ひめごと

藤沢ひろみ

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十六.返事

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 チチチと鳥のさえずりが聞こえた。
 カーテンの隙間から、日差しが細くベッドへと延びる。
 朝だと分かっても、体がだるくて大和はベッドから起き上がれなかった。

 唇に軽く何かが触れる。大和が瞼を閉じたままでいると、下唇をぷにぷにとつつかれる。
 指で摘まんだりして遊ばれているようだ。こんな風に遊んでくるのは充だろう。
 大和は眠りを邪魔され、小さく呻いた。
「……充、せっかく気持ちよく…」
 寝ぼけながら大和がぼやくと、突然頬を摘ままれ強制的に目覚めさせられた。

「よくも人のベッドの上で他の男の名を呼べるよね。おはよう、兄さん」
「……。ゆ、うじん」

 大和が目を開けると、目の前に怒りを湛えた悠仁の顔があった。
 自分の失言もさることながら、昨夜のことを思い出し、一気に現実に気付く。

 まさか弟の部屋で朝チュンすることになるとは思わなかった。

「で、誰? 充って」
「………」

 ベッドの前にしゃがんだ悠仁は、すでに学校の制服に着替えていた。
 顔は笑っているが、目が笑っていない。悠仁の変なスイッチを押してしまった気がする。

 嫌な予感がして、大和はベッドから身を起こした。
「!」
 シーツの上に座った瞬間、濡れた感覚に大和はどきりとする。
 そっと腰を浮かすと、とろりと足の間から白いものがシーツの上に落ちた。

 昨夜は夢中で気付かなかったが、また悠仁に中に出されたようだ。
 大和は思わず悠仁の制服のネクタイを掴んだ。今度は悠仁の方が驚く。

「お前、また中に出したなっ。後処理が大変だから中に出すなって、言ってるだろっ」
「ご、ごめん。兄さん」
 突然怒られて、悠仁が素直に謝る。しかし、大和の怒るポイントがよく分かっていないようで、きょとんとした表情のままだ。

「こないだも、風呂場まで行くの大変だったんだからなっ」
 大和はネクタイを掴む手をぶるぶると震わせる。
 中から零れないよう内股で歩くことは、無理矢理に抱かれたことをさらに情けなくさせた。

「ごめん、兄さん。よく分かってなくって……。次からは気を付けるから」
「次はない!」
 大和は怒りに任せて、びしっと言い放つ。
 ずるずると流されっぱなしの大和も悪い。しっかりと、断ち切らなければならないのだ。

 悠仁が黙り込んで俯いた。ネクタイを掴む大和の手にそっと触れる。
「俺、兄さんの気持ちをちゃんと聞いてない」
 悠仁にじっと見つめられる。
 ネクタイから大和の手を離すと、悠仁の手が大和の手をぎゅっと握った。

「兄弟だからとか、“告”だからとかじゃなく、一人の男として見てほしい。俺、兄さんが好きだよ。“告”と兄さん、どちらか選べって言われたら、迷わず兄さんを選ぶ」
「悠仁……」
 優しいまなざしが大和を見つめる。目が離せなくなる。

「俺を、兄さんの恋愛対象の中に入れてよ」
「………」
 大和の瞳が揺らいだ。

 そんなことを言われても困る。
 悠仁は弟で、“告”の後継者なのだから。絶対に―――大和の恋愛対象として選択肢に入れてはならない。

「兄さん、好きだよ。……兄さんは?」
 悠仁の唇が、握られた手に触れる。
 大和はベッドに座りこみ、身動きができなくなる。

 悠仁が自分の想いを突き進もうとする以上、大和の理性が最後の砦だ。
「―――」
 大和は唇をきゅっと結ぶ。

 悠仁に握られた手を振り払った。悠仁が大きく目を見開いて大和を見返す。
 そして、大和は出来る限り感情を込めず、淡々と告げた。
「答えなんて、言うまでもなく決まってる」
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