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6.オーナーの呼び出し
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夜七時になると、遊華楼の営業が始まる。
その日の那岐の客は、常連の三島だった。
「那岐、いい……。もっとたくさん、突いてくれないか」
三島は妻子のある四十代の高官だが、隠れて遊華楼に通っていた。後ろから抱かれるのが好きで、少し激しいくらいを好む。
どんな相手であろうと、客を抱くのが那岐の仕事だ。
今まで年齢など気にしたことはなかったが、老人が訪れてからは自分がどの年齢まで相手にできるのかと気になった。
例えば今抱けている三島が五十代になったとしても、那岐は同じように抱くことができるのかと考える。
そしてすぐに、それが意味のない想像だと気が付いた。
何故なら、その頃にはすでに那岐は遊華楼を出ているからだ。
「三島さん、こんなにいやらしい体で二ヶ月我慢できたの? それとも、自分で後ろ弄った?」
腰を動かしながら尋ねると、三島は喘ぎながら頷いた。
「我慢……できなかったから、自分で……。でも、那岐ので突いて欲しかった……っ」
三島の答えに、那岐は微笑んだ。
「いい子だね。じゃあ、満足いくまで突いてあげようね」
年の離れた三島をまるで年下のように扱うと、三島は喜んで体を震わせた。固い仕事の三島は、年下の男に甘やかされることを好む。
「ここ、好きでしょう? 三島さん」
「ああ……那岐」
中を突かれる快感を知ってしまうと、客が今どのような快感を得ているのかが分かるようになった。
同時に尻を弄られた時のことを思い出してしまい、情けなさとともに体の奥が疼きそうになるのが少し厄介だった。
あの夜のことは、勉強だと思うことにした。
橘宮のトップたるもの、客の気持ちを知らずに抱いていたとは勉強不足である。より客の気持ちを理解し仕事に励むようにという、その為の経験だったのだ。
自分にそう言い聞かせることで、あの夜の嫌な出来事を大したことではないことにしたかった。
そうすればきっと、そのうちに気に留めることなどなくなるのだから。
遊華楼には定休日がない。
週に一日は休みが与えられるが、稼ぐ為に体力がなくならない限りほとんど毎日のように営業に出る。働く時間は夜だけと短いが、それでも体力のいる仕事だった。
休みはないが夕方までは自由な時間なので、各々過ごし方は自由だ。那岐も一番多いのは、仲間とのゲームの時間だった。
「お先に上がり」
五人でカードゲームをしていて、音羽が勝ち抜けした。二戦目だが、一戦目も音羽の勝ちだった。
「また負けたー」
「音羽、強いなぁ」
「このゲーム得意なんだ」
笑う音羽の隣で、那岐は手元のカードを見た。今回は惜しかった。あともう一周していたら、勝てたのに。
「もう一回! もう一回だ。次は勝つ」
那岐は三戦目を申し出た。
「じゃあ、もし私が三連勝したらケーキ奢ってね」
「よっしゃ、乗った!」
皆の手元のカードを回収すると、那岐は鼻歌を歌いながら楽しそうにテーブルの上で混ぜる。
「那岐ったら、ホント普段は子供みたいなとこあるんだから。案外、そういう那岐が好きな客もいるかもだよ?」
くすりと音羽が笑う。
「客の前じゃ出さないさ。“遊華楼の那岐”は、かっこいいオトナの男がウリなんだから」
「そうだよ、音羽。これ以上、那岐の客が増えたら困るよ」
「確かに」
「僕はそういう那岐さんのギャップ好きです」
「ほら、早速いるじゃないか」
テーブルで笑いが起こった。
自分のルックスで客がどういうタイプの男を好んでいるかというのは、客を取るうちに分かった。
そうして作り上げたのが、“遊華楼の那岐”だ。
客が好むように演じているという理由もあるが、自分を偽りでもしないとこんな仕事はやってられない。衛士のようにありのままの自分で営業するなど、那岐には到底無理だ。
那岐はカードをまとめると、全員に手札を配った。配り終えて手元のカードを見ようとすると、後ろから声を掛けられた。
「那岐。オーナーが呼んでるぞ」
「え? このタイミングかよ」
呼ばれたからには、行かなければならない。
呼びに来た者に代わりにゲームを託し、那岐はオーナーの部屋へと向かった。
呑気に腕を組み襦袢の両袖に手を入れながら到着すると、部屋をノックして中に入る。
「何か御用ですか?」
オーナーはデスクで書類を書いていたが、那岐が前に立つと手を止め顔を上げた。
「呼び出してすまんな」
「今夜の営業内容の変更ですか?」
客の都合で当日キャンセルになることは稀にあるが、基本的に割り込みの受け付けはされない。
だが、遊華楼のオーナーは金次第で動く。この前の老人もそうだった。いったい幾らの金を積ませたのかと、呆れるほどだ。
尋ねた那岐に対し、オーナーの口から出たのは予想だにしない言葉だった。
「今夜は客を取らなくていい」
那岐は驚いてオーナーを見返す。遊華楼に来て以来、そんな言葉を言われたのは初めてだったからだ。
「え?」
キャンセルが入った場合は、その夜の客を求めて表に出る。客を取らないという意味が分からず、那岐は尋ね返した。
オーナーは深く息を吐き、まっすぐに那岐を見た。
「お前の身請けが決まった。残る日はもう客を取らなくていい」
那岐は瞠目し、オーナーを見つめた。
「……え?」
信じられない言葉を告げられた。
唇が震え、尋ねた声は音になったか分からなかった。
その日の那岐の客は、常連の三島だった。
「那岐、いい……。もっとたくさん、突いてくれないか」
三島は妻子のある四十代の高官だが、隠れて遊華楼に通っていた。後ろから抱かれるのが好きで、少し激しいくらいを好む。
どんな相手であろうと、客を抱くのが那岐の仕事だ。
今まで年齢など気にしたことはなかったが、老人が訪れてからは自分がどの年齢まで相手にできるのかと気になった。
例えば今抱けている三島が五十代になったとしても、那岐は同じように抱くことができるのかと考える。
そしてすぐに、それが意味のない想像だと気が付いた。
何故なら、その頃にはすでに那岐は遊華楼を出ているからだ。
「三島さん、こんなにいやらしい体で二ヶ月我慢できたの? それとも、自分で後ろ弄った?」
腰を動かしながら尋ねると、三島は喘ぎながら頷いた。
「我慢……できなかったから、自分で……。でも、那岐ので突いて欲しかった……っ」
三島の答えに、那岐は微笑んだ。
「いい子だね。じゃあ、満足いくまで突いてあげようね」
年の離れた三島をまるで年下のように扱うと、三島は喜んで体を震わせた。固い仕事の三島は、年下の男に甘やかされることを好む。
「ここ、好きでしょう? 三島さん」
「ああ……那岐」
中を突かれる快感を知ってしまうと、客が今どのような快感を得ているのかが分かるようになった。
同時に尻を弄られた時のことを思い出してしまい、情けなさとともに体の奥が疼きそうになるのが少し厄介だった。
あの夜のことは、勉強だと思うことにした。
橘宮のトップたるもの、客の気持ちを知らずに抱いていたとは勉強不足である。より客の気持ちを理解し仕事に励むようにという、その為の経験だったのだ。
自分にそう言い聞かせることで、あの夜の嫌な出来事を大したことではないことにしたかった。
そうすればきっと、そのうちに気に留めることなどなくなるのだから。
遊華楼には定休日がない。
週に一日は休みが与えられるが、稼ぐ為に体力がなくならない限りほとんど毎日のように営業に出る。働く時間は夜だけと短いが、それでも体力のいる仕事だった。
休みはないが夕方までは自由な時間なので、各々過ごし方は自由だ。那岐も一番多いのは、仲間とのゲームの時間だった。
「お先に上がり」
五人でカードゲームをしていて、音羽が勝ち抜けした。二戦目だが、一戦目も音羽の勝ちだった。
「また負けたー」
「音羽、強いなぁ」
「このゲーム得意なんだ」
笑う音羽の隣で、那岐は手元のカードを見た。今回は惜しかった。あともう一周していたら、勝てたのに。
「もう一回! もう一回だ。次は勝つ」
那岐は三戦目を申し出た。
「じゃあ、もし私が三連勝したらケーキ奢ってね」
「よっしゃ、乗った!」
皆の手元のカードを回収すると、那岐は鼻歌を歌いながら楽しそうにテーブルの上で混ぜる。
「那岐ったら、ホント普段は子供みたいなとこあるんだから。案外、そういう那岐が好きな客もいるかもだよ?」
くすりと音羽が笑う。
「客の前じゃ出さないさ。“遊華楼の那岐”は、かっこいいオトナの男がウリなんだから」
「そうだよ、音羽。これ以上、那岐の客が増えたら困るよ」
「確かに」
「僕はそういう那岐さんのギャップ好きです」
「ほら、早速いるじゃないか」
テーブルで笑いが起こった。
自分のルックスで客がどういうタイプの男を好んでいるかというのは、客を取るうちに分かった。
そうして作り上げたのが、“遊華楼の那岐”だ。
客が好むように演じているという理由もあるが、自分を偽りでもしないとこんな仕事はやってられない。衛士のようにありのままの自分で営業するなど、那岐には到底無理だ。
那岐はカードをまとめると、全員に手札を配った。配り終えて手元のカードを見ようとすると、後ろから声を掛けられた。
「那岐。オーナーが呼んでるぞ」
「え? このタイミングかよ」
呼ばれたからには、行かなければならない。
呼びに来た者に代わりにゲームを託し、那岐はオーナーの部屋へと向かった。
呑気に腕を組み襦袢の両袖に手を入れながら到着すると、部屋をノックして中に入る。
「何か御用ですか?」
オーナーはデスクで書類を書いていたが、那岐が前に立つと手を止め顔を上げた。
「呼び出してすまんな」
「今夜の営業内容の変更ですか?」
客の都合で当日キャンセルになることは稀にあるが、基本的に割り込みの受け付けはされない。
だが、遊華楼のオーナーは金次第で動く。この前の老人もそうだった。いったい幾らの金を積ませたのかと、呆れるほどだ。
尋ねた那岐に対し、オーナーの口から出たのは予想だにしない言葉だった。
「今夜は客を取らなくていい」
那岐は驚いてオーナーを見返す。遊華楼に来て以来、そんな言葉を言われたのは初めてだったからだ。
「え?」
キャンセルが入った場合は、その夜の客を求めて表に出る。客を取らないという意味が分からず、那岐は尋ね返した。
オーナーは深く息を吐き、まっすぐに那岐を見た。
「お前の身請けが決まった。残る日はもう客を取らなくていい」
那岐は瞠目し、オーナーを見つめた。
「……え?」
信じられない言葉を告げられた。
唇が震え、尋ねた声は音になったか分からなかった。
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