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31.視察
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仙波に呼ばれていると聞き、那岐は執務室を訪れた。
館へ来てから、月に一度は仙波に呼び出される。ちゃんと愛人としての仕事をしているかという、状況確認である。
さすがに四回目ともなると、最初の頃とは違い長ったらしく説教をされることもほとんどなくなっていた。だが、他の愛人とは違う行動をすることについては、小言を言われることもある。
「明後日から、祥月様が二週間ほど視察に出られる」
いつもとは違うタイミングで呼び出されたので何かと思えば、祥月が長期不在になるという報告だった。
王族は城で贅沢かつ優雅に暮らしているものと想像していたものだが、王子といえども祥月には色々な仕事があり忙しいらしい。暇を持て余している那岐とは大違いだ。
「そうですか。お気をつけて」
大変だなと他人事の感想を心の中で呟き、那岐は返事をした。
「馬鹿もん! お主も行くんだ!」
「へっ?」
即座に仙波に怒られ、那岐は間抜けな声を出した。
「何を呑気なことを言うておる。愛人をぞろぞろ連れ行くわけにもいかん。代表して一人、連れて行く」
「ああ、そういうことですか。……確かに三人も付いていくとなると、道中も大変でしょうね」
那岐は納得して頷いた。
館に来なくても、性処理は必要だ。
とはいえ、愛人を全員同行させるわけにもいかない。病気の祥月も大変である。
しかし、と呟く。
つまりそれは、那岐に三人分働けということだ。
「いくら俺が丈夫だとしても、三倍になるのは……」
一晩の勤めの疲労は大きい。ペースが早ければ二日に一度だ。続けば那岐の身がもたない。
「安心せい。愛人としての勤めだけ果たしておれば良い。祥月様の視察に同行するだけじゃ」
仙波の言葉に、那岐は黙り込んだ。
「俺は、愛人として……連れて行かれるんですか?」
「そうだ。他に何がある」
視察に行くということは、周りは祥月の配下の人間ばかりだ。
那岐は、自分が祥月の愛人だと知っている者たちばかりの環境で過ごしてきた。だが、城の人間たちはそうではない。
男の愛人だなんて、何と思われてしまうことかという不安がよぎる。
那岐が女であれば、愛人という立場でその為だけでも堂々たる態度で付いて行ったかもしれないが、那岐は男だ。
館に戻れば二度と会うこともない面々だが、向けられる好奇の目に耐えられるだろうか。
それに、那岐だけではなく、祥月もだ。
仕事に愛人を連れて行くなんて、いくら王子だからといっても決して良い印象は与えない。
しかも、男である。
「館から、俺の他にメイドは同行するんですか?」
「メイドは、城の祥月様付きの者が同行する。道中は領主たちの屋敷に宿泊をするから、身の回りのお世話をする者が一人だけ付く予定だ」
「仙波様もご一緒ですか?」
「儂は残って仕事がある」
二人の関係を知るのは、当事者のみということになる。隠すことに、誰の協力も得ることができない。
那岐は少し俯き考え込んでから、顔を上げた。
「お願いがあります」
なんだ、と仙波が那岐を見る。
「愛人としての仕事はちゃんと果たすから、俺を祥月様の世話係として連れて行ってもらえませんか。もちろん、雑用でも何でもできることはします」
「なんじゃ。いつもの暇つぶしのつもりか」
仙波は、メイドの仕事はメイドがすべきという考えの人間だ。だから、那岐がメイドの手伝いをすることについて、目を瞑ってくれてはいるが良い顔はしていない。
那岐は首を横に振った。
「違います。愛人という名目で付いて行くのが嫌なんです。二週間も一緒にいりゃ、何をするでもないあいつは何しに付いてきた奴なんだって思われる。周りの奴らに、祥月様の愛人だなんて名乗れるわけない。男の愛人を囲っているなんて知られたら、祥月様だって何て思われるか……。男は普通、男を愛人になんてしないんだから」
勢いで言ってから、慌てて最後に「です」と付けた。仙波がじろりと睨んだからだ。
仙波は那岐の顔を見たまましばらく黙っていた。
「ふむ。お主なりに祥月様を気遣っていることは分かった。良かろう。そのように手配しよう」
まさか、了承を得られるとは思っていなかった。許しを得て、那岐はぱっと笑顔になる。
反対に、渋い顔で仙波に睨まれた。
「その代わり、覚えることはたくさんあるぞ。まずは、感情が高ぶると口調が変わる癖を直さんか。配下の者の前で祥月様に無礼な振る舞いなどすれば……」
「わ、分かってます! 気を付けます!」
久しぶりの説教が始まりそうで、那岐は仙波の言葉を遮った。
仕事とはいえ、まさか旅をすることがあるなどとは、まったく予想もしていなかった。
それから出発までの二日間は、覚えることが多くあっという間だった。
祥月を朝起こすことから始まり、着替えや身だしなみを整えること、移動中のお茶を出す作法や淹れ方など、初めて覚えることばかりだ。
それでも、宿泊先の領主の屋敷で対応してもらえることが多いので、祥月に直接接触するようなこと以外は省かれてるのだという。
王族のお世話は庶民が思う以上に面倒なのだと、那岐は改めて思ったのだった。
館へ来てから、月に一度は仙波に呼び出される。ちゃんと愛人としての仕事をしているかという、状況確認である。
さすがに四回目ともなると、最初の頃とは違い長ったらしく説教をされることもほとんどなくなっていた。だが、他の愛人とは違う行動をすることについては、小言を言われることもある。
「明後日から、祥月様が二週間ほど視察に出られる」
いつもとは違うタイミングで呼び出されたので何かと思えば、祥月が長期不在になるという報告だった。
王族は城で贅沢かつ優雅に暮らしているものと想像していたものだが、王子といえども祥月には色々な仕事があり忙しいらしい。暇を持て余している那岐とは大違いだ。
「そうですか。お気をつけて」
大変だなと他人事の感想を心の中で呟き、那岐は返事をした。
「馬鹿もん! お主も行くんだ!」
「へっ?」
即座に仙波に怒られ、那岐は間抜けな声を出した。
「何を呑気なことを言うておる。愛人をぞろぞろ連れ行くわけにもいかん。代表して一人、連れて行く」
「ああ、そういうことですか。……確かに三人も付いていくとなると、道中も大変でしょうね」
那岐は納得して頷いた。
館に来なくても、性処理は必要だ。
とはいえ、愛人を全員同行させるわけにもいかない。病気の祥月も大変である。
しかし、と呟く。
つまりそれは、那岐に三人分働けということだ。
「いくら俺が丈夫だとしても、三倍になるのは……」
一晩の勤めの疲労は大きい。ペースが早ければ二日に一度だ。続けば那岐の身がもたない。
「安心せい。愛人としての勤めだけ果たしておれば良い。祥月様の視察に同行するだけじゃ」
仙波の言葉に、那岐は黙り込んだ。
「俺は、愛人として……連れて行かれるんですか?」
「そうだ。他に何がある」
視察に行くということは、周りは祥月の配下の人間ばかりだ。
那岐は、自分が祥月の愛人だと知っている者たちばかりの環境で過ごしてきた。だが、城の人間たちはそうではない。
男の愛人だなんて、何と思われてしまうことかという不安がよぎる。
那岐が女であれば、愛人という立場でその為だけでも堂々たる態度で付いて行ったかもしれないが、那岐は男だ。
館に戻れば二度と会うこともない面々だが、向けられる好奇の目に耐えられるだろうか。
それに、那岐だけではなく、祥月もだ。
仕事に愛人を連れて行くなんて、いくら王子だからといっても決して良い印象は与えない。
しかも、男である。
「館から、俺の他にメイドは同行するんですか?」
「メイドは、城の祥月様付きの者が同行する。道中は領主たちの屋敷に宿泊をするから、身の回りのお世話をする者が一人だけ付く予定だ」
「仙波様もご一緒ですか?」
「儂は残って仕事がある」
二人の関係を知るのは、当事者のみということになる。隠すことに、誰の協力も得ることができない。
那岐は少し俯き考え込んでから、顔を上げた。
「お願いがあります」
なんだ、と仙波が那岐を見る。
「愛人としての仕事はちゃんと果たすから、俺を祥月様の世話係として連れて行ってもらえませんか。もちろん、雑用でも何でもできることはします」
「なんじゃ。いつもの暇つぶしのつもりか」
仙波は、メイドの仕事はメイドがすべきという考えの人間だ。だから、那岐がメイドの手伝いをすることについて、目を瞑ってくれてはいるが良い顔はしていない。
那岐は首を横に振った。
「違います。愛人という名目で付いて行くのが嫌なんです。二週間も一緒にいりゃ、何をするでもないあいつは何しに付いてきた奴なんだって思われる。周りの奴らに、祥月様の愛人だなんて名乗れるわけない。男の愛人を囲っているなんて知られたら、祥月様だって何て思われるか……。男は普通、男を愛人になんてしないんだから」
勢いで言ってから、慌てて最後に「です」と付けた。仙波がじろりと睨んだからだ。
仙波は那岐の顔を見たまましばらく黙っていた。
「ふむ。お主なりに祥月様を気遣っていることは分かった。良かろう。そのように手配しよう」
まさか、了承を得られるとは思っていなかった。許しを得て、那岐はぱっと笑顔になる。
反対に、渋い顔で仙波に睨まれた。
「その代わり、覚えることはたくさんあるぞ。まずは、感情が高ぶると口調が変わる癖を直さんか。配下の者の前で祥月様に無礼な振る舞いなどすれば……」
「わ、分かってます! 気を付けます!」
久しぶりの説教が始まりそうで、那岐は仙波の言葉を遮った。
仕事とはいえ、まさか旅をすることがあるなどとは、まったく予想もしていなかった。
それから出発までの二日間は、覚えることが多くあっという間だった。
祥月を朝起こすことから始まり、着替えや身だしなみを整えること、移動中のお茶を出す作法や淹れ方など、初めて覚えることばかりだ。
それでも、宿泊先の領主の屋敷で対応してもらえることが多いので、祥月に直接接触するようなこと以外は省かれてるのだという。
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