愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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8.衛士と那岐

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「出てくって本当か」

 顔を見てすぐに尋ねられ、那岐は目を瞠った。
「聞いたのか……」

 那岐は憂鬱な顔で小さく溜め息をついた。
 どこまで知っているのかと衛士を見る。また揶揄いにきたのなら、今の那岐には軽く受け流せる余裕はない。

 衛士は少し落ち着きのない表情で那岐を見た。
「まさか、あの時の……」

 隠してもいずれ知られてしまう。那岐は即答した。
「爺さんだよ」

「……」
 揶揄うわけでもなく、衛士は呆然としていた。

「部屋、入っていいか」

 食堂に行くつもりだったが、那岐は衛士を部屋に招き入れた。廊下の奥にある部屋とはいえ、外で話していれば誰かに聞かれることもある。

 何か話をしたいのかと思ったが、部屋に入りドアを閉めても衛士は黙ったままだった。

 少し俯き加減な衛士を見て、ふと気付く。
 老人のことを知っているのは衛士だけだ。那岐の行く末を案じてくれているように思えた。
 何だかんだ絡んでくる男ではあったが、別れとなると寂しく感じてくれているのだ。そう考えたら、衛士が少し可愛く思えた。

「まあ、立ちっぱなしも何だし、座るか?」
 那岐が衛士から視線を逸らすと、ようやく衛士が口を開いた。
「もやもやする……。那岐がいる間にトップを奪えなかったせいだ。くそ」

 体が衛士の方に引き寄せられる。驚いている間に、両手を後ろで一つ結びにされた。
 後ろを振り向くと、衛士の襦袢がだらりと開いていた。腰紐で両手を拘束されたのだと分かった。
「何を……!?」

 乱暴な気質の衛士らしく、突き飛ばすように畳んだ布団の上に投げられる。
 うつ伏せになった上から衛士の重みを感じて焦った。何をしようとしているのか予測がついたからだ。
「おい。何考えてんだ! 腕を解け!」

 まさか、という気持ちが起こる。
 那岐と衛士はお互いに、男を抱く側の人間なのに。

 那岐は首を衛士の方へ向けた。見下ろす衛士の顔は、いつもと変わりない。
「痕のつく縛り方してねーから大丈夫だ」
「全然、大丈夫じゃない!」

「何か分かんねーけど、イライラすんだよ」
 それを那岐で発散するなと思ったが、襦袢の腰紐を解かれ身の危険を感じた。
「おい、衛士……!」

 はだけた襦袢の隙間から、衛士の手が差し込まれる。腹を這うように撫でられ、下着の上から急所を押さえられた。
「止めろ、正気か!?」

 衛士の重みが消えた。
 だが、安堵したのも束の間、衛士は棚の上に置かれていた肌の手入れ用のオイルを持ってきた。用途は想像がついた。

「馬鹿野郎! 禁止行為だぞ!?」
 両手首を拘束されている為、襦袢は手首のところで引っかかった。だが、下着を脱がされてしまった那岐は、全裸の状態であることに違いなかった。

 腰を持ち上げられ、突き出した尻の上にオイルを垂らされた。
「ガタガタうるせぇな。もう出てくってんなら、んなもん関係ねえ」

 オイルの滑りを借りて、衛士の指が入ってくるのが分かった。
 異物感と圧迫感。そして、脳裏に特別室での出来事が浮かぶ。

「う……。え、衛……」

 一度経験しているからか、耐えられないほどではない。だが、この前は優しいと言った通り、今は少し遠慮がないように思えた。

「どうせじじいは勃ちゃしねーんだから、玩具が相手になるだけだ。せっかくだ、男の味を知っていけよ」

 乱暴に指が抜かれたと思ったら、すぐに比べ物にならない圧迫感が訪れた。
「あう……!」

 今まで幾度となく男を抱いてきたが、当然抱かれるのは初めてだった。

 負担の少ない後ろからの挿入とはいえ、衛士の抱き方はろくに解すこともせず乱暴だった。
「衛……っ士」
 腰を揺すられながら、苦しげに名を呼ぶ。

 だが、相手は男の体を熟知した衛士だ。抽挿はやがて苦しさ以外のものを連れてくる。
 抗う気持ちを裏切るように、中を擦られると疼きが湧き上がりたまらなくなった。

「う……っ、あ、はぁ」
「那岐……」

 くるりと体を反転させられ、布団の上に仰向けられる。足を広げられるという屈辱的な格好をさせられ、今度は正面から貫かれた。

 当たる場所が変わり、また新たな感覚が内側から湧いてくる。
「あ……っ、衛……っ」

 頭の中では、橘宮のトップなのにこんなことをされているなんてと、プライドが快楽を拒む。
 それでも何度も内側を擦られ、じわじわと熱が溜まり始める。イカされたいと、求める気持ちが強くなり始める。

 いつも達さないように射精をコントロールしてきた体は、内側からの攻めにはとても弱かった。

「え、衛士……。腕、痛い」
 自分の体重で、後ろで拘束された腕が痛くなってきた。那岐は衛士を見上げ、頼んだ。
「逃げないから……解いてくれ」

「……」
 疑うように衛士は那岐を見下ろした。

「嘘じゃない。こんな状態で止める方が、俺も辛い」

 衛士は那岐の下半身を見た。
 毎晩男を抱いている衛士なら、一目見れば那岐の体の状態が分かるはずだ。そこは早くイキたいと、涙を流し懇願している。

 那岐は仕方ないと溜め息をついた。
「こんな仕事してりゃ、心と体は切り分けられるんだって。なんで俺がこんな目に合わなきゃなんないんだって思ってるけど、それとイキたいのは別なんだよ」

 遊華楼で働く者らしい発言だった。
 遊華楼では、心は不要だ。体を売る場所なのだから。

 納得したのか、衛士は拘束を解いた。
 那岐は自由になったことに安堵して手首をさする。体の下敷きになっていたせいで痛みはあるが、痕はついていない。

 衛士の強引なプレイを好む客ならまだしも、那岐はそうではない。こんなものは、強姦だ。それなのに、途中から同意してしまった自分もどうかと思う。
 遊華楼に来て、性行為への考え方は随分変わってしまった。

「ったく、無茶して……」
 那岐が溜め息をつくと同時に、再び衛士が熱を押し込んだ。
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