天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花

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後日談③「甘やかし解除の夜」

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その依頼は、簡単なはずだった。

街道に出た魔獣の討伐。
危険度は中。
いつもの四人で行って、いつものように帰ってくる――

そう思っていたのに。

魔獣は二体いた。
しかも片方が、仲間を呼ぶタイプだった。

「増えるぞ!」
ガラムの怒号。
ミラの矢が風を切る。
カイは指示を飛ばしながら、前に出る。

「右、ミラ!距離取って!」
「了解!」
「ガラム、左の足止め!」
「任せろ!」
「リィナ、真ん中!絶対に前に出ない!」

最後の言葉だけ、命令みたいに強かった。

リィナは鈴を握って頷く。

「うん!」

心臓はうるさい。
でも怖さより、“役に立ちたい”が勝っていた。

(私は回復役)
(私が折れたら、みんなが折れる)

リン。

鈴が鳴る。
光が走る。
小さな傷が塞がっていく。

戦闘は長引いた。

魔獣の爪は深くて、出血が多い。
回復は追いつく。
追いつくけれど――

リィナの中の“魔力の井戸”が、底に近づいていく感覚があった。

(……まだ)
(まだいける)
(大丈夫)

自分に言い聞かせて、鈴を鳴らす。

リン。

その時。

カイが、少しだけ振り返った。

目が合った。

(……見てる)

その視線に、胸が熱くなる。

――次の瞬間。

魔獣が地面を叩いて、衝撃波が走った。

「っ!」

リィナの足元が崩れ、身体が浮く。

(落ちる――!)

でも、落ちなかった。

掴まれた。

腰。

硬い腕。

カイの腕だった。

「……言ったよね」
低い声。

怒ってる。
怖い。
でも、安心する。

「前に出ない」
「ご、ごめん……!」
「謝らないで、戻る」

カイはリィナを抱えたまま、後方へ跳んだ。

その動きが速すぎて、リィナの息が止まる。

(……近い)

(カイくん、近い)

その距離が、今は怖くない。

むしろ――この腕の中がいちばん安全だ。



戦闘は、ギリギリで終わった。

ガラムが最後の一撃を叩き込み、魔獣が崩れ落ちる。

ミラが矢を納めて息を吐く。

「……終わった」
「終わったな」
ガラムが笑った。「勝った」
ミラが肩をすくめる。「いつものこと」

いつものこと。

でも、今日はいつものことじゃない。

リィナは立っていられなかった。

足が震える。
視界が少し白い。

(……あ、まずい)

鈴を握っても、音が弱い。

リン……。

身体の中が空っぽみたいだった。

(魔力切れ……)

でも言えない。

言ったら、みんなの顔が曇る。
カイが、困る。

だから、笑って言った。

「……だいじょうぶ」

その瞬間。

カイが、ゆっくり振り返った。

ふわふわじゃない目。
冷たくない目。

“本物の本気”の目。

「嘘」
一言だった。

リィナの喉が詰まる。

「嘘じゃ……」
「嘘」
カイはリィナの前まで歩いてきて、しゃがみ込んだ。

視線が同じ高さになる。

「リィナ、鈴の音が違う」
「……」
「頑張りすぎの音」

リィナは笑おうとした。

でも口角が震えるだけだった。

「……ごめん」
「謝らないで」
カイが即答する。
「頑張った、って言って」

言われた瞬間、涙が落ちた。

(あ……)

リィナは泣きながら、頷いた。

「……頑張った」
カイは一瞬だけ息を止めてから、ゆっくり言った。

「うん」
それだけで、声が優しすぎた。



ギルドへ戻る道。

カイはリィナを背負った。

リィナは最初、抵抗した。

「歩けるよ……!」
「歩けない」
「歩ける!」
「歩けない」
「……歩けるもん!」
「じゃあ歩いて」

カイがふっとリィナを下ろす。

リィナは一歩踏み出した。

ぐらっ。

「ほら」
カイが淡々と言う。

リィナは顔を赤くして俯いた。

「……むり」
「うん」
「……背負って」
「うん」

勝った。

いや違う。

これはカイの勝ちじゃない。
リィナが“許可した”勝ちだ。

背中はあたたかい。
揺れが優しい。

リィナは小さく呟いた。

「……重くない?」
カイ「重い」
「えっ」
カイ「重いけど、好き」
「好き!?」
「好き」

三回じゃない。
今は乱発。

リィナは背中で顔を隠して、ぷるぷる震えた。

「……今、それ言うの、反則……」
「反則なら、もっとする」

昨日も聞いた。
でも今日は破壊力が違う。

(回復術より効く……)



その夜。

リィナはギルドの医務室のベッドに寝かされた。

怪我はない。
でも魔力切れは、身体にくる。

手足が重い。
まぶたも重い。

ミラが言った。

「寝な」
ガラム「飯は後で持ってくる」
リィナ「ありがとう……」

二人が出ていくと、部屋に残ったのは――

カイ。

(う、うわ)

(カイくん、恋人、二人きり、夜)

リィナの脳内が緊急会議を始める。

しかしその会議を、カイが一言で止めた。

「寝てて」
「……うん」

カイは椅子に座って、リィナの手を取った。

いつもの“置いていかない握り方”。

リィナは小さく言う。

「……カイくん」
「うん」
「怖かった?」
カイは少しだけ目を伏せた。

「怖かった」
「……えっ」
「君が落ちた時」
リィナの胸がじんとする。

「……私、大丈夫って言った」
「嘘だった」
「……うん」
「嘘、嫌い」
「……ごめん」
「謝らないで」

まただ。

謝らないで、と言う声が優しい。

カイはリィナの指先に、そっと唇を落とした。

軽いキス。

リィナの思考が飛ぶ。

「……えっ」
カイは淡々と言った。

「回復」
「回復ってそれ!?」
「効く」
「効くけど!!」

顔が熱くて死ぬ。

カイは真顔で言う。

「効いたなら、もう一回」
「えっ!?」
「冗談」
「冗談に聞こえない!!」
「半分冗談」
「半分本気じゃん!!」

リィナがぷるぷるしていると、カイは静かに言った。

「甘やかすとリィナが頑張りすぎるから」
「……え」
「抑えていたけど」
「……けど?」
「今日は、甘やかし禁止、解除」
「……解除」
「うん」

その“うん”が、静かに重い。

リィナは小さく聞いた。

「……何を、してくれるの」
カイはまっすぐ言った。

「君が頑張った分、全部甘やかす」

全部。

その言葉で、胸がいっぱいになる。

リィナの目が潤む。

「……泣いていい?」
カイ「いい」
「……弱い?」
カイ「強い」
「え?」
カイは少しだけ笑って言った。

「泣けるのは、強い」

その言葉があたたかくて、
リィナは泣きながら笑ってしまった。



しばらくして。

カイが小さな湯気の立つカップを持ってきた。

「蜂蜜湯」
「……おいしそう」
「飲ませる」
「えっ!?」
「手、震えてる」
「……震えてない」
「震えてる」
「……震えてるかも」

負けた。

カイはゆっくりカップを口元へ運ぶ。

リィナはちびちび飲んだ。

甘い。
あたたかい。

それだけで心が溶ける。

「……カイくん」
「うん」
「これ、恋人のやつだ」
カイは即答した。

「うん」
「……甘やかしすぎ」
「足りない」
「足りないの!?」
「君はいつも足りてない顔する」

見てるから、の人だ。

リィナは小さく言った。

「……足りてるよ。今日、足りてる」
カイの目が揺れる。

「……足りてる?」
「うん」
「じゃあ、追加しない」
「えっ」
「冗談」
「やめて!!」

カイが小さく笑う。

その笑い方が、ふわふわじゃなくて――
優しさそのものだった。



リィナは眠気に負けそうになりながら、呟いた。

「……カイくん」
「うん」
「私、頑張りすぎた?」
カイは即答した。

「頑張りすぎた」
「……怒ってる?」
「怒ってない」
「……じゃあ」
「心配してる」

カイはリィナの額に、そっと手を当てる。

「君が壊れるのが怖い」
その声が少しだけ震えていた。

リィナは胸がいっぱいになって、言った。

「……壊れないよ」
「嘘はだめ」
「……じゃあ」
リィナは小さく笑う。

「壊れそうになったら、言う」
カイの目が、少しだけ柔らかくなる。

「約束」
「約束」
「遅くていい?」
「うん」
「怖くていい?」
「うん」
「……好きって言ってもいい?」
カイが一瞬止まる。

それから、静かに言った。

「……言って」

リィナは息を吸って、囁いた。

「好き」
カイはすぐ返した。

「好き」
リィナ「……三回ルール」
カイ「今日は無限」
リィナ「無限やめて……」
カイ「好き」
リィナ「……好き」
カイ「好き」

リィナはもう笑うしかなくて、
そのまま眠りに落ちた。



目を閉じる寸前。

カイの声が聞こえた。

「……おやすみ、リィナ」
「……うん」
「置いていかない」
「……うん」
「逃がさない」
「……それは……」
カイが小さく笑った。

「冗談。半分」

半分。

リィナは眠りながら思った。

(半分は、本気だ)

その“本気”が――
今は、怖くない。

リン、と鈴が鳴った気がした。

それはたぶん、夢の中で。
でも確かに、合図だった。
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