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そしてケモノは愛される

41.穂積の我慢

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「あーあ。全身びしょ濡れだよ……」
 池に落ちた志狼が立ち上がった。

 深さはそれほどでもないが、勢いよく落ちたため水しぶきで服がびしょ濡れだ。
 志狼は頭と尾を振りブルブルと水を飛ばすと、池から出てきた。その姿を見て、一瞬瞬きを忘れる。

「はぁ……」

 思わず溜め息をついたのは、穂積の方だ。
 それも、主張するほどの大きな溜め息だ。それを耳ざとく志狼が聞きつける。

「どうせ呆れてるんだろ」
 志狼は唇を尖らせるが、穂積の溜め息の理由は別だ。

 濡れたせいで、志狼の服は体に張り付いていた。
 穂積はその体を知っているので、容易く想像ができてしまう。引き締まった、瑞々しい肉体だ。

 濡れた志狼が、穂積の所まで歩いてくる。
 まるで目の前で餌を見せつけて、試されているような気分だった。

「……志狼、お前な」
 再度大きく溜め息をつく。
「そういうエロい格好で、俺の前をうろつくんじゃない」

 これのどこが?と言いたげに、きょとんとした顔で志狼は自分の体を見た。

 穂積は志狼の顎を掴むと、引き寄せ唇を奪った。突然のキスに志狼は驚いたが、大人しく受け入れる。
「ほ…ず……」
 唇が離れた隙間から、志狼の切ない声が漏れた。

 普段祖母に邪魔されるので、ゆっくりとその咥内を味わった。いつもより長かったせいか、志狼の息が上がってくる。
「ん……っ」

 ようやく唇を離して志狼の顔を見ると、頬を紅潮させていた。
「志狼。人がせっかく我慢してるってのに、なんでお前はそう俺を煽るようなことをするんだ」
「別に煽ってなんか……」

 穂積は志狼の頬をむにゅっと摘まんだ。
 志狼は文句も言わずに、じっと穂積を見返した。

「……てか、我慢……してた、の?」

 思いがけないことを言われ、穂積は唖然とする。思わず頬を摘まむ指に力が入った。
「ほゆ」
「当たり前だ。好きな奴を目の前にして、触れたいと、抱きたいと思わない男がいないわけがない」

「………」
 何故か驚いたような顔で志狼が見返す。

「でも、ちゃんと待つって言ったからな。男の約束だ」
 穂積は摘まんでいた指を離すと志狼の頬を撫でさすり、ふんと鼻を鳴らした。

 なでなでされながら、志狼は戸惑いがちに穂積を見た。
「……ご、ごめん。我慢……させてるなんて、思わなかった」
 志狼が俯く。
「だって、いつもすぐやらせろって言うから、そういうノリなんだと……」

「そ、それは……」
 穂積は、うっと声を詰まらせる。

 言われてみれば、確かに下半身に我慢のきかない男のようだった。
 ふざけてちょっかいをかけていた穂積にも、原因はあったようだ。

 しかし、あれはオトナのいたずらのようなものだ。
 おっぱいの大きなお姉さんと一緒に楽しく飲んでいて、酔いのはずみで触らせてもらえたらラッキーというのと同じだ。オトナの関係だからこその、そういういたずらというものもある。

「ほら、それはアレだ。気になるコがいたら、ちょっかい出したくなるだろ。運良く触れたらいいなあ、みたいな」
「……俺はそういう、あわよくばみたいな感覚ない」
 真顔で応酬された。

 お店の女の子を具体例にした時点で間違っていた。しかし、穂積の人生は大概それで乗り切ってきた。
 最初の告白ですら、まだ斎賀のものでないならば、という気持ちだった。

「あわよくばを舐めんなよ。これは自分で仕掛けが必要だが、自然な流れに身を任すという懐の深さと、運の強さが必要なんだからな」

 いい加減さを誤魔化そうとするが、却って胡散臭そうな目で見られた。
「何を言いたいかってぇとだな……」

 オトナのいたずら半分、からかって反応を見たい半分、本気が入っていないとは言い切れない。決して遊びだけで手を出していたわけではない。

 穂積は言葉を濁す。
「まあ、とにかく……だ。志狼の気持ちを尊重して、大人しく我慢してるんだから。無邪気に煽んじゃねえ」
「むぅ」
 煽ってないし、と付け加え、照れた志狼が少し唇を尖らせた。

「……穂積先生」
 呼ばれて志狼を見返す。

「俺の気持ちが落ち着くまで待っててくれて……ありがとう」
 それから、と志狼は付け足した。
「俺、先生が待ってくれてる……気持ちに気付いてなかった」

 それは穂積の過去のいたずらのせいでもあるので、仕方がない気もした。
 でも、気付いてもらえたのならそれでいい。

 少し俯き加減で、志狼がちらりと上目遣いで見た。
「えっと……その………。お待た……せ?」
 恥ずかしそうに志狼が疑問形で言った言葉に、穂積は目を瞠る。

「え?」
 聞き違えたのかと訊き返した。

 穂積の聞き間違いでなければ、それはつまり、と思わず喉が鳴った。
「……いいの、か?」
 確認すると、やや間があってから、こくりと志狼が頷いた。

「いつまでも引きずってるのも、ダメだよな。我慢してるなんて聞いたら、待たせてるの悪いなって……。どういうきっかけで言えばいいか分からなくて、自然な流れでいいかって……穂積先生に甘えてた。そんなこと考えもしなくて、ごめん」

 志狼の頬が赤く染まる。緊張しているのか、耳をぺたんとさせている。

 嬉しさのあまり我慢できず、穂積はぎゅっと志狼の体を抱き締めた。急に腕を動かしたせいで、シロにつけた紐が引っ張られ、足元でシロが驚いてメェッと鳴く。

「あ。わ、悪い」
 慌てて穂積はシロに謝った。
 志狼に待つよう言ってその場を離れると、シロの紐を木に繋ぎ穂積はすぐさま戻る。

「よし、これで大丈夫だ」
 即座に志狼の服を捲り上げると、志狼が慌てふためいた。

「な、何っ。い、今!?」

 捲られかけた服の裾を、志狼が押さえた。
 当然のように、今すぐのつもりだった。

「そういう意味じゃ……っ。ただ、気持ちの準備ができたって意味で……っ」
「もう、待てねえ。お待たせと言われて、まだ待つ馬鹿はいない」
「ひゃっ」

 上がダメならとばかりに、ズボンの腰紐に手を伸ばす。さらに志狼が慌てふためいた。
「う、嘘だろ。ここ、外で……!?」

 キスの名残か、ズボンを見ると志狼の中心は少し膨らんでいた。濡れて体に密着しているせいで隠せない状態だ。

 布地の上からやわやわと揉んでやると、小さく上擦った声が漏れる。
「ほ、ず……っ」

 いつもならここで相手の耳朶を舐めて相手の気分を高めていくのだが、二人の身長はほぼ同じで、しかも獣人の耳の位置は頭の上だ。立ったままでは、甘噛みしたくても届きやしない。
 志狼の膝が少し崩れたのを狙い、草の上に志狼の体を押し倒した。

 芯を持ち始める志狼自身を、布の上から撫でまわす。
 志狼の首筋に、頬に、唇に、降り注ぐようにキスをした。

「志狼……。今、お前を抱きたい」

 これ以上ないくらいの真剣さで、穂積は訴えた。
「………」
 困ったような、それでいて恥ずかしそうな表情で志狼が見上げる。
 だが、目を合わすことに耐えられないように、すぐに視線を外された。

「………。ふかふかの……ベッドは?」

 ぽそっと呟き、志狼の手がそっと穂積の服を掴む。
 思わず穂積は破顔した。

 そして、可愛い恋人の少し拗ねたような唇にキスをした。
「また今度な―――」
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