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ケモノはシーツの上で啼く Ⅲ

1.乱される感情<斎賀>

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 斎賀は開いていた帳簿を閉じた。
 まるで見計らったように仕事部屋の扉を叩く音がして、返事をする。

「斎賀様。お茶を淹れましたが、一息いかがですか」
 茶器を持った柴尾が現れた。

「ちょうど一区切りついたところだ」
 斎賀は机の上の書類を、端へと避けた。

 机の上に、紅茶と菓子が置かれた。
「狛江さんが、蜜柑の砂糖漬けを差し入れて下さったんです。少ししかないので、皆には内緒ですよ」
「ありがたく、いただくとしよう」

 柴尾はにこりと笑うと、役所に出掛けてくると部屋を出て行った。
 紅茶を一口飲み、斎賀は椅子の背もたれに体重を預けた。

 柴尾が斎賀の元で働き出してから、半年が過ぎた。

 柴尾はじつに優秀だった。
 ハンターとしての知識もありファミリーに関わることを任せられるのはもちろん、仕事の覚えも早く斎賀の本業の手伝いも任せられるようになった。
 皆からの信頼も厚く、とても気が利く。長年一緒に暮らしてきたせいか、だいたいのことは言わなくても分かるというのは案外良いものだ。

 柴尾が住み込みの従業員となるまでは、斎賀は夜遅くまで仕事をしていたが、今では夕食の頃には終われるようになった。

 本業を疎かにしないということを条件に、ファミリーを設立することを両親から承諾を得た。だから、誰かを雇って頼るつもりもなく、これまで一人でこなしてきた。
 柴尾に雇ってくれと言われた時は驚いたが、思った以上に仕事がはかどり助かっていた。

 ファミリーにいる者は将来的に、ハンターになることを前提としてファミリーに入る。だからこそ、ハンターにならずに斎賀の仕事を手伝うなどという考えは思いつきもしなかった。

 柴尾はハンターとしての道を断って、屋敷に残った。
 理由は、斎賀の傍に居たいというだけだ。

 そんな理由で、ハンターになる道を諦めて良かったのかと、今でも斎賀は少し気にしていた。



 斎賀は昔から、他人に自分のペースを乱されるのが嫌いだ。

 隙を見せたくないから毅然と振る舞い、常に冷静な自分でいた。
 様々な場面において常に余裕を持ち、場を導ける側でいたい。それは仕事では上手く事を運べるし、恋愛でも相手を安心させてきた。

 だから、平常心を保てなくさせられるのは気に入らない。
 快楽に溺れ、冷静さを失うなどしたくない。自分の行為で相手がそうなってくれるのは嬉しいが、自分自身がそうなるのは耐えがたい。

 抱かれるということは、相手のペースに乱されてしまうことでもあった。

 自分の思うように事を運べない。自分ですら知らない何かを、暴かれる。

 抱く側であれば、いくらでも余裕を持って相手を導いてやれる。
 忍耐力もあるつもりだったが、インバスを使われたといえ情けないことにすっかり柴尾のペースだった。

 無防備なところを曝け出し、何もかもが思い通りではなかった。
 何よりも、中が疼いてどうにもならなかったとはいえ、自ら男の腰に跨ることになるとは。

 あの出来事は、忘れようとしても、あまりに強烈すぎて記憶から葬ることができなかった。
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