愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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5.特別な客

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 二度目は、那岐が選んでいた玩具を使ってイカされた。

 老人は那岐が二度達すると、用が済んだとばかりに帰って行った。
 薬が抜けず動けない那岐は衛士を特別室から追い出すと、一人部屋に残った。

 そして体が動けるようになると、ローションで汚れたソファを綺麗に拭き、身を隠すように自分の部屋へと戻った。

 布団に包まり情けなさに浸っていた那岐はそのうちに寝入ってしまい、久しぶりに日付が変わる前から就寝した。
 おかげでたっぷりと寝てしまったのだった。



 翌朝、起きると体はすっきりとしていたが、気分は重かった。

 遊郭に売られた身とはいえ、やるからにはこの仕事にプライドを持っていた。
 “遊華楼の那岐”と呼称されるほどになるまで、男を抱く男として最高だと思われるようになるまでに、どれほどの努力をしてきたことか。

 那岐の、橘宮のトップとしてのプライドは打ち砕かれた。
 弱みを握ったと、衛士もいつも以上に絡んでくるに違いない。

 一晩に二度も達してしまうなんて、この仕事を始めた頃以来だった。毎日の営業の為に、達するのは一日一回が限度だからだ。

 那岐は布団から身を起こすと、溜め息をついた。
「今夜の営業に響いたら、どうしてくれるんだ……」

 “遊華楼の那岐”が勃たないなどとなれば、一気に噂になってしまう。トップの那岐に対する嫌がらせのようにも思えてきた。

 那岐は襦袢を綺麗に整えると、羽織を肩に掛け部屋を出た。衛士と顔を合わせづらいからといって、閉じこもっているわけにもいかない。

「那岐さん!」
 食堂に向かう廊下の途中で、声を掛けられた。振り向くと、橘宮で働き出して半年程度の小椋がいた。那岐の憂鬱な気分に反して、嬉しいことでもあったのか笑顔を見せる。

「おはようございます!」
「おはよ、小椋」
「聞いて下さい、那岐さん。俺、昨日初めて一晩で客が三人つきました!」
「お。凄いじゃないか」
「ありがとうございます。来店数が多かったおかげというのもあるんですけどね。合間の清掃も慌ただしくて大変でした」

 遊華楼では、まず客の数をこなすところから始まる。
 時間コースの客を一晩で相手にできるのは、どんな強者でも三回が限度だ。小椋はそれをやったのだ。

「ちゃんと最後まで保ったか?」
「鍛えたおかげで何とか。那岐さんのご指導のおかげです。でも、さすがに体力的にへとへとでした」
「俺も最初は通った道だ。頑張れよ。努力は報われるから」
「はい。ありがとうございます」
 小椋は嬉しそうに笑った。

「昨晩の客が多かったのは、もしかして衛士さんが飛び入りで表に立ったからかなぁ。衛士さん、派手で目立つから」
 那岐は小椋を見返した。
「衛士が?」

「はい。急遽時間に空きが出来たとかで表に出てきて……。あ、衛士さん!」
 小椋の視線が那岐の後方に行き、ぎくりとした。

「よお。おはよう」
 軽い挨拶とともに後ろから肩に腕を回され、背中に体重を掛けられる。

「おはようございます。衛士さん」
「……」
 元気に挨拶をする小椋に反し、那岐は口を閉ざしてしまった。だが、くっついたまま衛士は那岐を見る。

「おはよう、那岐。昨夜はさぞかしよく寝れたんじゃねーの?」
 おかげさまで、と言いかけたが小椋がいるので止めた。

 那岐は小椋に先に食堂に行くように言うと、衛士と一緒にその場に残った。肩に腕を回したまま凭れてくる衛士を軽く睨む。
「いつまで圧し掛かってんだ」

「オレと那岐との仲だろ。あーんなことしたんだから」
 にやにやと笑う衛士を引き剥がした。誰に聞かれるか分からない廊下で、不用意な発言は困る。

 だが、衛士は楽しそうに続けた。
「後ろの才能もあるみてーだし、桃宮と橘宮のダブルトップ狙ったらどうだ? 桃宮用の赤の襦袢を誂えてもらうよう、オーナーに言っとこうか?」

 揶揄われることは予想がついていたが、朝一番からの相手は那岐を疲れさせる。
 那岐は大きく溜め息をついた。

「それより、一晩コースで買われたのに、他の客をとったのか?」

「ん? あの後か。どうせじじいはとっとと帰っちまったし、時間的にも稼がねぇと勿体ねえだろ。別にじじいとやったわけじゃねーし、義理立てする必要もないからな」

 一晩コースで買う客は、自分を抱く夜に他の男を抱いて欲しくないという独占欲が強い。もちろん、ゆっくりと一緒に過ごす為でもある。
 老人は、どちらにも該当しなかった。

 それより、と思い出すように衛士は大袈裟に苦笑した。
「まさか、じじいの客なんてヤバ過ぎだろ。マジでビビった」

 那岐も老人を抱かなければならないと動揺していたことを思い出し、ぷっと吹き出した。
「それには同感だ」
「じじいに抱いてくれと言われてたらと思うと、ぞっとするぜ。さすがのオレも勃つどころか萎える」

 話は逸れ、いつもの調子に戻った。
 そして二人は笑いながら、朝食を食べるために食堂へ向かったのだった。
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