ひめごと

藤沢ひろみ

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二十四.“告”の血

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 ベッドに拘束され横たわった大和の傍に、女が近づいた。
 正照は女の肩を軽く叩くと、大和から離れる。少し離れた位置から様子を見守るように、壁に凭れて立った。

 いったい何をされるのか分からず、大和は不安な気持ちで女を見上げた。
「電気がないから、ここは暗いわ」
 女は呟き、ワゴンの位置をずらし、大和の腰の横へと移動した。空き家で通電していない為、明かりは外からの光しかない。

 女は大和の左腕を掴む。袖を上まで捲ると、大和の上腕に何かを巻き付けた。
 それが何かと分かり、大和はぎょっとする。
 採血の時に巻かれる、駆血帯だ。それを付けることの意味を考え、思わず反射的に逃げようと大和は拘束された体を動かす。

「おい、何するつもりだよ! やめろっ」
 大和が暴れても、ベッドはただ揺れただけだった。

 正照が近づく。
「大人しくしていないと、変な所にぶっ刺されて怪我するぞ」
「な、なんで血なんか……」
 異常な状況に大和は怯えを隠せず、正照を見上げた。
「安心しろ。そいつは看護師だから。上手いかどうかは知らんが」
 正照が笑う。

 大和の脳裏に、悠仁の言った言葉が思い浮かぶ。
 大和の精液を飲めば力が強くなるのだろうか、と。
 まさか、という目で大和は正照を見る。
「……血を、飲むのか?」

 大和の言葉に正照が目を丸くする。すぐに声を上げて笑われた。
「吸血鬼でもあるまいし、なんで飲むんだよ」
 悠仁のせいで、間抜けなことを言ってしまった。
 その間にも、女によって大和の左腕に消毒が塗られる。

「お前の血を、俺の体に入れる。“告”の血が入ることによって、俺の力は強くなるはずだ。まさかお前が霊獣も出せないほど力が弱いというのは予想外だったが」
「すでに血液検査は済んでるわ」
 女が付け加える。

 大和が寝ている間に、血液型を調べられていたらしい。大和が仲間になることを拒んだ場合、最初からこうするつもりだったのだろう。
 大和は唖然とした。
 そんなことで、本当に効果があるのだろうか。それならば、親族で輸血しあえばいいだけだ。血を守る為に、血の近い分家との結婚をする必要もない。

「そんなことしたって、意味ない」
 大和は訴えるが、効果はなかった。
「やってみなきゃ分からんだろう。大丈夫、死ぬまでは取らん」
「叔父さん!」

 “告”の血への執着だろうか。大和の言葉は正照に届かない。

 かつて、大和は悠仁への恋慕に気付き、せめて自分たちが“告”ではなく普通の兄弟だったなら、と何度も願った。
 “告”である以上、その責務を背負わなければならない。
 何の力もなく家を出たのであれば、そのまま普通の人として何のしがらみもなく自由に暮らせたはずだ。それなのに解放されてもなお、正照は“告”に囚われ続けている。悲しい男だ。

 いや、逆に血が薄いからこそ、求めるのだろうか。分家の人間も、むしろ本家以上に“告”のために少しでも濃い血を残そうと、分家同士で婚姻をしていたりもする。
 誰も彼も、“告”の血に囚われているのだ。

「動かないで。刺すわよ」
 女が静かに告げる。反射的に大和は体を強張らせた。
 少し太めの針が、チクリと腕に刺さる。繋がれたチューブから、赤い血液が吸い上げられていくのを、大和は目で追った。
「……」
 大和は観念し、大人しくなる。深く息を吐いた。

 まさか、こんなことになるなんて思わなかった。
 血を抜かれたら、大和は解放されるのだろうか。

 早く家に帰りたい。例えどう接していけば良いのか悩む状態でも、早く悠仁の顔が見たい。
 思い出した途端に、大和は悠仁に無性に会いたくなった。
 認めたくなかった悠仁への想いをようやく認めた途端にこんなことになるなんて、これも決して報われない恋に与えられた試練なのだろうか。



 どれほどの時間が経ったのか、針が抜かれ、血液バッグが入れ替えられる。
 静かだった。
 ただ、血液を吸い上げる機械の運転音が聞こえるだけ。本当に、周りに民家はないようで、外からは何の音も聞こえない。
 ただ横たわっているだけで、やたら時間が長く思えた。これはどれだけ続くのだろうかと考えた時、正照の言葉を思い出す。

 死ぬまでは取らない、と。

 三十パーセントの急速な出血は、死の危険がある。まさか、限界まで血を採るつもりなのだろうか。
 そう考えた途端に、めまいがした。
 大和は無事に生きて帰れるのだろうか。採血されていることが怖くなり始める。
 意識的なものなのか、血が抜かれているせいなのか、頭がクラリとした。

 そういえば、最後に食事をしたのは何時だっただろう。カフェで軽く済ませただけだった。最後に飲み物を飲んだのは、バーで酒を数口だけだ。
 ケンジの精液を飲んだが、もし大和がここで死んでしまったとしたら、それが最後の晩餐ということになるのだろうか。何とも複雑な気持ちになる。

 もし―――もし本当に、死んでしまったら。

 そう思った途端、大和は目尻にじわりと涙が溜まるのが分かった。
 それは死への恐怖ではない。後悔からくるものだった。

 悠仁の顔が浮かぶ。
 思い浮かぶのは、悠仁のことばかりだった。
 ゲイでもないのに、兄を好きだと抱いた。好きな気持ちを我慢しないと。

 大和や分家の者は、幼い頃から“告”の教育を受け、何より“告”を最優先すべきという気持ちが、根っこにある。それは“告”の血の束縛とも言えるかもしれない。しかし、それを重荷に感じたことはなかった。

 悠仁は、十二歳で告の家にやってきた。家に来てからは教育を受けてはいるが、それまでは自由に何に抑えられることもなく生きてきた。
 だからこそ、大和や分家の者と違い、血の束縛が緩いのだろう。大和が“告”なのだからと我慢することが当然のことも、悠仁にはそうではない。
 “告”のことを疎かにはせず、自分のことも考える柔軟性が悠仁にはあった。大和もそうであったら、こんなに苦しまずに済んだかもしれない。

 もしここで、大和の命が終わってしまうのだとしたら。

 こんなことなら、素直に気持ちを認めていれば良かった。
 そうすれば、初めて抱かれてからの一ヶ月程度の間でも、幸せな時間を過ごすことができたのに。いや、大和が最初に悠仁を好きだと思った時に告白していれば、三年だ。

 大和はどれほどの時間を無駄にしてしまったのだろう。こんな状況にならないと、そう思えないなんて。

「―――…」
 会いたい。悠仁に会いたい。
 途端に切なさがこみ上げくる。

 もう気持ちを抑えたくない。こんなにも胸が痛くて苦しくなるほど、悠仁が好きだ。
 互いに強く惹かれているのに愛し合おうとしなかったなんて、どうしてそんなことができたのだろう。

 もう逃げない。
 もし最後に会えたら、ちゃんと大和の気持ちを伝えたい。
 抱かれても何でもいい。愛し合いたかった。許される限り、一緒にいたかった。
 でも、もう何一つ叶わないかもしれない。

 悠仁、と呼んだのは、声に出たのかどうか分からない。大和の意識は遠のき始めていた。

 何だか周りがざわついているような気がした。
 大和はその中で、自分を呼ぶ弟の声を聴いた気がした。
 何故か必死の形相で悠仁が自分を見つめている。幻覚でも、会えて良かった。
 最期に、ちゃんと伝えておきたかったから。

「悠仁……。好きだ………」
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