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そしてケモノは愛される

18.思い出

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「穂積先生って昔、斎賀様と一緒に組んでたんだって?」
 最後の患者のカルテを書き終え穂積が待合室に顔を出すと、納品にきた志狼に訊ねられた。

 先程まで祖母と待合室で喋っていたので、志狼はそのまま長椅子に座りくつろいでいる。祖母は志狼に蜜柑水を出した後、自宅へ帰って行った。

 今日、志狼が納品に来るとは思わなかった。
 二日前、強引に口淫してしまったからだ。

 無理矢理抱いた時のように、またしばらく顔を出さなくなるのではないかと思っていたのに、いつもと変わらぬ様子で現れた。あんなことをされた後にしては、何故か機嫌が良いようも感じる。

 雑用を残すだけなので、穂積も休憩とばかりに志狼の向かい側の丸椅子に腰掛けた。
「斎賀から聞いたのか」

「ハンターを引退した時の話も……聞いた」

「そうか」
 昔の話を斎賀がしたということが、意外だった。

 あの事件は、それまでの自信を奪うとともに、仲間の命も奪い、斎賀は自分を責めて傷付いた。

「穂積先生も、剣士だったって聞いた」
「おう。一応お前の先輩だ」

「それで、昔の話聞きたいなって思って……」
 志狼は蜜柑水を口にする。

 恥ずかしいことをされたのにすぐ顔を出したのはそういう理由だったか、と納得した。

「俺の武勇伝をか?」
「斎賀様のに決まってるだろ」
 にやにやして訊ねると、ムキになったような返事が返ってきた。

「まあ、照れるな。俺の秘伝の技を教えてやらなくもない」
 そんな技はないが、志狼を揶揄う。

 そうだな……と呟き、穂積は最近は思い出すことのなかった昔のことを思い出した。

「斎賀は、耳も尾もまったく動かさないだろ。理由を知っているか?」
 志狼が首を横に振る。

 斎賀の尻には、動かない銀の尾がついている。それはもちろん、作り物などではない。

「昔はちゃんとふりふりと動いてたんだ。だがある時、振った尾を狙われてな。体から離すことがないよう、訓練して今のようになったんだ。尾を振らないことで、リスクは軽減される」

「す、すごい。さすが斎賀様……っ。なんて精神力なんだ。かっこいい!」

 志狼の尾は興奮して上がり、ぶんぶんと振られる。
 ただでさえ難しいが、きっと志狼には一生無理だと想像がつく。

「もう外に出ないんだから、いい加減気を抜いてもいいと思うんだがな……」
 穂積はふっと寂しい笑みを浮かべた。

 襲って来る魔族はいないのに、斎賀は未だに尾を動かさない。
 それはまるで、過去を忘れない為のように思えた。

 穂積は昔の話を続けた。

 話しているうちに、とても懐かしくなった。
 あの頃は無茶もしたが、とても楽しかった。仲間と切磋琢磨し、強くなっていく自分を実感することはとても充実していた。

 皆に頼りにされる医者が嫌なわけではないが、今の平和な暮らしでは得られないものだ。

 志狼は興味津々で、時折深く頷いたり、斎賀をカッコイイと褒めたりしながら話を聞き続けた。

「斎賀は元々ハンター稼業なんてしなくていいほどの金持ちだったんだが、それまで稼いだ金と財産で、引退後にファミリーを設立した。俺たちは旅先で、幾度となく魔族孤児を見てきたからな。斎賀がファミリーを設立したのはそういうわけだ」

 そう言うと、穂積は話を締めくくった。

 ほうっと、志狼が溜め息を零す。
 斎賀の色んな話を聞けて、ご満悦な様子だった。
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