和平交渉のはずが、参謀が勇者にだけ冷静さを失っています(((論理的思考<勇者が可愛い)))

星乃和花

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後日談③「“参謀の耳が赤い“は報告案件です」

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 和平成立後、王城の軍部は一つの“新しい危機”に直面していた。

 ――参謀レオンの耳が、赤い。

 戦時中、参謀の表情は常に冷静で、
 体温すら低そうな男だったはずだ。

 それが。

 勇者ミナと会話した瞬間だけ、
 耳がほんのり赤くなる。

 最初に異変を発見したのは、警備隊の若い兵士だった。

「……あれ?」

 執務室の前。
 差し入れを抱えたミナが、ふわふわと廊下を歩いてくる。

「おはようございますぅ」

 衛兵が直立する。

「お、おはようございます!勇者さま!」

 ミナがにこっと笑う。

「えらいねぇ」

 衛兵の心が浄化される。

(勇者さま…今日も優しい…)

 そのままミナは参謀室に入っていった。

 若い兵士は、扉の隙間から一瞬だけ見えてしまった。

「参謀さん、お茶だよぉ」

「……ありがとう」

 その瞬間。

 参謀レオンの耳が、赤くなった。

 ほんのり。
 確実に。

 若い兵士は息を呑む。

(参謀が……発熱!?)

 兵士は慌てて走った。

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 軍部の詰所。

「緊急報告です!」

 若い兵士が机に手をつき、言い放つ。

「参謀の耳が赤いです!」

 詰所が静まり返った。

 副隊長が眉を寄せる。

「……耳が、赤い?」

「はい!勇者さまと会話した直後に!赤く!」

 その場にいた古参兵が、腕を組んでうなった。

「戦場の後遺症では?」

 別の兵が真剣に言う。

「呪いの可能性もあります!」

 副隊長が頷く。

「症状の発現条件が限定的なのが気になるな……」

 若い兵士は必死に説明する。

「勇者さまの声を聞いた瞬間です!
 あの、えらいねぇ、のタイミングで!」

 詰所の空気がさらに重くなる。

「……特定の音声刺激で症状が出る?」

「危険では?」

「参謀の冷静さが崩れているということは、
 判断力の低下に繋がるのでは?」

 副隊長が決断した。

「軍医を呼べ」

 若い兵士が顔を青くする。

「ぐ、軍医ですか!?」

「当然だ。参謀に異常があっては困る」

 その瞬間――

「困りますね」

 静かな声が詰所に落ちた。

 全員が凍りついて振り向く。

 入口に立っていたのは、参謀レオン本人だった。

 いつも通り冷静で、いつも通り無表情で――
 ただし、目だけが妙に鋭い。

「……参謀っ!?」

 副隊長が直立した。

 レオンは淡々と告げる。

「軍医は呼ばなくていい」

 若い兵士が震えながら言った。

「で、でも、参謀!耳が赤く――」

「赤くない」

「赤いです!」

 若い兵士、勇気の自爆。

 詰所が息を止める。

 レオンは一拍置いて、低く言った。

「……どの角度から見た」

「え?」

「どの角度から見て、どの程度赤かった」

 若い兵士は泣きそうになりながら答える。

「え、えっと……横から……薄く……ほんのり……」

 レオンが頷く。

「なら、問題ない」

 副隊長が慎重に言う。

「参謀、念のため軍医の診察を――」

「必要ない」

 レオンの声がいつもより強かった。

「……それは、ただの生理現象だ」

 詰所の空気が止まった。

「……せいりげんしょう?」

 若い兵士が聞き返す。

 レオンは真顔で続ける。

「体温変化。血流。気温。
 人間には起こる」

 副隊長が目を細める。

「……勇者さまと話す時だけ起こるのは?」

「偶然だ」

 若い兵士が言った。

「偶然じゃないです!毎回です!」

 レオンの視線が刺さる。

「……毎回?」

 若い兵士は、やってしまったという顔で震えた。

 副隊長が咳払いをして、立て直す。

「参謀、つまり健康上の問題はないと?」

「ない」

 即答。

 副隊長は頷きかけたが、
 隣の兵が真剣な顔で言った。

「しかし参謀、危険な症状の可能性も――」

 別部下がさらに真剣に言う。

「参謀、勇者さまと会話すると耳が赤くなります。
 危険な症状です!」

 詰所の全員が頷いた。

「危険だ」
「参謀が赤いのは危険だ」
「参謀は冷たい人間であるべきだ」

 レオンの眉が、わずかに動いた。

「……危険とは何だ」

 別部下が答える。

「参謀の冷静が、崩れている証拠です!」

 その瞬間、レオンの瞳が細くなった。

「崩れていない」

「崩れてます!」

 若い兵士がまた叫んだ。
 もう止まれない。

「勇者さまが笑うと、参謀は一瞬止まります!」
「勇者さまが褒めると、参謀の耳が赤いです!」
「勇者さまが『えらいねぇ』と言うと、参謀は返事が遅れます!」

 詰所、ほぼ証言集会。

 レオンは、深く息を吸った。

(……終わった)

 参謀の威厳が、兵士たちの口から解体されていく。

 副隊長が締めに入る。

「参謀、結論として軍医は――」

「呼ぶな!!」

 レオンの声が、珍しく大きかった。

 詰所が硬直する。

 レオンは自分の失言を理解し、
 すぐに声を戻した。

「……失礼。呼ぶ必要がない」

 副隊長が恐る恐る言う。

「参謀、なぜそこまで軍医を拒否するのですか」

 レオンは真顔で答えた。

「……軍医に説明が難しい」

 若い兵士が震えながら呟く。

「説明……?」

 レオンは一拍置いて、淡々と言った。

「勇者が可愛いから耳が赤い、などと……
 言えるはずがないだろう」

 詰所の全員が、完全に停止した。

 ――参謀が、言った。

 参謀が。

 勇者が可愛いと。

 若い兵士が、かすれた声で聞いた。

「……参謀、今……」

「今のは言っていない」

 レオンが即座に否定した。

「言いました」

「言っていない」

「言いました!」

 副隊長が咳払いをした。

「参謀、では別の理由で?」

 レオンは諦めたように息を吐いた。

「……軍医は、治せない」

 兵士たちがざわつく。

「治せない病!?」
「呪いだ!」
「恋煩いでは!?」

 誰かが口にした“恋煩い”という単語が、
 詰所の空気を爆発させた。

「それだ!」
「参謀、恋煩いです!」
「危険です!重症です!」
「軍医を――」

「呼ぶな」

 レオンは低く言った。

 今度は怒鳴らない。
 怒鳴らないが、殺気がある。

「呼んだ者は、今夜の巡回を倍にする」

 全員が即座に口を閉じた。

 副隊長が背筋を伸ばし直す。

「……承知しました。軍医は呼びません」

 レオンは頷いた。

「よろしい。以上だ」

 参謀は踵を返し、詰所を去ろうとした。

 しかし――

「参謀!」

 若い兵士が最後の勇気を振り絞る。

「……耳が赤いのは、危険じゃないんですか?」

 レオンは足を止めた。

 数秒、沈黙。

 そして参謀は、珍しく短く答えた。

「危険ではない」

 若い兵士が安堵する。

 だが参謀は続けた。

「……幸せだ」

 そして歩き去った。

 詰所に残された兵士たちは、
 全員で心の中で敬礼した。

(参謀、終わった)
(いや、参謀、始まった)
(勇者さま、すごい)

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 その夜。

 ミナの部屋の前。
 レオンが静かに立っていた。

 ……見回りではない。
 “冷静の回収”である。

 扉をノックしようとした瞬間、
 内側から扉が開いた。

「レオンさん」

 ミナがふわっと笑った。

「どうしたの?」

 レオンは一拍置く。

「……異常はないか」

「異常?」

「……怖くないか」

 ミナは首を傾げた。

「怖くないよぉ」

 そして、にこっとする。

「レオンさん、今日もえらいねぇ」

 レオンの耳が、赤くなった。

 ミナがぱちぱちする。

「あ。赤い」

 レオンは即座に目を逸らす。

「赤くない」

「赤いよぉ」

 ミナが悪気なく言う。

「かわいい」

 レオンが固まった。

「……言うな」

「言っちゃった」

 レオンは観念して、ミナを抱き寄せた。

「……軍医は呼ぶな」

「軍医?」

 ミナがきょとんとする。

「なにそれぇ」

 レオンは答えなかった。
 答えられるはずがない。

 ミナがふわっと笑って、背中をとんとんする。

「よしよし」

 レオンの肩が落ちる。

 そして心の中で静かに認める。

(これは報告案件ではない)

(……ただの、救いだ)
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