼ぶねぇ」

 レオンは頷いた。

「……よし」

 そして、出ていった。

 扉が閉まる。

 静かになる。

 ミナはベッドの端に座って、ふにゃっと笑った。

「参謀さん、隣になったら安心しすぎて忙しい」

 そう呟いた瞬間――

 コンコン。

 またノック。

 ミナの頭にふわっと疑問符が浮かぶ。

「はい?」

 扉が開く。

「……飲み物」

 レオンがカップを持って立っていた。

「温かい。眠りやすい」

「えっ、ありがとう」

 ミナが受け取ると、カップの湯気がほわっと頬に当たる。

「おいしい匂い」

「……飲め」

 レオンは真顔で言い切った。

「飲み終わったら、歯を磨け。戸締りを確認しろ。鍵を――」

「えへへ」

 ミナが笑った。

 レオンが止まる。

「……何だ」

「お母さんみたい」

 レオンの動きが完全に止まった。

「……私は参謀だ」

「参謀さんなのに、お母さん」

「違う」

 レオンは低く言いながら、視線が泳ぐ。

 ミナがふわっと笑う。

「心配なんだねぇ」

「……心配だ」

 即答だった。

 言ってから、レオンは自分で小さく咳払いをした。

「……異常があれば呼べ」

「うん」

 レオンは頷いて、また出ていった。

 扉が閉まる。

 ミナはカップを持ったまま、ふわふわ嬉しくなる。

「ふふ……」

 ――コンコン。

 三回目のノック。

 ミナはさすがに小首を傾げた。

「……レオンさん?」

 扉が開く。

「……見回り」

 レオンが平然と立っていた。

「見回り、さっきしたよぉ」

「今は“再確認”だ」

「再確認……」

「……必要だ」

 ミナはカップを胸に抱えたまま、ぼんやり聞く。

「必要って、どれくらい?」

 レオンは一拍置いてから言った。

「……私が安心するまで」

 ミナの口元が、ふわっとゆるむ。

「あっ、レオンさんが安心するためなんだぁ」

 レオンは何も言わない。
 否定もしない。
 肯定もしない。

 それが肯定だった。

 ミナはぽわっと笑って言った。

「じゃあ、安心していいよぉ」

 レオンの眉が少し寄った。

「どうやってだ」

「んー……」

 ミナはゆっくり考える。

 そして、答えを出す。

「抱きしめる?」

 レオンが硬直した。

 耳が赤い。

「……それは、」

「必要?」

 ミナが首を傾げる。

 レオンは目を逸らしつつ、低く言った。

「……必要だ」

 ミナが嬉しそうに笑った。

「じゃあ、どうぞぉ」

 レオンは静かに近づき、
 迷いなくミナを抱きしめた。

 いつもより少し強い。

 ミナはカップを置いて、両手でレオンの背中をとんとんする。

「よしよし」

 レオンの肩が、ふっと落ちた。

 その瞬間、ミナは分かった。

(この人、ずっと緊張してたんだ)

 戦争が終わっても、
 参謀の中の戦いは終わっていない。

 ミナは柔らかく言った。

「レオンさん、えらいねぇ」

 レオンの腕が、ほんの少しだけ強くなる。

「……褒めるな」

「褒めるよ」

「……崩れる」

「崩れていいよ」

 ミナは、当たり前みたいに言った。

「隣なんだもん」

 レオンの呼吸が、やっと深くなる。

 しばらくして、レオンが小さく言った。

「……寝ろ」

「うん」

 ミナは頷いた。

 でも離れない。

 レオンも離さない。

 ミナがふわっと笑う。

「見回り、終わった?」

 レオンは答えた。

「……終わらない」

「どうして?」

 レオンは少しだけ黙ってから、
 参謀らしくない言葉を落とした。

「……君が近いと、安心してしまう」

 ミナの胸がじんわりする。

「安心、していいよぉ」

 レオンは小さく息を吐いた。

「……君は、反則だ」

「反則、好き?」

「好きではない」

「でも、離さない」

 レオンが黙る。

 それも肯定だった。

 ミナは少しだけ眠そうな声で言った。

「ねぇ、レオンさん」

「何だ」

「隣って、あったかいねぇ」

 レオンは、短く答えた。

「……ああ」

 その声が、ミナのまぶたを重くした。

 ミナが眠りに落ちかけた時――

 レオンが小さく呟く。

「……もう一回確認する」

 ミナは目を閉じたまま笑った。

「もういいよぉ……」

 レオンの声が、少しだけ弱い。

「……駄目だ」

「なんでぇ……」

「……私が、落ち着かない」

 ミナは眠い声で答える。

「じゃあ……ここで寝ればいいよぉ」

 レオンが固まった。

 空気が止まる。

 ミナはふわふわ続ける。

「隣だもん。移動、しないでいいよぉ」

 レオンの喉が鳴った。

「……それは」

「必要?」

 ミナが悪気なく言う。

 レオンは、しばらく黙ってから言った。

「……必要だ」

 そして、小さく付け足す。

「……今夜だけだ」

 ミナは、目を閉じたまま幸せそうに笑った。

「うん。今夜だけぇ」

 レオンはミナを抱きしめたまま、
 まるで戦場の護衛みたいに背を伸ばす。

 だけどその姿は、参謀というより――

 安心を探して見つけた人の、形だった。

 ミナの呼吸が、ゆっくり整っていく。

 その温度を確かめながら、レオンは小さく呟いた。

「……隣は、危険だ」

 ミナが眠そうに笑う。

「危険って……安心のこと?」

 レオンは答えなかった。

 答えられなかった。

 ただ、もう一度だけ抱きしめ直して、
 ようやく、自分も目を閉じた。
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