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20.お茶会
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年下の弥生の方が、落ち着きがあるので姉のようである。
穂香は黙っていればより美人だが、少し落ち着きのないところが那岐に似ている。
「ここはもう慣れた?」
焼き菓子の乗った皿を勧めながら、弥生が尋ねる。那岐は少し苦い笑みを浮かべた。
「慣れた……といえば、慣れたような」
「那岐はここに来るまで何してたの? 仙波様が連れてきたって聞いたけど」
一年もいるせいか、穂香は情報通だ。
「男遊郭で働いてた」
いずれ知ることもあるので、正直に話した。
二人は紅茶を飲みながら那岐の顔を見る。
「へぇ。顔イイものね。モテたんでしょ」
「女性でも遊郭に通う人いるのね」
男専門の男遊郭であるが、知らない二人にはあえて言わないことにした。
弥生は珍しそうに那岐をじっと見た。
「それにしてもあの厳しい仙波様が、よくも男の愛人なんて思い切ったことをされたものね」
「あは。最初聞いた時、嘘でしょって二人して驚いたのよ! でも、あの祥月様だからそういうのもアリなんじゃないって納得しちゃったわ」
けらけらと穂香が笑う。
那岐よりも付き合いの長い二人は、祥月だからという理由で男の愛人すらあっさりと受け入れてしまえるようだ。
那岐は紅茶を口にした。ティーカップも茶葉も、高級なことが分かる。愛人になることがなければ、一生口にすることもなかったものだ。
「穂香も弥生も若いのに、よく愛人なんてやってるな」
つい、正直な感想を口にした。
那岐よりももっと若い頃から、自由を奪われてしまったということだ。それなのに、二人とも楽しそうな顔をしている。
二人は一瞬目を合わせ、穂香が小さく笑った。
「私、いい暮らしがしたいの。ここじゃ、愛人でもいい暮らしできるし、毎日とても快適だもの。でも、この先のことを考えると愛人から昇格して、祥月様の妻になりたいのよね。身分違いだって分かってるけど」
穂香は綺麗に磨かれた爪を眺めながら零した。将来のことを憂いてはいるが、愛人は嫌ではないということだ。
「辞めたいと思ったことはないのか?」
「ないわよ。ね、弥生」
そうね、と弥生が頷く。
「私はここに来てなかったら、那岐と同じで遊郭に入れられていたかもしれないわ。不特定多数を相手にするより、美形一人の方が全然いい。それに、祥月様に抱かれるのは最高に気持ちがいい。きっともう、祥月様以外じゃ物足りないと思うの」
淡々とした態度のくせに、意外な理由だった。那岐も初めて抱かれた後、同じことを考えてしまったので弥生の気持ちが分かる。
「でも、館の敷地から出れないなんて、嫌にならないか?」
欲求は満たされたとしても、館内では自由に過ごせたとしても、限界がある。
これからずっとここで生きていくことを考えると、息が詰まりそうだ。もっと広い外に出たくなる。
「お供が付くから何でも自由じゃないけど、時々は町にも出れるのよ。先月も、弥生と演劇を観に行ったもの。そのうち那岐も許可をいただけるわ」
穂香の言葉に、那岐の気持ちは浮上した。
「本当か!?」
「その代わり、いい子にしてなきゃダメよ」
「す、する!」
目配せした穂香に、母に対する子供のように那岐は何度も頷き返した。
一生館から出られないと思っていた那岐には、とても嬉しい情報だった。それを楽しみに、毎日を過ごすことができる。
城の外に出るということを考え、那岐はふと気付いた。
「そういえば、俺と入れ替わりにここを出た人って、なんで出て行ったんだ?」
仙波は、使い物にならなくなったと言ったが、どういう意味か知りたかった。
だが、弥生と穂香は顔を見合わせ首を傾げた。
「知らないわ」
「毎日会うわけじゃないもの。気付いた時には居なくなっていたしね」
二人の言葉に、愛人同士で仲良くしていてもその程度のものなのかと、残念な気持ちになった。
那岐を心から見送ってくれた、遊華楼の皆の顔が思い浮かんだ。
「じゃあ……。どうしたら、ここを出ることができるんだ?」
出て行った理由を伏せられているのだとしたら、二人が知らないのも無理はない。那岐は違う方向から訊いてみることにした。
出て行った愛人の状況を知りたかったというのもあるが、本音では自分がここを出て行ける可能性について気になっていた。
「俺、すでに二十五歳だから、年齢の上限とかさ。飽きられたら終わりとか、そういうのある?」
那岐は真剣に尋ねたのに、穂香はぷっと吹き出した。
「やだ、那岐ったら! 入ってきた早々で何言ってるのよ。面白いこと言うのね」
「そんなこと考えたこともないから分からないわ」
祥月の愛人という立場に満足している穂香と弥生には、那岐の考えはおかしなものだということが分かった。那岐はそれ以上を訊くのを止めた。
最初は気乗りしなかったお茶会であったが、穂香と弥生と過ごすお茶会は楽しい時間となった。
とにもかくにも、こうして那岐に新しい仕事仲間ができたのだった。
穂香は黙っていればより美人だが、少し落ち着きのないところが那岐に似ている。
「ここはもう慣れた?」
焼き菓子の乗った皿を勧めながら、弥生が尋ねる。那岐は少し苦い笑みを浮かべた。
「慣れた……といえば、慣れたような」
「那岐はここに来るまで何してたの? 仙波様が連れてきたって聞いたけど」
一年もいるせいか、穂香は情報通だ。
「男遊郭で働いてた」
いずれ知ることもあるので、正直に話した。
二人は紅茶を飲みながら那岐の顔を見る。
「へぇ。顔イイものね。モテたんでしょ」
「女性でも遊郭に通う人いるのね」
男専門の男遊郭であるが、知らない二人にはあえて言わないことにした。
弥生は珍しそうに那岐をじっと見た。
「それにしてもあの厳しい仙波様が、よくも男の愛人なんて思い切ったことをされたものね」
「あは。最初聞いた時、嘘でしょって二人して驚いたのよ! でも、あの祥月様だからそういうのもアリなんじゃないって納得しちゃったわ」
けらけらと穂香が笑う。
那岐よりも付き合いの長い二人は、祥月だからという理由で男の愛人すらあっさりと受け入れてしまえるようだ。
那岐は紅茶を口にした。ティーカップも茶葉も、高級なことが分かる。愛人になることがなければ、一生口にすることもなかったものだ。
「穂香も弥生も若いのに、よく愛人なんてやってるな」
つい、正直な感想を口にした。
那岐よりももっと若い頃から、自由を奪われてしまったということだ。それなのに、二人とも楽しそうな顔をしている。
二人は一瞬目を合わせ、穂香が小さく笑った。
「私、いい暮らしがしたいの。ここじゃ、愛人でもいい暮らしできるし、毎日とても快適だもの。でも、この先のことを考えると愛人から昇格して、祥月様の妻になりたいのよね。身分違いだって分かってるけど」
穂香は綺麗に磨かれた爪を眺めながら零した。将来のことを憂いてはいるが、愛人は嫌ではないということだ。
「辞めたいと思ったことはないのか?」
「ないわよ。ね、弥生」
そうね、と弥生が頷く。
「私はここに来てなかったら、那岐と同じで遊郭に入れられていたかもしれないわ。不特定多数を相手にするより、美形一人の方が全然いい。それに、祥月様に抱かれるのは最高に気持ちがいい。きっともう、祥月様以外じゃ物足りないと思うの」
淡々とした態度のくせに、意外な理由だった。那岐も初めて抱かれた後、同じことを考えてしまったので弥生の気持ちが分かる。
「でも、館の敷地から出れないなんて、嫌にならないか?」
欲求は満たされたとしても、館内では自由に過ごせたとしても、限界がある。
これからずっとここで生きていくことを考えると、息が詰まりそうだ。もっと広い外に出たくなる。
「お供が付くから何でも自由じゃないけど、時々は町にも出れるのよ。先月も、弥生と演劇を観に行ったもの。そのうち那岐も許可をいただけるわ」
穂香の言葉に、那岐の気持ちは浮上した。
「本当か!?」
「その代わり、いい子にしてなきゃダメよ」
「す、する!」
目配せした穂香に、母に対する子供のように那岐は何度も頷き返した。
一生館から出られないと思っていた那岐には、とても嬉しい情報だった。それを楽しみに、毎日を過ごすことができる。
城の外に出るということを考え、那岐はふと気付いた。
「そういえば、俺と入れ替わりにここを出た人って、なんで出て行ったんだ?」
仙波は、使い物にならなくなったと言ったが、どういう意味か知りたかった。
だが、弥生と穂香は顔を見合わせ首を傾げた。
「知らないわ」
「毎日会うわけじゃないもの。気付いた時には居なくなっていたしね」
二人の言葉に、愛人同士で仲良くしていてもその程度のものなのかと、残念な気持ちになった。
那岐を心から見送ってくれた、遊華楼の皆の顔が思い浮かんだ。
「じゃあ……。どうしたら、ここを出ることができるんだ?」
出て行った理由を伏せられているのだとしたら、二人が知らないのも無理はない。那岐は違う方向から訊いてみることにした。
出て行った愛人の状況を知りたかったというのもあるが、本音では自分がここを出て行ける可能性について気になっていた。
「俺、すでに二十五歳だから、年齢の上限とかさ。飽きられたら終わりとか、そういうのある?」
那岐は真剣に尋ねたのに、穂香はぷっと吹き出した。
「やだ、那岐ったら! 入ってきた早々で何言ってるのよ。面白いこと言うのね」
「そんなこと考えたこともないから分からないわ」
祥月の愛人という立場に満足している穂香と弥生には、那岐の考えはおかしなものだということが分かった。那岐はそれ以上を訊くのを止めた。
最初は気乗りしなかったお茶会であったが、穂香と弥生と過ごすお茶会は楽しい時間となった。
とにもかくにも、こうして那岐に新しい仕事仲間ができたのだった。
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