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魔族と人間が和解して互いの国を侵略しない契約を行ったのが、1号200年以上前。
寿命の長い魔族からすればまだ200年、人間からすれば200年も前の話、そういう認識の相違はあるものの、おおむねこの契約はうまくいっている。
それもそのはず、契約を破れば人間はほぼ死に絶えてしまうような苛烈な罰則が強いられているからである。人間が200年前の約束を信じていなくとも契約が不履行になればその罰則はすぐさま発動する。それが魔族と勇者の交わした鉄の掟。
人間すべてを滅ぼしてまで魔族の土地を侵略しようというつわものは現れていない。
いまの魔国はエリアに分かれて有力な魔族がその土地を収めている。
人間の領土という概念に乗っかった形だ。
現在エリアは合計49ほどあり、大きさはほぼ同じだ。
人間との国境になるエリア1~10を収める魔族はほとんどが愛玩派と呼ばれる人間に対して有効的な感情を持った魔族だ。
このエリア10をまとめ上げているのは、ヴァーレンという魔族である。
愛玩派有力者らしく人間に姿かたちを似せている。髪は金と銀の間の不思議な色合いをしているが、これはさして珍しい色というわけではない。
男性体らしく髪はみじかめにしており、目に髪が入るのが煩わしいと前髪は左右に流している。体つきも、成人男性にしてはほっそりしている印象があるが、人間と同程度、違いと言われると、誤差、個人差というものにつながるだろう。
人間から乖離しているといえばその大きく頭の左右から突き出た角、瞳ぐらいだろう。てかてかとした鈍色の虹の反射する瞳は瞬きを必要としない。
ヴァ―レンは一応は偉そうなたいそう大きな椅子に腰かけている。
王からエリア長にそれぞれ贈られたという冠は頭には置かれず、椅子のすぐ横にある小さなチェストの上に置かれた強化ガラスの中に収めている。
エリア長と言うのは正直言って面倒なばかりの役職で旨みなどほとんどない。厄介ごとばかりが舞い込んでくるため、やりたがるものはいない。魔王に任命されなければヴァーレンとて絶対に引き受けたりしなかった。
絶対的な強さを前に否と言えるほどヴァーレンは強くない。否を唱えたらおそらくヴァーレンは死を迎えていただろう。
遠くからこちらに向かって歩いてくる部下の足音が聞こえる。
それと同じく、嫌でも聞きなれてしまっためんどうな客の規則正しい足音も一緒だ。
「ヴァ―レン様、面会です」
言われずともその客人の用などわかり切っている。
「……ユイカだろう?」
「おっしゃる通りです」
頭から触角の突き出た部下は、ぎょろりと飛び出た目をヴァ―レンに向ける。部下は上から下まで真っ黒な服装と黒い髪と浅黒い肌をしている。
静かな仕草は洗練されており、ヴァ―レンへの敬意をも見て取れる。
「はぁ、仕方がない。いつも通り地下の闘技場へ通せ」
「は」
言葉少なに部屋を出た部下は、すぐ近くの控えの間に入っていく。
耳のいいヴァ―レンには少し離れた控えの間の会話も簡単に聞き取れる。
「闘技場へどうぞ」
「話が早いなぁ」
執事と比べれば軽い口調の男の返答が聞こえる。
ガチ、という音はその腰に佩いた細身の刀の音だ。
「……もうかれこれ20回目ですから」
嫌みだろう言葉を部下が口にしている。
「ヴァ―レン様もさすがにあなたのお名前は覚えてしまっていますよ」
「そう? 嬉しいな」
軽薄そうな物言いの男だが、人間の国では名の通った男なのだという。
人間の寿命は魔族からすれば短すぎる。
一度会ってももう一度相まみえるころにはもう年老いてしまっているということが多々あるのだ。こうしてまだ若いうちに何度も会うこと自体が珍しい。
「今日こそヴァ―レンに勝たないとな」
「検討をお祈りいたします」
20回目の挑戦とは思えないほど快活で前向きな言葉を聞き取ったヴァ―レンは、ふぅ、と軽く息を吐く。
部下は適当な心のこもらない口上を述べて、地下闘技場への扉を開けた。
部屋よりも薄暗い階段は、耐久性の良い石造りで、じわりと湿っていて冷たい空気を放っている。それに加え、明かりの数が少なく薄暗い。かろうじて足元は見えるようになっているが、今いる控室からすれば雲泥の暗さのはずだ。
「あいかわらずじめってるなぁ」
ユイカは勝手知ったる道とばかりになんの躊躇もなく足を踏み出し、階段を下る。
部下は黙って控えの部屋から階段へ続く扉を締め切り、がちゃん、と重々しい音を立てて鍵をかけた。
ゆるやかな螺旋を描く階段をユイカは鼻歌でも歌いそうな陽気な気分で降りていく。
この先に待つのがヴァ―レンであることを知っているからだ。
蔦模様の入った銀色の手甲と、ごてごてといろいろな宝石の埋め込まれた鞘に納められた刀、それだけがユイカの身に着けている装備に見える。
見れば指にはいくつかの指輪がはまっているし、耳には繊細なつくりのイヤカフが付いている。
外見だけで言えば宝石好きのボンボンにさえ見える。それらの宝石は人間が魔法を使う際に必要なもので、たくさんの宝石を身につけていると言うことはかなりの強さであること示している。
闘技場の扉のまえで、さらさらの黒い前髪をちょいちょいとおしゃれに気を遣う乙女のように整えてから、ユイカは石造りのかなりの重さの扉を押し開けた。
「ヴァ―レン! 久しぶりだなぁ。相変わらずかわいいね、いや、綺麗、かな?」
ヴァ―レンはユイカの入った扉の向かい側にある同じつくりをした扉の前で腕組みをして立っていた。
「またお前か、ユイカ……」
寿命の長い魔族からすればまだ200年、人間からすれば200年も前の話、そういう認識の相違はあるものの、おおむねこの契約はうまくいっている。
それもそのはず、契約を破れば人間はほぼ死に絶えてしまうような苛烈な罰則が強いられているからである。人間が200年前の約束を信じていなくとも契約が不履行になればその罰則はすぐさま発動する。それが魔族と勇者の交わした鉄の掟。
人間すべてを滅ぼしてまで魔族の土地を侵略しようというつわものは現れていない。
いまの魔国はエリアに分かれて有力な魔族がその土地を収めている。
人間の領土という概念に乗っかった形だ。
現在エリアは合計49ほどあり、大きさはほぼ同じだ。
人間との国境になるエリア1~10を収める魔族はほとんどが愛玩派と呼ばれる人間に対して有効的な感情を持った魔族だ。
このエリア10をまとめ上げているのは、ヴァーレンという魔族である。
愛玩派有力者らしく人間に姿かたちを似せている。髪は金と銀の間の不思議な色合いをしているが、これはさして珍しい色というわけではない。
男性体らしく髪はみじかめにしており、目に髪が入るのが煩わしいと前髪は左右に流している。体つきも、成人男性にしてはほっそりしている印象があるが、人間と同程度、違いと言われると、誤差、個人差というものにつながるだろう。
人間から乖離しているといえばその大きく頭の左右から突き出た角、瞳ぐらいだろう。てかてかとした鈍色の虹の反射する瞳は瞬きを必要としない。
ヴァ―レンは一応は偉そうなたいそう大きな椅子に腰かけている。
王からエリア長にそれぞれ贈られたという冠は頭には置かれず、椅子のすぐ横にある小さなチェストの上に置かれた強化ガラスの中に収めている。
エリア長と言うのは正直言って面倒なばかりの役職で旨みなどほとんどない。厄介ごとばかりが舞い込んでくるため、やりたがるものはいない。魔王に任命されなければヴァーレンとて絶対に引き受けたりしなかった。
絶対的な強さを前に否と言えるほどヴァーレンは強くない。否を唱えたらおそらくヴァーレンは死を迎えていただろう。
遠くからこちらに向かって歩いてくる部下の足音が聞こえる。
それと同じく、嫌でも聞きなれてしまっためんどうな客の規則正しい足音も一緒だ。
「ヴァ―レン様、面会です」
言われずともその客人の用などわかり切っている。
「……ユイカだろう?」
「おっしゃる通りです」
頭から触角の突き出た部下は、ぎょろりと飛び出た目をヴァ―レンに向ける。部下は上から下まで真っ黒な服装と黒い髪と浅黒い肌をしている。
静かな仕草は洗練されており、ヴァ―レンへの敬意をも見て取れる。
「はぁ、仕方がない。いつも通り地下の闘技場へ通せ」
「は」
言葉少なに部屋を出た部下は、すぐ近くの控えの間に入っていく。
耳のいいヴァ―レンには少し離れた控えの間の会話も簡単に聞き取れる。
「闘技場へどうぞ」
「話が早いなぁ」
執事と比べれば軽い口調の男の返答が聞こえる。
ガチ、という音はその腰に佩いた細身の刀の音だ。
「……もうかれこれ20回目ですから」
嫌みだろう言葉を部下が口にしている。
「ヴァ―レン様もさすがにあなたのお名前は覚えてしまっていますよ」
「そう? 嬉しいな」
軽薄そうな物言いの男だが、人間の国では名の通った男なのだという。
人間の寿命は魔族からすれば短すぎる。
一度会ってももう一度相まみえるころにはもう年老いてしまっているということが多々あるのだ。こうしてまだ若いうちに何度も会うこと自体が珍しい。
「今日こそヴァ―レンに勝たないとな」
「検討をお祈りいたします」
20回目の挑戦とは思えないほど快活で前向きな言葉を聞き取ったヴァ―レンは、ふぅ、と軽く息を吐く。
部下は適当な心のこもらない口上を述べて、地下闘技場への扉を開けた。
部屋よりも薄暗い階段は、耐久性の良い石造りで、じわりと湿っていて冷たい空気を放っている。それに加え、明かりの数が少なく薄暗い。かろうじて足元は見えるようになっているが、今いる控室からすれば雲泥の暗さのはずだ。
「あいかわらずじめってるなぁ」
ユイカは勝手知ったる道とばかりになんの躊躇もなく足を踏み出し、階段を下る。
部下は黙って控えの部屋から階段へ続く扉を締め切り、がちゃん、と重々しい音を立てて鍵をかけた。
ゆるやかな螺旋を描く階段をユイカは鼻歌でも歌いそうな陽気な気分で降りていく。
この先に待つのがヴァ―レンであることを知っているからだ。
蔦模様の入った銀色の手甲と、ごてごてといろいろな宝石の埋め込まれた鞘に納められた刀、それだけがユイカの身に着けている装備に見える。
見れば指にはいくつかの指輪がはまっているし、耳には繊細なつくりのイヤカフが付いている。
外見だけで言えば宝石好きのボンボンにさえ見える。それらの宝石は人間が魔法を使う際に必要なもので、たくさんの宝石を身につけていると言うことはかなりの強さであること示している。
闘技場の扉のまえで、さらさらの黒い前髪をちょいちょいとおしゃれに気を遣う乙女のように整えてから、ユイカは石造りのかなりの重さの扉を押し開けた。
「ヴァ―レン! 久しぶりだなぁ。相変わらずかわいいね、いや、綺麗、かな?」
ヴァ―レンはユイカの入った扉の向かい側にある同じつくりをした扉の前で腕組みをして立っていた。
「またお前か、ユイカ……」
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